「親が倒れた。このまま仕事を続けられるのか」――そう感じているあなたへ。日本では年間約10万人が介護を理由に仕事を辞めていますが、退職は唯一の答えではありません。
この記事では、実際に退職した方・仕事と介護を両立している方のインタビューをもとに、退職のメリット・デメリット、使える制度・サービス、お金とキャリアの現実を解説します。
退職すべきか迷っているすべての方の意思決定に、少しでも役立てば幸いです。
親の介護による退職の実情
介護離職は、今や正規で働くビジネスパーソンにも広がっています。年間約10万人が介護を理由に仕事を辞めており、背景には介護施設の不足と職場での制度整備の遅れがあります。50代を中心にキャリア後半での退職が多く、退職後の復職は容易でないのが現実です。
性別・年代別・雇用形態別の離職者割合と見解
介護離職の実態は、性別・年代・雇用形態によって大きく異なります。
男女別離職者割合
介護を理由に離職した方のうち、女性の割合は約8割にのぼります(総務省 就業構造基本調査)。
「介護は女性がするもの」という意識や、女性に非正規雇用が多い構造が背景にあります。
ただし近年は男性の介護離職も増加しており、男女問わず当事者となりうる問題です。
出典:総務省「令和4年就業構造基本調査」(2023年)
離職者の年代別割合
介護離職者は50代が最も多く、40代がそれに続きます。
親が70〜80代になる年代と、自身のキャリアが最も充実する時期が重なります。
出典:三菱UFJリサーチ&コンサルティング「令和5年度 老人保健健康増進等事業 介護離職者の離職理由の詳細等の調査」(2024年)
雇用形態別の介護離職者割合
2010年以前は非正規雇用者の介護離職が多い傾向にありましたが、近年では正規雇用者の離職が多くなっています。
参考:総務省「令和4年就業構造基本調査」ほか
親の介護による退職理由
介護離職を選ぶ理由の第1位は「仕事と介護の両立が難しい職場環境」です。施設や公的サービスへのアクセス不足よりも、職場環境の問題が主因となっています。
出典:厚生労働省「仕事と介護の両立等に関する実態把握のための調査研究事業」
「両立できる職場環境でない」と感じている方の多くは、
介護休業(最大93日取得できる制度)や時短勤務の制度が自社にあることを知らないまま退職を決断しています。
また、介護保険サービス(デイサービス・訪問介護など)を使えば日中の見守りが確保でき、仕事を続けられるケースも少なくありません。
退職までの両立期間
厚生労働省の令和元年度 仕事と介護の両立等に関する実態把握のための調査研究事業 報告書によると、始まってから退職するまでの平均期間は1年以上の人が最も多く、仕事と介護を何とか両立させようと努力した末に、やむを得ず離職しているケースが多いことがわかります。
また、要介護度が上がるほど両立は難しくなり、退職までの期間は短くなる傾向があります。両立期間が短くなる主な原因は、夜間のトイレ介助や認知症の症状悪化など、仕事中にも対応が必要な状況が増えることです。
介護の状態は急に変わることがあるため、今は軽度であっても早めに会社と相談しておくことが重要です。
・介護が始まったらすぐに会社の介護休業制度を確認する
・要介護度が上がると両立期間は短くなりやすい
・退職の決断は「1〜2年後の状態変化」を想定してから行う
ピッタリの施設を提案します
ピッタリの施設を提案します
ピッタリの施設を提案します
親の介護による退職のメリット・デメリット
退職を決める前に、メリットとデメリットを事実として整理することが重要です。同じ「退職」でも、事前の準備と状況によって「よかった」か「後悔した」かの結果は大きく変わります。実際に退職した方の声から、判断の軸を確認してみてください。
親の介護による退職のメリット
退職には、介護の質を上げる・精神的な消耗を減らすという実質的なメリットがあります。「辞めてよかった」と感じる方に共通するのは、退職前に生活費・介護費用の見通しを立てていたことです。
仕事をしながらの介護では、日中の親の様子を把握することが難しくなります。退職すると、デイサービスへの送り出しや帰宅後の様子確認を自分で行えるようになり、親の小さな体調変化に早く気づけることで、悪化を未然に防げるケースが増えます。
【インタビュー情報】
・お名前:ちまちまさん
・性別:女性
・年齢:58歳
・職業:元会社員(正規職員)
・状況:90歳超の父を在宅介護中。仕事・介護・娘の出産サポートが重なり退職を決断
ちまちまさん:「退職してからデイサービスの送り出しが自分でできるようになって、職員さんとも話せるようになりました。父の歩き方がゆっくりになってきたことや、物忘れが増えてきたことにも気づいて、ケアマネージャーさんに相談できるようになったのは大きかったです。働いていたときは、そこまで気が回りませんでした。」
仕事をしながら介護を続けると、職場でも家でも「もう一方のことが気になる」という状態が続きます。退職によってこの二重の精神的消耗がなくなることは、想定以上のメリットとして語っています。
介護が必要な状態になった親と過ごせる時間は、有限です。特に要介護度が高く余命が限られているケースでは、「この時間を大切にしたい」と退職を選ぶ方が増えます。仕事を続けながら「あの時もっとそばにいればよかった」と後悔するよりも、そばにいることを選んだ方の声を紹介します。
【インタビュー情報】
・お名前:はなそうしさん
・性別:女性
・年齢:50代
・職業:元会社員(正規職員)
・居住地:島根県
・状況:ALS(筋萎縮性側索硬化症・全身の筋肉が動かなくなる難病)を患う母が人工呼吸機が必要な状態になり退職。現在は母の24時間介護を続けている
はなそうしさん:「しんどいなとか、ちょっと両立難しいなと思ったら、やっぱり決断することが大事だと思います。その時間はその時しかないんだから、戻ってこないじゃないですか。中途半端にやって会社に迷惑かけて続けて、何の見返りがあるのって感じがする。私はそばにいられてよかったと思っています。お母さんは幸せだね、って友人にも言ってもらえます。」
・退職後の生活費・介護費用の見通しが立っていること
・配偶者・兄弟など、家族全体での役割分担が決まっていること
・「介護が終わった後の自分の人生」についても考えておくこと
親の介護による退職のデメリット
退職にはメリットがある一方で、取り消しのきかないリスクが伴います。「辞めて後悔した」と感じる方の多くは、収入・キャリア・人間関係への影響を、退職前に具体的に想定できていませんでした。
特に深刻なのが、デメリット①②が同時に発生するケースです。
収入がなくなることで家庭内の発言力が下がり、介護の苦労を誰にも相談できない状況に陥ることがあります。
実際にこの状況を体験した方の声を紹介します。
【インタビュー情報】
・お名前:姫乃ちゃんさん
・性別:女性
・年齢:40代
・職業:ネイリスト(自宅サロン)+障害者施設パート(退職前・週2~3)
・状況:父(78歳)が転倒をきっかけに要介護3〜4の状態に。育児・仕事・介護の三重苦が続いたことで退職を決断
姫乃ちゃんさん:「収入がなくなったことで、なんか昭和の初期の家族に戻ったみたいな感じになってしまって。美容院行きたいなって言ったら、夫に『今働いてないのに行けるの?』ってさらっと言われた。子供の塾代は私が出してたので、それが1番大変でした。貯金を切り崩してでも続けたかったけど、旦那に頼まないといけなくなるのが嫌で、本当にしんどかったです。」
親の介護で退職した人は後悔している?していない?体験談を紹介
退職した方の多くは、「よかった」か「後悔した」かのどちらかを強く感じています。その違いを生むのは、退職前にどれだけ「その後の生活」を具体的に想定していたかです。実際に退職した3名の声を通じて、自分ならどうなるかを考えてみてください。
退職して「よかった」と感じている方の声
退職してよかったと感じている方に共通するのは、「仕事よりも今この瞬間を大切にする」という覚悟が、退職前から固まっていたことです。お金の面でも、「親の貯金・年金で賄える」「配偶者の収入で生活できる」など、一定の見通しが立っていました。
事例①:「今この時間を大切にしたい」

母親の介護のために仕事を退職したはなそうしさん
【インタビュー情報】
・お名前:はなそうしさん
・性別:女性
・年齢:50代
・職業:元会社員(正規職員)
・状況:ALS(筋萎縮性側索硬化症)を患う母が人工呼吸機が必要な状態になり退職。現在も24時間介護を続けながら母のそばにいる
はなそうしさん:「いいのか悪いのかは分からないけど、母のそばにいられてよかったと思っています。私がいることで助かってると妹に言ってもらえるし、友人に「お母さん幸せだね」とも言ってもらえる。私の選択は間違っていないと自分に言い聞かせています。」
「この時間は今しかない─」(もっと読む)
■ 広島から島根へ、転勤してそばにいることを選んだ
広島で勤務していたころ、母のALS発症が判明しました。「このまま離れていては不安だ」と感じ、同じ会社の島根の営業所への転勤を相談。職場の理解を得ながら、訪問看護やヘルパーと連携して2年間、仕事と介護を両立してきました。
しかし、人工呼吸機が必要な状態になってから一変しました。夜は1時間おきに痰の吸引が必要になり、「朝起こしてトイレに行ってもらって、訪問看護さんが来る10時まで少し仕事に出て、また様子を見に帰って。それでも夜だけは私しかいない。仕事を続けられないと確信しました。」
■「母のお金があるし、1人だからどうにでもなる」──なぜ退職に踏み切れたか
妹は神戸在住で帰省できない状況。収入がなくなることへの不安はありました。それでも、はなそうしさんには見通しがありました。
「母が今まで蓄えてきたお金もあるし、1人だからどうにでもなるなと思って退職しました。母がいなくなったらまた60何歳まで働かなきゃいけないからまた何でもできる。パートでも何でも、お小遣い程度のお金でいいから。」
「今はそんなこと(先のこと)を考える時じゃない。何が一番優先なのかを考えて、退職に踏み切りました。」
■ 妹の「助かってる」、友人の「お母さん幸せだね」──選択を支えてくれた言葉
退職後も「私こんなことしてていいのかな」と感じた時期はありました。それでも選択を支えてくれたのは、周囲の言葉でした。
「妹から『私がいることで助かってる』と言ってもらえます。友人にも『お母さん幸せだね』と言ってもらえる。だから私の選択は間違っていないと自分に言い聞かせています。母が病院に入りたいと言ったのも、私に迷惑をかけたくないからだと思う。だから余計に、そばにいることを選んでよかったと感じています。」
訪問看護師からも「日中は体を休めて、気分転換に出かけてきていいから」と声をかけてもらえる関係が続いています。
■ これから退職を考えている方へ
「この時間は今しかない、戻ってこない。少々無理して続けて、結局何の見返りがあるの、という感じがする。これと思ったら、その時に自分がしなきゃと思うものをやった方がいい。」
ただ、生活の見通しがあったからこそ決断できた、という現実も正直に伝えてくれました。「私はお金の見通しがあったからそんな悠長なことが言えるのかもしれない。人それぞれ生活があるから、自分なりのバランスを考えてほしい。」
事例②:「心の余裕が生まれ、介護に集中できるように」
【インタビュー情報】
・お名前:ちまちまさん
・性別:女性
・年齢:58歳
・職業:元会社員(正規職員)
・状況:90歳超の父を在宅で介護中。仕事・介護・娘の出産サポートが同時に重なったことで退職を決断。退職から1年が経過
ちまちまさん:「周りに随分引き止められたし、頑張ればできるかもしれないとも思いました。でもやめて良かったな、と思っています。仕事への未練よりも今の自分の生活を大事にしたかった。仕事のことを考えない余裕って、38年間働き続けてきた自分には想像以上に大きかったです。」
「同じ状況の人と悩みを打ち明け─」(もっと読む)
■ 仕事・介護・娘の出産──「この3つは同時に無理だ」と気づいた日
90代の父と2人暮らし。2年前に母が亡くなり、父の介護と正規社員としての仕事を続けていました。職場では自分ひとりしかいない職種だったため、休んだ分の仕事はすべて自分でやりきる必要がありました。
「残業も多くて、休むとその仕事はまた自分でやらなきゃいけない。介護と仕事のやりくりをしながら、だんだん疲れてきて、あと数年この生活が続けられるかなという思いがありました。」
そこに娘の出産サポートが重なりました。「仕事と介護と娘の出産フォロー、この3つは無理だと思いました。何を優先させるかを考えて、退職を選んだんです。」
■「貯蓄と退職金、父の年金がある」──退職後の生活が成り立つと思えた理由
「生活費は私の貯蓄と退職金を使っている形で、介護費用は父の年金で賄っています。」
さらに、電車で30分ほどの距離に住む弟の奥さんが、もともと介護を手伝ってくれていました。「彼女には母の介護の時期からずっと助けてもらっていた。嫌な顔を一つもしない。それは私にとってすごく大きかった。」
■ 同じ状況の友人2人、元同僚との繋がり──退職後の孤立を防いだもの
「退職後も元同僚や友人との繋がりはそのままあって、LINEで繋がったりビデオ通話したりしています。」
なかでも大きかったのは、同じ境遇の友人の存在でした。「同じように仕事をやめて親の介護をしている友人が2人いるんですよ。同じ状況の人と悩みを打ち明け合えることが、私の中では本当に大きかったです。」
■「仕事のことを考えない余裕」──やめてよかったと感じた瞬間
「仕事って職場にいる時だけじゃなくて、帰ってきてからも案件のことを考えるじゃないですか。それがないってこんなに楽なのかと。38年間働き続けてきた自分には、想像以上に大きかったです。」
■ これから退職を考えている方へ
「仕事と介護と、やめたら当然収入のこともある。その時間とやりくりのバランスを自分なりに考えて、何がいいかを考えるのが一番いいと思います。」
退職して「後悔した」と感じている方の声
退職に後悔している方の多くは、「収入がなくなることの影響」を甘く見ていたと語ります。お金の問題は、介護の大変さと別のストレスを生み出します。特に、配偶者がいる場合は夫婦間の関係にも影響が出ることがあります。
事例①:「家庭内での立場はなくなり、精神的負担が大きくなった」
父親の介護をきっかけに退職した姫乃ちゃんさん
【インタビュー情報】
・お名前:姫乃ちゃんさん
・性別:女性
・年齢:40代
・職業:ネイリスト(自宅サロン)+障害者施設パート(退職前)
・状況:父(78歳)が転倒をきっかけに要介護3〜4の状態になり退職。中学1年の息子の育児と介護が重なった
姫乃ちゃんさん:「1番後悔しているのは、介護認定が出るまでの1ヶ月半の間、自費でもヘルパーさんを早めに入れて、父に他人を受け入れることに慣れさせておけばよかったということです。身体の介護よりも、気持ちの方がしんどかった。父は施設もヘルパーも嫌だと言う。夫には働いてないのにと言われる。1人で全部抱え込む状況が続いて、本当に気持ちがしんどかったです。」
「昭和初期のような家族に─」(もっと読む)
■ 夕方まで元気にジム通いしていた父が、翌朝突然動けなくなった
2年半前、父が自宅でつまずき転倒。翌朝まったく動けなくなっており救急搬送しました。骨折ではなく、原因が不明のまま入院。30年以上前の頭部への衝撃が原因で脳内に液体がたまっており、転倒の衝撃で運動機能が一時的に止まったと判明しました。
「前日までスポーツジムに通っていたくらい元気だったんです。だから、まったく準備ができていなかった。」
■ 介護認定が出るまでの1ヶ月半──サービスが一切使えなかった
転倒直後に市役所へ相談しましたが、「介護認定が出ない限りサービスは使えない」と言われ、申請から認定まで1ヶ月半かかりました。その間、使えたのは自費の介護タクシー(往復3万円程度)のみ。訪問介護もデイサービスも使えないまま、姫乃ちゃんさん1人で対応する日々が続きました。
「夜中も2時間おきにトイレに呼ばれるんです。朝起こしてトイレに連れて行って、息子を駅まで送って、昼ご飯を食べさせに仕事の合間に帰って、また仕事に行って。それを毎日繰り返していました。」
この状況が限界になり、障害者施設のパートを退職しました。
■ 収入が減って、家庭内の「立場」が変わってしまった
生活費は夫の収入で成り立っており、父の年金・貯金もしっかりあったため、介護費用そのものには困りませんでした。ただ、自分の収入がなくなったことで、家庭内での関係性が変わっていきました。
「夫が『働いてないのに美容院行けるの?』とさらっと言うようになった。今までは自分で出せたお金が、夫に頼まないといけなくなる。これまで子供の塾代は私が払っていたがそれも払えなくなり、塾通いを反対する夫にお金を出してもらうまでが大変だった。昭和の初期の家族に戻ったみたいな感じになってしまった。」
「身体の介護より、気持ちの方がしんどかった。父は施設もヘルパーも嫌だと言う。夫にも何か言われる。1人で全部抱え込む状況が一番つらかったです。」
■ あの1ヶ月半に自費でヘルパーを入れていれば──最大の後悔
「介護認定が出るまでの1ヶ月半に、自費でもヘルパーさんを入れて、父に他人を受け入れることに早めに慣れさせておけばよかった。認定が出てからヘルパーを頼もうとしても、もう父は嫌だって言うから。最初から他人に慣れていれば、全部が違っていたと思います。」
■ これから突然介護が始まった方へ
「自分だけでしなきゃと思わないでほしい。身体の介護よりも気持ちの消耗の方が大きい。兄弟がいるなら遠くてもいいから声をかけて、実際に動けない人にはお金で助けてもらう形を考えてほしい。」
また、介護認定を「待つ」のではなく、「申請しながら同時に自費サービスも検討する」ことが、早期の孤立を防ぐ鍵だと語っています。
・退職後、毎月の生活費と介護費用はどこから出すか具体的に答えられるか?
・配偶者・兄弟など家族との役割分担・金銭的な合意は取れているか?
・介護が終わった後(5年後・10年後)の自分の生活をイメージできているか?
ピッタリの施設を提案します
ピッタリの施設を提案します
ピッタリの施設を提案します
親の介護で退職しても大丈夫?要介護度別の退職前に確認すべきこと
退職を決める前に、「お金・キャリア・精神的負担」の3つを数字で直視してください。感情だけで決断すると、後戻りできない状況に追い込まれるリスクがあります。
平均4.7年、長ければ10年以上にもなる介護期間の間に何が失われるかを、要介護度別に確認します。
金銭面:退職前に確認しておくべきポイント
退職を後悔した方の多くが、退職後に「お金が足りない」と気づいています。「介護費用を払えるかどうか」だけでなく、「老後の自分の生活が成り立つか」まで確認してから決断することが重要です。
まず、介護にかかる費用の目安を要介護度別に確認しておきましょう。
このコストを念頭に置いたうえで、以下の5つの判断軸を確認してください。全部○であれば、退職しても金銭的なリスクは低いと判断できます。
軸⑤については、見落としやすい落とし穴があります。在職中は会社が半分負担していた厚生年金保険料が、退職と同時に全額自己負担の国民年金に切り替わります。退職後に厚生年金の加入期間が短くなると、将来の年金受給額も下がります。介護期間が5年・10年に及ぶ場合、その影響は数十万円規模になることも珍しくありません。
・退職後、毎月の介護費用+生活費をどこから捻出しますか?
・介護が5年以上続いた場合、手元の貯蓄は持ちますか?
・厚生年金が減少しても、老後の生活は成り立ちますか?1つでも答えに詰まる場合は、退職ではなく介護休業・時短勤務・介護保険サービスの活用を先に検討してください。
キャリア面:退職前に確認しておくべきポイント
介護退職した方の多くが「復職できると思っていた」と振り返ります。
しかし、年齢・スキルのブランク・採用市場の現実という3つの壁が同時に立ちはだかります。
特に正規職員として長年勤めた方ほど、同等条件での再雇用は難しいのが現実です。
以下の4つの判断軸を確認してください。全部○であれば、退職してもキャリアリスクは比較的低いと判断できます。
退職年齢と離職期間の組み合わせによって、復職の難易度は大きく変わります。
・介護が終わったとき、あなたは何歳になっていますか?
・5〜10年のブランク後、同じ職種・同じ年収水準で採用される自信がありますか?
・「復職できる」という前提が崩れたとき、どうしますか?
精神面:退職前に確認しておくべきポイント
在宅介護に専念するために退職しても、精神的負担は軽くなるどころか増大するケースが多くあります。
以下の4つの判断軸を確認してください。全部○であれば、退職後の精神的リスクは比較的低いと判断できます。
要介護度が上がるにつれ、介護者が担う内容・時間・精神的負担は急増します。「仕事を辞めれば余裕ができる」という考えは、要介護3以上では成り立たないことが多いです。退職前に、外部のプロのサポートを最大限活用しても限界があるかどうかを先に確認してください。
・24時間介護を専任で担い続けても、自分自身の健康を守れますか?
・親から暴言・暴力があったとき、「職場」という逃げ場なしに対処し続けられますか?
・介護に専念しながら、5年後の自分の精神状態を想像できますか?
介護退職前に会社・社会で利用できる制度とサービス
退職を考える前に、会社と社会の制度を使い倒すことが先決です。介護休業・介護休暇・外部サービスを組み合わせれば、仕事を辞めずに介護と両立できるケースは多くあります。
まず会社の制度を確認する|介護休業・介護休暇・短時間勤務
介護のために会社を辞める前に、法律で定められた会社の制度を使う権利があります。
介護休業は「介護のための準備期間」として位置づけられています。
ケアマネジャー(介護支援専門員)の手配・施設探し・サービス開始の調整に使う制度です。「介護のために丸ごと休む」ためのものではないため、合わせて外部のサービス体制を整えることが必要です。
・就業規則に「介護休業」の規定があるか確認する(法律上の最低基準より手厚い場合もある)
・パート・有期雇用の場合も、条件を満たせば取得できる
・申請は口頭ではなく書面で行い、会社に記録を残す
要介護度別|外部サービスの組み合わせと両立モデルケース
会社の制度だけでは限界があります。介護保険サービス(ヘルパー・デイサービス・ショートステイなど)を組み合わせることで、仕事を続けながら在宅介護が可能になります。
ショートステイ(短期入所生活介護)とは、親を数日〜数週間、施設に泊まってもらえるサービスです。
「親に申し訳ない」と感じる方も多いですが、介護者が倒れれば在宅介護自体が成り立たなくなります。

両親2人の介護をしながら正社員を続けた体験談
子育て中(小学生・中学生)に父(要介護4・入院中)と母(要介護1・認知症)の2人同時介護が重なった、いわゆる「トリプルケア」の状況で就業を継続しているアルトマリンさんの事例です。「退職しかない」と追い詰められた状況から、地域包括支援センターへの相談でサービス体制が整い、子育てと仕事と介護の3つを両立できるようになりました。
【インタビュー情報】
・性別:女性
・年齢:40代
・職業:正社員(在宅勤務あり)
・子供:小学生・中学生(複数)
・きょうだい:1人っこ
・状況:子育て中に父(要介護4・入院中・特養待ち)と母(要介護1・認知症)の2人を同時に介護しながら就業継続中
アルトマリンさん:地域包括支援センターに行ったのがきっかけで、ケアマネジャーさんがついてくれて、ヘルパーは週7日、リハビリは週2日、宅配弁当、そしてショートステイと、サービスをフルに組み合わせてもらえました。子供たちもお金のかかる時期ですし、収入が途絶えたら家庭が立ち行かなくなる。仕事はやっぱり続けた方がいいと強く思います。
「親の前で泣いた日も─」(もっと読む)
■ 子育て・仕事・介護が同時に重なった日々
子供たちが小学生・中学生の時期に、父の転倒・入院と母の体調不良が重なりました。きょうだいはおらず、頼れる人がいない中で、育ち盛りの子供の世話、正社員の仕事、そして両親2人の介護を1人で抱える状態になりました。「子供達の親でもあり、仕事もあり、でも年老いた両親の面倒をみないといけない状況に、これからどうしたら良いのだろうと途方に暮れて、両親の前で泣いた日もありました」と振り返ります。最もしんどかった時期は毎日高速で往復2時間かけて実家に日帰りし、それが1週間続いたこともあったといいます。
■ 転機となった地域包括支援センターへの相談
ネットで調べて地域包括支援センターに相談しに行ったことが転機になりました。ケアマネジャーがつき、介護認定を取り直しながらサービスを整備。ヘルパー週7日・リハビリ週2日・宅配弁当・ショートステイをフルに組み合わせた体制ができあがりました。現在は母が平日5日間ショートステイを利用し、土日にアルトマリンさんが実家に戻って一緒に過ごすという形で安定しています。「誰かしらの目が入っているというだけで、私もちょっと安心して生活ができました」と話します。
■ 見守りサービスが繋いだ、地域のネットワーク
地域包括支援センターへの相談時に、市の見守りサービスへの登録も案内してもらいました。登録したことで民生委員さんの定期的な訪問が始まり、自分では気づけなかった実家の状況を教えてもらえる人ができました。
民生委員さんから「お母さんが別の曜日にゴミ出しをしていて、近所の方からクレームが来ている」と知らされたのも、そのつながりがあったからこそでした。すぐに市の無料ごみ収集サービスを申し込み、ごみの仕分けはヘルパーさんに対応してもらうことで問題が解決しました。「見守りサービスに登録するだけで、こんなに地域のネットワークが広がるとは思っていなかった」と話しています。
■ サービスが整って、子供や夫との時間が戻ってきた
サービスを導入してから最も変わったのは「メリハリができたこと」だといいます。「介護もしながら、自分の家族、子供たちと主人との生活も大事に過ごせるようになった」と話します。ショートステイで母が施設にいる時間を使って、娘と音楽フェスに行けたことも印象に残っているといいます。「好きなアーティストのライブに行けたらいいなという楽しみが、しんどい時も頑張れる原動力になっています」と話しています。
■ 退職を踏みとどまった理由──子供の将来と両親の生活を守るため
退職の選択肢はほぼ即座に「ない」と判断したといいます。「子供たちも小学生・中学生でお金のかかる時期ですし、両親も年金暮らしで先が見えない状況なので、私からある程度援助が必要になると思うと、やっぱりやめられなかった」と語っています。収入を守ることが、自分だけでなく子供たちと両親全員を支えることだと気づいていたといいます。
■「相談できる人が多くいることが大事」──1人で抱えないためにできること
最後に強調したのは「相談できる人を多く持つこと」でした。ケアマネジャー、ヘルパー、民生委員、そして職場の同僚にも同じく介護中の人が何人かいて、「最近どう?」と話せる関係があることが息抜きになっているといいます。「自分1人じゃないんだなって、相談できる人がいっぱいいるというのがすごくありがたい。」と話しています。
・最初の一歩は「地域包括支援センター」への相談。ケアマネジャーをつけてもらうことがすべての起点になる
・見守りサービスに登録すると民生委員と繋がれる。自分が知らない実家の状況を教えてもらえる「目」が増える
・サービスは1つではなく複数を組み合わせる。ヘルパー・デイ・ショートステイで「介護者の空き時間」を設計する
・在宅勤務・フレックスタイムを活用し、通院介助・急な呼び出しへの対応コストを下げる
・職場・ケアマネ・民生委員・同じ立場の同僚など「相談できる人」を複数持つことが精神的な支えになる
番外:会社の制度が使いにくい環境にいる方へ
中小企業・シフト制・自営業・フリーランスの方は、制度が整っていない・取り出しにくい職場環境にいるケースが多くあります。
法律上の権利はあっても、現実に使えるかどうかは職場環境次第です。
以下の方法で対処してください。
「申請したら職場の空気が悪くなる」と感じる方も多くいます。
しかし、制度を使わずに退職すると、給付金・雇用保険・厚生年金のすべてを失います。
まず匿名で「仕事と介護の両立支援ナビ(厚生労働省)」に問い合わせるところから始めてください。
・地域包括支援センター:介護サービス全般の相談(無料)
・ハローワーク:介護休業給付金の申請・再就職支援
・労働局(都道府県):介護休業制度の権利相談・紛争解決
・仕事と介護の両立支援ナビ(厚生労働省):オンライン相談窓口
介護で退職する人が使える制度と相談先
退職を選んだ後も、お金・キャリア・精神面のそれぞれに使える制度と相談先があります。退職直後に何も手を打たないと、経済的な消耗と孤立が同時に進みます。退職が決まったら、まずこの3つの軸で動いてください。
金銭面|退職後に使える給付・軽減制度
介護を理由に退職した場合、「特定理由離職者」として認定されると、雇用保険の失業給付における3ヶ月の給付制限が免除される場合があります。
退職したらすぐにハローワークへ行き、介護退職であることを申告してください。申告しないと、通常の自己都合退職と同じ扱いになります。
加えて、国民健康保険料・国民年金の負担軽減制度も合わせて申請することで、退職直後の支出を抑えられます。
①退職後14日以内に市区町村窓口で国民健康保険への切り替え手続きを行う
②ハローワークに介護退職であることを申告し、「特定理由離職者」の認定を受ける
③国民年金の免除・猶予申請を年金事務所に行う(退職後、所得が下がったタイミングで申請)
キャリア面|退職後の状況に応じてできること
「介護が終わったら再就職すればいい」という考えは、準備なしでは成立しません。
失業給付を受けながら、介護の合間でできることからスキルと選択肢を広げることが重要です。
・退職後すぐにハローワークへ登録し、特定理由離職者の認定を受ける
・失業給付の受給期間中に、受講できるハロートレーニングを調べておく
・在宅可・短時間可の求人を「介護中の自分でも働ける条件」として把握しておく
精神面|心の健康を保つ方法と相談先
退職して介護に専念するほど、介護者自身が孤立・燃え尽きに陥るリスクが高まります。
「仕事をしていないのだから頑張れるはず」という思い込みが、無理をさせ続けます。
介護は感情労働です。1人で抱え込まずに相談することが介護を続けるための行動です。
「相談するほどのことではない」と感じる段階が、最も相談するべきタイミングです。
身近な人に話せない場合は、匿名で話せる電話相談から始めることで構いません。
・眠れない・食欲がない・涙が出る:心療内科・精神科へ。早期受診が回復を早める
・誰とも話していない・外に出ていない:地域包括や家族介護者交流会へ。1人でも行ける
・親に怒鳴ってしまう・消えてしまいたいと思う:こころの健康相談ダイヤルへ。匿名で話せる