介護リハビリにおける心理的問題と解決法

介護リハビリにおける心理的問題と解決法

少子高齢社会である現代において、介護リハビリが抱える問題は様々です。本コラムでは介護リハビリの目的から、介護を担うご家族のストレス低減の為にできることについても紹介しています。

上田 幸彦 教授・心理相談室室長
沖縄国際大学 総合文化学部 人間福祉学科
博士(心理学)・公認心理師・臨床心理士
日本心理学会、日本心理臨床学会、日本認知行動療法学会、日本健康心理学会
早稲田大学大学院修士課程を修了後、国立福岡視力障害センターにて11年間勤務。その間アメリカにてリハビリテーション心理学の研修を受ける。久留米大学大学院心理学研究科博士課程を経て、2007年より現職。大学・大学院での教育・研究を行いながら、地域において高次脳機能障害、筋ジストロフィー、難病を抱える方々への心理支援・研究を行っている。

介護リハビリの目的

一般的なリハビリテーション、いわゆる医療リハビリは障害や疾病を負った後に、残存機能を高めて、生活の質(QOL)を落とさないようにするために行われます。一方介護リハビリは老化によって身体機能・生活機能が衰えないように維持していくために行われます。どちらも、人間の機能は使わないと衰える(廃用症候群)、使うことで維持される・高まるという考え方に基づいています。

介護リハビリで生じる心理的問題とその原因、解決法

医療リハビリと同様に介護リハビリにおいても、リハビリを順調に進めることを阻む様々な心理的問題が生じることがあります。例えば認知症の場合、認知症そのものから低下していくのは認知機能です。そしてこの認知機能の低下によって、生活の中の様々なことを行うことが難しくなっていきます。例えば記憶力の低下から、やるべきことを忘れてやらなかったり、あるいはやったことを覚えていなくて何度も繰り返して行ったりする等です。このような記憶力の低下から起こる問題に対しては記憶を補う対処法が必要になります。

しかし認知症の場合は認知機能の低下だけでなく、認知症に伴う行動・心理症状といわれるものが現れることがあります。認知機能の低下よりも、むしろこちらの症状の方が介護者の負担を増大させます。この症状としては、妄想、幻覚、興奮、抑うつ、不安、多幸、無為・無気力、欲求のコントロールが効かない(脱抑制)、ちょっとしたことで怒ったり泣いたりする(易刺激性)、徘徊、危険な食行動などがあります。これらの症状は、認知機能の低下だけから生じているものではなく、その人が置かれている環境、周囲の人との関りによって増えたり減ったりするものです。

行動・心理症状の解決法

認知症に伴う行動・心理症状には薬を処方する場合もありますが、それだけで解決することはあまりありません。このような症状に対しては行動分析という方法が行われます。これは問題となっている行動をよく観察し、その行動のきっかけとなっている要因、行動を持続させている要因を見つけ出し、それらを取り除くことによって問題となっている行動を減らしていくというものです。

以前に私は、介護施設に入所されている方が突然怒りだすため、施設のスタッフがどう対処してよいか分からなくて困っているというケースに行動分析を行ったことがあります。その方の怒りだす場面と時間帯を観察してもらい、その時に何をしていたのか、怒りだした後、周囲はどう接したかを一週間記録してもらいました。この観察記録から明らかになった怒り出すきっかけをやめてもらうことで、その方が怒り出すことはほとんど無くなったのです。このケースの場合、その方が怒り出すきっかけは、まだ十分に目が覚めていない状態で朝食に連れて行き、食事動作をさせているということでした。この行動分析の後、目が覚めて体を起こし十分に覚醒してから食事に連れて行くようにすることで、食事場面で怒りだすことは無くなりました。

介護リハビリにおける家族の役割

介護リハビリにおける家族の役割は、身体・認知機能が低下していく中でも、残されている機能をできるだけ使うような、そして低下していく機能を無理に使うことが無いような環境・関りを保ち続けることになります。そのような環境・関りを家庭で提供できるのであれば家庭で、家庭で提供するのが難しい場合は介護施設を利用することが、介護リハビリを受ける本人にとって一番重要なこととなります。

介護リハビリで生じる家族の心理的問題とその原因、解決法

しかし、この本人にとって最も望ましい環境でリハビリを続けることを阻む家族側の心理的問題があります。一つ目は、家族の中にある介護に対する考え方です。たとえば「家族の面倒は家族が見るべきだ」とか「親の面倒は子がするべきだ」という考え方があると、介護リハビリのサービスや施設を利用することをためらったり、利用することに罪悪感を感じたりすることがあります。そのために家族だけで、あるいは家族の中の一人だけが介護を抱え込むようになり、それによって家族は疲弊し、その結果、本人に必要な関りがますますできなくなるという悪循環に陥っていきます。介護リハビリのサービスや施設を利用していない場合、今一度自分の中もしくは家族の中にある「介護に対する考え方」を吟味してみてはいかがでしょうか。

二つ目は家族の中にある本人に対する見方です。これには介護を受ける本人の能力・現状を高く評価しすぎる場合と低く評価しすぎる場合があります。高く評価しすぎる場合には、本人ができるだろう、あるいは良くなるだろうと期待してしまい、その結果、できなかった時、悪くなった時に大きく落胆することになります。低く評価しすぎる場合には過保護になり、本人ができることも代わりにやってしまい、その結果、本人ができることがいっそう減っていくということになります。どちらも家族の中にある「本人に対する見方」を吟味して、本人の能力を思い込みで評価するのではなく、客観的な見方に基づいて援助を提供していくことが必要です。このような家族の中にある介護に対する考え方、本人に対する見方に気づいて修正していくやり方は認知行動療法と呼ばれています。

家族のストレスの低減

介護を家族の中で行うことが負担となりストレスとなって、介護を行う家族のメンタルヘルスが低下するということがあります。介護を行う家族が眠れなくなったり、うつ状態になったり、常に不安が高くなったりして、病院から精神安定剤の処方を受けながら頑張っている方もいらっしゃいます。また介護以外の自分の仕事や生活で生じているストレスからメンタルヘルスが低下し、そのために介護を必要とする家族に適切な関りができなくなるということもあります。メンタルヘルスが低下してくると、自分の関りがうまくやれていないと思ったり、罪悪感が生じたり、将来もっと悪くなるのではという予感がするようになり不安がいっそう大きくなるという悪循環に陥ります。

介護によるストレス、介護以外のストレス、どちらに対しても家族のストレスを少なくするためのストレス・マネジメントが必要です。ストレス・マネジメントとは、ストレスによって自分のメンタルヘルスが低下していることに気づき、自分のストレスの原因を知り、それへの対処の仕方を身につけるというものです。

前に述べた行動分析によって適切な関り方を知るということはストレスを低下させることに繋がりますが、それ以外に眠れないとか、不安が高まっているとか気持ちが落ち込むといったストレスによる症状(ストレス反応)には、リラクセーション(リラックスするための方法)が有効です。最近では特に、マインドフルネス瞑想法がストレスを低減するためには有効であることが知られるようになり、様々な場面で用いられるようになっています。

マインドフルネス瞑想法は、目を閉じて座り、自分の呼吸に意識を向ける、意識が呼吸から離れたらまた戻す、という単純なものですが、これによってリラクセーションも生じ、さらに自分にストレスをもたらしている悪い考えにとらわれなくなるという効果があります。

おわりに

家族を介護することで家族の誰かが犠牲になる、あるいは家族の誰かの人生が台無しになるということがあってはなりません。家族以外で介護リハビリを提供できる施設を積極的に利用することが重要です。

介護リハビリを阻む心理的問題の解決には公認心理師に相談すると良いでしょう。行動分析、認知行動療法、マインドフルネス瞑想法は公認心理師が行います。介護施設に公認心理師がいない場合には、各都道府県に公認心理師協会がありますので、そちらまで問い合わせてみると公認心理師を紹介してくれると思います。