介護施設における虐待防止のための取組みやよりよい施設の探し方について

介護施設における虐待防止のための取組みやよりよい施設の探し方について
介護業界が抱える問題は様々ですが、中でも「虐待」に関する問題は深刻です。本コラムでは虐待防止の取り組みから、より良い施設の選び方まで紹介します。
山本 秀樹 准教授・福祉学専攻主任
関西国際大学 教育学部 教育福祉学科
日本地域福祉学会、日本社会福祉学会、日本福祉教育・ボランティア学習学会、大学教育学会、防災教育学会
関西大学大学院社会学研究科博士課程後期課程単位取得満期退学。修士(社会学)。特別養護老人ホーム、専門学校、短期大学での勤務を経て、2006年4月より現職。社会福祉法人や認定NPO法人の理事、自治体の社会保障審議会委員、高齢者虐待防止に関する公的委員など。
研究領域は「高齢者福祉」「経験学習」。フィリピンの山間部のコミュニティで持続可能な教育環境支援プログラムの開発に取組んでいる。

1. 介護現場における介護虐待の現状

「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律(以下、高齢者虐待防止法と言う)」は、平成18年4月1日に施行されました。高齢者虐待を「養護者による高齢者虐待」と「養介護施設従事者等による高齢者虐待」1の二つに分けて、「身体的虐待」「介護・世話の放棄・放任」「心理的虐待」「性的虐待」「経済的虐待」の5つの行為を規定しています(表1参照)。

高齢者虐待防止法では、「高齢者」を 65 歳以上の者と定義していますが、65歳未満であっても介護保険法に規定されているサービスの提供を受ける障がい者については、「高齢者」とみなして、「養介護施設従事者等による高齢者虐待」に関する規定が適用されます。

高齢者虐待の状況については、毎年、厚生労働省によって調査結果が公表されています。令和4年度の調査結果2を見ると(図1参照)、養介護施設従事者等による高齢者虐待の相談・通報件数は2795件、虐待判断件数は856件と過去最大の値となりました。これは、高齢化の進展に伴って高齢者の割合が増加していることや、高齢者虐待に関する社会的な認識が高まり、相談や通報の必要性が定着してきていること等が考えられます。なお、令和2年度に数値が一旦減少しているのは、新型コロナウイルスの拡大に伴う面会制限等によって、外部の目が届きにくくなったことが指摘されています。

(表1)養介護施設従事者等による高齢者虐待
養介護施設従事者等による高齢者虐待の行為
身体的虐待 高齢者の身体に外傷が生じ、又は生じるおそれのある暴行を加えること。
介護・世話の放棄・放任 高齢者を衰弱させるような著しい減食又は長時間の放置その他の高齢者を養護すべき職務上の義務を著しく怠ること。
心理的虐待 高齢者に対する著しい暴言又は著しく拒絶的な対応その他の高齢者に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと。
性的虐待 高齢者にわいせつな行為をすること又は高齢者をしてわいせつな行為をさせること。
経済的虐待 高齢者の財産を不当に処分することその他当該高齢者から不当に財産上の利益を得ること。
(出典)厚生労働省「令和4年度『高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律』に基づく対応状況等に関する調査結果」

介護現場における虐待の発生要因(表2参照)を見ると、「教育・知識・介護技術等に関する問題」が最も多く、次いで「職員のストレスや感情コントロールの問題」、「虐待を助長する組織風土や職員間の関係の悪さ、管理体制等」、「倫理観や理念の欠如」、「人員不足や人員配置の問題及び関連する多忙さ」、「虐待を行った職員の性格や資質の問題」となっています。虐待が発生する背景として、「専門職としてのスキル」「組織風土や人間関係」「人員不足」といった問題を抱えていることがうかがえます。

(表2)虐待の発生要因(複数回答)
(出典)厚生労働省「令和4年度『高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律』に基づく対応状況等に関する調査結果」

この他にも、都道府県別の通報件数や、認知症や要介護度との関係、虐待を行った養介護施設従事者等(虐待者)の状況等を見ることができます。関心を持たれた方は、是非一度ご覧下さい。

2. 介護虐待防止のために施設で行われている対策や取組み

高齢者の権利擁護に向けて、介護サービス等の提供における制度的な枠組みの充実も図られています。令和3年度の介護報酬改定・基準省令改正によって、すべての介護サービス等を対象として、高齢者虐待防止のための体制整備が求められることとなりました。

虐待の発生又はその再発を防止するため、①虐待防止のための対策を検討する委員会の定期的開催、②虐待の防止のための指針の整備、③虐待の防止のための従業者に対する研修の定期的な実施、④虐待の防止に関する措置を適切に実施するための担当者の設置、といった4点を整備することが必要になっています。経過措置の期間中は努力義務でしたが、令和6年4月1日から義務化されますので、当然、全ての介護サービス等で整備されていることになります。

あわせて、身体拘束についても原則禁止に向けた取組みが進められています。一例になりますが、「身体拘束の徘徊や転落しないように、車いすやいす、ベッドに体幹や四肢をひも等で縛る」「自分で降りられないように、ベッドを柵(サイドレール)で囲む」「手指の機能を制限するミトン型の手袋等をつける」「行動を落ち着かせるために向精神薬を過剰に服用させる」等があります。利用者の尊厳を無視した安易な身体拘束は重大な人権侵害であり、もちろん高齢者虐待に該当する行為になります。

介護保険指定基準にも「身体拘束禁止規定」が盛り込まれており、一時的に発生する突発事態のような極めて例外的な「緊急やむを得ない場合」3を除いて、「身体的拘束その他入所者の行動を制限する行為は行ってはならない」と明記されています。さらに、身体拘束等の適性化のための義務(①委員会の定期開催、②指針の整備、③研修の定期的実施)に違反する事業所については、身体拘束廃止未実施減算として施設の基本報酬が減額されることになっています。つまり事業所の収入が減るということで強制力のある枠組みであると言えるでしょう。

3. よりよい施設をさがすために

1)自宅で確認できること

まずは、オンラインを利用して情報収集をしてみましょう。制度的な介護サービスの情報公開は、介護保険法に基づいて平成18年4月からはじまっています。Webサイト「介護事業所・生活関連情報検索~介護サービス情報公表システム「https://www.kaigokensaku.mhlw.go.jp/」では、無料でいつでも遠慮なく全国約21万か所の「介護サービス事業所」の情報を検索・閲覧することができます。介護保険法に基づく全26種類54サービスの事業所や施設が公表されており(年間収入が100万円以下の事業所は公表の対象外)、掲載されている基本情報の読み解き方についても解説されています。例えば、「利用者等の意見を把握する体制」や「第三者評価等の実施状況」「従業者の資質向上に向けた研修等の取組み」等は、利用者本位の事業運営やサービス提供の透明性、従業員のスキルアップに取組んでいるかどうかの確認ができます。

調査結果4からは、虐待があった施設・事業所のうち、過去に虐待が発生していた割合は21.3%あり、過去に何らかの行政指導等が行われていた割合は27.1%あったことがわかっています。組織としてガバナンス(管理体制)やコンプライアンス(法令遵守)に問題を抱えていると言えるでしょう。さらに、一部の各自治体のホームページでは、介護サービス事業者が違反行為を行った際に行政処分の対象となった事業者が公表されていますので参考にするとよいでしょう。

2)見学で確認しておきたいこと

「百聞は一見に如かず」の故事の通り、やはり自分で実際のケアの様子を確認しておきたいところです。虐待につながるリスクとして、「不適切なケア」の存在が指摘されています。ここで言う「不適切なケア」とは、虐待とは言えないものの、専門職の仕事としては「よい」とは言えないものを指します。一例ですが、「利用者を子どもや友達のように扱う」「命令口調や威圧的な態度で接している」「訴えを無視したりいい加減な応答や態度をとったりする」「急かすような態度や行動を強いる」「汚れやゴミ、異臭があっても無関心でいる」「ケアが流れ作業のようになっている」「漫然と退屈そうな時間を過ごしている」「利用者が目の前にいるのにスタッフの私語がとまらない」等があります。

虐待防止には、これら「不適切なケア」に気付いて「よりよいケア」へと転換させていく取組みが大変重要になってきます。実際の見学では、専門的なスキルが無ければできない「なるほど」と思えるケアが実践できているのか、五感をつかって確認していきましょう。案内人の説明を一方的に聞くだけではなく、見学者に対する利用者やスタッフの表情や関わり方からも見えてくるものはあるでしょう。一般的な感覚で、「これってどうだろう?」と疑問に感じることは、遠慮なく質問をしてもらいたいと思います。

また、近年では阪神・淡路大震災、東日本大震災、能登半島地震等の経験もあって、大規模災害への備えが大きな話題となっています。浸水想定区域や土砂災害警戒区域内の要配慮者利用施設(市町村地域防災計画に位置付けられているもの)の管理者等には、「避難確保計画」の作成及び「避難訓練」の実施が義務付けられています。また、災害等によってライフライン等が寸断された場合であっても、最低限のサービス提供を維持していくための方法や手段を定める「事業継続計画(BCP)」の策定も義務付けられています。万が一に備えて、施設がどのような準備を整えているのかについても確認しておきたいところです。

4. まとめ

介護現場における高齢者虐待について述べてきましたが、忘れてはならないことは、ほとんどのスタッフは専門職としてその職責を全うするために、日々研鑽を重ねているということです。福祉・介護業界は深刻な人手不足の状況にありますが、それでもその人らしい暮らしを支えることができるよう、やりがいと誇りを持って創意工夫しながら個人や組織でよりよいケアに向けた実践に取組んでいます。

施設の選び方では、大切な家族が不適切な扱いによって権利利益が侵害されないよう、よりよい環境をしっかりと見定めていくことが重要です。あわせて、サービスの利用がはじまっても全てを施設に任せきりにするのではなく、面会時に本人やスタッフから日常の生活の様子を聞いたり、施設の行事に参加したり、または家族会等に参加することで引き続き施設の運営に関心を示していくことが権利擁護のためには必要でしょう。

 

【引用・参考】
1老人福祉法や介護保険法で規定されている高齢者向け福祉・介護サービスに従事する職員すべてが対象となる高齢者虐待。
2厚生労働省「令和4年度『高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律』に基づく対応状況等に関する調査結果」https://www.mhlw.go.jp/content/12304250/001180261.pdf(2024.3.19閲覧)
3緊急やむを得ない場合であっても「切迫性」「非代替性」「一時性」の3つの要件を全て満たし、要件の確認等の手続きが極めて慎重に実施されていることが必要。
「切迫性」利用者本人または他の利用者の生命または身体が危険にさらされる可能性が著しく高いこと。
「非代替性」身体拘束その他の行動制限を行う以外に代替する介護方法がないこと。
「一時性」身体拘束その他の行動制限が一時的なものであること。
4厚生労働省「令和4年度『高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律』に基づく対応状況等に関する調査結果」https://www.mhlw.go.jp/content/12304250/001180261.pdf(2024.3.19閲覧)
5.社会福祉法人東北福祉会 認知症介護研究・研修仙台センター「施設・事業所における高齢者虐待防止のための体制整備-令和3年度基準省令改正等に伴う体制整備の基本と参考例-〔令和4年3月版〕」https://www.dcnet.gr.jp/pdf/download/support/research/center3/410/s_2022_bessatu_sassi.pdf(2024.3.19閲覧)