• 在宅介護
  • 【公開日】2024-03-12
  • 【更新日】2024-03-12

介護を通して家族介護者が得られるもの
~介護の肯定感を高めるためにできること~

介護を通して家族介護者が得られるもの<br>~介護の肯定感を高めるためにできること~

今介護が苦しい、辛いと感じる日々を送られている方に少し介護の手を止めて読んでいただけると幸いです。そして心が軽くなる…もう少し介護を頑張ってみようかな…と思ってくださることを心より祈っています。

 檪 直美 教授
福岡大学医学部看護学科
日本看護科学学会、日本在宅ケア学会、日本看護研究学会など
産業医科大学医療技術短期大学卒業後、総合病院に看護師として11年勤務。その後短期大学講師、福岡県立大学看護学部准教授を経て現職に至る。専門は老年看護学、高齢者ケア、家族介護者ケアであり北九州市立大学大学院社会システム研究科において博士(学術)の学位を取得。主な論文:「家族介護者の介護肯定感形成のための対処行動の検討」、「家族介護者の介護力構造因子における関連要因と介護負担感への影響」、「地域包括ケアに向けて多職種連携の在り方の検討」など
社会活動:グループホーム第三者評価委員長、地域包括支援推進委員、介護アドバイザーなど地域高齢者の健康活動や家族介護者支援に取り組み、地域公開講座の講師など

1.家族介護者を取り巻く現状について

家族介護者とは在宅で主に介護をなさっているご家族のことです。そして家族介護者が現在どれほどこの国に存在するのでしょうか。高齢化率が30%というまさに日本が迎えている超高齢社会は世界でも類をみない速さで進んできました。平均寿命も男女ともに世界のトップクラスです。平均寿命が延びて長生きしても、自分で自分のことが出来なくなり介護が必要になれば家族にも迷惑をかけ、生きている意味がないと思われる方は少なくないと思います。

現実、80歳代になると介護が必要となる状態は急速に高まり、85歳以上になると半数が要支援・要介護の状態になっています1)。実際には介護認定を受けていない場合もありますので、もっと多くの高齢者の方が誰かの手助けを必要としているのだと考えられます。高齢の家族の介護は、家族にとっては予測もできない突然の出来事として経験する場合もあります。

脳卒中や転倒・骨折などは予測が難しく、認知症は気づかないうちに進行していることも多く高齢になればそれだけ発症する割合が高まります。

介護保険制度が始まり色々なサービスを使えることで、介護の負担が軽減された側面もありますが、家族介護者は孤立しやすく、現状の制度や法律では家族介護者をサポートするには限界があります。

2.介護による家族介護者の大きな負担

家族介護者は予測もしていなかった介護に直面した時、仕事を辞めざるを得ないことでの経済的な心配や、誰に助けてもらえるのか、いつまで続くのかといった大きな不安や緊張感を抱えます。そのため介護のストレスがとても大きくなります。介護によって身体や心のストレスの反応として、眠れない、食欲がない、便秘や肩こり、頭痛、イライラ感など多様な症状から家族介護者の健康が損なわれることがあります。

このような状態が続いても誰にも相談できずに一人で苦悩を抱え込み、自分の人生を諦めて苦しむ家族介護者がとても増えています。特に男性の家族介護者は孤立しやすく介護のストレスに加えて不慣れな家事や共倒れするのではないかという先の不安も強い傾向にあるとされています。また周囲も家庭内という密室のため気づくことができずに高齢者虐待の末に殺人や心中に至るケースもあり、深刻化することが少なくありません。

ではどうすれば家族介護者の苦悩を少しでも軽くすることができ、介護を続けながらも自分の人生も大切に生きることができるのでしょうか。

3.家族介護者に必要な介護力とはどのようなものでしょうか

私はこれまで介護相談会や介護アドバイザーなどで家族介護者の苦しみや悩みなどに耳を傾け相談を受ける機会を多くいただいた経験から、家族介護者のもつ力、すなわち介護力を引き出すことがとても重要だと感じています。相談に来られた家族介護者は介護の辛さや苦しみを訴えます。家族介護者も辛いことでしょうが、介護を受けている方自身も、家族に迷惑をかけていると感じ、誰の何の役にも立たない、生きているのが辛いときっと思っていることでしょう。

そのような場合よく話を聞いて一緒に悩み、同じ経験をしている家族介護者の話を聞いていくうちに、考え方の転換や気持ちの切り替えが上手になり、介護とうまく付き合う方法を見つけていく方は少なくありません。ですから家族介護者の持つ介護力とは単に要介護者の世話をするための介護の知識や技術という能力だけでなく、介護とうまく付き合い、介護を通して自分も成長できたと実感できることや、自分自身の人生においてプラスになると考えられるような肯定的な思考や工夫ができるようになることです。

そういう介護力を持っている家族介護者は意外と多いのですが、なかなか自分では気づきにくいものです。そのため介護相談員や介護アドバイザーが家族介護者に寄り添い、介護力を引き出していくという支援をします。しかしそういう方が身近におられない、あるいはそういう場に出ていくことができない家族介護者も多いことから、ぜひ家族介護者ご自身で少しでも介護力を高めて介護の苦しみを軽くしていただきたいと思います。

その介護力の中でとても重要なことは介護肯定感をいかに持つかということです。次は介護肯定感について少し詳しくお話します。

4.家族介護者が介護肯定感を持つことの重要性について

介護肯定感とは、家族介護者が介護に対して感じる肯定的な思いや喜び、成長感などのことです。具体的には次のようなことです。

・介護について、できることが増えた
・自分が楽しむ時間をうまくとれるようになった
・無理や我慢をしない工夫ができるようになった
・相談できる人・仲間ができた
・家族の役割がうまくできるようになった
・家族の絆が深まった
・要介護者から感謝されていると感じる
・介護の知識や情報が増えた
・自分自身の健康の大切さに気付き、健康がありがたいと感じるなど

しかしこの介護肯定感は日々の大変な介護の中でなかなか感じとることは難しく、どうしても介護は辛くて、大変なものだと捉えがちです。ですが、介護を続けていくためには家族介護者の身体や心が疲れ果ててしまわないよう、ご自身のケアをしなくてはなりません。

そのケアの中でとても大切なことが、介護肯定感を高めていくことなのです。これは介護の負担感を軽減するために大変重要なことで、これまでと同じ介護の状況であっても、以前よりうまく介護に取り組むことができるようになり、介護が長続きします。特に認知症高齢者の家族介護者は精神的な負担感が大きく、介護の破綻を招きやすいので、介護肯定感を持つことがとても必要です。

これだけ人々が長生きするようになったということは、今介護をしている家族介護者もいずれは介護が必要となり、誰もが介護し介護される立場になりうるのです。ですから介護に対してただ苦しい、辛いという介護負担感を持つだけでなく、自己成長の機会となるよう介護肯定感を高めていきましょう。

5.介護肯定感を高めるために必要なこと

では具体的に日々の介護を通して介護肯定感を高める方法についてお話しします。

  • できていることに目を向けて小さな達成感を積み重ねていきましょう。

介護で、できなかったことや、失敗したことだけを反省するのではなく、今日一日できたことや、少しでもうまくなったことに目を向けて小さな達成感を持つことが大切です。その達成感が自信となり、明日はもっとうまくやれる気がします。

できなかったことではなく、できたことをしっかり認めて自分を誉めてください。少しずつ慣れていくことで知恵や技が身につき、日々できることが増えてくるはずです。

  • 同じ介護を頑張っている人や介護の先輩等と仲間をつくりましょう。

同じ経験をしている方には介護の大変さだけでなく、やりがいなども共感し合えます。同情されるのではなく、共感し合えることが心の充足につながります。身近な家族会や相談会等に行くことをお勧めします。介護の先輩もしっかりと話を聞いてくださりとても参考になります。また医療や介護の専門職に寄り添ってもらうことで、最初は苦しいだけの介護も達成感や満足感につながることがあります。

  • 介護から離れて自分の時間を少しでもつくり、趣味を持ちましょう。

介護から離れる時間がとても大切です。自分だけ楽しんだら申し訳ないという気持ちは持たずに、少しでも離れることができる時間をつくり自分の趣味を楽しんでください。介護を忘れる時間は家族介護者の心身のメンテナンスには欠かせません。

趣味を持たない方は、美味しいものを食べたり、きれいな景色を見たりするだけでも身体が喜びます。感動や感謝の気持ちは免疫力も高めます。ぜひこのような時間をつくれる工夫をしてみてください。

  • 自分の身体に耳を傾け、健康への意識を高めましょう。

身体は正直です。体調がいつもと違うなと思うときは注意が必要です。眠れない、食欲がない、頭痛がするなどの症状は身体のSOSのサインです。血圧が高くなったり、動悸息切れなど心臓への負担もあります。そのようなときは少し休むことが必要です。

頑張っているときほど気持ちは高ぶっているため身体の変化には気づきにくいものです。少しの自分の身体の変化に気づけるよう、身体の声を聴いてください。

  • 周囲に援助を求めたり、助けてほしいとい声にだすことが大切です。

周囲で助けてくれる人はいないと思い一人で抱え込んでしまう家族介護者は多いと思います。ご近所にも知られたくない、子供に迷惑をかけたくないと思うのでしょうが、介護は今や誰にでも身近な出来事です。お互い様ですから、家族や親類にも介護の役割を担っていただき、地域にも助けてほしいと声を出すことが必要です。

また身近な地域包括支援センターや家族会、相談会などでも様々な支援について情報提供をしてくださいます。少し勇気を出して言葉にして伝えてみてください。

  • 辛かったり、苦しいときは感情を吐き出し涙を流してみましょう。

日々の介護のストレスは蓄積されていきます。蓄積されたストレスは自律神経の乱れにつながり、様々な不調が現れます。ストレスを発散するための自分の時間が持てないときには思いっきり泣くことも必要です。涙を流すとすっきりとした経験があると思います。流涙にはストレスを和らぐ効果があるとされています。大人になると泣くことが減りますが、映画やドラマなどを観て思いっきり泣くことでも介護のストレス軽減に効果がありますので、ぜひ試してみてください。

 

介護肯定感を高めるためにできることを1つでも日々の介護生活に取り入れてください。そして介護を通して家族介護者も成長し、自分の人生も大切になさってください。

 

【参考・引用文献】
1)厚生労働省,2019年介護保険事業状況報告書,第1号保険者数、認定者数;2311-z1.xlsx (live.com)(検索日2024年2月29)