認知症者の暮らしを支える筋力と食事・栄養

認知症者の暮らしを支える筋力と食事・栄養
筋力の低下は日常生活に大きな支障をきたします。高齢認知症者における筋力の実態から、改善の為の食事・栄養管理について紹介します。
安武 健一郎 准教授
中村学園大学 栄養科学部 栄養科学科
管理栄養士、博士(薬学)
栄養治療学会(JSPEN)/病態栄養学会/栄養改善学会
中村学園大学を卒業後、平岡栄養士専門学校助手、独)国立病院機構で管理栄養士(厚生労働技官)、西九州大学講師・准教授を経て、2014年より中村学園大学栄養科学部准教授し現在に至る。2008年に福岡大学大学院にて博士(薬学)の学位取得。低栄養、認知症の栄養管理、高血圧予防などについて研究を行っている。
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高齢者における筋力の重要性:握力は全身の筋力の代表値

筋力は、体のバランスや姿勢の保持、歩行や運動をはじめ日常生活のあらゆる身体活動を行うために重要です。握力は、物を握る力、つまり腕や上半身の筋力の強さを示す指標ですが、面白いことに下肢の筋力やその他の部位の筋力の強さとも関係しています。そのため、握力は全身の総合的な筋力の代表値として活用されています。

握力が低い高齢者では、日常生活動作(着替えやトイレ動作、歩行など)や、手段的日常動作(買い物、屋外での生活など)といった自立度の指標が低下しています。また、握力の低い人はうつ症状や認知症などメンタル面の健康問題および孤独や孤立などの社会的な健康問題を多く抱えていることも報告されています[1]。

高齢者とサルコペニア

高齢者では筋肉や筋力、身体機能の低下がみられ、このような状態をサルコペニアといいます。日本に在住する1,991名の高齢者(平均年齢73歳)を対象に行われた研究では、男性の10.7%、女性の16.0%がサルコペニアと判定されました[2]。病院や介護福祉施設に入院・入居する高齢者や認知症者のサルコペニアの割合は、さらに高まります。サルコペニアは、転倒・骨折、寝たきり、誤嚥性肺炎などの原因になりますので、その予防は高齢者や認知症者において重要な課題です。

サルコペニアの診断方法や診断基準の詳細は割愛しますが、全身の筋力の代表値である握力が重要視されており、男性で28 kg、女性で18 kgを下回るとサルコペニアを疑います[3]。以前よりも、瓶やペットボトルの蓋を開けることが難しくなったと感じる場合は、筋力低下のサインかもしれませんので注意が必要です。

高齢認知症者の握力の実態

認知症者の筋力は、認知症の進行とともに低下します[4]。したがって、認知症者における筋力の状態を把握することは、生活の質や健康状態、サルコペニアの程度を理解する上で重要です。しかし、認知症が進行すると、認知機能の問題で握力を測定すること自体が難しいため、認知症者の筋力について詳しく調べた研究は少ない状況です。

私たちは、倫理的な手続きを行った上で、認知症グループホームに入居する49名の認知症者(平均年齢89歳、要介護3以上63.3%、認知機能中等度および重症者61.2%)の握力について実態調査を試みました。

その結果、49名のうち16名(32.6%)の方は、意思疎通不良、傾眠状態、拘縮(関節や関節の周囲にある筋肉や腱が動かしにくくなった状態)などの理由で握力測定ができませんでした。一方、握力を測定できた33名のうち29名(87.8%)は、サルコペニアの握力の基準値(男性で28 kg、女性で18 kg)を下回っていました。つまり、この研究に参加された認知症の方では、約3分の1の方がすでに握力測定を実施できない状態まで認知症者が進行し、握力を測定できた残り3分の2の方においても、そのほとんどで著しい筋力の低下がおこっていました[5]。

認知症者の握力低下やサルコペニアの重症化を予防するためには、十分な食事・栄養の摂取と身体活動の増加がキーワードです。食事・栄養のポイントは、本稿の後半で解説していますので参考にしてください。身体活動の増加については、認知症者の可能な範囲で調理者と一緒に料理や配膳、下膳、皿洗いなどを一緒に行ったり、ご家族や介護者と一緒に散歩や買い物に出かけたりして座位の時間を減らすなど、現在の習慣の一部として無理なく継続できそうなことを探してみましょう。

認知症と食事・栄養の問題

認知症者では、握力の低下やサルコペニアのほか、食事・栄養に関する問題が重要です。米国のナーシングホームに入居する重度認知症323名(平均年齢85歳)を対象に、食事・栄養の問題死亡の関係を調べた研究があります。対象となった認知症者の85.8%は、飲食物の咀嚼や嚥下(飲み込み)の異常、拒食、脱水、食事摂取量の低下など食事・栄養に関する何らかの問題を抱えていました。そして、18カ月間の追跡調査を行った結果、このような食事・栄養に関する問題を持っていた認知者の多くが、その期間中にお亡くなりになっていました[6]。

一方で、興味深いことに、栄養・食事の問題を持っていなかった認知症者のほとんどはご存命であったことが、この研究結果に示されています。認知症者に食事・栄養の問題がないか、問題がある場合は、次の食事・栄養の摂り方を参考に状況にあった適切な食事・栄養の管理を行いましょう。

高齢認知症者の食事・栄養の摂り方:5つのポイント

(1)食環境の整備

認知症者の栄養・食事において、嚥下や食事摂取量に関する問題は、食事を摂取する時の姿勢(ポジショニング)の改善や自助食器の利用、基本的な食事介助の方法を見直すことで改善する場合もあります。食事・栄養を安全に摂取することが基本になりますので、食事の際の姿勢、道具、介助方法などの食環境の改善について考えることはとても大切です。また、家族や友人あるいは介護者の方々と一緒に食事を囲むことは、認知症者の食事摂取量の改善に少なからず影響を与えると考えられます。

(2)体重と食事摂取量の定期的なチェック

高齢の認知症者では食事をしっかり摂取し、体重を適正に保つことが重要です。もし、体重が減少傾向にあるようでしたら、それは1日に必要なカロリーが不足しているサインです。過去3か月を振り返って「平均的な食事摂取量の減少」、「体重1 kg以上の減少」がないか確認しましょう。

認知症の症状や、食欲の問題などで食事摂取量が減少している場合は、認知症者の嗜好や食事スタイルにあう解決方法を探ります。たとえば、揚げ物や炒め物などカロリーの高い油脂類を多く使用する、調理が難しい場合はシーチキンやサンマ缶などの缶詰製品や、好みの冷凍食品を使用することがすすめられます。その他、中鎖脂肪酸(日清オイリオ)や、ごはんにあうソース(ジャネフ)など特別用途食品を利用すると、少ない手間で効率よくカロリーを摂取できます。1回の食事摂取量が減少している場合は、間食の時間を設け果物や牛乳・乳製品、いも類、菓子類などの嗜好食品を取り入れてもよいでしょう。

(3)筋肉と筋力を保つたんぱく質

筋肉や筋力を保つために特に重要な栄養素は、たんぱく質です。たんぱく質は、肉、魚、卵、大豆・大豆製品、乳・乳製品などに多く含まれています。これらの食品を、少なくとも毎食1品、可能であれば2品程度摂取することが理想的です。

高齢者では、若者と同量のたんぱく質量を摂取したとしても筋肉合成がなかなか高まりません。しかし、高齢者であってもたんぱく質を多く摂取すると握力や身体機能が改善または保持されることが報告されています[7] 。そのため、毎食の食事にたんぱく質食品を摂取することがすすめられます。

高齢認知症者の中には、咀嚼や嚥下機能が低下して、肉や魚などを通常の食形態で摂取できないことがあります。その場合は、主にインターネットを通して販売されている「ソフト食」や「ムース食」などの介護食を使用することも有用な選択肢と思われます。その他、大人のための粉ミルク(雪印ビーンスターク)や、アイソカルゼリー(ネスレ)などの特別用途食品を使用すると、たんぱく質を効率的に摂取できます。

(4)食事の質を「見える化」

近年、高齢者の食事では、多様な食品を摂取することの重要性が注目されています。我が国では、下表に示す「食品摂取の多様性スコア」が高齢者の食事の質を評価する方法として活用されています[8]。

これは、過去1週間、表中の10食品について、「ほぼ毎日食べる」場合に1点とする一方、「2日に1回食べる」、「週に1、2回食べる」、「ほとんど食べない」の場合は0点とし、その合計点を計算します。一般的に、この合計点数が7点以上であれば多様な食品を摂取できていると判定し、7点以下の場合は摂取頻度を改善できる食品について検討することがすすめられます。実際に、多様な食品を摂取している人ほど、筋肉量、握力、身体機能が高いことが知られていますし、認知症の予防にも貢献する可能性が示されています[9]。

(5)食物繊維は万能の栄養素

食物繊維を十分に摂取することは、がん、心筋梗塞、脳卒中など様々な疾患を予防することにつながります [10]。さらに、最近の研究において、食物繊維を十分に摂取して腸を健康に保つことは筋肉や筋力にも影響するという証拠が蓄積されてきています[11]。

しかし、私たち日本人において、食物繊維は不足しがちな栄養素であることがしられています。食物繊維が豊富に含まれている食品は、穀類(特に未精製穀類)、いも類、ナッツなどの種実類、野菜類、果物類、海藻類、きのこ類などです。食物繊維は、お腹の調子が悪い場合を除いて、日常の食事の中で積極的に取り入れることを意識しましょう。

まとめ

認知症者は直近の記憶を脳に留めることはできませんが、美味しい食事を食べる喜びや感情は最後まで失われていないケースが多いそうです。したがって、高齢認知症者の方が最後まで食べる喜びを感じることのできるサポートは、認知症者ご本人の求められている食事・栄養管理のカタチなのかもしれません。このことに留意しながら、本稿でご紹介した食事・栄養の摂取による筋力の保持および健康増進を図りましょう。

【参考文献】
[1] Taekema DG, et al. Age Aging, 2010.
[2] Htun NC, et al. J Nutr Health Aging, 2016.
[3] Chen LK, et al. J Am Med Dir Assoc. 2020.
[4] Ogawa Y, et al. Frontiers Neurology, 2018.
[5] 河野真莉菜, 他. 介護予防・健康づくり, 2020.
[6] Mitchell SL, et al. N Engl J Med, 2009.
[7] Hengeveld LM, et al. Am J Clin Nutr, 2021.
[8] 熊谷修, 他. 日本公衆衛生雑誌, 2003.
[9] Otsuka R, et al. Clin Nutr, 2023.
[10] Aune D, et al. BMJ, 2016.
[11] Frampton J, et al. J Cachexia Sarcopenia Muscle, 2021

本稿の一部は、JSPS科研費 JP20K02397の助成を受けて実施された研究成果に基づいて執筆しています。

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