【石川県能美市インタビュー】孤立を生まない地域づくり~日本初のIoT家電を活用した高齢者見守りシステム~

【石川県能美市インタビュー】孤立を生まない地域づくり~日本初のIoT家電を活用した高齢者見守りシステム~

IoT家電を活用した高齢者見守りサービスを日本で初めて推進している石川県・能美市。見守りサービスの概要と高齢化社会におけるデジタル・IoTの可能性についてのお話を伺いました。

石川県能美市 企画振興部デジタル推進課
嶋田 准也 課長補佐
1975年5月生まれ、石川県出身。
1998年3月金沢大学教育学部スポーツ科学課程卒。
2000年4月辰口町役場(現能美市役所)入庁。
企画,財政,社会教育,観光、地域振興部局等を経て、令和2年度福祉課。
令和3年度から福祉・医療介護連携のDXに取り組み、令和4年度デジタル田園都市国家構想交付金デジタル実装タイプ2採択。
令和5年度より現職。

日本で初めての取り組み「IoT高齢者見守りシステムサービス」が生まれるまで

「孤立や孤独を生まない温かな地域作り」を目指したデータベース構築

ーまず、能美市の高齢者を取り巻く状況について教えてください。

能美市は人口約5万人の都市で65歳以上の高齢者の方の数は約13,000人です。高齢化率は26.3パーセントで、全国平均の28パーセントよりも若干低くなっています。(令和5年12月1日時点)

ただ、団塊世代の高齢化に伴い、介護・医療の方法も細分化され、在宅医療体制の強化が必要な状態です。

在宅医療の介護と利益強化を通じて、「孤立や孤独を生まない温かな地域作り」を目指し、人流物流の最適化を図り、医療や介護サービス、買い物などのサービスを整え、住み慣れた地域で長く暮らすことを支援したいと考えています。

最終的には、本人だけでなく支援者や周りの人々も繋げて、地域で支え合う仕組みを作りたいと思っています。

ー本人だけではなく周りの人々も繋げることは双方にとって安心できますね。具体的にはどのようなシステムが構築されているのでしょうか?

令和4年度に、地域包括ケアの観点から在宅介護に必要なサービスや専門職に対して、情報共有ができるシステムを構築しています。また、民生委員が75歳以上の世帯や障害者要介護の人々の生活状況やかかりつけ医、アレルギー、身体の不自由さなどについて聞き取り、緊急連絡先をデータベース化して、消防や防災組織と共有しています。

さらに、ケアプランや報告書、連携シートなどを作成・共有し、メモや画像、動画なども共有できるシステムを構築しています。現在、約150の機関や団体、約26の医療機関、約100の介護事業所に加え、市役所・社共・地域包括・消防などが参加しており、約400のアカウントで連携しています。それぞれの関係者が必要な情報を見られるシステムになっています。

また、子育てや在宅、防災、医療の電子カルテの共有化にも取り組んでおり、今回のIoT家電による見守りの話もその一環でした。

医療介護情報連携プラットフォーム「のみリンク」概要図(作成:能美市デジタル推進課)
医療介護情報連携システムの情報連携イメージ(作成:能美市デジタル推進課)

画期的な「複数メーカーのデータを『繋げる』」ことによる見守りサービス

ー情報が共有されるシステムを基盤として今回の見守りサービスができたんですね。
この高齢者見守りサービスが生まれた背景について詳しく教えてください。

当初はIoT家電(Internet of Technology)を使用した見回りの必要性についてはあまり考えていませんでしたが、ケアマネジャーによるニーズからこのシステムを構築しようという話になりました。

意見交換をしている際に、利用者の家の状況を把握するためのシステムが必要だという意見がケアマネジャーからありました。訪問して対話をしても、その人の本当の生活状況やリズムなどがわからない、というような課題です。昼夜逆転が起きていないかどうかや暑い日にエアコンをきちんとつけているかどうか等を「見える化」して、アセスメント(高齢者の状態を分析・評価すること)を保管する材料になりえないか、ということですね。

見守りとなると高齢者宅にカメラを設置するという手段もありましたがコスト、負担ともに大きくなるという課題がありました。

そこで特別なシステムを作るのではなく、各自宅にある家電のデータを利用して、高齢者の状態の把握ができるようにしたらどうだろうか、という意見が生まれました。

ー過去に例のない「家電を活用した見守り」ですが、実現するまでにはどのような話し合いがありましたか?

もともとSociety 5.0を実現するために家の中のデータを社会と連携して価値創造をする、という話は業界として何十年も話されていました。家電のデータを活用すれば介護の現場に役立つんじゃないかという意見はありましたが、実現例が今までなかったんです。

今回の例が画期的なのは、複数メーカーの家電データを横断して活用するということです。各メーカーは各家庭で同じメーカーの家電を使えば快適だと言いますが、実際には家の中にはさまざまなメーカーの家電があり、それぞれが独自のデータを持っています。各メーカーのデータを「繋げる」ということが実現を阻んでいた大きな要因でした。

データを流通させるための基盤の整備にはお金が必要で、誰が出すのかという問題もありましたが、能美市は独自の情報共有データベースを事前に構築していたため、この取り組みを行う基盤がありました。能美市が家電を活用した見守りサービスを実装すると言ったところ、今回はシャープさん、三菱電機さんが手を挙げてくれて実現することとなりました。

この能美市のシステム構築の議論をきっかけとして、何十年も議論されてできていなかったことが、能美市がファーストペンギンとして実現できるようになりました。

高齢者の生活リズムを把握する、「IoT家電による見守り」とは

空気清浄機やエアコンのセンサーを活用し、部屋の状況や生活リズムを把握

ー生活リズムを把握するためにIoT家電はどのように活用されるのか教えてください。

IoT家電見守りサービスのイメージは、高齢の独居者や認知症の在宅利用者を想定して家の中の状況生活リズムをデータとして取得し、それを利用して次のサービスを提供することです。

例えば、空気清浄機によるほこりやチリの舞い具合などのデータ、そしてエアコンの室温・湿度・人感センサーデータを活用することによって、熱中症のリスクや起床時間などを把握して経年でデータを取れるようにします。このデータを先程のデータベースに共有をして、ケアマネジャーや関係者が高齢者に適切なサポートを行うことができるようになります。

少しお話をしましたが、ケアマネジャーが各家庭に訪問し、高齢者に「ちゃんと眠れていますか」や「エアコンちゃんとつけてますか」と確認してもその答えが本当かどうかはわからず、生活状況が見えてこないという課題がありました。担当者が家に行かなくても取得データによって状況がわかる、ということは期待が高まっている部分になります。

「IoT高齢者見守りシステムサービス」のイメージ
「IoT高齢者見守りシステムサービス」のイメージ(参考:石川県能美市ホームページ

 

ー空気清浄機やエアコンを利用してデータを取得するんですね!生活リズムの変化はアラートとして担当者に共有されるのでしょうか?

そうですね。このようなデータを活用することによって生活状況の変化にアラートを出すことを想定しており、高齢者に新たなサービスを提供することができます。

具体的には、室温が33度で湿度が60パーセントになっている部屋にいるのにしばらくの期間エアコンがついていないということでしたら、窓を開けたりエアコンを付けたりするように促すことができます。

また、取得された数値が普段の平均より何パーセント離れたら生活状況が変わった、というようなアラートも出ます。

例えば、現在から1か月後や3か月後に、起きる時間が20パーセントから30パーセント変わったという場合には、生活リズムの変化としてアラートを出し担当者が話を聞ける体制となります。

この数値自体は決定的なものではありませんが、ケアマネさんが本人を観察したりヒアリングしたりすることで予測を立てることができます。現場からフィードバックをいただくことで、現場の負担や高齢者の生活リズムの変化などもより見えてくることでしょう。

遠くにいる家族も、地域のケアマネさんとの連携によって、安心感を得ることができます。高齢者の家族が地域の方とケアマネと繋がることは家族の負担軽減にもなりますし、高齢者自身も地域の方との繋がりを通じて見守りサービスが提供されることで、より多くの人々に役立つことが期待されます。

IoT家電による見守りのイメージ(作成:能美市デジタル推進課)
ーリアルタイムでのデータ取得も可能なんでしょうか?例えば、高齢者の方に急に数値的な変化があった、など、、。

そもそもリアルタイムでの対応が必要なのか、という論点を解消できていないので現状まだ取り組みとしては進んでいません。

例えば、高齢者が転倒したときにほこりが舞い上がってIoT家電がそれを認識することや、心臓が苦しくて息が荒くなってCO2濃度が増えたことを認識することは、組み合わせ次第で可能で、リアルタイムの危険な状況を感知できるんじゃないかという相談をしているところです。

ただ、現場側の課題感もありますので、リアルタイム性を取り入れるかどうかはまだ議論をしているところです。
リアルタイム性を追及すると、担当の人は24時間365日、何かしらの通知が来るかもしれないというプレッシャーのもとで生活をしなければいけなくなる可能性があることや、その通知に気付かなかった場合には誰が責任を追うべきなのか、というような話がまだクリアになっていません。

そのため、現時点ではリアルタイムの情報共有ではなく、1時間ごとの部屋の状況の変化がわかる仕様となっており、経年のアセスメントの利用や生活状況の経年的な変化を感知することをメインに利用するようにしています。

見守りシステムの利用方法

ー新たにカメラ等の機器を導入する必要なく、家にある家電で家族や支援者の方が高齢者の方の状況がわかることは安心ができる取り組みですね。これらの家電は、利用者自身が新たに用意する必要があるんでしょうか?

来年度以降は補助金を活用しながら、参加したい方に利用申請を出してもらってから対応する予定です。元々対象機器が家にあれば、追加費用等なく、市役所担当への申し込みだけでこのシステムに入ることができます。さらに、家電量販店等でも申し込みの代行を行えないかも検討しているところです。

現在はシャープの空気清浄機三菱電機のエアコンのうちインターネットにつなげる機能があるものが対象機器となります。

ー申し込み以外に特別な設定等の必要はありますか?

特別なことは必要なく、お部屋への設置と無線インターネット環境により作動します。そのため、利用者は何も特別なことはなく、普段通り空気清浄機またはエアコンとして利用します。見守りシステムへの申し込みをされた方は、担当ケアマネジャー等に部屋の状況のデータが共有されるようになります。

「IoT家電見守りシステム」と今後の展望

防災への活用

ー今後の活用方法としてイメージされていることを教えてください。

まず、防災への活用ができたらいいなと思っています。地震が起きて家が壊れた場合、誰が家にいたのか分かるかどうか、そういったことも分かるようになるかもしれません。

また、このシステム自体は石川県内への応用展開も県と相談して検討しています。県全体として身の回りにある家電の有効活用ができる社会になればいいなと思います。

期待される他メーカーやより多くの家電との連携

ー空気清浄機やエアコン以外のIoT家電の活用は考えていますか?

まだ検討の範囲ですが、自宅の冷蔵庫内にある食べ物のデータと、健康データやスーパーの特売情報など連携することによって、食べるだけで健康になる食事の提案ができるシステムや、炊飯器でお米を炊くとどれくらい炊いたかわかると思うので、それに伴って地元のJAからお米が定期的に送られてくるサブスクリプションサービス等を考えています。

家電がインターネットとつながることで、新たな付加価値やサービスが出てくる可能性があると思っています。このIoT家電を活用した見守りシステムのもう一つの特徴として、複数メーカーのIoT家電のデータを能美市のデータ連携基盤を活用することで、もともと存在していたデータに価値づけができるようになるということがあります。

データの共有は家電業界の共通の仕様を採用しているので、他メーカーの参入も可能となっています。

「デジタルは怖いことではない」ケアスル読者に伝えたいこと

「周りのサポートがある」という安心感がデジタルの融合を進める

ー高齢者が新たにデジタルを活用するにあたっての課題やハードルについてはどのようにお考えですか?

課題はデジタルアレルギーだと思います。『デジタル』と聞いた瞬間に、アナログがなくなって取り残されるのではないかという先入観から生まれる不安感です。

社会全体で人手不足が進んでいるという現実や物流や人流の変化から、効率化やデジタル化を推し進めることは致し方ないことだと思いますし、高齢者の方にもある程度は許容していただきたいと考えています。

ただ、ここで大切なことは周りにサポートができる人や聞ける人がいるという環境です。高齢者が孤立や孤独を感じないための社会づくりが大切です。だからこそ、本人だけじゃなくて支援者もその当人の状況がわかる、このIoT家電による見守りシステムを構築しています。

デジタルによって人との繋がりがなくなるわけではないという事実を、不安がないように気持ちを伝えて進めたい。技術先行ではなく、アナログのサポートも大切にしながらデジタル化は進めていく必要があると思います。

ー高齢者にとって「繋がりがある」という事実はとても大切ですよね。

高齢者の方々の多くは社会の繋がりが薄くなると問題が増えると思っているので、社会的な健康という意味でも、デジタルは大きな可能性を秘めていると思います。デジタルの利用が増えると、生活の選択肢が増えて時間の使い方が変わるという面で、そういった使い方も高齢者の方に伝えていきたいです。

そのために、わかりやすいサービスを作っていきたいなと思っています。ですので、高齢者の皆さんにもデジタルのポジティブな側面を知っていただきたいと思います。

「すべての人が住みやすい街」能美市を目指して

ーインタビューにお答えいただきありがとうございました。最後に、能美市として目指したい姿について改めて教えてください。

孤立孤独がなく、住み慣れた地域(家)でずっと健康で住み続けられる地域を作ることをデジタルとアナログの両側面で作っていきたいと思っています。肉体的精神的な在宅医療介護体制の充実も重要ですが、社会的な健康につながる仕組みの構築も必要です。

都市計画というのはもともと公衆衛生から始まったと聞いたこともあります。単に介護予防や通いの場など福祉的なものだけでみるだけではなく、移動がきちんとできること、買い物がきちんとできること、それをサポートできる人がいること、人と人がつながることで住みやすくなることは、高齢者だけでなく、すべての人が住みやすい街となると思っています。

未来の生活イメージ(作成:能美市デジタル推進課)