• 在宅介護
  • 【公開日】2024-03-18
  • 【更新日】2024-03-18

多重介護について知っておきたいこと、今からできる準備

多重介護について知っておきたいこと、今からできる準備

1人の人が複数の人を介護する多重介護は珍しいことではありません。ここでは多重介護と1人の介護では何が違うのか、その時のために準備しておけることについて説明していきます。私自身、介護を担って16年目です。そのうち10年間は多重介護をしてきましたが上手くいったことばかりではないので、皆さんに正しい方法を教えることはできませんが、多重介護で起こりやすいことを知っていただくことで皆さんの行動の参考になれば幸いです。

吉岡 由喜子 准教授
太成学院大学 看護学部
修士(人間学)/教員/看護師/介護支援専門員/認知症ケア専門士/防災士/メンタルヘルスマネージメント検定(Ⅲ種/Ⅱ種)
日本看護学教育学会/日本看護研究学会/日本看護科学学会/日本老年看護学会/日本認知症ケア学会
病院、看護専門学校での勤務後、武蔵野大学大学院博士前期課程修了。大学では老年看護学の教育を担当している。自身も多重介護を経験してきたことから多重介護者の当事者研究に取り組んでいる。

多重介護について

「多重介護」とは、一人が同時に複数の家族らを介護することです。そして2019年の調査によると、前介護者のうち多重介護経験者は22.7%1)です。

図1にあるように平均寿命、健康寿命とも伸びてはいるものの2019年における平均寿命と健康寿命との差は女性12.7年、男性8.73年2)で依然大きな差があります。健康寿命とは健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間です。

表1 平均寿命と健康寿命の推移

また、介護者側にも様々な事情があります。就職、結婚を機に他府県に移り、要介護者宅とかなり離れて生活している、親の介護が始まった時には子世代は既に後期高齢者になっている、自身の健康も害している、逆にまだ育児中である3)、さらに仕事で責任ある地位に就いたばかり、などです。そのため比較的動ける要介護者が主となって介護することになります。平均寿命と健康寿命の差の長さや、介護者側の様々な事情が多重介護に繋がっていると考えます。

私の場合は約10年間で介護してきた要介護者は4名、同時に介護したのは2、3名です。要介護者とは全て別居の形で介護をし、どの要介護者も数年の在宅介護ののち、要介護2程度で施設入所となりました。

要介護者に起こりやすいこと

認知機能の低下から生じること

すでに経験済みの方も多いと思いますが、認知機能の低下の初期には不機嫌になることが多くなります。不機嫌から同居の家族にあたり、もめごとがおこると落ち着かないので失敗も増えます。介護者の方も要介護者の認知機能低下を認めたくなくて、できていないことを注意するので、さらにいざこざが増え、悪循環になっていきます。

また、記憶力の低下から場所がわかりにくくなり、冷蔵庫の冷蔵室と冷凍室の使い分けや、洗濯物を箪笥のいつもの引き出しに仕舞うことができなくなります。食事を作っている最中に何を作っているかを忘れ、カレーを作っていたのに最終的にできたのは大きな肉が入った味噌汁だったということもおこります。火を使っていることを忘れることもおきてきます。さらに様々な通販に連絡して不要な買い物をしたり、高齢者を狙う悪徳業者に騙されることもおきます。

 身体の動きの低下

ペットボトルなどのキャップが開けられない、小さなボタンが留められないことから始まり、歩く力もどんどん落ちて、転びやすくなっていきます。

受診が必要な病気が多い

糖尿病、高血圧などでの内科受診だけではなく、腰痛、骨粗鬆症などの整形外科、その他泌尿器科、眼科、歯科、認知症治療のための老人科の受診が必要なケースもあります。急な体調変化も生じやすく、多くの場合、当日中など速やかな受診をケアマネージャーなどから要請されます。

また、受診したとしても処方された薬を正しく服用できないことから服薬管理も必要になります。

その他

要介護者自身のことではないのですが、要介護者と共に要介護者の家電や居宅も老朽化しており、それらの対応も必要になります。さらに介護期間が長くなると介護者自身の健康障害もおきてきます。そのため今までできた介護ができなくなることもおこります。私の場合も2人の要介護者の介護中に、共に介護をしていた家族が回復に長期間かかる病気になりました。

1人の人の介護と何が違うのか

同時介護

多重介護となると上記のようなことが2人以上に起きてきます。複数の要介護者の家が離れていることもあります。介護初期は週末だけの介護だとしても要介護者が2か所に分かれて生活していると毎週の週末はほぼ介護で終わることになります。私の場合も毎週土曜日の昼過ぎまで受診付き添い、その後、要介護者宅の掃除洗濯、食事の準備、片付けをするともう夜。

そして日曜日はもう一方の要介護者宅に行くという生活でした。だんだん、援助が必要なことが増えてくると平日にも複数の要介護者宅に行く必要が出てきます。

周囲を巻き込んだ予定の調整

私が疲弊したのは予定外の出来事への対応でした。上記の同時介護は、あらかじめ計画を立て、要介護者が生活しやすい環境を整えたり早めにできる仕事をしたりして、構えを持って行動できました。しかし、だんだんケアマネージャーから急な受診付き添いなどすぐに対応が必要な要請をされることが増えてきました。

どういう訳か、同時期に2人の要介護者が同じような体調不良をおこすことが何度もあり、さらに悪いことに要介護者の体調不良と自分の仕事の大事な日も重なりました。その中で仕事の調整を依頼し連続して欠勤することで同僚に迷惑をかけ、責任ある仕事ができないと悩みました。疲労やストレスで集中した行動ができなくなり、介護・仕事のどちらにもミスが出るようになり、自己嫌悪にも陥りました。

多くの関係者の人の思いの調整

多重介護には複数の要介護者の他、それぞれの要介護者の関係者が存在します。要介護者はそれぞれ生活についての希望がありますし、関係者にも要介護者にこんな生活をして欲しいという思いがあります。要介護者はやはり住み慣れた自宅での生活を望みます。

関係者に中には要介護者はまだ在宅生活ができると考える人もいると思います。それは自然なことで気持ちはとてもわかります。要介護者本人や全ての関係者がリスクをどれくらい覚悟できるかで、どこまで在宅生活ができるかも変わってきます。

私の場合は私の仕事や生活とのバランス、介護を担っている複数の要介護者への介護のバランスがあり、希望を全て叶えるのは難しかったです。そこで何とか要介護者が気に入り、介護者も安心できる施設を探しました。

施設選びで重要視したこと

2か所に分かれて生活している要介護者を介護していた私は、要介護者がそれぞれ要介護2の時に施設入所を検討し始めました。要介護2では特別養護老人ホームは申し込めないので有料老人ホームやサービス付き高齢者住宅を中心に探しました。

医療施設との連携がある施設

施設入所を検討し始めたときの要介護者は在宅酸素療法が必要で、内科、整形外科、泌尿器科、老人科、歯科、眼科など受診科が多く、持病の悪化で体調が崩れることや転倒が多くなっていた状態でした。

そのため第一条件が医療施設との連携がある施設でした。受診は家族が付き添うことがルールになっている施設も多いので、医師の往診が可能な施設を探しました。その結果、家族が受診に付き添ったのは眼科だけになり、医師が近くにいることでかなり安心できましたし体力的にも助かり、ゆとりをもって要介護者と関わることができるようになりました。

夫婦同室で生活できる施設

次にこだわったのは夫婦同室です。住み慣れた自宅での生活が叶わなくなるので、せめて、長年共に生活してきた夫婦が同室で少しでも安心して生活して欲しかったからです。夫婦で入所したことで施設に馴染むのも早かったです。また夫婦で1部屋ですので経済的にも助かりました。

親族も要介護者も納得できる施設

認知機能が低下していた要介護者がいたので、すぐ近くに大きな車道が無いことも重要でした。親族と実際に見に行き、物理的環境が良いと感じた所は、説明を聞くだけではなくスタッフの動きを見ました。またショートステイで宿泊を開始し、気に入らなければ退所するという形をとり、最終的には要介護者自身が決めるという方法をとりました。要介護者が納得し安心することで、心配していた親族の気持ちも緩んだように感じます。

また、どのような状態まで入所可能か、何かあった時に家族が宿泊できるか、看取り介護は可能かも聞いておきました。あらかじめそれらを聞いておくことで、状態が悪化した場合も慌てずに行動することができます。

長期間の多重介護が介護者に及ばす影響

介護期間は長期化する

「多重介護について」のところで、平均寿命と健康寿命との差は女性12.7年、男性8.73年あると書きましたが、これは1人の状況です。多重介護で複数の要介護者を介護する場合、介護期間はもう少し長くなる可能性もあることは知っておく方が良いかもしれません。

心身への影響

人間の対処能力やエネルギーには限界があります。長期間、自分の休息時間やリフレッシュする時間を割いて介護を頑張っていると、どこかで、体調を崩す、抑うつ傾向になるなど無理が表面化してきます。そして、それは介護が少し落ち着いたときなど他者に理解されにくい時に症状が出ることも多いです。

無理し過ぎない多重介護のために、今からできる準備

多重介護について知っておき、それを基に関係者と話をしておくこと

「自分ならできる」、「何とかなる」と軽く考え過ぎずに、多重介護の期間やその期間に要介護者、介護者双方に起こり得ることを知っておき、それを日頃から関係者と話しておくと、介護について共通理解でき、相談しやすいです。

利用できる制度を知っておく

育児・介護休業法には、介護休暇、介護休業の他、介護期間中の残業時間の制限など様々なことが定められています4)職場にも福利厚生があるかもしれません。それらを知っておき、介護が重くなる前から要介護者の状況や利用の可能性を職場に伝えておくと、いざという時に理解が得られ、行動しやすいです。

無理をしないための準備

前にも述べたように要介護者には、こうしたいという思いがありますし、関係者にも要介護者にこう過ごして欲しいという思いはあります。しかし、そのために誰かが何かを犠牲にしたり健康を害したりしてしまうと、それはそれでみんなの後悔になります。

また、要介護者も要介護者の関係者も主たる介護者の様子をずっと見ている訳ではないので、介護者の状況は理解しにくいです。それも知っておきましょう。だから、介護中でも習い事は続ける、月に1度は違う人が介護を担う、疲れている日はできないことがあるなどをあらかじめ表現し、協力や理解を求めることも大切です。それが長期間介護を続ける秘訣だと説明すると関係者もわかってくださるかもしれません。

看取り期など「ここ」という時にみんなが参加できると、みんなが納得できる介護になります。無理はしない、でも「ここ」という時は集える介護を目指しませんか?

【参考・引用文献】
1)株式会社ガネット<介護経験者600名に聞いた介護の実態に関する意識
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000037.000019575.html
2)厚生労働省eヘルスネット(2019):「平均寿命と健康寿命」
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/hale/h-01-002.html
3)日本在宅医療連合会(2023):「領域6 家族のケア」
https://www.jahcm.org/assets/images/project/pdf01/side_6.pdf
4)厚生労働省(2021):「介護で仕事を辞める前にご相談ください (令和3年3月作成)」
https://www.mhlw.go.jp/content/11909000/000833741.pdf