高齢者施設における転倒と心身への影響および転倒予防対策の現状について

高齢者施設における転倒と心身への影響および転倒予防対策の現状について

高齢者の介護が必要になる1つの要因に骨折・転倒があげられております。その中で高齢者施設における転倒と心身への影響、転倒予防対策について紹介します。

 高取 克彦 教授
畿央大学 健康科学部 理学療法学科
理学療法士/教員
日本理学療法士協会,日本老年医学会,日本転倒予防医学会
大阪厚生年金病院(現JCHO大阪病院),西大和リハビリテーション病院リハビリテーション科にて勤務後,平成19年より畿央大学健康科学部理学療法学科入職。大学院健康科学研究科教授,ヘルスプロモーションセンター長を兼任。専門は地域高齢者の健康増進・介護予防。保健学博士。

高齢者の転倒により生じる様々な問題

平成27年版 高齢社会白書(全体版)によると、高齢者が「要介護」となる主な原因は、脳血管疾患(脳卒中),認知症、高齢による衰弱と続き、「骨折・転倒」は全体の12.2%を占め、4番目の多さになっています。我が国における高齢者の年間転倒発生率は15%から20%程度の報告が多く,65歳以上の5人に1人は一年に一回,転倒していると解釈できます。また転倒は高齢者の死亡原因にもなります。

若年層では不慮の死亡事故として交通事故が第一に挙げられますが,高齢者では交通事故の割合は低下し,転倒による死亡が急増します(人口動態評価,2019)。特に80歳以上では,不慮の事故による死亡の約30%が転倒によるものとなります。また地域にお住まいの高齢者に比較して,老人ホームなどの介護施設入所者での年間転倒発生率は45%にものぼるという報告もあります(長谷川ら,2016)。

高齢者に多くみられる骨折の大部分が転倒により生じており,中でも寝たきりの原因にもなる股関節(大腿骨頸部)の骨折は80歳代が最も多く,その原因の80%は転倒によるものとされています(日本整形外科学会骨粗鬆症委員会報告 日整会誌 2000)。また骨折前は1人で歩くことが出来ていた人のうち,40%は歩くことができなくなり,その割合は85歳以上では60%にまで増加するとの報告もあります(萩野ら,2002)。転倒による高齢者の骨折は上記の股関節だけでなく,手首,肩,腰の骨なども代表的なものですが,手首の骨折は前期高齢者(65歳から74歳)で多く,後期高齢者(75歳以降)では反対に少なくなってきます。

これは転倒しそうになった際に咄嗟に地面へ手をつけるかどうかが影響していると考えられています。つまり後期高齢者,特に80歳以降では体を守るための反応が出なくなっていることから,肩や股関節を直接強打してしまうことを示しています。また腰の骨(腰椎)は尻もちをついた場合によく起こる骨折です。

転倒が及ぼす健康への影響は体だけに止まらずに心の健康にも重大な影響を及ぼすことがあります。転倒は高齢者,特に若い頃に体力に自信のあった方々にとっては時に大きな挫折体験となります。そこから「また転倒するんじゃないだろうか」「転んだら大変なことになる」という恐怖心が植え付けられ,体の機能的には十分に動けるにも関わらず日中の活動が大きく減り,活動量の低下が体の機能を低下させるという悪循環に陥ることがあります。この様な負のサイクルを持つことは「転倒後症候群」と呼ばれており,過剰な恐怖心を持つことはさらに転倒リスクを増やすことが知られています。

高齢者施設で実施されている転倒予防の事例

高齢者施設での転倒予防について理解する上で,まず重要なことは全ての転倒を防ぐことは出来ないという事,この対策さえ行えば必ず転倒が防げるという魔法の様なものはないことを認識することです。これまで古くから多くの研究において病院や施設での転倒予防対策の効果が検証されてきました。対策として検証されたものとして,具体的にはベッドにつける見守りセンサー,居室・病室の環境整備,リハビリテーションなどの運動,服薬量の調節,車椅子や杖など福祉用具の見直し,施設・病棟スタッフへの教育,ベッド柵の設置などが挙げられます。

一見するとどの対策も有効であるように感じますが,良質な研究データを統合して分析した研究(Morrisら,2022)や各国の転倒予防ガイドライン(英国NICE,米国AGSガイドラインなど)においても,これらの対策が単一で行われた場合に転倒発生が減少するという科学的な根拠は残念ながらありません。根拠の認められた転倒予防対策とはどの様なものかについて,現在では上記の対策を複数組み合わせた「多因子介入」が転倒予防効果を明らかにしています

その代表的な研究(Haines,2004)においては対象者に合わせた個別のリハビリ,スタッフ教育,転倒注意カードの掲示や家族・介護者への転倒予防に関するパンフレット配布などが行われています。この転倒予防対策の結果では,対策をしていない比較対象群に比べて約20%の転倒減少効果が認められたと報告しています。また転倒予防対策と同時にヒッププロテクター(股関節を守るパッドを織り込んだ大きめのパンツ様のもの)の装着も行っており,転倒による外傷も約30%減少した事が示されています。

上段でお示しした通り,運動やリハビリテーションに関しては,それ単体では十分な転倒予防効果は証明されておりません。しかし,多因子介入の重要な一部であることや,転倒は如何なるきっかけにおいても最終的には身体バランスを崩すことで生じていることを考えると,「咄嗟の一歩」が出ることや「バランスを崩しにくい体づくり」のために身体機能を向上させることは非常に重要な事だと考えられます。

また「転んでも怪我をしにくい体づくり」には柔軟性も重要であり,一般的に体の柔らかい人は硬い人に比べて転んだ時に怪我をしにくいと考えられています。転倒予防のために推奨されている運動には太極拳やヨガなどの体の重心をゆっくり上下・左右に動かす要素が取り入れられたものが良いとされており,施設内のリハビリテーションにおいてもこの様な要素を部分的に取り入れた体操などがよく行われています。

転倒リスクと生活活動の向上は諸刃の剣

転倒リスクと入所者の身体機能の高さは逆U字型の関係になります(図)。したがって,極端な例ですが,寝たきりになると転倒は生じなくなり,身体機能が高いことはそもそも転倒リスクが低いことになります。また介護度が高い人に転倒が多いというより,自力で移動が可能な介護度の人で多いことは,リハビリテーションで身体機能が改善傾向にある時に転倒が発生しやすいことや,施設内の思わぬところで転倒が発生することがあるという事実と合致すると言われています(日本老年医学会「介護施設内での転倒に関するステートメント」,2021)。

介護施設入所者の高年齢化や認知症者の割合が増加する中で,様々な施設において「その人らしい生活」と「重大な傷害に繋がる可能性のある転倒予防」を両立するために工夫がなされています。繰り返しになりますが,どれだけ徹底した転倒予防対策を行ったとしても転倒をゼロにすることは不可能です。その上で重要な事は,施設,入所者および介護者が転倒事故の発生に対して過剰な危機感を持ち,入所者の行動制限を厳しく行い過ぎることは結果的に身体機能のさらなる低下や認知症の進行を早めてしまう危険性があることを十分に認識することだと考えます。

現在では,病院および介護施設においては限られた条件を除き,転倒予防のための身体拘束(ベッドや車椅子に縛るなど)は原則的に廃止されてきています。これには人権的な問題も含みますが,入所された方の行動を過度に制限することで転倒を予防するのではなく,入所者に関わるスタッフ全体が入所された方の行動に伴う危険をどれだけ事前に把握し,危険性を減らすことができるかどうか重要になります。

これまでの多くの転倒リスクに関する研究成果によって,施設内の転倒がいつ,どこで,どのような行動時に多く発生しているか,転倒しやすい人の特徴はどのようなものかについて多くの事が分かってきています。つまり施設内で発生する転倒において,全く予想できない原因での転倒はほとんどありません。近年では認知症者のケアにおいてもパーソン・センタード・ケア(認知症をもつ人を一人の「人」として尊重し,その人の立場に立って考え、ケアを行おうとする認知症ケアの一つの考え方)が重要視されています。

認知症を有することは,そうでない人と比較して転倒リスクをかなり上昇させることが知られていますが,認知症者の危険行動を全て病気のせいとして片付けるのではなく,「人」の部分、つまり、その人独自の要因に着目することで,悪化しているように見える状態もケアによって改善できるかもしれないと見方を変えることが重要だとされています(公益財団法人 健康長寿ネットHPより引用)。従って,この様なケアの考え方の実践も間接的には転倒予防対策の1つとして解釈することができます。

最後に,リハビリテーションの成果として身体機能が改善し,動ける様になることは同時に転倒リスクを増加させる側面はありますが,全身的には健康度を上げ,虚弱状態を予防し,認知機能の維持・改善に有効であることは間違いなく,これは転倒リスクの増加を上回る重要な利点だと思われます。

まとめ

施設内の転倒を確実に減少または予防する特効薬はありませんが,現在または今後の介護施設のあるべき姿として「転倒予防対策を多職種で考えながらも過剰に恐れず,人としての尊厳と,QOL(生活の質,生きがい)を重視し,心身機能の向上にも積極的に取り組んでいること」が現代の介護施設に求められているのではないでしょうか。

【参考・引用文献】
1. 内閣府ホームページ:https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2015/html/zenbun/index.html(2024年2月22日確認)
2. 厚生労働省ホームページ:令和元年(2019)人口動態統計(確定数)の概況. https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/kakutei19/(2024年2月22日確認)
3. 長谷川 大悟・等:介護老人保健施設入所者の転倒発生状況― 移動手段に着目して. 日本転倒予防学会誌2016;2(3),23-32.
4. 日本整形外科学会骨粗しょう症委員会報告 平成10年大腿骨頚部骨折の発生頻度調査日本整形外科学会雑誌2000;74,373-377.
5. 萩野 浩 : 大腿骨頸部骨折の発生状況. Osteoporosis Japan 2002;10,18-20.
6. Meg E Morris, et al. Interventions to reduce falls in hospitals: a systematic review and meta-analysis, Age and Ageing, 2022;51(5), https://doi.org/10.1093/ageing/afac077
7. Haines TP, et al. Effectiveness of targeted falls prevention programme in subacute hospital setting: randomised controlled trial. BMJ.20;328(7441):676.doi: 10.1136/bmj.328.7441.676.
8. 日本老年医学会ホームページ:介護施設内での転倒に関するステートメント:https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/info/important_info/20210611_01.html (2024年2月22日確認)
9. 公益財団法人長寿科学振興財団 健康長寿ネットホームページ:パーソン・センタード・ケア:https://www.tyojyu.or.jp/net/byouki/ninchishou/person-care.html (2024年2月22日確認)