だれでも参加できるスポーツ
「アダプテッド・スポーツ」の紹介

だれでも参加できるスポーツ<br>「アダプテッド・スポーツ」の紹介
より良い健康状態を維持するには適度な運動が不可欠です。しかし身体的な理由でスポーツを行うのが難しい方もいらっしゃいます。本コラムでは、そんな方でも参加できるスポーツの考え方を大切にした「アダプテッド・スポーツ」について紹介します。
河野 喬 准教授
広島文化学園大学 人間健康学部
社会福祉士/教員
日本社会福祉学会、日本アダプテッド体育・スポーツ学会
広島文化学園大学人間健康学部准教授。博士(芸術工学)、九州大学にて論文により学位取得。社会福祉士、精神保健福祉士、介護福祉士、専門社会調査士、防災士。専門分野は社会福祉学。高齢者、障害児・者及び家族の健康・福祉をテーマとした調査研究を実施。広島県内の社会福祉法人にて、経営支援・人材育成に従事。

1.アダプテッド・スポーツとは?

アダプテッド・スポーツ(adapted sport)とは,「対象者の身体面を配慮して, ルールや用具を適合させることによって, 誰もが参加できるスポーツ」を指す言葉です。障害をもつ人はもちろんのこと,幼児から高齢者,体力の低い人,誰でも参加できるスポーツ(sport for everyone)の考え方を大切にしたスポーツの総称です。パラリンピックで競われるパラスポーツや,地域の高齢者や障害児・者が行うユニバーサルスポーツなども,アダプテッド・スポーツに含まれます。

スポーツ庁の調査によると,「週一回以上の運動・スポーツ実施率」は,成人全体の過半数(52.3%)を占め,70歳代では68.8%にまで上昇します(スポーツ庁,2023)。運動内容でもっとも多いのは,ウォーキング(62.0%)であり,体操(14.0%),トレーニング(13.6%)と続き,ひとりでマイペースに取り組むことができる運動が好まれています。その一方で,70歳代が運動・スポーツをやめる理由でもっとも多いのが「年をとったから」(41.0%)であり,健康悪化や体力低下によって,これらの運動・スポーツが続けにくくなってしまう実態が浮かび上がってきます。そのため,高齢期に入っても安全かつ安心して,心身の状況に合わせて楽しむことができるアダプテッド・スポーツの必要性が,広く認知され始めています。

2.アダプテッド・スポーツの種目

アダプテッド・スポーツの種目には,既存のスポーツのルールや用具を工夫したもの,誰でも参加できるスポーツとして作り出されたものなど様々です。次の表はその一例ですが,これらをもとにスポーツをする本人の心身の状況(視覚障害,聴覚障害,肢体不自由,知的・発達障害,認知機能の低下など)に合わせて,微調整をしていきます。

表 アダプテッド・スポーツの例
(1)ブラインドスポーツ
サウンドテーブルテニス,ブラインドサッカー,ゴールボール,ブラインドテニス
(2)車いすスポーツ
車いすバスケットボール,車いすテニス,ウィルチェアラグビー
(3)シッティングスポーツ
フロアスレッジホッケー,シッティングバレーボール,
(4)フライングディスク
ディスクゴルフ,アキュラシーなど。
(5)ボッチャ
(6)水泳・水中運動
(7)ダンス
(8)その他

例えば,視力が低下した人が楽しめるように「音がでるボール」や「手触りで区別できる素材」を使ったり,認知機能が低下した人にとってわかりやすいカラフルな風船でバレーボールをしたり言葉では分かりづらい人には種目をしている様子や段取りを写真やイラストで示したり転倒のおそれがある人がダンスを楽しめるように座位でできるプログラムを併せて作る,等が考えられます。

【参照】高田康史, 森木吾郎, 河野喬監修「いきいき健康ダンス+10(プラステン)」

3.アダプテッド・スポーツにおける種目選択の仕方

アダプテッド・スポーツでは,スポーツをする本人の主体性が尊重されています。具体的には,次のような配慮が求められています。

表 アダプテッド・スポーツを行うときの配慮
(1)参加者が安全かつ安心して参加できるか
(2)参加者がルールを理解して参加できるか
(3)参加の機会が保証されているか(参加者が傍観者にならず,実際に動いたり,判断したりする機会があるか)

こうした配慮を行いながら,本人の状態に合わせた微調整を行い,さらに良いものにしていく姿勢こそがアダプテッド・スポーツの特徴です。とはいっても,高齢者が行うアダプテッド・スポーツの場合,一般的に次のような配慮が挙げられます。楽しいことはもちろん,何より安全で安心して取り組めることが大切です。

表 高齢者にアダプテッド・スポーツを提供する際の留意点
(1)心拍数や血圧をあまりあげないようにする
(2)瞬間的に大きな過重がかからないようにする
(3)強度の低い運動を高頻度で行う
(4)既往症がある場合には医師による定期的な診断を受けておく
(5)あくまでも体力維持を目的に行う
(6)暑熱・寒冷環境での実施を避けて水分補給を十分にする
(7)個人差を考慮しマイペースで実施する

4.アダプテッド・スポーツにおけるメリットや効果について

アダプテッド・スポーツの効果として,WHO(世界保健機関)が「健康の三要因」としている身体面,精神面,及び社会面への好影響が認められています。特に,人生の満足度,自尊心,自己効力感,スポーツを共に楽しむ地域住民や団体への帰属意識,社会活動への参加意欲に好影響があるといった指摘がなされています。

冒頭の調査結果が示す通り,高齢化して健康や体力の低下がみられると,運動・スポーツをする頻度が低下する一方で,一人でいる時間(特に座位でいる時間)が長くなり,身体活動量がより一層低下してしまいます。筆者(私)は,地域の高齢者の方,健康度が高い人,要介護状態の人,それぞれにアダプテッド・スポーツを内容とする健康教室を行っているのですが,健康度の高い人だけでなく,要介護状態の人であっても,ボッチャのような簡単で負担の少ない種目を選択して,個々人の状況に配慮された方法で行うことで,気分の改善や健康感の向上がみられます。

一回一回の運動量及び運動強度はそれほどないものの,他者と一緒に継続的な運動・スポーツを行う交流の機会にもなっています。アダプテッド・スポーツは,障害の有無,体力の高低,年齢等に関わらず共に楽しめる「インクルーシブ・スポーツ」としての性質を持っているので,おそらく高齢化による要介護状態であったとしても,他者との協力や競争を可能にし,活き活きとした高齢期を支える選択肢のひとつになっているのだと考えられます。

また,高齢者と若者が一緒にアダプテッド・スポーツを楽しむ経験を積むことで,若者が高齢化に対して抱く否定的イメージが低減したり,高齢者がもつ力への敬意が高まったり,世代間交流を望む気持ちを引き出したりといった次世代育成における好影響が示されています。すべての人がお互いの人権を大切にし,支え合い,誰もが生き生きとした人生を送ることができる「共生社会」をめざす現代において,アダプテッド・スポーツは高齢者や障害者だけにとどまらない,地域住民全体にとって有用なものであるといえます。

5.まとめ

アダプテッド・スポーツは,年齢や障害の有無,体力の高低を問わず,どんな状態の人でも楽しめるように,ルールや用具をその人に合わせることを特徴にしています。高齢期にさしかかった人々の喜び可能性に注目すること,かけがえのない一人ひとりの人生に敬意を払う姿勢が,アダプテッド・スポーツの実践に不可欠です。是非,関心をもって,できる範囲から楽しみはじめてみてはいかがでしょうか。

※本稿で触れた研究成果の一部は,JSPS科研費 JP21K02065の助成を受けたものです。

【参考資料】
(1)矢部京之助 (1997). アダプテッド・スポーツの提言. ノーマライゼーション, 12: 17-19.
(2)矢部京之助, 草野勝彦, 中田英雄編著 (2004). アダプテッド・スポーツの科学: 障害者・高齢者のスポーツ実践のための理論. 市村出版.
(3)Winnick, J. P., & Porretta, D. L. (2016). Adapted physical education and sport. Human Kinetics.
(4)齊藤まゆみ (2018). 教養としてのアダプテッド体育・スポーツ学. 大修館書店.
(5)河野喬, 森木吾郎, 房野真也, 加地信幸, 山﨑昌廣. (2019). アダプテッド・スポーツを用いた支援サポーター養成プログラムの検討: エイジズム, エンパワメント, 及びソーシャルワークの視点から. 人間健康学研究, 2, 45-54.
(6)Diaz, R., Miller, E. K., Kraus, E., & Fredericson, M. (2019). Impact of adaptive sports participation on quality of life. Sports medicine and arthroscopy review, 27(2), 73-82.
(7)Kawano, T., Moriki, G., Bono, S., Masumoto, J., Kaji, N., Jung, H., & Yamasaki, M. (2022). Effects of an Adapted Sports Intervention on Elderly Women in Need of Long-Term Care: A Pilot Study. Applied Sciences, 12(6), 3097.
(8)安井友康 (2023). アダプテッド体育・スポーツにおける「アダプテッド」概念の変遷. アダプテッド・スポーツ科学, 21(1): 51-60.
(9)スポーツ庁 (2023). 令和4年度「スポーツの実施状況等に関する世論調査」 の結果について. https://www.mext.go.jp/sports/b_menu/houdou/jsa_00133.html (2024.3.7確認)