記憶力低下予防のための脳トレ

記憶力低下予防のための脳トレ

「脳トレ」という言葉を聞いたことのある方は多くいらっしゃるのではないでしょうか。脳トレとは脳力トレーニングの略であり、最近はゲームや雑誌などでも取り上げられています。脳トレの目的は間違い探しなど様々な問題に取り組むことで集中力や記憶力を維持したり改善させたりすることです。しかし様々な研究によってどのような脳トレを行うことが最も集中力や記憶力の維持や改善に効果があるのかは十分には定まっていない現状があります。

今回は私たちの研究グループで日本人を対象として効果が実証されている脳トレの中から集中力や記憶力の維持、改善に役立つトレーニング内容をご紹介します。読者の皆様の記憶力の低下を予防することに役立つ内容をお伝え出来ればと思っています。

大宮 秀淑 教授
札幌学院大学心理学部臨床心理学科
公認心理師・臨床心理士/教員
日本心理臨床学会、日本精神分析学会、日本箱庭療法学会、精神衛生学会
福島大学大学院修了後、精神科病院・クリニック、公立小中学校スクールカウンセラー、私立幼稚園カウンセラーとして勤務し、2015年北海道大学大学院保健科学院にて博士号取得、2017年より札幌学院大学人文学部臨床心理学科に准教授として着任。
現在、札幌学院大学心理学部臨床心理学科教授、札幌学院大学大学院臨床心理学研究科長、博士(保健科学)

脳の働きについて

私たちの脳は大きく分けると3つの部分から成り立っています。一つは脳幹と言われる部分です。これは脳の最も奥の部分に大切にしまってあります。なぜなら脳幹は私たちの呼吸や汗、脈などの生命維持に最も関わりが深い部分だからです。この部分は昆虫にも存在していると言われています。その脳幹を守るように作られているのが大脳辺縁系と呼ばれる第2の部分です。ここは主に感情をコントロールしており、鳥類などにも存在していると言われています。縄張りを巡って鳥が相手を威嚇するのはこの部分が働いているからです。

最後の3つ目の部分が最も脳の外側にある大脳新皮質と言われる部分です。この部分が私たちの注意力や記憶力に関係が深い部分であり、大脳新皮質の中でも「前頭葉」と呼ばれる脳の前の部分(おでこの内側)が脳の司令塔とも言われる非常に大切な領域となります。集中力や記憶力の維持や改善のためには、脳の中でも特にこの前頭葉をしっかりと活性化させていくことが大事になります。

脳の特徴について

もう一つ皆様にお伝えしておきたいこととして「脳の特徴」があります。それは「脳は楽をしたい」器官であるということです。これはどのようなことかと言いますと、脳は毎日私たちが生きるために必要な膨大な情報を処理していますので、出来るだけ省エネを図るために早く簡単に情報を処理しようとします。つまり習慣(ルーティン)を好むということです。毎日同じ時間に起きて、同じようにカーテンを開け、歯を磨き、決まった時間に家を出るというルーティンがあると、脳はエネルギーを節約できます。要はあまり考えずに済むということです。脳はこのような節約したエネルギーを他のエネルギーを必要とする活動に割り振ることができるからです。

しかしここには大きな問題が潜んでいます。このようなルーティンを大事にした生活を送るということは、刺激の少ない生活を送ることになりかねません。これは脳の働きを維持していくためにはあまり望ましいことではありません。脳の働きが低下する恐れがあるからです。私たちが自分の脳の働きを長く維持したいと願うのであれば、出来るだけ脳を刺激し続ける、言うならば脳を飽きさせない生活を送る必要があると言えるでしょう。

加齢ともに生じる記憶力の低下とその影響

記憶力のピークは20代半ばと言われていますので、30代や40代と年を重ねていくとともに記憶力が低下してくることは多くの人が実感していることでしょう。記憶力が低下してくると生活の中でどのような影響が表れてくるでしょうか。買い物を一例に挙げてみましょう。

例えば、スーパーに買い物に行く前に私たちは頭の中で買う物をイメージします。「今日はニンジンとティッシュペーパーとお花を買ってこよう」というように。時には忘れないようにメモをしたり声に出したりすることもあるかもしれません。そして実際にスーパーに行ってニンジンとティッシュペーパーとお花を買うことができれば記憶力に問題はないことになります。

しかし皆さんにも経験があるのではないかと思いますが、スーパーに行って買い物をして家に帰った後に「お花を買い忘れた」ことに気が付くということがあるかと思います。これが記憶力の低下による生活への影響の一例です。

このようなことが続くと徐々に私たちは自分の記憶力に自信が持てなくなり「自分は大丈夫だろうか」という心配な気持ちも強くなってくるものです。記憶力の低下を感じられている方は是非、次からの内容をお読み頂き、自分の集中力や記憶力の維持、改善に時間を使ってもらえればと思います。

今からできる記憶力の低下を予防するための脳トレ

(1)集中力の維持・改善のための脳トレ

集中力は心理学の用語では注意力と言われることもありますが、私たちの記憶力を支える大切な脳の働きです。つまり、物事にしっかりと集中力を向けないと覚えることもままならないからです。

ここでは集中力を鍛えるためのトレーニングをご紹介したいと思います。下の図1をご覧頂ければと思いますが、多くの数字が並んでいます。このトレーニングは皆さんの注意力と思考の柔軟性を高めることを目的として作られています。「奇数と偶数」と言われるトレーニングですが、一度自分で決めたルールを維持することとそのルールを変化させることで集中力をトレーニングしていきます。具体的には始めに1行目を見て下さい。左から右に見ながら「奇数」だけにチェックを入れていきます。その後2行目では「偶数」のみにチェックを入れて、見間違ないのないように最後の行まで奇数と偶数を交互に切り替えながらチェックしていくという内容です。

ここでは始めに1つのルール(例:奇数をチェック)に注意を向けることになりますが、その後ルールを変更した際にもうひとつのルール(例:偶数をチェック)に頭を切り替えなければなりません。このルールの維持と変換をしっかり行うために、数字を見ながら「奇数、奇数」と声に出すことも効果的かもしれません。数字は1桁でも3桁でも構いませんしランダムに変化させて構いませんので、自由に数字を入れ替えながら集中力のトレーニングに取り組んでみましょう。

さらに難易度を上げるためには奇数と偶数を切り替えるタイミングをランダムに変えることです。つまり、1行目は偶数、2行目と3行目は奇数、4行目は偶数といった形です。このように内容をアレンジしながら取り組むことで前頭葉を刺激し続ける(脳を飽きさせない)ことが大切です。

 

図1 奇数と偶数

(2)記憶力の維持・改善のための脳トレ

記憶力を鍛える具体例として、図2に多重視覚探索という内容を取り挙げました。これは皆さんが記憶力を用いて進めるものです。「て」と「め」と「も」の各文字をチェックすることを覚えて下さい。1から18まで番号が振られていますので、その順番に従って指定の3文字をチェックしていきましょう。チェックする文字を記憶にとどめるために、これら3文字を何度も繰り返し声に出すことも効果的かもしれません。一度最後まで終わった後は、必ずチェックし直してみて下さい。思いの他チェックすべき場所を見逃していることに気が付くでしょう。

このトレーニングはあまり速く進めることは推奨されていません。それぞれの文字をゆっくりと声に出して読み上げるようにしながら、見落としがないように正確に丁寧に進めていくことが大切になります。このトレーニングも先の集中力のトレーニングと同じく、ひらがなはランダムに並べ替えて構いませんし、チェックする文字も五十音の中からどれを選んでも問題ありません。

大切なことは自分がチェックするべき文字をしっかりと記憶にとどめておきながら、目の前の内容に取り組んでいくことになります。さらに難易度を上げるためには2つの方法があります。1つはチェックする文字数を増やすことです。例では3文字になっていますが、4文字、5文字と増やしていくと難易度は上がっていきます。もう一つの方法は、1から18までの中に入る文字数を増やすことや似ているひらがな(例:ねとぬなど)を多く入れてみることです。このトレーニングも集中力のトレーニングと同じく、自由にアレンジをすることができますので、脳を飽きさせずに刺激し続けることを意識して取り組んでいきましょう。

図2 多重視覚探索

まとめ

さて、皆様いかがでしたでしょうか。人生100年時代と言われる昨今です。年齢を重ねるとともに低下すると考えられている脳の働きですが、適切なトレーニングを継続することによって脳の働きを維持させることや改善させることも可能であることが研究によって明らかにされてきました。出来るだけ長く自立的かつ自律的な生活を送るためにも、今日から取り組める脳トレにチャレンジしてみてはいかがでしょうか。

今回の内容に興味を持たれた方は是非私の研究ホームページ(FEP lab.:http://www.fep-lab.jp/feplab.html)もご覧頂けますと有難く思います。

皆様の健康的な生活がより長く続くことを願いながら稿を閉じたいと思います。最後までお読み頂きまして、ありがとうございました。