転倒関連体力の維持において知っておくべきこと

転倒関連体力の維持において知っておくべきこと
高齢期の転倒は骨折を引き起こしやすく、歩行が困難になることで顕著な体力低下が生じます。転倒を予防するために日ごろからできる体力維持のための運動を紹介します。
杉浦 宏季 教授
福井工業大学 スポーツ健康科学部 スポーツ健康科学科
博士(学術)
日本体育測定評価学会、日本教育医学会
昭和59年生まれ。福井市出身。金沢大学大学院自然科学研究科博士後期課程修了。博士(学術)。現在、福井工業大学スポーツ健康科学部 スポーツ健康科学科 教授。専門は、測定評価、発育発達。平成22年より、福井県内の健康増進教室等において、参加者の体力測定を実施し、転倒予防に関する取り組みについて助言を行う。
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転倒を回避すべき理由

転倒の何がダメなのか、ご存じでしょうか。転倒は「自分の意思ではなく、地面、またはより低い場所に膝や手などが接触すること。加えて、階段、台、自転車などから転落すること。」と定義されます。つまり、地面に手をつくことで怪我を回避できたとしても、定義上、それは転倒に分類されます。なお、身体の一部が地面に接触しなかった場合は躓きに分類されます。

さて、転倒の何がダメかという質問に対する解答です。代表的なこととして、骨折する可能性が高くなることが挙げられます。地面に手をついて手首や腕を骨折した場合、日常生活に多少の支障が生じますが、歩行は可能です。しかし、手首や腕以外の部位を骨折した場合にはベッドや布団で寝て過ごすケースが多く、特に骨盤や腰、太もも、足首においては歩行が困難になります。数ヶ月後に完治したとしても、不活動の期間が長いと体力は更に低下してしまいます。つまり、転倒にメリットはありません。

転倒を回避するために知っておくべきこと

転倒の原因を分析すると、主に発生時間、状況、および場所の特徴が挙げられます(出村, 2012)。

まず、発生時間です。午前3時頃の深夜から転倒は増え始め、午前6時頃の早朝をピークに多くの転倒が発生します。しかし、介護者のいる午前9時頃から日中にかけて転倒は減少し、介護者の少ない午後6時頃の夕方から就寝時間までの時間帯に再び転倒は増加します。

次に、状況です。移動中の転倒はもちろん多いのですが、動作開始時の発生も目立っています。例えば、立ち上がる時歩き出す時です。エスカレーターから降りる時も含まれます。

最後に、場所です。これは、意外と知られていない内容になります。「廊下、寝室、居間、トイレ、玄関」といった屋内での転倒は、屋外よりも圧倒的に多いです。つまり、「屋内は必ずしも安全」ではありません。

65歳以上の施設入所者を対象とした研究に着目すると、100人中40人程度は年間で約5回転倒し、そのうち10人は骨折しています(日本老年医学会・全国老人保健施設協会, 2021)。転倒しやすい人の特徴は、過去の転倒経験、歩行補助具の使用、中等度以上の身体障害、認知機能障害、パーキンソン症候群、各種の精神疾患関連薬の使用などが挙げられます。

また、介護度が高い人よりも自力で移動することが可能な人の方が転倒しやすいことから、リハビリテーションで身体機能が改善傾向にある時に転倒が発生すること、施設内の思わぬところで転倒が発生することが懸念されます。よって、踵の固定がないスリッパのような履物の着用を避けるだけでも、転倒回避の可能性は高まります。また、病院での転倒・転落事例から考えると、ベッドからの転落時の衝撃緩和を目的に、ヒッププロテクターの活用、衝撃吸収マットの活用、ベッドの高さの調節保護帽活用などが有効とされています(日本老年医学会・全国老人保健施設協会, 2021)。

ハムストリングスの筋力トレーニング

高齢期の転倒は、骨折などのケガを伴いやすいため、転倒誘発や転倒回避に直接関係する下肢筋力やバランス能力、つまり、転倒関連体力を維持・向上させることが重要です。そのため、皆様もご存じの通り、スクワットや片脚立ち、ウォーキングなどが推奨されています。特にスクワットの認知度は高く、浅くしゃがむと太ももの前面(大腿四頭筋群)を、深くしゃがむと太ももの裏面(ハムストリングス)も鍛えることができます。

しかし、下肢筋力が低いと、あるいは膝関節への負担を考慮すると、深くしゃがむことは困難であるため、多くの人は「浅くしゃがむ」動作を選択します。よって、前述のケースの場合、大腿四頭筋群は鍛えることができるものの、ハムストリングスはあまり鍛えることができません。マシンを利用したレッグカールは安全性が高く、実施し易いメリットがありますが、どこにでもあるわけではありません。以下にて、椅子に座った状態で実施できるハムストリングスの筋力トレーニングを紹介します(図1)。

図1 座位で実施できるハムストリングスの筋力トレーニング
<方法>
①少しだけ浅く座り、トレーニングする側の太ももに手に添える。
②トレーニングする側の膝がもう一方の脚よりも前に出ないように注意する。
③座面の裏に踵を付けるイメージで足を上げる(足首は伸ばす)。
④足の上げ下げをくり返す(約10往復)。つま先は地面に付けても大丈夫です。
※足を上げる時に息を吐き、下げる時に空気を吸いましょう(呼吸を止めなければ逆でも大丈夫です)。
※反対側も同様に実施しましょう。
※膝関節に屈曲制限(例:人工関節、変形性膝関節症)などがある場合、医療従事者に実施可否を判断してもらってください。

ハムストリングスのストレッチ

個人差はありますが、座位時間が長ければ膝を曲げている時間も長くなる傾向があります。座位中、太ももの筋肉は前面(大腿四頭筋群)が伸ばされた状態、裏面(ハムストリングス)は縮んだ状態となります。年齢を重ねると筋肉のアンバランスが生じやすくなるため、ハムストリングスは硬くなり、動かしにくくなります。その結果、身体に歪み(膝の曲がり、腰の曲がりなど)が生じ、筋力が発揮しにくくなります。よって、定期的にハムストリングスをストレッチすることをお勧めします。

文章だと伝わりにくいので、詳細は私がYouTubeに公開した動画(知って得する健康獲得法 ♯1と♯2)をご視聴ください。筋力トレーニングとは異なり、椅子に座ってストレッチすると、椅子から落ちる可能性がありますので、床の上で実施することを推奨します。

転倒を回避する上で重要な「股関節の動き」

ヒトは、「転倒しないように右足を出す、転倒しないように左足を出す…」といったように、転倒しないように意識しながら歩くことはできません。よって、予期せぬ転倒発生時に、とっさに1歩、足を踏み出して転倒を回避することが求められます。特に、転倒の多くは横方向であるため、近年、何かに掴まりながら脚を広げたり、脚を交差したりする練習が注目されています(図2)。

このような股関節戦略が求められる動作ですが、私が地域高齢者を対象に調査した結果、コロナ禍で不活動であった高齢者はその能力が著しく低下していました。つまり、不活動が促進された場合、股関節の動きが関与する能力が低下することが示唆されます。なお、股関節の動きが伴う運動に制限(例:人工関節、変形性股関節症)がある場合、医療従事者に実施可否を判断してもらってください。

図2 ステップ動作(Yamaji and Demura, 2013)

 

また、病院や施設で過ごしている場合、上述の動きは困難かもしれません。その場合は、股関節周辺の筋肉のストレッチを実施しましょう。詳細は私がYouTubeに公開した動画(知って得する健康獲得法 ♯3)をご視聴ください。「柔軟性チェックのための前屈」や「肩入れ」は実施せず、「両手を腰に当てて腰を大きく回す運動(42秒〜2分32秒)」を実践してみましょう。

+α:背中のストレッチ

年齢を重ねると姿勢が変化します。その結果、歩き方も変化(歩幅の短縮、視線の変化など)し、転倒の危険性が高まるかもしれません。よって、姿勢に影響する肩甲骨周辺の筋肉のストレッチも重要となります。肩甲骨の動きとして、拳上・下制(上下)と外転・内転(左右)に加え、上方回旋・下方回旋もあります。しかし、多くの方は外転・内転のストレッチで満足している可能性が高いです。以下にて、肩甲骨周辺の筋肉を伸ばすストレッチを紹介します(図3)。日常の姿勢や癖により気持ち良い部位には個人差が生じますので、様々な動きを試してみましょう。

図3 座位で実施できる肩甲骨周辺のストレッチ

 

<方法>
①両手を胸の前で組み、両手を前方に移動させ左右の肩甲骨を開く(これは認知度が高いストレッチ)。
②おへそは正面のまま両手を右に動かす(左の肩甲骨の内側が伸びる)。
③そのまま両手を大きく上下に動かす(左の肩甲骨の内側が広い範囲で更に伸びる)。
※呼吸を止めずに実施しましょう。
※左側でも実施しましょう。
※①~③を左右で実施した後は、閉じる動作(④と⑤)も実施しましょう。
④胸を張り両手を背中で組み肩甲骨を閉じる。
⑤両手を上下に動かしたり、身体を捻ったりする。

まとめ

転倒は回避し続けることが可能です。今回はそれに有効な情報として、意外と軽視されているハムストリングスを中心に解説しました。転倒回避や体力維持のための心得・方法が皆様の今後に少しでも役立てば幸いです。

【引用参考文献】

  • 出村慎一 監修(2012)地域高齢者のための転倒予防―転倒の基礎理論から介入実践まで―. 杏林書院.
  • 日本老年医学会・全国老人保健施設協会(2021)介護施設内での転倒を知っていただくために~国民の皆様へのメッセージ~. https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/info/important_info/pdf/20210803_01_02.pdf,(参照日:2024年2月11日)
  • Yamaji S and Demura S(2013)Reliability and fall experience discrimination of Cross Step Moving on Four Spots Test in the elderly. Archives of Physical Medicine and Rehabilitation, 94(7): 1312-1319.
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