高齢者介護と自殺の関係性

高齢者介護と自殺の関係性
日本では年間約2万件の自殺が報告されていますが、「介護・看護疲れ」を原因・動機とした自殺も後を絶ちません。介護をきっかけとした自殺や心中という悲しい事例を減らすためにはどうすれば良いのでしょうか。本コラムでは介護者・被介護者双方に焦点を当てたコミュニケーション方法や対策について解説します。
影山 隆之 教授
大分県立看護科学大学 看護学部 精神看護学研究室
日本精神衛生学会理事長、日本自殺予防学会常務理事
東京大学医学部保健学科卒業、同大学院修了(保健学博士)、現大学には1998年着任。医療福祉現場だけでなく、地域・職場・学校などでの心の健康問題全般に携わり、コーピング特性簡易評価尺度の開発、小中学校の保健教科書執筆などもしてきた。精神保健の究極課題は、一方では自殺予防、その対極では健康的な生き方の追求だと考えている。
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1.介護者と被介護者の自殺

日本では年間2万件ほどの自殺があり、警察庁の統計ではその原因・動機として、健康問題が最も多いと推定されています(自死と呼んでほしいとの意見もありますが、本稿では公式の法律用語・医学用語に従って自殺と表記します、これに特別の意図はありません)。亡くなった人の年齢が高いほど、健康問題の割合も高くなります。ただし、このうちどれほどの人が要介護状態であったかは、統計がありません。

一方、自殺のうち年間200件ほどでは、原因・動機として「介護・看護疲れ」が推定されています(図)。亡くなった人は女性より男性にやや多く、年齢は40代~60代が多くなっています。(2022年に件数が増えたように見えるのは集計方法が変わったためで、それ以前の数字と単純に比較できないので要注意です。)

※平成26~令和4年中における自殺の状況(警察庁)より筆者作成

これらの自殺例でもたいてい「介護者と被介護者の関係」は良かったと言われます。そして介護者が「被介護者だけ残して自殺するのは忍びない」と考え、先に被介護者を死なせる事例も、年に数十例あります。このとき被介護者が同意していれば心中で、同意がない場合は無理心中ですが、どちらも日本語特有の表現です。(英語ならば“複数自殺”または“殺人と自殺”、介護者が死にきれなかった場合は“殺人”)

こういう悲しい事例を減らす(無くす)対策はないのでしょうか。

一つのヒントが“自殺の対人関係理論”です(アメリカの自殺予防専門家ジョイナー[1]による)。世界的に支持されているこの理論は、人を自殺に追い込む要因として次の三つが重要であることを示しました;

①負担感の知覚(自分は迷惑をかけているという意識)

②所属感の減弱(自分の居場所はないという意識)

③潜在的な“自殺する能力”(手段を知っている・有している、怖い行動に慣れていて実行できる等)

これらの要因が重なって強くなれば、誰でも自殺に傾いてしまう可能性があります。そして、うつ病・孤立・喪失体験などには、これらの要因を強める作用があります。このうち③は、後から小さくすることが難しいので、介護者や被介護者が①②を感じなくて済むようにできれば、悲しい事例は減らせる可能性があるわけです。その方法を考えるために、被介護者や介護者の状況をもう少し考えてみましょう。

2.高齢の被介護者と自殺

そもそも高齢者には、うつ状態(気分の落ち込み、喜びの喪失、活動の減退、不眠、身体の不調感など)が多く見られます。これらはうつ病の主な症状ですが、他の原因によっても起こります。例えば高齢者では、仕事・生活機能・家族友人を失ったり、老いの自覚や孤立を感じたりすることは多く、それがうつ状態の要因になることもあります[2]

しかも、うつ状態になった人はその後、要介護状態や認知症に至るリスクが高いこともわかっています。つまり、うつ状態と生活機能や認知機能の低下は、互いに強めあう可能性があります[3][4]このとき被介護者が、同居家族や同居者以外の人々と良好な人間関係を持っていれば、心の健康を維持したり、ストレスを乗り切ったりしやすいのですが、事情はそう簡単でありません。

被介護者には、介護者に過度に依存して、自分では何もしようとしない人もいます。また、認知症のために感情や行動の“抑制”が低下し、まるで性格が変わったように見える人もいます。どちらも介護者の負担が大きくなりやすいケースです。他方、素直に介護を受け入れない被介護者もいて、その背景には敗北感、生活機能を失うことへの怒り、もともと人間関係が苦手など、様々な心理があります[5]。さらに、家族の介護は受け入れるが、ヘルパーなど他人の介護は拒否する人もいて、そうすると家族介護者の負担がいっそう大きくなります。

3.介護という「仕事」の特徴

このように被介護者は大変な気持ちを抱えていますが、もちろん介護者も大変です。しかも家族介護は、いわゆる無償労働の一種です。さらに、高齢の被介護者(特に配偶者)では介護者も高齢のことが多いので、少し古い調査ではこのように報告されています[6]

・介護者の8割以上は自身も治療を受けている

・介護者の5割が介護にネガティブな意識をもち、「介護に関する仲間」を望んでいる

・介護者の3割に希死念慮(もう死にたいという気持ち)があるが、うつ病治療を受けている人は少なく、孤独感が強い

そして家族介護者は、様々な(複雑な)思いを抱えているものです[5][7][8]

  • 悲しみ
  • 被害感
  • 怒り
  • 負担感
  • 不安
  • 無力感
  • 罪悪感
  • 孤立感

介護から逃れたい気持ちになったり、介護から逃げてはいけない、逃げたがっている自分は許されざる人間だという気持ちになったりもします。これらの感情の背景には、例えば、被介護者が元気だった時期に「自分はひどい目に遭った」とか「子として何もしなかった」など、その家族ごとの多様で長くて深い“歴史”が関係しています。

同時に家族介護者にとっては、介護で自分の生活を奪われることも一種の喪失体験です。「どうしてこんなことになっちゃったのだろう」という悲嘆をもたらす場合があります。たとえ介護者が若く健康であっても、遠距離介護や、被介護者に徘徊が見られる場合には、介護者の負担感がいっそう強まります。被介護者への悪意がなくても、こうした理由で精神的に追い詰められ、第三者から見れば虐待に相当する行動をとってしまうことがあります。このとき介護者の中には、幅広い支援を強く希望する人と、特定の種類の支援(子どもの世話、緊急時の支援など)を希望する人がいるので[7]個別のニーズに合わせた支援が必要です。

なお、被介護者を一時的に施設入所させるレスパイトケアをすれば、確かに介護者は物理的休息をとれます。ただし同時に、介護者が敗北感を覚えたり、介護者以外の家族から「介護を放棄した」などと勝手な非難をされたりする場合もあるので、注意が必要です。

4.自殺対策につながるコミュニケーションと意識

以上のような被介護者と介護者の思いと状況を“自殺の対人関係理論”と比較しながら、介護者や被介護者のための自殺対策を考えてみましょう。

介護殺人や高齢者の心中(“殺人と自殺”)に詳しい研究者は、これらの背景にある危険因子として、老老介護、被介護者の認知症、介護者のうつ状態、被介護者や介護者の“人に迷惑をかけたくない”という意識があると指摘します[9]この「人に迷惑をかけている」という思いは、“自殺の対人関係理論”の①“負担感の知覚”と同じです。

いま日本では、地域包括ケアの推進、施設ケアから在宅ケアへの移行を進めようとしています。しかしこれによって、社会全体で当事者をケアすること(介護の社会化)をやめ、家族だけにケアを押しつけること(介護の家族化)が進んでしまえば、家族介護者の負担感は強まるばかりです[10]。だから、福祉行政も福祉スタッフも関係者(被介護者、介護家族、その他の家族)も、“地域包括ケア”イコール家族による在宅介護、と決めつけないことが大事です。介護者の負担を軽減するサービスを利用するのは当たり前(世の中に迷惑をかける行為ではない)という思想を共有することが、介護関連の自殺や殺人を減らすために必要です。

そのために、介護者にとっては、介護者仲間(先行く人)との交流も有効です。例えばオレンジカフェなどの場に参加すれば、こういう苦労・悩みを抱えているのは自分だけではないとわかったり、他の仲間に自分のホンネや愚痴を打ち明けたりできます。当たり前と思ってがまんしてきたことを、がまんしなくてよいのだと気づくこともあります。絶対に自分がしなければいけないと思ってきた介護を、他の人に代わってもらうのも悪いことではないと気づくこともあります。自分の人生にとって介護はどういう意味があるのかを考え直し、気持ちが少し楽になることもあります。もちろん時には、こんな支援を利用できるのだ(してもいいのだ)とか、被介護者や他の家族とのつきあい方とかについて、知識を得られることもあるでしょう。しかしそれ以上に大切なのは、介護者が安心して自分の心情を表出できる場をもつことでしょう。

可能であれば被介護者も、他の被介護者や介護者と交流したいものです。要介護状態の中で感じている残念な思いや悲しみ、介護者に対する怒りや罪悪感など様々な心情を、日頃の介護者以外の人に打ち明ける機会が持てたら、少しほっとできるかもしれません。

こうした交流は必ずしも、要介護状態を解消したり、介護上の困難を解消したりする魔法にはなりません。しかし「解決にならないから」という理由で、人に思いを打ち明けないことは賢明でありません。話してみることには様々の効用があるのです。これを通して、“自殺の対人関係理論”の②“帰属感の減弱”を解消することは、介護関連の匙通夜殺人を減らすために有効です。

これに比べ、家族介護者と被介護者のコミュニケーションや、介護者と他の(介護をしていない)家族とのコミュニケーションにも、別の難しさがあります。家族には長くて深い歴史があるので、家族同士のコミュニケーション(お互いの姿勢や構え)は、すぐに変えられないからです。単に家族だというだけで、“わかりあえる”とか“ゆるしあえる”と思うのは神話です。それでも、要介護状態に至ったことをきっかけとして、お互いの構えを仕切り直し、関係を再構築できた家族もあります。勇気をもって本音を打ち明け、仕切り直すことができれば越したことはありません。

ケアマネや医療者等の支援者は、家族ではなく他人にすぎませんが、それなりに心がけるべきことがあります。

・症状や生活のマネジメントだけでなく介護家族の精神的痛みを察知する[11]

・主介護者以外の家族がいれば視野に入れて支援する[11]

・「家族だからわかりあえるはず」という“神話”を棄てる

・介護者が他の介護者と交流できる場を紹介する

・被介護者を支援するだけでなく介護者の生き方を支援する

上のようなコミュニケーションや意識(視点)に、介護者と被介護者だけでなく、周りの支援者や社会全体が気づくことは、介護関連の自殺や殺人を防ぐ対策となるだけでなく、他の多くの事例にとっても“よりよい介護”のために大切なことだと考えられます。

【脚注】

[1] ジョイナー他(北村俊則監訳)(2011)自殺の対人関係理論 予防・治療の実践マニュアル. 日本評論社.

[2] 大塚耕太郎他(2018). 対策への模索 高齢者の自殺・自死予防. 老年精神医学雑誌30巻5号 527-531.

[3] 池野多美子他(2009). 高齢者の抑うつ傾向とソーシャル・サポート 高齢者の抑うつとサポート・ネットワーク. Geriatric Medicine 47巻11号 1457-1461.

[4] 藤瀬昇他(2013). うつと自殺の地域比較 東北と南九州との比較 熊本県における高齢者うつ状態の実態調査. 日本社会精神医学会雑誌 22巻3号 301-309.

[5] 渡辺俊之(2005)介護者と家族の心のケア 介護者カウンセリングの理論と実際. 金剛出版.

[6] 町田いづみ他(2006). 高齢化社会における在宅介護者の現状 精神症状を中心に. 緩和医療学 8巻3号 279-286.

[7] 堀越栄子(2012). 地域精神保健を発展させる取り組み ケアする人をケアする取り組み. 精神科臨床サービス 12巻2号 267-271.

[8] 松本一生(2018). 地域における介護家族への支援. Dementia Japan 32巻1号 99-105.

[9] 湯原悦子(2019). 高齢者の心中や介護殺人が生じるプロセスと事件回避に必要な支援. 老年精神医学雑誌 30巻5号 513-519.

[10] 濱田健司(2009). 介護・看護疲れによる自殺. 共済総研レポート No.106, 40-43.

[11] 奥井良子他(2022). 在宅における終末期高齢患者および介護者の心理的特徴と訪問看護の課題 患者とその介護者の自死事例を通して. 駒沢女子大学研究紀要(人間健康学部・看護学部編) 4号 47-58.

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