高齢者の転倒予防をするためには?予防法や対策について解説

高齢者の転倒予防をするためには?予防法や対策について解説

ご自宅での介護を行っている方や介護施設をお探しの皆さまにとって、高齢者の転倒予防今後の健康と生活の質の維持・向上に直結する重要なテーマと考えます。まず、転倒のリスクを理解し、それに対処する方法を知ることが不可欠です。

転倒予防の第一歩は、高齢者がなぜ転倒しやすいのかを理解することです。その要因と、個々の状況に合わせた対策を解説していきます。高齢者の転倒予防には、適切な運動が効果的です。介護施設では、ロコトレなどのプログラムが提供されています。これらの運動は、筋力やバランスを向上させ、転倒リスクを軽減する助けになります。また、転倒予防には補助具の活用も有益であり、私たちが開発している転倒予防靴下(コーポレーションパールスター)のような利用しやすいアプローチもご紹介します。

浦辺幸夫 教授
広島大学大学院 医系科学研究科
理学療法士、アスレティックトレーナー、博士(医学)
日本理学療法士協会、日本スポーツ理学療法学会、日本予防理学療法学会、日本ダンス医科学研究会(理事)、日本靴医学会(評議員)、日本運動器科学会(評議員)、スポーツ選手のためのリハビリテーション研究会(理事)、広島県トレーナー協会(会長)、広島県体育協会(スポーツ医科学委員会)、広島県水泳連盟(評議員)
理学療法士、アスレティックトレーナーとして、病院、スポーツ現場などで患者さんやスポーツ選手のリハビリテーションに従事。補助具・医療機器の特許や文部科学省科学研究費を獲得。主な研究テーマはスポーツ外傷・障害予防、高齢者介護予防の運動プログラム、ダンス医科学、災害医学、健康増進。
田城翼 助教
広島大学大学院 医系科学研究科
理学療法士、博士(保健学)
九州栄養福祉大学で理学療法士免許を取得し、広島大学大学院へ進学。広島県内の社会人ラグビーチームでスポーツ選手のリハビリテーションに従事。ヨーロッパを拠点とする研究所での研究員の経験を有し、広島大学では超音波画像診断装置を用いたヒトの筋骨格系組織の動態解析を主な研究テーマとして活動している。
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高齢者の運動器にまつわる健康問題

高齢者の運動器の健康問題としてあげられるのは、変形性関節症骨粗鬆症骨折などです。変形性関節症は主に膝や股関節でみられ、これは関節の軟骨が変性・減少し、関節表面の摩擦が増えることによって起こります。これにより患者さんは激しい関節の痛みや可動域の制限を経験し、日常生活での制約や生活の質の低下が生じます。特に変形性関節症では、歩行や階段昇降時に転倒のリスクが高まるので注意が必要でしょう。

骨粗鬆症は、骨密度の低下により骨の強度が低下する疾患で、高齢女性で発生率が高まります。この状態は主に骨形成と骨吸収のアンバランスによって生じ、高齢者の骨折しやすい脆弱な骨を形成します。骨粗鬆症の進行に伴い、歩行能力や身体機能の低下がみられ、これが生活活動の制限につながります。さらに、転倒による骨折は患者の身体機能の低下をさらに助長します。

ロコモティブシンドローム(運動器症候群)は、筋肉や骨、関節、椎間板などの運動器にしょう害が起こり、日常生活に支障が生じる状態です。国立研究開発法人国立長寿医療研究センターの報告では、40-80歳代の男性で25.7%、女性で29.5%が該当します1この症候群は患者さんご自身が自覚せずに運動器や移動の機能が低下します。したがって、早期の発見が難しいことが問題です。ロコモティブシンドロームにより、高齢者の日常生活動作の維持が難しくなり、進行すると介助が必要になることがあります。

高齢者の転倒を避ける

高齢者の転倒とそれによる骨折は、健康と社会的な側面の両方に大きな影響を与えます。この問題について、特に医学的な視点から高齢者の転倒の発生率や方向に関する研究、転倒による骨折が要介護化へ与える影響、そして介護に携わる皆さまが日常生活でどのように予防できるかという点に焦点を当ててみます。

まず、高齢者の転倒に関する医学的な知見を紹介します。2021年に森川らが発表した論文「Association between falling direction and age in older patients with hip fractures」では、高齢者の転倒方向に関する研究を行い285歳未満の高齢者では側方への転倒が35件中18件(51.4%)と多かったのに対し、85歳以上では後方への転倒(尻もちをつく)が57件中37件(64.9%)と大半を占めたことが分かりました。高齢者の転倒では、年齢とともに転倒方向が変化することをみつけました。この研究成果によって、高齢者の転倒の特徴を知ることができます。

次に、高齢者の転倒による骨折が要支援・要介護につながる問題についてです。厚生労働省が発表している「介護保険事業状況報告」によると3、要支援・要介護認定者数は2023年10月末現在では706.4万人(暫定)と報告されました。これは介護保険制度が開始した2000年(256.2万人)の約2.8倍であり、今後さらに増えることが予想されます。介護度別にみると、要介護1が20.7%と最も多く、要介護2(16.7%)、要支援1(14.2%)、要支援2(13.9%)、要介護3(13.2%)、要介護4(12.7%)、要介護5(8.5%)の順に続いています。転倒による骨折は、高齢者が要支援・要介護になる原因として特に重要です。具体的には、転倒による骨折はその原因としてランキング第4位になります。

高齢者の骨は年齢とともに脆弱になり、骨折の発生率が増加します。特に大腿骨近位部骨折は、その合併症やリハビリテーションの難しさから、高齢者にとって重大な問題となります。骨折によって生じる筋力やバランス能力の低下は、高齢者の生活活動範囲を減少させ、結果として介護が必要になるわけです。

ここでは、読者の皆さまが、高齢者の転倒をどのように予防できるかについて、お示ししたいと思います。高齢者が日常生活で転倒するケースは、浴室や脱衣所、庭・駐車場、ベッド・布団、玄関・勝手口、階段など、様ざまな場所や状況で発生します。具体的な転倒の事故状況としては、床での滑りやつまずき家具のぐらつきベッドからの移動時に引っ掛かるなどです(図1)。これらが高齢者にとって特にリスク要因となり、そのなかで自宅内や施設でも転倒に注意が必要になります。

図1 屋内での高齢者転倒危険マッピング

転倒予防のためには、浴室や脱衣所では滑り止めマットの使用、寝起きや体位変更時の慎重さ、段差や階段、玄関に手すりや滑り止めの設置、通り道に電源コードがこないような配置など、身近な場所で簡単にできる対策が求められます。

自宅内は、片付けることを徹底し、例えばカーペットなどは、少しの高さでもつまづきやすいポイントとして注意すべきです。自宅外での移動には、必ず靴を履くことを推奨します。サンダルでの移動は、転倒のリスクが高まります。施設内でも移動にはきちんと靴を履くべきです。これらの予防策を実践することで、高齢者も安心して自宅での生活を送ることができ、転倒を予防することにつながります。

転倒予防のための運動のすすめ

上記のように、高齢者の転倒を予防する重要性は言うまでもありません。日本整形外科学会が推奨する「ロコトレ」4、生活動作に即したトレーニングプログラムであり、歩行や立ち上がり、座り込みなどの動作を中心に、関節や筋肉の動きを改善し、バランス感覚を向上させることを目的としています。

ロコトレを、自治体をあげて行った一例として、静岡県浜松市の取り組みがあります5。この自治体では、介護予防事業の一環としてロコトレ手帳と称した小冊子をサロンで配布し、毎日運動を行うように促しました。結果として、平均77.5 ± 5.8歳、総勢1211人にのぼる高齢者がロコトレ事業に参加しました。参加者のうち237名がロコモティブシンドローム陽性と判定されましたが、3ヶ月ロコトレを実施することで、30.4%の72名がロコモティブシンドローム陰性へと変化したことが報告されています。静岡県浜松市は健康寿命が長いことで知られていますが、ロコトレによって長く元気な足腰を保つための取り組みをしていることがその秘訣のひとつかもしれません。

補助具を使用することも、転倒予防に効果的です。私たちが開発した「転倒予防靴下」を、転倒予防のアプローチとして紹介しておきます(図2)6。転倒は、歩行時の引っ掛かりやカーペットなどほんの小さな段差でのつまずきによって発生します。転倒予防靴下は、足趾を反らせるサポート機能を有しています。効果検証では、歩行中に親指(第1趾)が反る角度は、普通の靴下を着用していると17.6 ± 5.7度であったのに対し、転倒予防靴下を履くと28.0 ± 10.5度でした。この約10度の親指の反りが増えることが、転倒を減らすことにつながります。なお、この開発は日本リハビリテーション工学協会主催 福祉機器コンテスト2007と2012年第4回ものづくり日本大賞で優秀賞を受賞するなどで評価を得ています。

図2 補助具としての転倒予防靴下(コーポレーションパールスター)の活用

このように、ロコトレなどの運動によるアプローチや、転倒予防靴下などの補助具が、高齢者の転倒予防で継続的な支援を提供し、生活の質を向上させています。医学や科学の進歩を背景に、今後ますます効果的な転倒予防策が提案され、高齢者の健康と安全がより確実に守られることが期待されます。

私たちの「高齢者×転倒予防」への取り組み

近年、高齢者の転倒予防で、ヘッドマウントディスプレイを使用したVirtual Reality (VR)を使った試みを研究しています。私たちが行った「The Application of Balance Exercise Using Virtual Reality for Rehabilitation」という研究では7、実際に床面の傾斜は起きていない状況下でVR空間内の映像を傾けるという簡便なバランスエクササイズを提案しました(図3)

バランス能力の改善により転倒を予防するためには、運動器機能の向上だけではなく、認知機能や反応速度の向上が必要です。私たちが考案した傾くVR映像を使用したバランスエクササイズでは、目の前の映像が傾くことで、認知機能に効果的に刺激を与えることができました。傾くVR映像によるエクササイズの効果をリアルタイムで計測し、個々のバランス能力に基づいて運動プログラムをカスタマイズできることも魅力です。実際の床面の傾斜はないため、安全にトレーニングできることも優れた側面といえます。

図3  Virtual Realityを用いた高齢者の立位バランスエクササイズ

この研究成果が多くの高齢者の転倒予防にどのように貢献するかについての今後の展開が必要です。現在、高齢者を対象としてVRを使用したバランスエクササイズの効果を検証しています。従来のバランスエクササイズは立位で行うことが多く、転倒のリスクを伴います。VRによるバランスエクササイズでは、高齢者を対象としても、転倒はありませんでした。今後は座ったままでもVRによってエクササイズが行えないか検討中です。これらは、読者の皆さまが今すぐに取り組めるものではないかもしれませんが、最新の知見としてご紹介させて頂きました。

参考文献

  • 国立長寿医療研究センター :https://www.ncgg.go.jp/ri/advice/11 (2024年1月18日引用)
  • Morikawa M, Urabe Y, Maeda N, et al. Association between falling direction and age in older patients with hip fractures. Zusammenhang zwischen Fallrichtung und Alter bei älteren Patienten mit Hüftfrakturen. Z Gerontol Geriatr 54(6): 547-554, 2021.
  • 厚生労働省:令和5年度10月 介護保険事業状況報告:
  • 公益社団法人日本整形外科学会:https://locomo-joa.jp/check/locotre  (2024年1月18日引用)
  • 柴田陽介, 岡田栄作, 中村美詠子,他:地域在住高齢者のサロンで実施したロコモーショントレーニングの効果.日本公衆衛生雑誌 68(3): 180-185, 2021.
  • 広島大学:https://www.hiroshima-u.ac.jp/research/now/no22 (2024年1月18日引用)
  • Urabe Y, Fukui K, Harada K, et al. The application of balance exercise using virtual reality for rehabilitation. Healthcare (Basel) 10(4): 680, 2022.
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