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  • 【公開日】2024-03-19
  • 【更新日】2024-03-19

認知症高齢者施設における看護と介護の協働について

認知症高齢者施設における看護と介護の協働について
皆さんは認知症に対して持つイメージはどのようなものがあるでしょうか?本コラムでは認知症の方との向き合い方から、それに対する福祉の在り方についてまで解説します。
鵜沢 淳子 講師
亀田医療大学 看護学部 看護学科
日本心身健康学会,日本健康医学会,日本看護科学学会
看護師免許を取得後、病院看護師16年、看護教員12年経験後、重症心身障害者などを対象したデイサービスに勤務。その後、現(株)Grace訪問看護ステーションブロッサムにて、認知症グループホームで健康管理に従事。論文「認知症ループホームにおける介護職者と訪問看護師の関わり」で看護と介護の協働について研究を行った。

🌼認知症の方への対応

看護師として勤務していた頃、ある人から、「母が夜になると“あそこに誰かいる”と庭の奥を指さすの。もちろん見ても誰もいないから、“誰もいないよ”と言うんだけど、“そんなことない、いるのよ!”と怒ってしまって毎日その繰り返しで大変なの」と相談を受けたことがあります。当時は、“認知症”という言葉より“痴呆”という言葉が使われていた時代で、まだ“認知症”の対応について十分な知識が持たれていない頃でした。その時、「ご本人がいる、と思っているのだったら、その場所へ行って”いないこと”をご本人の目の前で確認したらどうかしら」と伝えました。その夜、やはり「誰かがいる」と言ったお母様の目の前で窓を開け、そこまで行き、「ここ?誰もいないですよ」と伝えたら、翌日からはそのことは言わなくなった、とのことでした。

認知症の方は、「ごはんを食べていない」と食後に訴えることがあります。その時、「さっき召し上がりましたよ」と返しますが、「そんなはずはない、食べていない」との返事が返ってきて、食べた、食べない、の繰り返しによってお互いにイライラしてしまう、ということがあります。

介護職の方を対象とした認知症研修会の開始後15分くらいのところで、出してもいない課題に対して、「先ほど説明した課題について答えて頂きたいのですがどう思いますか?」といきなり質問をしました。当然、出していないわけですから、皆さん困惑します。しかし、その中の数名の方に「出しましたよね」と質問したら、「はい」と答えください、と先にお願いしていたためその方たちは、質問時に、さも課題が出ていたかのように返事をしてくださいました。 周囲の方は、それを聞いて更に困惑し、「絶対に言っていない」と自信をもって訴えられました。かなりざわついたのを記憶しております。実は出していなかったことをお話しし、「どんな気持ちでしたか?」とお聞きすると、「絶対に言ってない、なんだこの人は!!!」と腹立たしく思ったという方もいらっしゃいました。その時に、「認知症の方は、そのような気持ちでご自分の気持ちを訴えられているのだと思います。」と話をいたしました。

認知症の方の時間軸は、「忘れてしまった」というより、その時間軸が「ない」という状態です。その「ない」時間軸に対して、「さっき食べた、説明した」と言っても、「そうだったかなぁ」という気持ちにはなれないと思いませんか?「ごはんを食べていない」と言いながら、おなかが減ったのかを質問しても「いいえ」と答える方もいらっしゃいます。私は、認知症の方が思い込んでいる中で発する言葉を「そうなんだ」と受け止めることが大切と考えています。すると、「では、それは違っていても“はい”と返事することになるので、“嘘をつく”ということですか?」と質問されたことがあります。確かに、事実は違いますが、「ご本人にとってはそれが真実である、ということなので、そのご本人にとっての真実を認める、という意味で返事をするということです」とお伝えしました。

認知症の方は、個々に様々な症状を発症し、周囲で介護している方を困惑させます。認知症研修会の中でも、また、訪問していた認知症グループホームでも、個々の方のそれぞれの症状に対して「どうしたらよいのか?」という質問が多かったことを記憶しております。しかし、一律の対応はなく、その人がどのような状況でそのことを話し始めたのか、どうしてそのような行動をしているのか、何を望んでいるのか、また、脳の障害部位により症状や行動は様々なため、対応も個別になります。訪問していた認知症グループホームの中には、毎晩各部屋を見回る方(この方は元警察官だったとのことでした)がいらっしゃるということで、それを止めることなく、ご本人に「役割」を果たしていただいているということをお聞きしました。

認知症グループホームでは、このように入居している方の今までの生活や職業などの社会的環境、家族内での役割を続けようとする方に対してできる範囲で行うことを止めずに、健康でご本人にとって有意義な生活を送れるよう取り組みをされています。ご本人の行動を止めるのではなく、行動が危険であれば、その危険な環境を取り除き、ご本人らしく生活を送ることができるように整えておられました。そのような認知症グループホームに訪問すると、入居者さんたちは、ご自宅で過ごすように生活されており、自分の役割を持っている方は、掃除をしたり、ごはんを作ったり、お互いに話をしたりと過ごされています。認知症グループホームではありますが、「ご自分の家」の中で健康に生活されている姿が拝見できました。しかし、そうはいっても、色々な症状の繰り返しにより、ご本人もまた、介護している方も非常に大きなストレスになってくる場合があり、このことは簡単なことではないと思います。

🌸認知症について考えてみる…

大変な介護場面の多い認知症ですが、もう一歩考えてみます。

認知症には、中核症状と周辺症状(BPSD Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)と呼ばれる症状があり、中核症状は脳の機能障害から発生する症状ですが、周辺症状は、生活環境や性格・心理状態の影響を受けるといわれていることから、症状の出現は個人差があります。

ここで、考えたいことは、中核症状は脳機能の障害の影響を受けることから、対応は難しい状況ですが、周辺症状は周囲の環境により、出現の有無や程度に影響を与えることができる“可能性”がある、ということです。認知症の方を取り巻く環境が、せわしなく、周囲の人がイライラしていたら、本人も落ち着かなくなり、イライラする状況になってしまい、お互いに相乗効果で、悪循環を繰り返すことになってしまうことは、認知症の方を介護している方々には、経験されていることではないでしょうか。

認知症の研修会でお話をさせて頂いたことは、「認知症は、認知機能に障害がある人、胃がんは、消化の役割を果たす胃に障害がある人、糖尿病は、糖をコントロールすることに障害がある人、“身体のある機能に障害がある”という点では、何も特別なことではないと思います。ただ、意思疎通を図るための認知機能に障害があるので、お互いにとてもストレスがかかり、他の病気を患っている方をみていくより辛いですね」ということです。しかし、周囲の人を含めた環境が落ち着いていくことで、認知症を患っている方も穏やかに、また、周囲の介護している人も穏やかに日々を過ごしていける可能性があることを頭のどこかに留めておいて頂ければと思います。

🌹認知症高齢者施設での看護の役割の在り方について考える

そんな中で、消毒などの処置が必要な方や、食事が召し上がれなくなった方、発熱したり、血圧のコントロールが難しくなった方、むくみなどの症状が出現する方への対応が必要となる場合がありました。このような場合、実際に対処していくのは、認知症グループホームの介護職員の方々です。相談を受けた際、看護師としての知識(人の身体の構造や機能、健康障害が発生した時の原因追及のための疾患の知識)をもとに対処法を考えていきます。当然、命に直結する危険な状態である場合もあります。そんな時は、すぐに受診を促します。多くの看護師が勤務する病院では、生命に直結する病気で入院してくる方がほとんどのため、命を守るための「治療」に重点が置かれますが、認知症高齢者施設では、日常生活の中での健康管理として、「日常生活の中でいかにその人にあった、また、その環境の中でより安全な方法で行われる、また、経済的な視点」を考えることが重要です(これはある意味看護の原点と言えることだと思いますが…)。

このことは、ある認知症グループホームの介護職員の方とのやり取りの中で教えて頂いたことでした。訪問看護ステーションでの勤務を通して、認知症グループホームに週1度、18名から27名のホームに健康管理のために訪問していた時、へルペスの悪化によりガーゼ交換の処置が必要な入居者や、認知症の進行により、食事を自力でとることが困難になった入居者との出会いの中で、自分の考えた看護の考え方が介護職員の方に伝わらないことがありました。ガーゼ交換では、感染を考え、消毒や滅菌ガーゼ、汚染された時の処理方法など詳細な手順に沿って入居者へのケアを伝えました。しかし、返ってきた言葉は、「誰が、いつやるのか、必要な消毒の物品をどうやって誰がそろえるのか、そのお金はどこから出るのか」という言葉でした。

認知症グループホームでは、日常生活が送れるが、一人での生活が難しい人たちが、住み慣れた地域の中で“終の棲家”として過ごす場所、です。そのような中で行う医療処置は、介護する方が“自宅でできる方法”を考えることが必要でした。また、食事のとれていない入居者に対して、「栄養状態が悪化する」という考えのもと、食事摂取をどのように進めて行こうか、とする考えの横で、「この人が食べれるだけ時間がかかってもいいから食べてもらう、食べたくない時は、そんなに勧めない」と入居者の表情を伺いながら食事介助を行っている介護職員の方がいました。

ナイチンゲールは、看護覚え書の中で、看護は「患者の生命力の消耗を最小にするように整えること」で、「患者が何を感じているのかを、患者に辛思いをさせて言わせることなく、患者の表情に現れるあらゆる変化から読みとることができること」が看護師の基本と書いています(ナイチンゲール著、湯槇ます他訳「看護覚え書」(第8版)現代社.2023.p15,p227)。

看護師として、生命の危機に対して専門的知識を持って考えていくことは重要なことですが、“日常の中で自宅で生活している人”として人をとらえた時、個々の方の思いと日々の生活に目を向けることが不十分であったことを痛感しました。しかし、食事をとれなかった入居者の方は、脈拍が少なくなってしまう“徐脈”になりやすかったため、長時間の摂食の際、本人の脈拍や呼吸、顔色を見ながら、変化があったら少し横にして休むようという点は、お願いをしました。また、体位変換(身体をある程度の時間で動かさなければならない)の必要がある入居者の方がいる場合は、身体をうまく使った方法で、双方の身体の負担を最小限にとどめての体位変換や移動の方法を実際に介護職員の方の身体を使ってお見せすることで、理解していただけるようにいたしました。

入居者一人一人が少しでもよりよい生活環境の中で生活することができるよう、また、介護する側の心身のストレスができるだけ少なくなるような方法を、と思いながら、介護職者から相談があった時は、訪問時に必要な情報交換を行っていきました。特に、強く感じたことは、医療従事者としてその場に立つ必要性とともに、日々の生活の中にいる人たちを見ていると言うことでした。そのことから、訪問時には、その環境を理解し、介護している職員の方々の言葉に耳を傾けることが大切だと思っております。

🌻認知症高齢者施設で入居者の方が健康にその人らしく過ごすために…

入院をしていない認知症の方々は、日常の生活の中で、よりその人らしく、健康に過ごしていけるよう周囲で見守りながら、必要な介護を行っていくことが必要です。介護とは、「高齢や心身の障害などの原因により日常生活を営むことに支障がある人に対して、日常の生活動作、家事、健康管理、社会活動の援助などを行うこと」を指しています。

この日常生活の中で過ごしていることに重点を置き、看護は、ちょっとした表情の変化、言動や行動の変化から心身の状態を読みとり、健康状態が維持できるよう、専門的知識を基に異常の早期発見に努めるよう観察し、健康管理を行うことが必要で、対応を考える際は、日々、認知症の方を介護しておられる介護職員の方とともに「異常の早期発見のための情報」と「その人の生活環境や日常の中で抱えている思いの情報」を合わせながら、健康管理のために協働することが重要だと考えます。また、看護師は、病院とは違う、日常の空間の中で生活している人がより健康な生活をその人らしく生きること強く理解しながら、介護職の方々と協働することの大事さを痛感いたします。