在宅介護をする方へ向けて、「認知症の症状が進行してきたが、どんなタイミングで施設への入居を検討するべきなのだろうか?」のような疑問の解決の一助を示したいと思います。
熊本県立大学 総合管理学部 総合管理学科 公共福祉部門
日本認知症ケア学会、日本公衆衛生学会
1999年より慶應義塾大学病院消化器外科病棟看護師を経て、東邦大学医学部看護学科、熊本保健科学大学、熊本大学大学院生命科学研究部にて老年看護学、在宅看護学、公衆衛生看護学等を担当する。現在は、「認知症の人と家族のためのソーシャルサポートシステムの構築」に関するテーマを研究し、高齢者福祉分野の教育を行っている。
国家資格:正看護師、保健師 聖路加国際大学博士後期課程 公衆衛生看護学 修了 博士(看護学)
主な著書:「認知症Plus 家族支援」https://www.jnapc.co.jp/products/detail/3804 など
https://puk-loveratory.com/researcher/aya_yasutake/
認知症当事者と介護家族の日本の現状
日本は世界で最も高い高齢化率です。2025年には認知症高齢者数が、700万人に達し高齢者の5人に一人が認知症という時代は目前です。
高齢者が高齢者を介護する「老老介護」はなじみ深いですが、認知症とともに生きる人々の増加に伴い認知症の人が認知症の人を介護する「認認介護」を行う高齢者も増加する見込みです。また、認知症の父母2人を1人の子が介護するケースや、育児と同時に介護が重なるダブルケアも、晩婚化が進み高齢出産が進んだ現代の家族の特徴といえる、1人の介護者が複数人の要介護者を介護する多重介護の支援の課題も今後大きくなっていくと考えられています。
さらに、認知症の初期症状は同居家族が気づくことが多いのですが、今後一人暮らしの方の場合、認知症の症状に早目に気づき、受診し治療やケアを開始するという、早期対応が難しくなることが予測されます。
このような現状を踏まえて、認知症当事者と介護家族はどのように過ごせば良いでしょうか?
具体的な認知症の症状と適した施設の利用について
ここでは、具体的な認知症の症状別に分けて、施設利用ポイントをお伝えしたいと思います。
認知症は、認知症とともに生きる人と家族の営む生活に徐々に影響を及ぼす病です。以下の表は日常生活の状態から認知症の重症度を客観的に評価する尺度CDR(Clinical Dementia Rating) です。
【出典】池田学:認知症臨床の最前線, 医歯薬出版株式会社, 2012
(1)軽度認知障害(MCI)の時期(一貫した物忘れはありますが、日常生活には支障がない時期)*CDR;0.5程度
認知症と診断される以前の、軽度認知障害(MCI)の時期は、これまでより物忘れはありますが、日常生活には支障がない時期です。認知症とともに生きる人と家族は、日常のかすかな変化を認識し,認知症の症状に気づきはじめているので、その症状が正常な物忘れなのか、認知症による物忘れなのかを日々確認しています。
そこで家族は、受診をして認知症か否かを確認したいと考えますが、認知症とともに生きる人が受診行動に至るには、家族が本人の自尊心を傷つけないよう細やかな配慮をしたりと、大変な工夫や努力と長い時間がかかっていることがわかっています。
また、この時期の認知症の症状は、ともに生活していて、気を許す親しい家族しか気づかないことも多いため、たまにしか会わない専門職や近隣・親戚には介護家族の心配事を理解してもらえないことも多く、介護家族はとても孤独感を感じている時期です。
(2)軽度の時期(特に最近の出来事に物忘れが目立ち始め、日常生活は見守りが必要な時期) *CDR;1程度
この時期、特に短期記憶障害が目立つようになり、物盗られ妄想など財布や通帳などの保管場所がわからなくなったり、内服薬の自己管理が困難になることから、家族は思い通りにならない介護に困惑しながらも、認知症介護に向き合い日々介護方法を模索している時期です。
(3)中等度の時期(新しいものはすぐに忘れがちで、衛生管理など日常生活に一部介助が必要な時期) *CDR;2程度
認知症の中核症状である見当識障害は、時間、場所、人の順で進行すると言われています。特に時間の見当識障害によって昼夜が逆転したり、場所の見当識障害によって、認知症とともに生きる人が外出先で道に迷ったりすることも多くなると、家族は安心して休息や睡眠をとることが困難になり、家族自身の健康状態も悪化しやすい時期でもあります。
(4)重度の時期(断片的な記憶のみ残っており、頻回な失禁があるなど日常生活全般に介助が必要な時期) *CDR;3程度
この時期、家族は認知症という診断を受け入れる努力をしながら生活をしています。
認知症の症状は個々の生活に反映され、個々の生活スタイルによって生じる体験も様々異なります。とくに、人の見当識障害により自分を認識してくれなくなったらどうしようという気持ちを抱きながらも、家族は認知症とともに生きる人にとって、適した介護方法を模索していました。そして、介護を通して自分の役割を再確認し、認知症とともに生きる人への情愛を深める体験もしていました。
(5)認知症とともに生きる人の死亡後
認知症とともに生きた人の家族は、死の現実を受け入れ、介護経験を活かして他者のサポートに役立てたいと思う家族もいました。
日本では、認知症の人と家族の会支部が全国にあります。そこでは、家族支援を行なっており、家族会の役割はとても大きいことが明らかになっています。しかし、家族の死の受け入れのプロセスは必ずしもうまくいく者ばかりではなく、個人差が大きい体験のようです。
最後に、著者が行ってきた研究結果により、認知症とともに生きる人と家族の生活に良循環を及ぼすのは、認知症当事者と介護家族が「早期にソーシャルサポートを獲得している」こと、悪循環を及ぼすのは「介護家族の健康状態の悪化」であることもわかっています。
したがって最も重要なことは、認知症とともに生きる人と家族がより質の高い生活を送るため、より早期にソーシャルサポートを獲得して、健康を保っていただくことです。どうぞ一人で介護を抱え込まず、近くの専門職に些細なことでもご相談ください。
介護家族が必要とする支援
認知症の初期症状は老化との判別が難しく、身近な介護家族に対してより強く症状が出現しやすい特徴がある一方で、介護家族以外の者には初期症状が現れにくいこともあります。
また、地域からの偏見を恐れて、「認知症」という病名をオープンに口外することができずに、介護が限られた家族メンバーのみで行われていることもあります。こうなると、家族の心配事や困りごとを他者から理解し共感を得られにくいため、認知症発症前後の時期の家族は、社会的な孤独感を抱く体験をしているのです。
したがって認知症とともに生きる人や家族が「認知症」をオープンに口外できるような社会的偏見から解放されるような地域づくりが重要となります。
そして、介護保険制度を代表するフォーマルサービスだけでなく、家族・親戚・近隣・友人・自治会・民生委員・家族会など互助機能を持つインフォーマルサービスにも認知症とともに生きる人と家族をつなげ、早期に支援を受けられる体制づくりを行うことが必要です。家族が、日々内省を通して、自分の感情を再構築していくためには、家族が介護体験を語り、聴いてもらえる環境を整えていきます。
認知症とともに生きる人と家族のソーシャルサポートの種類は、①情緒的な支援、②実用的な家事や介護支援、③適切な情報提供の支援、④介護の意味付けへの支援、⑤レスパイトのための調整支援があります。家族は家族個々に合った適切なソーシャルサポートを早期に獲得していくことで、家族自身の健康状態を保持し、認知症介護に向き合えるようになります。
しかし、できることなら〝認知症〟になるのも看るのもできれば避けたいという心理が私たちの心の片隅にあることも知っています。人は、生まれてきて親を育て、人生最後の生き様を命をかけて次の世代を育てるためのgiftとして贈ってくれているのかもしれません。
〝認知症〟という病と向き合うことは自分が成長するためのgiftでもあり、それをどのように乗り越えていくのか自分自身を試されることなのかもしれません。認知症当事者とご家族がwell-being(幸福)であることをお祈りしています。