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  • 【公開日】2024-03-12
  • 【更新日】2024-03-12

介護における高齢者の権利擁護とは

介護における高齢者の権利擁護とは

皆さんは権利擁護という言葉を聞いたことはありますか?一般的に「権利擁護」と聞くと、専門職が業務として行うイメージがあるかもしれせんが、本コラムでは、高齢者やその家族が権利を守る、表明する意識を持つ大切さについて解説します。

髙井 裕二 講師
大阪歯科大学 医療保健学部 口腔保健学科 社会福祉士コース
日本福祉教育・ボランティア学習学会、日本教育福祉学会など
大阪教育大学大学院を卒業後、寝屋川市内の地域包括支援センターにて約8年間勤務。社会福祉士、センター長として高齢者の総合相談や権利擁護業務に従事。2019年より大学教員の道へ。専門は高齢者福祉(権利擁護)、福祉教育。
大阪社会福祉士会では北河内支部の副支部長を勤め、社会福祉士の後進育成に携わっている。

①高齢者への権利擁護の必要性

まず「権利」という言葉から考えてみましょう。介護の分野で「権利」と聞くと、介護保険サービスのように法律で具体的に規定されているサービスを利用する権利を想像する方も多いと思います。ここでいう権利は、それに加え、例えば高齢者本人が「週に1回はスーパーで買い物に行って自分が食べたいものを選びたい」とか「友人と旅行に行きたい」といったように、自分が望んでいることを周囲に伝えたり、実際にその希望を実現させたりすることも含まれます。このように書くと、権利とは誰もが日常生活の中で当たり前に行使しているもので、普段は意識もしないかもしれません。逆に考えると、生活がうまくいっていない、心配な出来事に直面した時に権利の問題が浮かび上がってくると言うことができます。例えば、以下のような状況が考えられます。

・自分の希望を言えない、言いづらい環境にある
・自分にどのような権利があるのかわからない
・自分が望まない生活を強いられている

そして、高齢者は上記のような状況に遭遇しやすいと言えます。例えば、介護サービスは契約に基づいて実施されるものですが、生活支援や身体介護は日常生活を支える行為のため、自然と「お世話になっているから、要望を伝えるのはワガママだと思われるかもしれない」と我慢してしまう。また、介護施設に入居していると、「要望を伝えて厄介者だと思われたら・・・退去させられたらどうしよう・・・」などの不安が過る方もいます。また、社会情勢的にも単身や夫婦世帯が増え、他者と交流する機会が少なくなると、自分の困り事や要望を言葉にする機会も減り、情報に触れる機会も減れば、利用できるはずのサービスにも気づくことができないかもしれません。

さらに高齢期になると、認知症や精神疾患などになるリスクも増え、これまでのように情報を入手・理解したり、自分の気持ちを言葉にしたりすることができづらくなり、詐欺や虐待などの被害に遭う危険性も高まります。それは、本人らしく生きる権利が失われた状態であると言えます。

そして、高齢者にとって最も身近な存在である家族も、当然年を重ねますので、心身の状態の変化があったり、仕事の都合で本人と離れて暮らさざるを得なかったりすると、本人の意思を汲み取りにくくなるし、生活を支えることにも限界があります。
そのため、高齢者の権利を守る「権利擁護」が重要となってくるのです。権利擁護とは「福祉サービス利用者のもつ権利性を明確にしていくとともに、権利侵害の予防・防止、侵害された権利の救済・解決を支援する活動(1)のことを言い、各種制度が存在します。

②権利を守る制度やサービス

権利に関する制度やサービスは目的によって様々です。ここでは代表的な制度や窓口について取り上げていきます。

・成年後見制度

まず、代表的なものとしては成年後見制度があり、これは認知症や精神疾患などにより、判断力が低下した方の権利を守るために作られた制度です。この成年後見制度は、民法で規定された法定後見、「任意後見契約に関する法律」で規定された任意後見に分けることができます。

法定後見制度は、現状として本人の判断力が低下している本人に対し、家庭裁判所から選任された成年後見人等が支援するものです。後見類型(後見・保佐・補助)によって、付与される代理権は異なります。一方の任意後見制度は、将来、判断能力が不十分になった時に備え、自分で(任意に)後見人を選んで契約しておくことを言い、後見人にお願いする内容も本人の意思を可能な限り反映したものにすることができます。このように、現在の判断能力の状態によって利用できる制度が変わってきます。

成年後見人等に共通する役割として、本人の預金通帳などを預かって財産を適切に管理する「財産管理」、ヘルパーやデイサービスなどの利用契約や特別養護老人ホームなどの介護施設へ入所する際の契約のように、本人の生活、健康、療養等に関する法律行為を行う「身上監護」があります。

法定後見制度の場合でも配偶者や子どもなどの親族が後見人になるケースはありますが、親族による後見人等の数は減少傾向にあり、弁護士・司法書士・社会福祉士といった法律・福祉の専門職専門職が所属する法人などが選任されるケースが増加しています。

・日常生活自立支援事業

福祉サービスの利用援助、定期的な訪問による見守りや日常的な金銭等の管理を目的としたものとして、「日常生活自立支援事業」があります。実施主体は都道府県社会福祉協議会と政令指定都市社会福祉協議会で、窓口業務などは市町村にある社会福祉協議会が主に担っています。判断能力の低下により、支援が必要な高齢者の権利を守る仕組みとしては成年後見制度と同じですが、契約を締結する能力があることを前提としており、利用後に判断能力の低下が著しく見られる場合は成年後見制度の利用を検討していくこととなります。

・苦情をはじめとした介護サービスの相談窓口

社会福祉法第82条において、「社会福祉事業の経営者は、常に、その提供する福祉サービスについて、利用者等からの苦情の適切な解決に努めなければならない」と規定しています。介護サービスは本人と事業所の契約に基づいて提供されるものですので、お互いに対等な立場です。もし十分なサービス提供を受けていない、理不尽に感じる対応を受けていると感じた場合は、改善してもらいたい内容を伝えるようにしていきましょう。また、直接言いづらい場合は、お住いの市町村や地域包括支援センターの窓口に相談することもできます。

③「意思決定支援」という考え方

成年後見制度を利用すると、後見人等が財産管理や契約を本人の代わりにすることができますが、決して「本人抜きに決める」というものではありません。どんなに認知症が進んでいようが、重い障害があろうが、本人の意思を尊重することが大前提です。しかし、最初に見てきたように自分で情報を入手する、考える、決める能力や機会が不十分だと、何かを決めること自体が十分にできません。そこで大切になるのが、「意思決定支援」という考え方です。

厚生労働省が作成した「認知症の人の日常生活・社会生活における 意思決定支援ガイドライン」を見てみると、意思決定を支援するプロセスを3つの段階に分けることができます。(下記の図参照)。まず、自分の意見や意思を持つために必要な情報の提供や説明を本人がわかるように説明を受けるという「意思形成支援」の段階。次に、「こうしたい」という意思を持てたとしても立場上言いづらいとか、話して伝えることが苦手な場合などを想定し、本人が安心して自分の意思を伝えられる機会を作る「意思表明支援」の段階。そして、その希望を可能な限り叶えられるように支援していく「意思実現支援」となります。

(参考)厚生労働省「認知症の人の日常生活・社会生活における 意思決定支援ガイドライン」を基に筆者作成

 

難しい言葉が続きましたが、わかりやすく伝える工夫をしてくれる、安心した場所で否定せずに話を聞いてくれる、希望を叶えるために本人と一緒に方法を考えてくれるというのは、どんな人にも必要な支援だと思います。落ち着いて自分の意思を伝えられる、分からない内容があれば「わからない」と言うことができ、一緒に考えてくれる相談援助職の方と出会うことで、生活は充実していきます。

④利用者や家族が気をつけるべきこと

地域包括支援センターで勤務していた時に、「成年後見制度を利用したほうがいいかどうか」と、本人や家族から相談を受けた経験があります。その中でよく耳にしていたのは、「うちの家族は財産がないから、こんな制度は必要ないと思っていた」という言葉でした。不動産や多大な株式投資など、大きな財産がないと一見必要ないように感じるかもしれませんが、財産が少ない中で金銭管理がうまくいかないと、必要である介護サービスが利用できなかったり、家賃滞納や食費が捻出できなかったりして、生活・生命に関わる問題になりかねません。誰にでも関わってくる問題だと考えておく必要があります。

権利擁護には様々な制度が存在し、内容も複雑ですので、調べるだけでも相当な労力が必要となります。本人や家族だけで悩みを抱え込まず、弁護士、司法書士のような法律の専門家、そして市町村や地域包括支援センターなどの介護の総合相談窓口に相談しながら「一緒に考える」機会を作っていきましょう。

【引用文献】
(1)九州社会福祉研究会編「21世紀の現代社会福祉用語辞典-第2版」(学文社,2019),135頁。

【参考文献】
・岩崎香編「図解でわかる意思決定支援と成年後見制度」(中央法規出版,2024)
・竹端寛「権利擁護が支援を変える―セルフアドボカシーから虐待防止まで―」(現代書館,2013)