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  • 【公開日】2024-03-26
  • 【更新日】2024-03-26

低所得高齢者の実態と課題

低所得高齢者の実態と課題

人生100年時代と言われる中で、現在の低所得高齢者の実態と今後の課題について、ご紹介いたします。

大友芳惠 特任教授
藤女子大学 人間生活学部 人間生活学科
社会福祉士/大学教員
日本社会福祉学会 他
北海道大学大学院教育学研究科教育学専攻(博士課程)修了 教育学博士
低所得高齢者の研究を中心に行っております。

「低所得」とはいったいどのくらいの所得水準を指すのでしょうか。「低所得」の定義は一律ではなく、非課税を前提とする考え方などありますが、ここでは研究者が多く使用する定義を用いて、生活保護基準額×1.4倍程度と規定しておきます。生活保護の基準は地域によって異なりますので、どこで暮らしているか、年齢や季節によっても額には差が生じてきます。

例えば、東京都でひとり暮らしの75歳の5月の生活扶助額(1給地の1)は67,680円です(持家のない場合は住宅扶助が支給されます)。生活扶助額を基準とした場合、前述したように低所得高齢者を生活保護基準の1.4倍としてみると94,752円までの収入で暮らしている人が対象者となります。また、地方の町村部でひとり暮らしをしている75歳の5月の生活扶助額(3給地の2)は60,900円で、1.4倍とすると、85260円までの収入で暮らしている人が低所得高齢者の範疇に入ります。

高齢者の収入の中心は年金収入と考えますと、国民老齢基礎年金のみの収入(令和6年度分)は月額68,000円です。実際には満額の国民老齢基礎年金の支給を受けても低所得を余儀なくされる高齢者は多いということがいえます。しかし、高齢者は他の世代と比較すると預貯金の額が多く生活には困らない人も多いと社会のなかでは理解されているようですが、実際の暮らしは年金収入と預貯金を切り崩して何とか暮らしている高齢者も多いのが現状です。

筆者が研究で出会う、年金が年額で70万~80万の高齢者のかたがたは、多くの人が預貯金を年に80万~100万位取り崩して暮らしていると語る高齢者です。また、私が研究の中で出会った女性高齢者の方に、「お孫さんにはよくお会いになるんですか?」と尋ねると、「いいえ、孫にはできるだけ会わないようにしているんです・・・」「孫も大きくなればそれなりのお小遣いの額が必要ですから・・、自分にはそのような支出もできないんです。年寄りは孫に小遣いぐらいあげられなければならないんだけど、本当は孫には会いたいんですけどね・・」と答えられました。

経済的に厳しい生活を余儀なくされるということは、衣食住の支出を切り詰めてタイトに生活するというイメージを持ちがちですが、実際には、人と関わることで発生する経済的負担も生活を圧迫しており、結果としては生活費のやり繰りだけにとどまらず、本来会いたい人にもできるだけ会わず、人間関係をも遮断して、限定的な人とのみの関係性の中で生活せざるを得ない状況をもたらしている現状があるということです。

さらに、高齢期は医療や介護を必要とすることもあり、それらへの支出を考えると、年金収入だけで暮らしを維持することの困難がうかがえます。たとえば、在宅での生活を選択せず施設サービスを利用するとした場合はどうでしょうか。施設サービスを利用した場合、年金収入だけで必要経費の支払いができる高齢者はそう多くないことがいえます。

前述したように、預貯金を切り崩し、家族からの経済的支援も含めて何とか施設サービスが利用できるようになる方も少なくありません。毎月10万前後の費用が必要となるとすれば、低所得高齢者には施設サービス利用も遠い選択肢に他なりません。

このような低所得高齢者の現状を反映して、近年は人生の最期をどのように迎えるかについても変化が見られます。通夜や葬儀をせずに「直葬」を望む方や「献体」で経済的負担を軽減したいと考えるなど、人生の終焉が経済的状況に左右される現状がみられるようになりました。

これらのことは、戦中・戦後の混乱期を乗り越え、いま在る高齢者の「人の尊厳」をどのように考えるべきかという疑問を提起させます。人生100年の時代を迎え、真に長寿が歓迎され、最後まで尊厳ある状態でありたいものです。