• くらし
  • 【公開日】2024-02-02
  • 【更新日】2024-02-05

高齢者が健康でいきいきと暮らせる「住まい」の要素について

高齢者が健康でいきいきと暮らせる「住まい」の要素について

私の研究室では、高齢者福祉施設での高齢者の暮らしの質を高めるような施設計画の研究、高齢者の地域生活の研究、住宅の研究などを行ってきました。

私の分野は、建築学の計画系と呼ばれる施設や住宅の設計・計画に関する研究分野のため、医学部のように大量のデータから解析を行って要因を探る、というよりは、地域の高齢者にアンケートの協力を得ながら、集まったデータから傾向を読み解く、といった形で進めています。そうした小規模なアンケート調査の中から見えてきた、高齢者が健康で暮らしやすい「住まい」の要件について見ていきたいと思います。

黒木宏一 准教授
新潟工科大学工学部工学科 建築・都市学系
博士(工学)・大学教員
日本建築学会、日本認知症ケア学会、日本居住福祉学会
熊本大学博士前期課程・大阪市立大学後期博士課程修了後、現職。大学では建築設計や福祉住環境の講義を担当。高齢者のQOLをいかに高めていくかという視点で高齢者福祉施設の施設計画、高齢者の地域生活、高齢者の住まいに関する研究を20年以上続けている。
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家事の自立と健康

まず、一つ目に、高齢者を対象に、自宅で家事をどの程度自立して行っていますか、という設問を2つのアンケート調査で行ってみました。家事を全て自分で行っている高齢者では、「立ち座り」や「掴む・握る」の動作が容易に行えるといった傾向が、また、毎日家事を行っている高齢者は、フレイル(虚弱)状態でない割合が高いといった傾向が見られました。

母数が少ないため、統計的な判断は難しいものの、家事を行うことは、健康維持の一つに何かしら影響を与えているものと考えられます。家事も「食事を作る」、「洗濯をする・干す」、「掃除をする」といった行為があり、体の部位を様々に動かしながら作業をしているので、自然と体を動かすストレッチすることに繋がっているのでしょう。

家事一つをとっても、高齢者にとっては自然な運動・ストレッチになり、それらを楽しく、毎日できるような家事空間(家事動線の工夫や楽しみながら作業のできるキッチン空間)を考えることも、健康を考える上で一つの要素として考えられるかも知れません。

リビングや居室(個室)の位置

高齢期のことを考えて、リビングや高齢者の居室(個室)は一階に設置することが望ましいと言われています。また、できるだけ段差を無くし、バリアフリーにすべきであるというお話もよく聞きます。ここでは、そのリビングや居室の位置について考えてみたいと思います。

デイサービスセンターを利用している比較的健康な高齢者、健康体操教室に通っている高齢者を対象にしたアンケートで、リビングの位置、居室の位置について尋ねてみました。すると、立ち座りの動作に問題のない高齢者の多くで、リビングが2階にある、居室が2階にあるという回答が多かったのです。

そもそもリビングが2階にあるというのは珍しいと感じられるかも知れませんが、私が研究の拠点を置いている新潟県では、高床式住宅と呼ばれる、1階を駐車場、2階以上を住宅とし、積雪時に住宅部分が雪に覆われないように工夫した住宅が多く存在します。そうした地域性から、2階にリビング、という回答も出てきています。2階にリビングは、近年都市部の住宅密集地でも多くみられ、人通りを気にせず安心して過ごせるため、あえて2階にリビングを作る、といったケースも増えてきています。雪国だけでなく、一般の住宅としてもありえることを付け加えておきます。

では、なぜリビング、居室が2階にある方が立ち座りの動作の維持に繋がっているのでしょうか。リビングや居室が2階にあるということは、一日の中で必ず階段の上り降りする行為が生まれます。そうした上り降りが自然なリハビリ、生活リハビリになり、動作の維持、健康維持に繋がっていることが一つ考えられます。

これは自宅に住んでいる高齢者に限らず、高齢者福祉施設で暮らす高齢者にも言えます。高齢者福祉施設の研究で、住宅をそのまま活用した認知症高齢者向けグループホーム(民家改修型グループホーム)の研究を行ったことがあります。比較的古い住宅を使っているので、玄関の段差や廊下と和室の敷居の段差など、とてもバリアフルな施設でした。高齢者施設はバリアフリーが基本だという考え方からするとあり得ない環境かもしれませんが、スタッフの人に聞くと、「このバリアが生活リハビリに役立っています。認知症の高齢者でも段差はしっかり認識して、身体機能があまり落ちないんです。」といったコメントも聞かれました。

こうした生活リハビリを自宅の中でできる環境も、とても重要なポイントということが言えるでしょう。

住宅の中の居場所

退職した後の高齢者が、どのように健康に、そして充実して暮らしているのか、また、どういった要素がその充実に繋がっているのか、といった視点で行ったアンケート調査から、日中の居場所について考察していきます。

まず、日中の多くを過ごしている住宅の部屋を答えてもらい、その回答者の精神的な健康度(SF-8の指標を利用)の関連性を見てみました。スコアが高く、精神的に健康な高齢者の過ごす場所は、圧倒的にリビングで過ごす方の割合が高く、一方で、スコアが低く、精神的に健康ではない高齢者では、自室の割合が高いという傾向が見られました。

同様に、自宅のつくりと高齢者の健康状態の関係を明らかにするアンケート調査を2023年度実施しました。この調査でも、フレイル(虚弱)の可能性が低い高齢者の日中の過ごす場所は、自室よりもリビングと回答した人の割合が高いと、同様の傾向が見られました。

自室で過ごすと、どうしても人や外部との関係・刺激が少なくなり、結果として精神的な健康が低くなり、活気もなくなります。逆にリビングで過ごす方が、家族やリビングから見える景色など、他者や外部との環境に接することが多くなるので、精神的な健康が保たれ、活気のある暮らしになる、ということが言えるのかも知れません。

外出行動・社会との繋がり

住宅の中だけでなく、視点を広げて、外出行動や社会との繋がりについて見ていきたいと思います。こちらも2023年の調査結果によるものですが、徒歩での外出が週4回未満の高齢者と、週4回以上の高齢者と比較したところ、週4回以上の高齢者の方が優位に健康であるフレイルの可能性が低い)という結果が見られました。

また別のアンケート調査では、より精神的に健康な高齢者は、地域のコミュニティセンター公園広場を良く利用しているという暮らしの特徴も見られます。近隣との関係も定期的に家に行く、または招くといった高齢者が精神的に健康である割合が高く、また、社会活動の参加に積極的である高齢者の方が精神的に健康である割合が高い、という傾向も見て取れました。

これらのことを総じて考えると、住宅の中で暮らしを完結させるのではなく、高齢期になっても、積極的に外出する機会をつくったり、社会活動に参加したり、また、地域の方とのよい関係を築きながら、自宅に招いたり、訪問したりなど、密なお付き合いを持つことも健康の維持に繋がるといえるでしょう。

最後に

高齢者が健康に暮らす住宅の要素を様々な視点から見てきました。どれだけ自立して暮らしを組み立てられるか、日常生活の中で生活リハビリになるような自然な活動や行為ができるか、自室にこもらずに、様々な刺激が受けられる場所で過ごせるか、地域と繋がっていられるか、といったポイントが見えてきたように思えます。

これから住まいをつくる方にとっては、住まい作りのヒントに、また、すでにご自宅がある方にとっては、生活リハビリに繋がるような家事空間の工夫、居室位置の変更、日中過ごしやすい、他者を招きやすいリビングづくりなど、これからのご自宅の住まい方を考える参考になれば幸いです。

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