年齢を重ねると物忘れが増えたり、認知機能の低下によって判断能力や注意力が下がったりすることもあります。これらの症状が悪化することによって認知症が進行するケースも多く、財産の管理や処分などが適切に行えなくなってしまうことも多いです。
ここで活用したいものが、成年後見制度というものです。成年後見制度がどのようなものなのか、基本的な概要から制度を利用する際の流れなどを把握して、賢く活用しましょう。
成年後見制度について
まずは成年後見制度とはどのようなものなのか、基本的な理解から深めていきましょう。成年後見制度は、認知症などで判断能力が低下してしまった人に向けた制度であり、財産を守るために後見人に管理を依頼するものです。
例えば認知症になって判断能力が下がっていると、所有している不動産を売る際に、不当な契約を交わしていても気づかないことも少なくありません。また、詐欺などで騙されて損をすることもあり、これによって財産を失い、金銭的に困ってしまうこともあります。
これらを防ぐために成年後見人が財産を管理し、適切な方法で財産を処分することが成年後見制度の特徴です。成年後見人は家庭裁判所に申し立てることで選任できるほか、家庭裁判所による選任で決まることもあります。
成年後見制度の対象
精神上の障害によって、物事を正しく理解する、判断する能力が低下していると認められる人が、成年後見制度の対象となります。精神上の障害には、認知症だけではなく、次のものも該当します。
- 知的障害
- 精神障害
- 高次脳機能障害
これらによって物事を正常に判断できないとみなされた人が、成年後見制度の対象です。また、判断能力とは、自分の行動によってどのような結果が生じるかを正しく理解できる力とされており、理解や責任を持って行動できるかどうかが、判断能力の有無を判定するポイントとなります。
例えば自分1人では財産の管理が難しく、日常的な買い物も誰かのサポートを必要とする場合は、成年後見制度の対象になると考えましょう。また、普段の買い物は問題なくても、不動産の売却など、大きな資産の管理や処分に問題がある場合でも、成年後見制度の対象となります。
法定後見と任意後見
成年後見制度には、法定後見と任意後見の2つがあります。同じ成年後見制度ですが、それぞれで特徴は異なります。そのため、どのような違いがあるのかを把握して、成年後見制度についての理解を深めていきましょう。
法定後見制度の対象
家庭裁判所が対象者の後見人を選任することが、法定後見制度の特徴です。家庭裁判所が対象者との関係性や後見人としてふさわしいかなどを判断して選任するため、立候補などで後見人を指定することはできません。
また、法定後見制度は対象となる人が認知症などによって、判断能力が不十分になった場合に申し立てをし、適用される制度です。本人だけではなく、その配偶者や4親等以内の親族、検察官などが申し立てが可能であり、本人による申請が難しい場合は、対象となる他の人が申し立てをして、後見人の選任をしてもらいます。
任意後見制度の対象
対象者自身が元気なうちに申し立てをし、後見人を選任しておくことが任意後見制度の特徴です。判断能力が下がっていないときに選任をすることで、適切な人を後見人に指定できます。また、事前に後見人を選定しておき、実際に判断能力が下がった後に申し立てをすることで、スムーズに後見人が決定する点も魅力です。
認知症などの将来的なリスクに備えるには、事前に任意後見制度を利用して、後見人を定めておくことがおすすめです。法定後見制度との大きな違いは、後見人を申立人が選べるという点であり、自分の意思で後見人の指定をしたい場合は、任意後見制度を利用しましょう。
成年後見人になることができない場合とは
成年後見制度では、基本的には後見人となるのは対象者の親族です。しかし、親族であっても、次の条件のうちいずれかに該当する人は、後見人にはなれないため注意しなければなりません。
- 未成年で結婚していない人
- 家庭裁判所で親権喪失の審判を受けた人
- 家庭裁判所で解任された保佐人や補助人だった人
- 破産者で免責決定を得ていない人
- 被後見人に対して裁判をしたことがある人、およびその人の配偶者や直系血族
- 行方不明者
誰が成年後見人になれるかを把握するには、上記の条件に当てはまるかどうかで確認しましょう。また、被後見人とは成年後見制度を利用する人、つまり認知症などによって判断能力が低下し、制度の利用が必要となった人を指します。
親族以外が成年後見人に選任される場合がある
親族でも条件次第では成年後見人になれないことがありますが、それだけではなく親族以外が後見人として選任されるケースもあります。親族以外が選任されるケースとしては、次のものがあげられます。
- 親族間で誰を成年後見人に選ぶかについて意見の対立がある
- 被後見人に家賃収入があるなど一定の事業収入がある
- 被後見人の資産が高額な場合
- 被後見人と後見人の候補者やその親族で利害の対立がある
- 後見人の候補者が高齢
誰を成年後見人にするかで揉めていたり、親族間で金銭的な利害の対立があったりする場合は、後見人の対象から外れます。また、被後見人が一定の事業収入を得ている場合や、多額の資産を有している場合なども、親族以外が選任されることがあります。
親族間でのトラブルや利害の対立、被後見人の資産が高額などの際には、親族ではなく弁護士や司法書士などが後見人となる場合が多いです。
また、後見人の候補者が高齢の場合も対象外となりやすく、この際には社会福祉士など、福祉関係の専門家が後見人に選定されることがあります。
後見人は状況に応じて複数人選任されることもあり、例えば資産が豊富で被後見人に介護の必要性が高いなどの場合は、財産管理を弁護士が、介護に関するサポートを社会福祉士が行うということもあります。
法定後見制度の3つの類型
判断能力が不十分な人に適用される法定後見制度には、3つの類型があります。後見人として選定される人は、「後見」か「保佐」、「補助」の役割を担うことになり、それぞれで特徴が異なります。
項目 | 後見 | 保佐 | 補助 |
対象となる人 | 判断能力がまったくない人 | 判断能力が著しく不十分な人 | 判断能力が不十分な人 |
申し立てができる人 |
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後見人に与えられる権限 |
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申し立てで与えられる権限 | – |
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制度を受ける本人が失う資格 |
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それぞれの違いを把握して、制度への理解を深めていきましょう。
後見とは
判断能力がまったくないと判断された人の後見人は、「後見」という類型になります。後見は本人に代わってできることが3つの類型の中でもっとも多く、被後見人が所有する財産を管理したり、法律行為を代わりに行ったりすることが可能です。
また、法律行為についての取り消しも可能であり、被後見人が行った法律行為が判断能力が不十分な状態で行われたものなら、後見人がこれを取り消すことができます。
財産の管理から法律行為を代行できる代理権、取消権などさまざまな行為が可能となり、被後見人に代わってさまざまな手続きを行えます。
保佐とは
多少の判断能力はあるものの、これが著しく低下していると判断される場合は、後見人の類型は「保佐」となります。日常的な買い物程度なら問題なく本人が行えるものの、資産の管理にかかわる契約など、重要な意思決定が本人だけでは難しい場合は、保佐に該当する可能性が高いです。
保佐人には被保佐人が行う契約について、同意権と取消権があります。そのため、被保佐人が契約を交わすには保佐人の同意が必要であり、もし独断で契約してしまった場合は、保佐人が契約の取り消しをすることが可能です。
資産の管理にかかわる契約とは、借金や相続の承認・放棄や自宅の新築や増改築などがあげられます。いわば、大きなお金が動く契約についてのサポートをすることが保佐人の役割であるといえるでしょう。
補助とは
財産の管理や処分など、重要な行為を行う際に誰かのサポートを受けたほうが良いと判断される場合は、「補助」の類型になります。補助は判断能力が不十分な人につけられるものですが、これは日常生活は問題なく送ることができ、あくまで重要な財産行為についての意思決定が難しい場合につけられるものと考えましょう。
補助では被補助人が行う借金や相続の承認・放棄、自宅の新築や増改築などの契約について、同意権と取消権が与えられています。
また、特定の行為についても同意権と取消権が認められており、家庭裁判所からの審判によって、補助人でも特定の行為について代理権を得られることもあります。
補助の場合は、基本的に家庭裁判所への申し立てによって、どこまでの権限が認められるかが変わると考えましょう。
成年後見人の役割とは
そもそも成年後見人がどのような役割を担っているのか、これを把握しておくことも大切です。被後見人の財産の管理や保険契約などの支援を行うことが、成年後見人の大きな役割です。預貯金や不動産の管理、介護保険契約の確認や代行など、成年後見人が行うべきことはさまざまあります。
基本的には財産の管理や処分についてのサポートを行う立場であり、本人に代わって契約などの法律行為や金銭に関係する重要な行為を行うものと考えましょう。
成年後見人ができないこと
成年後見人にはさまざまな権利が与えられていますが、すべての法律行為が本人に代わって可能となるわけではありません。次の行為は成年後見人にはできず、行っても無効となるため注意しましょう。
- 戸籍についての契約変更
- 遺言書の作成
- 医療行為への同意
結婚や離婚、養子縁組など、戸籍についての契約変更は成年後見人が行うことはできません。また、遺言書の作成も本人が行う必要があり、成年後見人が代理で作成できないことは覚えておきましょう。
医療行為への同意も被後見人本人の意思が必要であり、成年後見人だけでの判断では行えないことは理解しておきましょう。ただし、診察などでの軽度な判断や緊急を要するものはこの限りではなく、成年後見人が判断して、同意をすることが可能です。
成年後見人になるにはどうすればいい?
成年後見人になるには申し立てが必要であり、これは自動的になれるものではありません。そのため、どのような手順で成年後見人になるのかを、その流れを知っておきましょう。
- 家庭裁判所へ申し立てをする
- 事実調査
- 審判
- 審判の確定
成年後見人になるまでには、大きく4つのステップがあります。
家庭裁判所へ申し立てをする
まずは家庭裁判所へ申し立てが必要です。申し立てをするのは被後見人が住んでいる地域を管轄している家庭裁判所であり、後見人に立候補する人が住む地域の家庭裁判所ではないことは理解しておきましょう。
申し立てができるのは本人やその配偶者、4親等以内の親族などであり、場合によっては弁護士などの法定代理人が行うことも可能です。
事実調査
申し立てをすると、家庭裁判所による事実調査が行われます。これは本人と申立人、成年後見人の立候補者や候補者などが家庭裁判所に行き、調査をするものです。調査官による聴取によって事実関係を把握して、誰が後見人としてふさわしいのかを見極めます。
審判
調査内容を加味して、審判を行います。審判によって誰が成年後見人となるかが決まります。また、状況によっては希望通りの人が成年後見人とならないということもあるため、この点には注意が必要です。
審判の確定
家庭裁判所によって審判が確定すると、成年後見人が選任されます。もし審判の内容に不服がある場合は、審判書を受け取ってから2週間以内に不服申し立てをすることで、再度選定をしてもらえます。
ただし、不服申し立てをしても、選任される法定後見人は最初と同じとなり、思い通りの人を指定できないケースもあるため、この点は理解しておきましょう。
成年後見登記
法務局では成年後見制度の利用内容や後見人が持つ権限、契約の内容などをまとめた登記事項証明書の発行が可能です。これを成年後見登記制度と呼び、登記事項証明書を取得することで、成年後見人は被後見人に代わって法律行為などを行いやすくなります。
もし代理権などを行使して本人の代わりに契約行為などを行う際には、登記事項証明書を提示しておくと、スムーズに契約を締結しやすくなるでしょう。
申し立ての際に必要な書類
成年後見制度の申し立てをする際には、次の書類を用意しておきましょう。
- 本人の戸籍謄本
- 本人の住民票または戸籍の附票
- 後見人候補者の住民票または戸籍附票
- 本人の診断書
- 本人が成年被後見人などに該当しないことを証明する書類
- 本人の財産に関する資料
戸籍謄本や住民票などは、市区町村の役場で取得しましょう。診断書は医師に作成してもらいますが、家庭裁判所が定める様式となるため、事前に医師に法定後見制度のために必要であると伝えておくことがおすすめです。
本人が成年後見人などに該当していないことを証明する書類としては、登記事項証明書があげられるため、これも取得しておきましょう。財産に関する資料としては、預貯金や有価証券の残高がわかるものや、所有している不動産の登記事項証明書などがあげられます。
申し立ての際にかかる大まかな費用
成年後見人の申し立ての際にかかる大まかな費用は、2~18万円程度です。住民票の取得や申し立ての際の手数料などは1万円程度で済みますが、診断書の作成や鑑定などの費用も考慮すると、2~18万円程度が相場といえます。
状況に応じていくらの費用がかかるかは異なり、コストに幅が出やすく、場合によって高額になるケースもあることは理解しておきましょう。
悩んだときには相談しよう
成年後見制度についてわからないことがあったり、制度の利用についての悩みがある場合には、次の場所で相談してみることがおすすめです。
- 家庭裁判所
- 市区町村の高齢者福祉課
- 社会福祉協議会
- 地域包括支援センター
- 成年後見を業務とするNPO
自分1人で考えていてもわからないことや、判断に困ることなどは、素早く専門の機関に相談しておきましょう。
成年後見制度で財産と権利を守る
認知症などで判断能力が低下した人の財産や権利を守ることが、成年後見制度の重要な役割です。本人に代わってさまざまな法律行為を行う後見人は、対象となる人の要件があったり、行える行為が限定的に定められていたりします。
法律上の決まりが多いため、制度については詳細まで理解し、成年後見制度を上手に活用して、高齢者の財産や権利を賢く守りましょう。