• 認知症
  • 【公開日】2024-05-23
  • 【更新日】2024-05-23

高齢者の意思能力と不動産取引

高齢者の意思能力と不動産取引

今回は、認知症による高齢者の意思能力と、不動産取引に関しての事例や制度を紹介いたします。

安藤 清美 教授
青森大学 社会学部
日本私法学会、日本家族〈社会と法〉学会、等
帝京大学大学院博士課程において、川井健教授(故人)の指導を受ける。
専門は民法(特に親族相続法)。
主な著書・論文は、『入門民法総則』法学書院、『民法総則・親族相続法』文教出版会、「判例評論第694号60」判例時報社、等がある。

家や土地など不動産の売買契約の締結においては、売主には土地の譲渡及び移転義務が課されることになるため、意思能力(売買等の法律行為に必要とされるある程度法的な判断能力)が備わっていることが絶対的な条件となります。

ところで我が国は、総人口1億2,495万人のうち65歳以上は3,624万人であり、総人口に占める65歳以上の割合(高齢化率)が29.0%の超高齢化社会となっています。また、2025年には65歳以上の5人に1人が認知症になることが公表されています(内閣府「令和5年版 高齢社会白書」)。

しかし、認知症と診断されても、実際の不動産取引においての意思能力が必ずしも否定されるわけではありません。

不動産取引は日常的な取引とは違い、一生のうちに何度も経験するものではなく、取り扱う金額も多額に上るものであることから、不動産取引に当たっての意思能力は、不動産取引の契約内容を理解できる判断能力があるか否かが求められているのです。

 

裁判例では、たとえば、「委任状の委任事項を理解したうえで署名しているので、弁護士に対する代理権授与が有効であるため、その代理権に基づき締結された売買契約もまた有効であるとの判断から意思能力を肯定したもの(東京地判平8・11・27)」、

あるいは、「平易な言葉で懇切丁寧に繰り返し説明しても、その意味が若干分かるかどうかという程度の事理弁識能力しかなかった者に対し、その場限りの巧みな説明をして契約書に署名させたにすぎないため、意思能力はなかったと認定して意思能力を否定したもの(東京地判平8・10・24)」、等によれば、

単に代理権授与の委任状に署名したとか、不動産売買契約書に署名押印したのみでは、意思能力があったとは認められないと判断しています。

また、たとえば、「売買代金が非常に低廉で著しく不利な内容のものであり、これを締結したことは合理的判断能力を有する者の行動として理解しがたい(東京地判平20・12・24)」、といった場合や、

「不動産を売却することによって自己の居住先が必要になるという極めて容易に予想できる問題点にすら思い至らないような場合」は意思能力を否定しています。契約が合理的か否かという観点も意思能力の有無を認定する際の判断基準となっているのです。

他にも、取引の安全の要請と意思無能力者の保護の要請との利害の調整をはかっている裁判例も存在します(東京地判平4・3・9)。

 

今後は益々、認知症等により意思能力に疑いがあるケースが増加するものと思われますが、民法は、意思能力が疑われる方々の保護のため「法律行為の当事者が意思表示をしたときに意思能力を有しなかったときは、その法律行為は無効とする。」として、民法第3条の2を新設しています。

ところで、高齢の父または母が所有する不動産については、父または母が認知症等で意思能力が疑われる場合には売却することができないのでしょうか。このような場合には成年後見制度の活用が妥当と考えられます。

成年後見制度とは、認知症、知的障害、精神障害等の理由で、意思能力に疑いがある方々は、財産管理(不動産や預貯金などの管理、遺産分割協議などの相続手続等)や身上保護(介護・福祉サービスの利用契約や施設入所・入院の契約締結、履行状況の確認等)等の法律行為につき、認知症等の方々を法的に保護し、ご本人の意思を尊重した支援(意思決定支援)を行う制度です。

ただ、同制度については、法定解除事由がないため、成年被後見人等として一度審判を受けると被後見人の判断能力が回復しない限りそれを取消すことができない点や、

さらに成年後見人として仮に専門職が選任された場合、財産管理における不正行為等がない限り、原則として成年被後見人が生存している間は、報酬料の支払い義務が発生する点等に注意が必要です。

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