明海大学 歯学部 病態診断治療学講座 高齢者歯科学分野
歯科医師/教授
日本口腔外科学会専門医・指導医、日本口腔インプラント学会専門医・指導医(代議員)、日本顎顔面インプラント学会専門医・指導医、日本口腔科学会認定医、日本口腔ケア学会評議員、日本老年歯科医学会代議員
日本口腔外科学会、日本口腔インプラント学会、日本老年歯科医学会、日本顎顔面インプラント学会、日本口腔科学会、日本口腔ケア学会、日本有病者歯科医療学会 等
1996年朝日大学 歯学部 歯学科卒業、香川医科大学(現香川大学医学部)大学院医学研究科終了、カナダ・アルバータ州立カルガリー大学 医学部留学、香川大学 医学部 歯科口腔外科、
明海大学 歯学部 病態診断治療学講座 口腔顎顔面外科学分野勤務を経て、2023年より明海大学 歯学部 病態診断治療学講座 高齢者歯科学分野主任教授。
わが国は超高齢社会になり、これまで以上に要介護高齢者人口は増加の一途を辿っています。人生の最期まで健康で過ごせる方は約1割といわれており、大半の方は身体機能が加齢とともに緩やかな低下を招き、最終的には要介護状態で死を迎えることが知られています。
要介護状態というのは自分自身で日常のことを行うのが困難になり、周囲の介助が必要な状態のことです。しかし多くの要介護高齢者は急にそのような状態に至るのではなく、前述のように徐々に生活機能が低下する過程を経ていきます。この過程(期間)のことをフレイル(日本語で「虚弱」)といい、身体的、精神的、社会的な機能低下を意味するため高齢者では社会との関わり合いや周囲の人たちが寄り添う支援も必要とされています。
また高齢期では食欲低下や食事量が減少しがちで、低栄養になると免疫力が低下して病気になりやすいので注意が必要です。人間誰しも元気で最後まで美味しい物を食べていたいものです。
とくに口腔(お口)の機能低下が栄養不良と直結するため重要視されています。現在8020達成者(80歳でご自分の歯が20本以上ある方)は半数以上を占めていますが、歯があってもうまく噛めない、飲み込めない、喋りづらいという方は多数いらっしゃいます。
こうした高齢期における口腔機能低下(症)は日本老年歯科医学会から2016年に公表され、現在では「口腔機能低下症」という病名がつけられており、7つの検査項目があります(1)。
①口腔衛生状態(舌苔付着状態、口腔内細菌数)
②口腔内湿潤度(口腔乾燥状態)
③舌圧(舌の筋力)
④最大咬合力(噛みしめる力)
⑤咀嚼能力(すり潰す力)
⑥舌口唇運動機能(滑舌)
⑦嚥下機能(飲み込み)
のうち3項目以上に機能低下があると「口腔機能低下症」の診断になります。
さらに口もとのフレイルを「オーラルフレイル(口腔の虚弱)」とよび、健口(口の機能の健康な状態)と口腔機能低下の中間に位置づけされており、簡便に見出す質問票(「Oral frailty 5-item Checklist:OF-5」)が最近発表されました(2)。
これは特別な機器が必要なく、歯科医療専門職の方がいなくても使用できる5つの質問で、「残存歯数の減少」「咀嚼困難感」「嚥下困難感」「口腔乾燥感」「滑舌低下(舌口唇運動機能の低下)」のうち2 つ以上該当の場合にオーラルフレイルと判断しています(図1,2)。
最近の生活を振り返ってみて、「食事に時間がかかる」「食べこぼしが多い」「むせることが多い」「噛みづらい食材が多い」「しゃべりづらい」などを自覚することが少しでもあればオーラルフレイルや口腔機能低下が疑われるかもしれません。ペットボトルの蓋が開け閉めしづらくなったと感じる方は握力の低下とともに身体の筋肉が弱くなっているサインかもしれませんので、歯ブラシが上手く使えなくなってくるだけでなく、噛む力とともに舌や喉(のど)の動きも低下していることも考えられます。
また口腔周囲の筋力低下に加えて口腔乾燥は滑舌が悪くなり飲み込みづらくなるため口腔内が不潔になりやすいので誤嚥性肺炎のリスクになります。さらに歯がすり減っているため食事をすり潰せない場合もありますので、気が付いたことがあればぜひお近くの歯科医療専門職の方にご相談し、検査を受けてみることをおすすめします。とくに口腔乾燥は年齢だけでなく、服用中のお薬が影響している場合もありますのでその際にはお薬手帳も持参しましょう。
口腔の機能維持には日常でのちょっとした対策も重要です。単に高齢になったから軟らかい食事にするのでは、どんどん口腔機能は衰えていきますので、栄養バランスのとれた食事をゆっくり時間をかけよく噛んで食べたり、口腔周囲の唾液腺マッサージで唾液分泌が促され消化吸収も促進します。
また口腔周囲の筋肉をストレッチする体操(あいうべ体操やパタカラ体操など)、早口言葉やカラオケで歌ったり会話をすることは飲み込んだり噛んだりする機能の維持改善にもつながります。健康な歯で噛むことは食べる楽しみになり、生活意欲も向上するだけでなく脳への刺激にもなり認知症が予防できます。また同じ美味しい物を食べるには孤食を防ぐことも大切です。できるだけ人との会話や笑顔を通しての楽しい食事(共食)は健康な食生活の第一歩です。
このように歯および口腔機能の健康は、食事や会話を楽しむだけでなく、消化吸収を促進して栄養状態は良好になり若々しい表情を保ち、近年発症者の多い認知症や誤嚥性肺炎を予防することにもつながります。いつまでも元気でいるためにお口の健康を保ちましょう。
【引用文献】
(1) 水口俊介,津賀一弘,池邉一典,上田貴之,田村文誉,永尾 寛,古屋純一,松尾浩一郎,山本 健,金澤 学,渡邊 裕,平野浩彦,菊谷 武,櫻井 薫:高齢期における口腔機能低下-学会見解論文2016年度版-.老年歯学,31: 81-89, 2016.
(2) 一般社団法人日本老年医学会,一般社団法人日本老年歯科医学会,一般社団法人日本サルコペニア・フレイル学会:オーラルフレイルに関する3学会合同ステートメント.老年歯学,38: 106-116, 2024.