今回は、介護のケアと依存の新しいあり方になるヒントについてお伝えします。
東京医科大学 医学部 医学科
教員
日本文化人類学会、日本医学教育学会、日本生命倫理学会、障害学会、日本オセアニア学会
神戸大学大学院総合人間科学研究科を修了後、いくつかの大学の地域研究センターや看護学部での勤務を経て現職。20年以上にわたり南太平洋のサモア社会で現地調査を続けている。
東京医科大学では生命倫理学や医療人類学を教えるとともに、大学病院で認知症カフェ「認(みとめ)茶屋」や介護者カフェ「介(たすけ)カフェ」の設立・運営にも関わる。
専門は医療人類学、倫理学、障害学。
わたしたちはどのような介護をしているのか
わたしたちは、生まれてから死ぬまでの生涯を通して、誰かをケアし、誰かにケアされるとう関係を続けていきます。ここで言うケアとは、直接的で身体的な介助や介護を指すだけではありません。英語のケア(care)は、「世話をする」だけでなく「気にかける」や「配慮する」という意味も含む言葉です。
生活において、わたしたちは眼の前の誰かを世話するだけでなく、何かをつくるときなどもまだ見ぬ利用者のことを気にかけて(つまりはケアして)いるはずです。このように、わたしたちは、社会にケアの網の目を張り巡らせ、気づかぬうちにそれに依存しながら生きています。
わたしたちの社会では、子育てや介護が社会的な問題となっています。子育てや介護が問題になるのは、このようなケアと依存が特定の関係(親子など)に集中するとともに、ケアする側と依存する側との関係が一方的になりがちだからではないでしょうか。特に、介護には、このような関係が増すばかりで終わりが見えないという苦しさもあるでしょう。
他の社会に目を転じると、子育てや介護が必ずしもこのようなケア-依存の集中を招くとは限らないことが分かります。例えば、私がながらく調査してきた南太平洋のサモア社会では、両親だけでなく、その子の兄弟姉妹や両親の兄弟姉妹が入れかわり立ちかわり子守や子育てを行います。また、身体が不自由になった高齢者も、その子どもや配偶者だけでなく、孫や甥姪たち、ときにはより遠い親族が広く関わりながら様々な世話をしています。このように、多くのケアを必要とするときには依存先も拡大させる仕組みがあるのです。
一方、わたしたちはどのような介護をしているでしょうか?わたしたちは、多くのケアが必要なその時に、特定の家族(多くの場合、女性)にその「役割」を負わせ、負いきれない分は社会福祉で支えようとしてきました。その結果、高齢者や障害者、そして子どものケアが社会制度に大きく依存するようになり、それらを「社会の負担」と捉える考え方もますます強くなっています。このような状況を目の当たりにすると、わたしたちの介護のあり方をより広い視野で見つめ直す必要があると感じます。
多様な依存先に目を向けよう
2000年に「介護保険法」が施行されてから、介護に関する様々な制度やサービスが展開されるようになりました。在宅で介護を行う場合には、要介護度に応じた保険給付を受けて、排泄・食事・入浴の介助といった訪問サービスやデイサービスやデイケアといった通所サービスを利用することができます。また、様々な事情で在宅介護が一時的に難しいときにはショートステイなどの介護施設での宿泊サービスも受けることができます。それでも、高齢化や小世帯化が進むなかで、「老々介護」や「ワンオペ介護」といった問題が一層深刻になっています。
厳しい状況で介護を行っているときほど、目の前のことや今日明日のことばかりを考えてしまいがちです。しかし、そんなときこそ、介護者も被介護者も自らのケアや依存のあり方を見つめ直し、ケア-依存の関係を少し広げることを考えてみてはどうでしょうか。
たとえば、これまで担ってきたケア-依存の一部を、地域のボランティアや社会福祉法人などが提供するサービスで置き換えることができるかも知れません。また、依存の対象は人だけとは限りません。新しい福祉用具を取り入れたり既存の家具や道具を上手く使ったりすることで、それまでの介護の大変さが多少なりとも軽減されることもあります。
家族や制度だけにとどまらない社会の様々な面に目配せしながら、そのときどきで新たな依存先を見出してゆくことがこれまで以上に大切になっています。
ピア・サポートが育む介護の「知恵」
どんな依存先がありうるか思い浮かばないときは、まず自治体の担当者や地域のケアマネージャーに相談するとよいでしょう。ただし、それぞれに専門性を持っているので、制度の外にある様々な介護に役立つ事柄や工夫まで知っているとは限りません。
そんなときに頼りになるのが、「ケアラーズカフェ(介護者カフェ)」や「介護者・支援者の会」といったピア・サポートの仕組みです。最近では、公共施設や病院・福祉施設だけでなく、地域の住宅を使って介護者同士の様々な集いが行われるようになっています。なかには、男性の介護者たちが集うところや認知症カフェなどを併置して被介護者が同伴できるようにしているところもあります。また、会によっては、医療・福祉・介護の専門職の方も参加していて相談にのってくれるところもありますが、その場合でもあくまでも「ピア(対等な仲間)」であることが大切です。
その地域でいままさに介護に関わっている人やそれまで関わってきた人が、自らの経験から得た気づきや思いを共有することで、ケア-依存の関係を広げてゆく「知恵」のようなものが育まれるのです。
介護のかたちは、一人ひとり、その時々で異なります。ピア・サポートを通じて同輩・先輩たちの「知恵」にふれることで自然と視野が広がり、ケアや依存に対する考え方が変わるかもしれません。日本各地で生み出されているそのような場が、それぞれの地域や介護者・被介護者の事情に即したケア-依存のあり方を生み出してゆくことを期待しています。