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  • 【公開日】2024-03-14
  • 【更新日】2024-03-14

ノーリフティングケア(持ち上げない介護)について

ノーリフティングケア(持ち上げない介護)について

ノーリフティングケアという言葉を聞いたことはあるでしょうか。
ノーリフティングケアは、介護をする人の腰痛予防というメリットだけでなく、介護を受ける人にも様々なメリットがあります。
初めて聞いたという方は、これを機にぜひ知って頂きたいです。

 森田 裕之 講師
中国短期大学 総合生活学科
介護福祉士
日本介護福祉学会、日本社会福祉マネジメント学会等
高知県立大学大学院人間生活学研究科人間生活学専攻博士前期課程修了。新潟医療福祉大学大学院医療福祉学研究科博士後期課程在学中。通所リハビリテーション、訪問介護で勤務後、高知福祉専門学校で介護福祉士養成に従事。新潟医療福祉大学を経て2023年より現職。研究テーマは、ノーリフティングケア、介護における生産性の向上。

 

ノーリフティングケアとは

ノーリフティングケアは、人力のみの移乗を禁止し、福祉用具を活用しようという考え方で、持ち上げない(抱え上げない)介護と訳されることが多いです。介護する人の腰痛予防を目的に、イギリスやオーストラリアで1990年代に広がり、それが2000年代に日本に伝わりました。

聞きなれない言葉があると思いますので、順番に説明します。

まず、人力のみの移乗から見ていきましょう。

移乗とは、ベッドから車椅子といった、物から物へ乗り移ることを言います。
ちなみに、トイレからお風呂といった、場所から場所へ移ることを移動と言います。
例えば、高齢になり足腰が弱ってしまい、自分の力ではベッドに乗り移ることができない人の場合、移乗介助を行います。

図1をご覧ください。

図1 人力で持ち上げる介護

図1が、人の力で持ち上げてベッドに移乗しようとしている写真です。
介護を受ける人の体重や体格にもよりますが、介護をする人は中々大変そうです。
なお、ノーリフティングケアでは、人力による移乗だけでなく、体に負担がかかる動作は全て避けるようになっています。

次に、福祉用具の活用についてみていきます。

代表的な福祉用具は、車椅子や電動ベッド等ですが、ここではノーリフティングケアでよく使用される4種類の福祉用具を紹介します。

表1 ノーリフティングケアでよく使用される4種類の福祉用具の使用例と使用方法

スライディングシートと使用例
スライディングシートは、滑りやすい布状のもので、これをベッドや布団に寝ている人の下に敷き、位置を移動させたり、体位変換に使用したりします。摩擦を減らすことであまり力を使わずに介助を行うことができます。
スライディングボードと使用例
移乗介助時にボードの上を滑らせて移乗するのに使用します。スライディングボードを使用するには、昇降機能のついたベッドと、肘掛け(アームサポート)を外せる車椅子が必要になります。
スタンディングマシーンと使用例
スタンディングマシーンは、立ち上がりを補助するのに使用します。トイレ介助で使用すると、立ち上がりだけでなく、ズボンや下着の上げ下ろしが簡単に行えます。
移動用リフトと使用例

移動用リフトは、介護が必要な人を持ち上げ、床を自由に動かして他の場所に移乗や移動することができます。リフト使用時には、その人の体格に合った吊り具(スリング)を選定することも必要です。リフトにはベッド固定式や据置式等、様々な種類があります。

※ここでは、介護に関するリフトの総称を介護用リフトと呼称します。

画像(福祉用具) スライディングボード、スライディングシートAmazonから引用
         スタンディングマシーン アイ・ソネックスから引用
         移動用リフト パラマウントベッドから引用
画像(使用例)厚生労働省 第2章 腰痛対策 から引用

https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/anzen/dl/1911-1_2d_0001.pdf

使用例を見てみると、介護を受ける人を人の力で持ち上げず、スタンディングマシーンや移動用リフト等が人の代わりに持ち上げていることがわかると思います。
このように、福祉用具を活用することで、人の力で持ち上げない介護をノーリフティングケと言います。

ノーリフティングケアが注目される背景

現在、日本の老人ホーム等では、ノーリフティングケアが注目されています。
ノーリフティングケアが注目されるようになったのは、介護業界で働く方達の腰痛の多さが要因となっています。

2000年代頃には、介護を行う人の腰痛がすでに問題になっており、2006年の報告では、大阪府内の介護老人福祉施設7施設に勤める介護職員の腰痛について調べた結果、全体の70.0%が腰痛有訴者(腰痛の自覚症状のある者)だったという調査があります。

介護業界で働く方達の腰痛が多い理由はいくつか考えられており、肉体的重労働や反復作業の多さ等がありますが、その中でも、特に人力による人の持ち上げ動作が問題視されました。

こういった状況から、厚生労働省は2013年に職場における腰痛予防対策指針を改訂し、全介助の必要な人にはリフト等を積極的に使用し、原則として人力による人の抱え上げは行わせないことが定められました。しかし、これだけでは腰痛予防には至りませんでした。

厚生労働省が行った令和4年業務上疾病発生状況等調査によれば、保健衛生業(介護業界で働く方達を含む保健衛生に関するサービスを提供する事業所)は、負傷に起因する疾病による休業4日以上の件数が最も多く、その主な原因が腰痛です。全業種の腰痛件数が5959件に対し、保健衛生業は2050件と全体の約3割を占めており、現在でも腰痛予防が課題となっています。

このような背景から、ノーリフティングケアは、人力による人の持ち上げ動作を止めて、福祉用具を活用するため、腰痛予防対策として注目されています。

ノーリフティングケアの効果と施設や介護サービスにおけるノーリフティングケアの現状について

ノーリフティングケアが注目されるようになり、全国の老人ホーム等がノーリフティングケアを導入したことにより、介護する人の腰痛予防以外にも、様々なメリットが報告されています。

例えば、福祉用具を使用することで誰もが簡単に安全に介助できるといった、介護をする人のメリットがあります。

他にも、移動用リフトで移乗すると広い面積で身体を支えてゆっくり移動するため安心しリラックスできる、介護を受ける人の内出血や骨折等が減少するという、介護を受ける人のメリットも報告されています。

さらに、ノーリフティングケアは福祉用具を活用するため、持ち上げる介護に比べて、介護をする人と介護を受ける人の距離を保つことができることから、感染症対策にもなると考えられています。

このように、メリットがたくさん報告されているノーリフティングケアですが、老人ホーム等全国のすべての介護に関係する施設が取り組んでいるわけではありません。

2024年2月時点で、全国の老人ホーム等におけるノーリフティングケアの詳細な普及率が出されているわけではありません。しかし、令和4年度介護労働実態調査結果報告によると、介護用リフトを導入していると答えた施設は全体の4.9%でした。ノーリフティングケアでよく使用される介護用リフトの普及率が決して高くないことから、ノーリフティングケアの普及率もあまり高くないことが推測できます。

老人ホームを探すときは、ノーリフティングケアを導入しているか確認してみても良いかもしれませんね。

家庭でもノーリフティングケアを行うことができる?

①家庭で体に負担のかかる作業を見直すには

ノーリフティングケアに興味はあるけど、自分で福祉用具を買ったり使ったりするのは抵抗がある・・・という方もいらっしゃるのではないでしょうか。

ご安心ください。

ノーリフティングケアは福祉用具を活用することだけでなく、体に負担のかかる作業を見直すことも含まれています。

体に負担がかかる作業とは、重いものを持つときに膝を曲げずに持ち上げたり、猫背の状態で長時間椅子に座ったまま作業をしたり等があります。

体に負担のかかる作業を行っていないか、ぜひ見直してみてください。

見直すのが難しい、どう見直せばいいかわからないという方は、厚生労働省中央労働災害防止協会が作成した、腰痛を防ぐ職場の事例集を参考にしてみてはいかがでしょうか。
腰痛を防ぐ職場の事例集
この事例集には、介護だけでなく様々な職場から集められた、腰痛予防につながった取り組みと効果が紹介されています。

例えば、
・壁の届きやすい位置に棚を設置して楽な姿勢で物を取れるようにした(34ページ)。
・柄の短いほうきから柄の長いほうきに変更したことで、楽な姿勢で掃き掃除ができるようになった(38ページ)。
等自宅で簡単に行えそうなことも掲載されています。

腰痛を防ぐ職場の事例集を参考にして、体に負担のかかる作業を見直してみるのも良いのではないでしょうか。

②家庭で福祉用具を活用する方法について

次に、皆さんのご家庭で福祉用具を活用する場合について、考えてみたいと思います。
現在、ご家族の介護をご家庭でされており、福祉用具に興味を持った方もいらっしゃるかと思います。
そういった方々に向けて、ご家庭で福祉用具を活用する方法についてお話しします。

まず、どのような動作に注目すればよいかお話しします。

ご自分がご家族の介護をしている場合は、その時の動作を振り返ってみてください。
その中に、「よいしょ」という掛け声をしながら行っている動作はありませんか?
「よいしょ」となっている時点で、体に負担がかかっていると思います。それを続けてしまうと、腰痛等の体の不調につながるかもしれません。
そこで、「よいしょ」となる動作を福祉用具に任せるようにしてはどうでしょうか?

具体的な例を2つ挙げます。

1.ベッドから車椅子等の移乗を人力で「よいしょ」と行っている場合は、スタンディングマシーンや移動用リフト等を導入する。

2.ベッド上で横になっている方の体の位置を変える時に、その方の体を両手で持って「よいしょ」と動かしているなら、スライディングシートを使用する。

実際に福祉用具を活用するとなると、専門家のアセスメント(人やものごとを客観的に評価・分析すること)が必須ですので、あくまで参考として考えてください。

③福祉用具の費用について

福祉用具を使用したことがない場合、費用が気になると思います。

ここでは、具体的な例で挙げた、移動用リフトとスライディングシートについてお話します。

介護用リフトは様々な種類があり一概には言えませんが、介護保険法の要介護認定を受け要介護と判定された方は、移動用リフトを1割負担でレンタルすることができます。その場合は月数千円で移動用リフトを使用することも可能です。要介護認定を受けている場合は、介護支援専門員(ケアマネジャー)がいると思いますので、相談してみてください。

スライディングシートは、安いものであれば千円代から購入することが可能です。また、ビニール袋等滑りやすい素材であれば、スライディングシートの代用ができます。ただし、ビニール袋を使用する際は、介護を受ける人に確認することをお勧めします。ビニール袋(特にごみ袋)を背中に敷かれたくない、と思う方もいると思いますので・・・。

ノーリフティングケア(福祉用具)を導入する際の注意点について

最後に、ノーリフティングケア(福祉用具)を導入する際の注意点についてです。

福祉用具を購入・使用したいと思ったら、福祉用具に関する専門的知識がない場合、必ず誰かに相談をしてください。
福祉用具を購入しようと考えている場合、要介護認定を受けていることが多いと思いますので、介護支援専門員に相談しても良いですし、訪問看護や訪問リハビリテーションを利用されているなら、看護師や理学療法士・作業療法士に相談しても良いです。要介護認定を受けておらず、相談できる専門家が周りにいない場合は、福祉用具貸与・販売事業所(福祉用具を取り扱っている店)の方に聞いても良いと思います。

移動用リフトやスライディングシートの使い方はそれほど難しくありません。しかし、操作が簡単な移動用リフトでも、全国的にみると怪我をする等の事故が起こっています。
福祉用具は使い方を間違ってしまうと、腰痛を予防する効果が得られないだけでなく、介護を受ける人に危険が及ぶ可能性があります。

繰り返しになりますが、福祉用具を購入・使用したいと思ったら、近くにいる専門家(介護支援専門員、看護師、理学療法士等)に必ず相談をしてください。

また、福祉用具を購入する際は、介護を受ける人にも相談する必要があります。
福祉用具を使用するということは、今まで行っていた介護の方法が変わるということになります。
そうなると、一番影響を受けるのは、介護を受ける人です。

今まで人力で移乗されていたのが、急に移動用リフトに変わると、誰でも不安になると思います。
そのため、介護を受ける人に、福祉用具を使うことの確認やその理由等を伝えてみてください。
自分で説明することが難しいと思ったら、専門家にお願いしても良いと思います。

まとめにかえて

私が訪問介護員(ヘルパー)をしているとき、自宅で家族の介護をしている方々に出会いました。その方々は、自宅で家族を介護し続けるという覚悟や、独学で介護の勉強をする熱意を持ち、前向きに一所懸命に介護をしている方が多かったです。しかし、一所懸命だからこそ、弱音を吐かず、愚痴を言わず、自分の体が痛くても我慢している方もいました。

介護は『介護をする人』も『介護を受ける人』も、その人たちの幸せにつながらなければならないと、私は思っています。
今回のコラムでノーリフティングケアを知ることにより、『介護をする人』と『介護を受ける人』双方の負担が減り、幸せにつながる一助になれば幸いです。

【参考・引用文献】
日本ノーリフト協会 ノーリフティングケアとは https://www.nolift.jp/nolift/nolift-care
冨岡公子・熊谷信二・小坂博・ほか(2006)「特別養護老人ホームにおける介護機器導入の現状に関する調査報告」『産業衛生雑誌』49-55.
峯松 亮(2004)「介護職者の腰痛事情」『日本職業・災害医学会会誌』 52,166–169
B D Owen, A Garg. Reducing risk for back pain in nursing personnel. AAOHNJ. 1991;39(1):24-33.
厚生労働省 令和4年度業務上疾病発生状況等調査 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_34778.html
田上優佳・有田伸弘・香川幸次郎(2018)「ノーリフティングケアがもたらす利用者への効果の研究」『関西福祉大学研究紀要』21,89-97.
高知家 まるごとノーリフティング https://kochi-no-liftingcare.jp/
福岡県ノーリフティングケア普及促進事業 https://www.pref.fukuoka.lg.jp/contents/care-nolift.html
介護労働安定センター 令和4年度介護労働実態調査 事業所における介護労働実態調査の結果報告
https://www.kaigo-center.or.jp/report/pdf/2023r01_chousa_jigyousho_kekka.pdf,P.305.
厚生労働省 令和4年度国民生活基礎調査
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa22/dl/04.pdfk-tyosa22/dl/04.pdf