療養場所の決断に悩む高齢者と家族の気持ち
納得のいく療養先を決断するために

療養場所の決断に悩む高齢者と家族の気持ち<br>納得のいく療養先を決断するために

高齢者にとって、またはそのご家族にとって、人生の最期を迎える療養場所を決断する事は難しい問題です。本コラムではそれぞれが納得できる決断をするための手段や考え方について実際にあった例を交えて紹介していきます。

米山 美智代 准教授
富山福祉短期大学 看護学科
看護師/教員 認定看護管理者
日本臨床看護マネジメント学会理事 日本看護管理学会 日本老年看護学会
富山医科薬科大学大学院医学系研究科看護学専攻卒業。高岡市民病院に40年間勤務し、副院長・看護部長を5年間務めた。令和5年から現職。高齢者看護学、看護管理学を専門としている。

自宅療養は父にとって幸せだったのか

私は、肺がんの父を自宅で看取った経験があります。肺がんは余命3か月の状態で見つかり、本人と相談して在宅緩和ケアを選択しました。退院した数日後に、「あとどれくらい生きられるか」と父に聞かれました。もし聞かれたら本当のことを告げようと決めていた私は、余命3か月だと答えました。父は「なんで今まで言わなかった」と腹立たしそうに言いましたが、取り乱すことはありませんでした。酸素をしながら温泉に行ったり、美味しいものを食べたり、予定の3ケ月が過ぎても父は「死ぬ気がしない」と言い、「1年後の誕生日にはみんなで祝って欲しい」と本気で思っていたようです。

しかし、徐々に呼吸困難はひどくなり、元々なんでもやりたい父は、ぜーぜーと苦しそうにしながらも、時には庭にでて剪定までする始末で、「無理に動くからこんなことになる」と、私に叱られてばかりいました。ある日、往診に来た医師が「やっぱり家で暮らすのはいいけ?」と父に問うと、「なーん、家におっても娘に叱られてばっかりや。病院の方がいいかもしれん」と答えたのです。

母を早くに亡くし、この家には私と夫と父の3人暮らしでした。私は車で往復50分かかる職場から毎日昼休みに帰ってきていました。午前にヘルパーさん、午後に訪問看護師さん、近所に住む私の妹、父のパートナーさん、友人たちが代わるがわる安否確認に訪ねてきてくれていました。みんなに助けられながら頑張って在宅介護をしていた私は、てっきり「家で暮らせて幸せ」と答えると思っていたのです。

なぜ「病院の方がいいかも」と思ったのか。娘にガミガミ言われるのが本当に嫌だったのか、自分のせいで娘をイラつかせるのが嫌だったのか。いずれにしても、家にいることが必ずしも幸せだとは限らないという事実を突きつけられました。もし、父の本心が分からずにいたなら「在宅看取りをした自己満足」で終わっていたかもしれません。

父は、たとえ苦しくなっても動けるうちは自分の好きなようにしたかったのだと思います。患者さんの家族になら、本人の気持ちを大切にとアドバイスできるのですか、親が苦しむ姿を見たくないという娘としての思いの方が、父の気持ちよりも優先してしまっていたようです。それからまもなく呼吸困難を緩和するために麻薬を増やし、父は余命宣告から半年後に亡くなりました。その人らしく生きるとは、単に家で暮らすことではなく、その人の気持ちのままに生きられることだと父は教えてくれました。

なぜAさんは自宅に帰りたいと言わなかったのか?

「家以外にどこに帰るところがある?」

その日の午後、受け持ち患者Aさんの退院カンファレンスが予定されていたため、看護学生が退院先について質問したときのAさんの答えです。この時Aさんは、家に帰る以外の選択肢はないと明るく答えていました。ところが、息子さんは「自分でトイレに行けないのなら自宅介護は無理。どこか施設に入れないか」と言われたのです。それを聞いたAさんは、うつむいて苦笑いをされ、「息子の言うとおりでいいです。」と…。家に帰るためにリハビリを頑張っていたAさんの気持ちを思い、学生は「Aさんが可哀そう!」と教員に訴えました。

Aさんはなぜ家に帰りたいと言わなかったのでしょうか。人生の最期に迎えたい場所を聞いた全国調査(日本財団2021年)では、58.8%が「自宅」と回答しており、住み慣れた我が家で暮らしたいと多くの人は思っています。しかし、最期まで自宅で暮らした人は17.2%(e-Stat:死亡の場所別にみた年次別死亡数2021年)と、希望に反して少ないのが現状です。親世代の95.1%が「家族の負担にならないこと」を重視しており、Aさんも家族に介護負担をかけたくないという思いだったのでしょう。

では、学生の言うとおりAさんは可哀そうなのでしょうか。「息子夫婦の負担になりたくない」というのもAさんの本心であり、「家に帰りたい」と言わないと決めたのはAさんなのです。また、「施設に入れる」と母親に言わなければならなかった息子さんは可哀そうではないのでしょうか。大切なのは、どういう思いでその決断をしたのかをお互いが理解することだと思います。

仮に「できることなら家に帰りたいと思うけど、家族の負担になることは本意ではない。施設に入る方が家族にとって良いのであればそうしたい」とAさんが言葉にしていたらどうでしょう。息子さんが「母にとっては家族と家で暮らすほうが良いことはわかっている。でも、私も嫁も働いているから、家で介護できるか不安だ。せめてトイレだけでも自分でできるといいのだけど。」と言葉にしていたらどうでしょう。

もしかすると別の選択肢が提案されたかもしれないし、同じ結論になったとしても家族の温かい絆を感じることができたのではないでしょうか。Aさんの苦笑いで話し合いが終わってしまったことを悲しむべきなのだと思います。

「家族に任せる」を真に受けてもよいのか

療養場所の選択を迫られたときに、「家族に任せるという」という方を多く見かけます。「和を大切にする」「控えめが美徳」という日本文化が色濃く残っている親世代は、明確に自分の意思を表明することを避ける傾向があります。そして、子に負担をかけたくないという思いから判断を家族に任せるという決断になるのかもしれません。しかし、自ら「施設に入る」ことを選択する人は少なく、「家族に任せる」は「家族が受け入れてくれるなら家に帰りたい」という気持ちの表れともいえます。事実、本心を聞き出すスキルのある熟練看護師は、本人と家族、家族間での意向の相違があることをよく経験しています。

一方、判断を任された家族は、一緒に自宅で過ごしたいと思っても介護できるのか不安に思ったり、介護施設に入れるとしても後ろめたさを感じたりしています。決断後も、本当にこれで良かったのかと葛藤が続いていることもあります。

本人も家族も、そんな気持ちをちゃんと話せているのでしょうか。お互いに家族だから語らずとも察してくれると思っているのではないでしょうか。本心を知ったところで、結果が変わることは少ないのかもしれません。しかし、「一緒に暮らしたい」という願いが叶う家族が少しでも増える可能性はありますし、願いは叶わずとも、家族まかせではなく、自身が納得して決心できる人が増えるのではないかと思います。私たち医療・介護スタッフは、本人も含めたその家族が納得の選択をし、それが実現することを目指しています。

お互いの気持ちを知る方法

家族であっても、それぞれの考えがあり、家族みんなが納得できる選択をするというのは難しいことです。それぞれが相手を思いやり、自分の気持ちに折り合いをつけていくしかありません。その前提として、お互いの気持ちを理解し合う必要があると考えます。そこで、お互いの気持ちを知るためのヒントを紹介します。

1.元気なうちから度々話し合っておく

「将来、寝たきりになったら家がいい?施設がいい?」

体力が衰え、自信がなくなってくると、なかなか家が良いとは言いにくくなります。家族も現実味が帯びてくると、かえって聞きにくくなるものです。元気なうちから最期の迎え方についてお互いの考えを聞いておけば、言葉や表情から本音を察しやすくなります。人の気持ちは変化していくものなので、気持ちの確認は繰り返ししておくことをお勧めします。

2.まずは本人の気持ちから聞く

家族の気持ちを先に聞いてしまうと、それを踏まえて考えてしまい、本音を言い出しにくくなってしまいます。ともすれば家族に決定権があり、本人はそれに従うという構図になりがちで、特に物忘れなど認知機能が低下している場合に多くみられます。あくまでも人生の決定権は本人にあることを忘れず、本人にわかるように説明し、本人の気持ちを最初に聞くようにしたいものです。家族には言えなくても他人になら言えることもあるので、話し合いの前後に、第三者が気持ちを確認するのもよい方法です。

3.「なんでそう思ったの?」と質問してみる

質問は相手をわかろうとする姿勢の表れです。質問をすることで会話が深まり、これまで気づかなかった相手の思いに気づくかもしれません。話された内容は否定せず、「そんなふうに思っていたんだね」とそのまま受け止めることが大切です。また、自分の考えを話す時は、なぜそう思うのか理由も添えて説明しましょう。「説明しなくてもわかるだろう」は、誤解のもとです。意外と家族のことを知らなかったり、思い込みがあったりするものです。家族だからこそ言葉にして、ちゃんと気持ちを伝えてみましょう。

平均在院日数の短縮化により、短期間で退院後の療養場所の検討を強いられることがあります。また、高齢者の一人暮らしや二人暮らしの世帯は年々増加しており、今後の生活に不安を感じている方は多いのではないでしょうか。自宅であっても介護施設であっても、納得のいく療養場所を選ぶことができるように、将来の療養場所について家族で話し合う機会をつくってみてください。