昨今、日本では「人生100年時代」や「老後資金2000万円不足問題」といった言葉をよく耳にします。年金があれば老後の生活が楽になると安心できなくなりました。
そんな中、「年金の繰下げ 受給」といった年間にもらえる年金を増額できる制度があります。本記事では、年金の繰下げ受給を中心に概要やメリット・デメリットを詳しく解説します。
また、年金の繰下げ受給とは逆に、年金を早くもらう制度である「年金の繰上げ受給」も解説します。公的年金の受け取り方には選択肢があることを理解するために、ぜひ参考にしてください。
年金の繰下げ、繰上げってどのような時に受給申請するものなのか
「老齢基礎年金」と「老齢厚生年金」はともに、原則65歳から支給されるものだと現在の法律で定められています。
この原則が適用されるのは、以下に該当する方です。
- 男性:1961年4月2日以降に生まれた方
- 女性:1966年4月2日以降に生まれた方
本来であれば、現在60歳前のほとんどの方は65歳から年金を受給が可能ですが、年金受給開始時期を早めたり、逆に遅らせたりする「年金の繰上げ受給」や「年金の繰下げ受給」を利用できます。具体的にどういった制度なのかこれから解説します。
年金の繰上げとは?
本来の年金受給開始時期は前述の通り、65歳からですが、65歳になるのを待たずに60~64歳の間に年金の受給を開始することを「繰上げ受給」といいます。
繰上げ受給には、65歳よりも若い年齢から年金を受給できるメリットがあります。一般的に考えると、60歳で定年を迎える会社も多く、それ以降は継続雇用や再就職で働くとしても、定年前よりも収入が減るのが一般的だからです。また、再就職がなかなかうまくいかず、失業給付の支給も終了してしまって、無収入の時期があった場合、年金を早めに受給できれば、生活の支えにもなります。
しかし、年金の繰上げにはデメリットもあります。繰上げのデメリットは、年金の繰上げ受給をすると年金は1ヵ月繰上げるごとに0.4%減額されることです。
例えば、60歳から年金を受給し始めたとします。一般的な65歳から受給を開始した場合と比べると「12ヵ月×5年間=60ヵ月」の差があり、月ごとに0.4%減額されるため「60ヵ月×0.4%=24%」も減額されるわけです。もし、65歳から受給すると月10万円もらえた場合、月7.6万円しかもらえなくなるわけです。
また、年金の繰上げ受給を選択した場合は、その後も一生、減額された年金を受け取るしかないデメリットもあります。メリット・デメリットを考慮したうえで、繰上げ受給に関しては慎重に選択しましょう。
年金の繰り下げとは?
前述の通り、基本的な年金の受給開始年齢は65歳からですが、年金の受給開始年齢を、66~75歳までの間に遅らせて年金受給を開始する方法を「繰下げ受給」といいます。
繰下げ受給は、ひと月ごとに支給額が0.7%増額されるため、年金の総受給額を増やせるメリットがあります。
一方当然ですが、受給時期を遅くすればするほど、遅らせている期間の生活費をどうやって工面するかの問題が発生します。また、せっかく年金の繰下げを行っても、早くに亡くなると年金の総受給額が減る可能性もあります。ひと月ごとの支給額が増額されるからと、何も考慮せずに年金の繰下げを選択するのはリスクともいえるのです。
年金の繰下げ受給のメリット・デメリットについて、次項からさらに掘り下げていきます。
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年金繰下げのメリットとデメリットを把握しよう
ここでは、年金の繰下げ受給をするメリット・デメリットを詳しく解説します。
繰下げによって年金が増額される理由、どのくらい年金が増額されるのか、そもそも本当にお得なのかといった観点から詳しく見ていきましょう。
年金の増額ができるメリット
繰下げ受給を選択する場合、特に手続きは必要ありません。公的年金では、裁定請求という、年金をもらいたいという手続きをおこなわなければ、年金の受給が開始しないからです(ただし、手続きが必要な場合もあります)。
繰下げ受給を選択した場合65歳から受給を開始した年金の総受給額と比べ、1ヵ月ごとに0.7%増額されるのが最大のメリットです。
増額率は、65歳になった月から繰下げ受給を請求した月の前月までの月数に0.7%をかけて計算されます。そして、最高75歳になるまで加算されていきます。つまり、長生きするほど総受給額も多くなるわけです。また繰下げ受給や繰上げ受給は、年単位ではなく、月単位でもおこなえます。
では次項にて、年金を繰下げるとどのくらい増額されるのか、受給開始時の年齢ごとに確認していきましょう。
年金を繰下げる際にもらえる年金額
年金を繰下げることで、1カ月ごとに0.7%増額されると先ほどお伝えしました。
では、最大どのくらいまで増額されるのでしょうか?次の表をご覧ください。
〇年齢ごとの年金増額率
受給開始時の年齢 | 年金総額の増額率 |
65歳 | – |
66歳 | 8.4% |
67歳 | 16.8% |
68歳 | 25.2% |
69歳 | 33.6% |
70歳 | 42.0% |
71歳 | 50.4% |
72歳 | 58.8% |
73歳 | 67.2% |
74歳 | 75.6% |
75歳 | 84.0% |
参照:『年金の繰下げ受給』
最大10年遅らせた「75歳からの年金受給開始」の場合、84%も増額できます。実際にもらえる年金額の具体例を、2022年度の国民年金の満額(65歳受給開始)「年額77万7800円」をベースに計算してみましょう。
5年間年金の受給を遅らせた場合は「年額110万4,476円」10年間遅らせた場合は、「年額143万1,152円」と算出されます。
仮に70歳から受け取った場合、年間で約32万6000円も年金額を増やせます。ひと月2万7000円も増額になるのは、節約を強いられることの多い年金生活では、検討に値する方法と言えるでしょう。
年金の繰下げは本当にお得?
「年金の受給開始期間を遅らせれば増額するとはいっても、結局、年金を受け取れない時期が長いから意味ないんじゃないの?」と考える方もいるでしょう。
実際、年金の繰下げにはデメリットも存在し、一定の条件を満たさなければお得な利用とはなりません。これまでに解説してきた年金の繰下げについてはメリットだけではなく、デメリットも把握してよく検討しましょう。
受給期間が短くなるデメリットも
年金の繰下げでは、年金の受給開始期間を遅らせる必要があります。そのため、年金額が増える一方で、年金の受給期間が短くなるという現実があります。
受給期間が短くなる現実を、デメリットにしないためには、何歳まで生きればいいのかを考えていきます。早速答えをご紹介しますと、約11年以上にわたり受給するとお得という計算になります。
しかし、人はいつ何が起こるかわからないため「長い期間受給できる」と確信して繰下げ受給を行うのは難しいでしょう。
もし、年金の受給期間中にもかかわらず亡くなってしまった場合は、残された遺族に残りの未支給年金を受け取れる仕組みがあります。
70歳から受給しようと思って繰り下げていた方が69歳で亡くなった場合、受給していなかった期間の年金を遺族が未支給年金として一括で受け取れるのです。
損をする場合もあるため注意が必要
年金の繰下げによって受給額が増額したことで引き起こされるデメリットもあります。
それは、繰下げ受給によって「年間の所得」が多くなると、所得に連動する所得税や住民税、国民健康保険料、公的介護保険料が増えてしまう可能性があります。
所得税や住民税などの税金や国民健康保険料や公的介護保険料などの社会保険料は、年金を含めた合計所得額によって変動するからです。
受給額が大きいほど、税金と社会保険料額の負担も大きくなり、手元に残るお金が減る可能性があるのです。
ただし、会社員のように努めている場合は、給与に対してのみ社会保険料額が計算され、所得税や住民税が増えても、社会保険料は増えません。働きながら年金をもらう在職老齢年金の仕組みもありますので、何歳から年金を受給するかは、税金や社会保険料の負担も含めて、総合的に判断する必要があります。
年金の増加率だけで判断するのは危険
ここまで解説した繰下げ受給のデメリットからもわかるように、安易に「繰下げ受給を行うと増額できるから繰下げ受給をしよう」と判断してはいけません。
基本的に繰下げ受給は、65歳以降も働き続けているなど、収入に余裕のある方に向いている制度です。勤労収入がある間は年金を受給しなくても生活が成り立つために繰下げ受給を選択するのは検討に値しますが、年金額が増えることで、65歳から年金を受給した場合に比べて、税金や社会保険料の負担額が増える可能性があることも知っておく必要があります。
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年金の繰下げは年齢がポイントに!
年金の繰下げを行ってお得になるのは、受給開始の年齢を起点として約11年が経過して以降も受給を継続している場合です。
例えば、70歳に年金受給を開始した場合、81歳を過ぎても長生きできると繰下げ受給がお得になります(以下の表を参照)。
〇繰り下げ受給の損益分岐点
受給開始時の年齢 | 繰り下げによる受給率 | 損益分岐点 |
65歳 | – | – |
66歳 | 8.4% | 77歳以上 |
67歳 | 16.8% | 78歳以上 |
68歳 | 25.2% | 79歳以上 |
69歳 | 33.6% | 80歳以上 |
70歳 | 42.0% | 81歳以上 |
71歳 | 50.4% | 82歳以上 |
72歳 | 58.8% | 83歳以上 |
73歳 | 67.2% | 84歳以上 |
74歳 | 75.6% | 85歳以上 |
75歳 | 84.0% | 86歳以上 |
参照:『年金が増える!「繰下げ受給」とは?1年遅らせると年額8.4%も増額する』
「損益分岐点」とは、ある一定年齢を過ぎると、受取総額で有利になる年齢を指します。
つまり、先ほど例に挙げた70歳時点で年金を受給し始める場合は、81歳を過ぎると年金の受取総額で有利になることを意味しているのです。
年金の繰下げは、受給を開始する年齢と受給期間の長さで、メリットまたはデメリットになるか大きく左右されます。検討する場合は、長生きできる自信があるのかを、じっくりを考えてみる必要があります。
働き方や資産状況に応じて判断しよう
年金の繰下げを行うのか、それとも繰上げを行うのか、通常通り65歳から受給するかは、各家庭の働き方や資産状況などに応じて判断するのがベストだと言えます。
ここでは、年金の繰下げを行うのに向いている方、逆に向いていない方をご紹介してます。ご自身の収入や健康状態をふまえて、自分が繰下げ受給に向いているのか、不向きなのかを考えてみましょう。
繰下げ受給に向いている方
- 65歳以降も長く働こうと考えている方
生活に困らない程度に収入を得られる見立てのある方は、繰下げ受給に向いています。
年金をもらえない期間も生活費の問題がなく、支出に対して十分な収入と備えがあるのであれば、繰下げ受給は検討できます。
- 年金額の少ない方
納めた年金額が少なく、総年金受給額が少ない方は繰下げ受給によって増額できます。
老齢基礎年金(国民年金)であっても、満額であれば約78万円です。仮に5年間(70歳まで)繰り下げると年金額は約111万円に増やせます。
さらにその場合、老齢基礎年金は公的年金等控除に該当し、110万円まで控除されるため、受給した年金の多くが「公的年金控除の対象」になるのです。
繰り下げ受給に向いていない方
- 健康面に心配のある方
健康面が心配な方は、繰下げ受給を選ぶ際、慎重になる必要があります。約11年以上の期間が、元を取るのに必要になるため、どちらかというと健康面に自信のある方が繰下げ受給を選択するべきです。
何があるかわからないため予測は難しいですが、よく検討したうえで選択しましょう。
- 老後資金の備えが少ない方
年金を受け取れない期間の「生活費」に不安のある方は繰下げるのはやめておきましょう。後々増額しても、目の前の生活が困難になれば意味がなくなってしまいます。
もし、生活費に不安があっても年金額を増やしたい方は、「老齢基礎年金部分(国民年金)だけを繰り下げて、老齢厚生年金はそのまま65歳から受給」といった方法を取ることも可能です。
また年下の配偶者がいる場合、老齢厚生年金を繰下げ受給してしまうと、繰下げ期間中は、「加給年金」という妻の配偶者手当のようなお金をもらうことができません。加給年金は、配偶者の生年月日によっても若干異なりますが、年間で約39万円程度をもらえるケースの多い年金です。加給年金がもらえるご家庭では、繰下げ受給は老齢基礎年金だけにするのが賢明です。
繰下げ受給の方法を工夫すると解決できる可能性もあるため、一度検討してみましょう。
年金の受給タイミングは慎重に
年金繰上げは、年金を受給し始める年齢を早める方法で、年金繰下げは、年金を受給し始める年齢を遅らせる方法でした。
それぞれにメリット・デメリットがあり、個人の状況でお得になるか損をするかが変わるため、どちらが良いと一概には伝えられません。
しかし、本記事を通して、年金の受給開始年齢には多くの選択肢があることを理解できたのではないでしょうか。
年金の繰上げ、繰下げの特徴、そしてメリットとデメリットを把握したうえで、個人の家計状況や年齢も考慮して検討するようにしましょう。老後を少しでも安心して過ごせるように、年金受給開始年齢を複数のパターンで試算してみることもお薦めします。
年金繰下げに関してよくある質問
Q1.老齢厚生年金の繰下げの申出を行うことができる人は、どのような人ですか。
A1.平成19年4月1日以後に、「65歳以降の老齢厚生年金」の受給権を取得した人です。
(注)
昭和17年4月2日以後に生まれた方のほか、同日前に生まれた方で、高齢任意加入制度等を利用して平成19年4月1日以後に老齢厚生年金の受給権を取得した方も対象になります。
当該、老齢厚生年金の受給権を取得した日から起算して1年を経過した日前に当該老齢厚生年金の請求をしていないこと。
当該老齢厚生年金の受給権を取得したとき、またはその日から1年を経過した日までの間に、次に掲げる他の年金の受給権者となっていないこと。
・障害厚生年金及び遺族厚生年金
・国民年金法による年金給付(老齢基礎年金、付加年金及び障害基礎年金を除く。)
・他の被用者年金各法による年金給付(退職を支給事由とするものを除く。)
引用:老齢厚生年金の繰下げの申出を行うことができる人は、どのような人ですか。
Q2.老齢基礎年金と老齢厚生年金は、同時に申請しなければいけないのでしょうか?
A2.老齢基礎年金や老齢厚生年金の繰下げの申出は、同時に行う必要はありません。
それぞれ支払いを希望する時期に、手続きを行ってください。