介護の現場で働く外国人の姿があちこちで見られるようになりました。情報としては知っているものの、いざ介護施設で外国人と出会った時、どのようにコミュニケーションをとればいいのか不安に思う方もいらっしゃるかもしれません。
不安の原因のひとつは「彼らのことをよく知らない」ということが考えられます。そこで、今回は介護の現場で働く外国人について紹介したいと思います。
流通科学大学 経済学部 経済学科
日本語教育学会、日本教育心理学会、日本教育工学会、異文化間教育学会、社会言語科学会等
拓殖大学大学院言語教育研究科修了、博士(言語教育学)。
国内外で主に留学生の日本語教育に従事。
国際交流基金より日本語上級専門家として、のべ約6年半インドネシアに赴任。そこで約2年半、日本・インドネシア経済連携協定(EPA)による看護師・介護福祉士候補者の渡日前日本語研修に関わる。
現在は留学生に対する日本語教育のほか、日本語教師養成にも携わる。
介護の現場で働く人の在留資格
介護の現場ではどのような外国人が働いているのでしょうか。大きく4つの在留資格に分かれます(図1参照)。
「EPA」とは日本との経済連携協定によって来日した方々です。「在留資格「介護」」は日本の介護福祉士国家試験に合格した方々です。「技能実習」は本国への技術移転を目的としたもので、平成29年に「介護」職種が追加されました。「特定技能」は人手不足対応のために施行された最も新しい制度です。また、このほかにも留学生等がアルバイトとして働いていることもあります。
今回は最も歴史の長い「EPA」を中心にご紹介します。
EPA(経済連携協定)介護福祉士とは
EPAとは「貿易の自由化に加え、投資、人の移動、知的財産の保護や競争政策におけるルール作り、様々な分野での協力の要素等を含む、幅広い経済関係の強化を目的とする協定(外務省)」とされており、現在21か国と協定が結ばれています。その中のフィリピン、インドネシア、ベトナムの3か国から介護福祉士を受け入れています。インドネシアから第1陣がやってきたのが2008年、フィリピンは2009年、ベトナムは2014年からですので、既に約15年の歴史が積み重ねられています。
彼らは介護福祉士候補者として来日し、施設で実務経験を積みながら、4年後に 介護福祉士国家試験 に挑みます。そこで合格すれば介護福祉士として永続的に働くことができるのですが、不合格であれば残念ながら帰国となります。
国家試験は日本人受験者と同じ内容で、もちろん日本語で受験します。候補者らのほとんどは母国で看護学校等を卒業しているので、知識自体は母国で学んだ内容と共通するものが多いのですが、それを日本語で理解することが大きな課題となります。
国家試験の合格率は近年は50%前後、2023年度は過去最高の65.4%(国際厚生事業団)を記録しています。健闘してはいるものの、受験者全体の合格率は約70%ですので、やはり候補者にとっては難関といわざるを得ません。
ただ、このような制度を承知の上で来日する候補者らは、大いなるチャレンジ精神の持ち主と言えるのではないでしょうか。
介護の現場で働く人の日本語能力
さて、彼らとコミュニケーションをとる上で心配になるのが、日本語がどのぐらい通じるのか、ということでしょう。
日本語能力試験というのをご存じでしょうか。日本語を母語としない人がどの程度日本語力があるのかを測る試験で、レベルはN5からN1までの5段階に分かれています(表1参照)。
この試験は、言語知識(文字・語彙・文法)、読解力、聴解力を測る試験で、会話力は含まれていないため、参考として捉えてください。また、当然ながら個人差がありますので、あくまで一般的なレベルとしてお考え下さい。
在留資格「介護」は日本での生活経験が長い人が多く、国家試験にも合格しています。ですから、日本語能力試験で言えばN2からN1程度の比較的高い日本語力を持っています。まだ始まったばかりの制度なので、この資格を持つ人はそれほど多くありませんが、今後増えていくことでしょう。
EPAの介護福祉士候補者は施設での就労開始前に1年の日本語研修を行っています。就労1年目はN3からN2程度の能力がありますが、まだ現場に慣れていないということもあり、意思疎通に若干不自由なことがあるかもしれません。が、月日を重ねるうちにどんどん成長していきます。国家試験合格者は既に4年の月日が流れているため、日本語でのやりとりにほぼ支障はないと思います。
技能実習はN4程度が入国時の要件となっているので、ゆっくりと簡単なことばなら理解できる程度とお考え下さい。特定技能は入国要件に日本語能力試験のレベルは問われていないこともあり、非常に個人差が大きいのですが、N5からN3程度と思われます。
表1:日本語能力試験 N1~N5認定の目安
N1 | 幅広い場面で使われる日本語を理解することができる。 |
N2 | 日常的な場面で使われる日本語の理解に加え、より幅広い場面で使われる日本語をある程度理解することができる |
N3 | 日常的な場面で使われる日本語をある程度理解することができる |
N4 | 基本的な日本語を理解することができる |
N5 | 基本的な日本語をある程度理解することができる |
出典:国際交流基金・日本国際教育支援協会「日本語能力試験 N1~N5:認定の目安」をもとに作成
耳は慣れる
日本語がわかるからといって、コミュニケーションがうまくできるかというのは実はまた別の問題です。そのひとつは発音です。外国人の発音には若干の癖があるため、慣れるまでは聞き取りにくいことがあるかもしれません。ただ、話しているうちにその癖に耳が慣れ、いつの間にか聞き取れるようになっていることが多いです。
耳が慣れるという点では、似たようなことが外国人にとっても起こっています。これはEPA の候補者からよく聞くお話なのですが、日本語研修を終え、意気揚々と地方の施設に向かった日に「ここは日本なのか、私が学んできた日本語は何だったのか」と衝撃を受けることがあるそうです。日本語研修は基本的に共通語で行われるため、施設に行って初めて、方言の洗礼を受けることになるのでしょう。
ただ、しばらくすると「今では私も立派な方言話者」と笑顔で語る方がほとんどで、方言を使って触れ合うことを楽しんでいるようです。
おわりに
介護の現場で働く外国人は、明るくおしゃべり好きな人が多いです。日本の介護の現場で働く理由については「自身のキャリア形成」や「将来の夢のために」等千差万別ですが、多くの人に共通するのは、利用者さんと人間関係を作り、利用者さんに寄り添いながら行動する、ということに魅力とやりがいを感じていることです。また、利用者さんの方でもいつの間にか国籍の違いをひょいと飛び越えてしまい、コミュニケーションを楽しんでいる方も多いようです。
おしゃべりをして、笑うことは健康にとって大切なことです。もし、外国人の介護福祉士と触れ合う機会がありましたら、どうぞ国際交流も楽しみながら、笑って、元気にお過ごしください。
1)厚生労働省「介護人材受け入れの仕組み」https://www.mhlw.go.jp/content/12000000/000994004.pdf(2024年4月25日閲覧)
2)外務省「我が国の経済連携協定(EPA/FTA)等の取組」(2024年4月25日閲覧)
3)国際厚生事業団「EPA候補者の国家試験合格率、過去最高」https://jicwels.or.jp/?p=53510(2024年4月25日閲覧)
4)国際交流基金・日本国際教育支援協会「日本語能力試験 N1~N5:認定の目安」https://www.jlpt.jp/about/levelsummary.html(2024年4月25日閲覧)