東洋には、昔から心身一如という考え方があります。すなわち心と体は1つであるということ(心身一元論)を表す言葉です。1つかどうかは、ここではさておき、心と体は互いに影響しあって存在しています(この言い回しでは心身二元論になりますね)。
今回は、心と体を結びつけている重要な器官である「脳」をキーワードに介護と心身の関係について考えてみようと思います。
植草学園大学 保健医療学部
医学博士・作業療法士、株式会社 縁 代表取締役
専門リハビリテーション研究会副会長、摂食嚥下リハビリテーション学会評議員ほか
高知県と茨城県の病院で作業療法士として勤務後、藤田医科大学等で教育に携わる傍ら、医療機関や介護施設のマネジメントに従事。2015年より株式会社 縁 代表取締役、2021年より植草学園大学で教育にも従事。
(1)笑顔の力
笑顔に関しては多くの研究があり、ストレス緩和、免疫力向上、痛みの緩和などなど、我々の健康にも良い影響をもたらすことが知られています。さらに近年、介護者や家族が笑顔で接することで介護を受ける相手も同じように良い影響を享受できるとの報告も増えてきました。
他人の表情を見た時、実は見た側の人の脳でも笑顔になった時と同じように脳のニューロンが発火します。これは、他人の表情を見て、相手の感情を予測する上でも重要な機能ですが、人は相手の表情を見て自分も同じような感情を共有する傾向があります。
笑顔で接することは介護を受ける相手も気持ちが良いだけでなく、健康にも様々な良い影響を及ぼすことが期待できます。ちなみに負の感情にも同じことが言えます。これも他人の痛みや苦しみを知る上で重要なことですが、嫌な表情も伝達してしまいます。笑顔を作れば相手にも自分にも良い影響が出ます。最近は健康のために笑顔や表情トレーニングなども取り入れられています。
介護の場面で、今一度、笑顔の力を意識して、積極的に取り入れてみてはいかがでしょうか?
(2)声かけの力
日本には古来より言霊という言葉があります。近年の研究においてもポジティブな言葉を使うことで、脳内での神経伝達物質に変化が起き、前向きな思考や感情を促進させたり、創造性や記憶力を促進するという報告もあります。さらに身体への影響においては免疫力向上や血圧低下、痛みの軽減などの効果も報告されています。ネガティブな言葉はその逆の反応を促進します。
また、人は言語的コミュニケーションだけを見ても言語的な意味だけで判断するのではなく、声の抑揚や大きさ、などの発話の特徴(これを情緒的プロソディと言います)と合わせて判断しています。いくら言語的にポジティブな言葉を伝えても情緒的プロソディが逆のシグナルを発していると違和感や不信感にも繋がってしまいます。
普段からポジティブな言葉をかける機会や相手の良いところを探し、気持ちを込めて「ありがとう」「嬉しい」「美味しい」などの言葉をかけてみるのはいかがでしょうか。
(3)タッチの力
適度な皮膚触覚刺激は、血圧や筋肉の緊張をほぐす働きや免疫機能の活性や痛みの軽減に有効であるとの報告があります。また、オキシトシンをはじめとした脳内のホルモン分泌に関わることが分かっています。オキシトシンはストレスを低下させるとともに信頼感を親密感を高める効果があるとも言われています。また、睡眠に関わるメラトニンを分泌したり、お肌の美容にも有用であるとの報告があります。そして、このような効果はタッチされる側だけでなくする側にも起こることです。
とは言え、身体接触は距離感や場面によっては、拒否されたりハラスメントになる事もあるので注意が必要です。介護の場面では、同意を得た上で比較的、心理的障壁が低いハンドマッサージなどから初めてみるのも良いかもしれません。ご家族の方であれば肩揉みなども良いでしょう。単に気持ち良いだけでなく、さまざまな効果を期待できます。
今回は簡単に「笑顔」「声かけ」「タッチ」について述べましたが、どれも日常のコミュニケーションに不可欠な事でありながら、大きな力を持っています。当たり前にやっている日常のコミュニケーションを少し意識するだけで変えることが可能です。何かのきっかけになれば幸いです。