老年期のケアにおいて重要なことは,年齢を重ね心身の変調を抱えながらでも,長寿を自分らしく人生の統合に向けていきいきと生き抜くこと,長い人生を自分なりに納得して終えることができるように支援していくことであると考えています。
本コラムでは、初期認知症の人が「人生の統合」を目指すためのケアについて解説します。
富山県立大学 看護学部
看護師/保健師
日本老年看護学会,日本認知症ケア学会 等
看護師資格を取得後,大学病院で看護師として5年間勤務。看護学修士を取得後,金城大学社会福学部で社会福祉,介護福祉教育に携わる。平成27年より敦賀市立看護大学,令和2年より富山県立大学看護学部に勤務。現在に至る。大学院においては,初期認知症高齢者の人生の統合性の獲得を目指した看護支援プログラムの開発に取り組んだ。専門は老年看護学,認知症ケアである。
1. 老年期の発達課題とは
人生の最終段階としての老年期は,喪失期や衰退期としてのみ捉えられてきましたが,1960年代に,発達心理学者エリクソンにより,人は誕生してから亡くなるまで,さまざまな課題や問題と向き合い成長することが求められ,発達の過程に応じて人格の成長がなされるという生涯発達理論が提唱されました。その中で,老年期の発達課題は「人生の統合」であると述べており,「自分の人生を自らの責任として受け入れていくことができ,死に対して安定した態度をもてること」としています1)。
2. 初期認知症※の人のおかれている状況
認知症の早期診断にともない,地域には初期認知症の人が増加しています。認知症の初期の段階は,病気としてけっして穏やかな時期ではなく,認知症という病気に出会ったときの本人の衝撃や家族の不安は少なくないと言われています。一方で,できることは多く残されており,残されている能力を自分なりに活用しながら今までと変わらない自分を見出していると言えます。
※認知症の前駆状態である軽度認知障害(MCI)ならびに認知症の初期段階とする
3. 初期認知症の人への「人生の統合」を目指したケアプログラムの実践
初期認知症の人が「いま」の危機的状況を乗り越え,認知症を持ちながらでも,自分の人生を自分なりに納得して終えることができることを目的に,当事者の語りを中心とした「現在・過去・未来を語り,オレンジノートに遺す支援プログラム」2)を開発し,実践してきました(表)。
ケアの現場では,高齢者が過去を回想する場面にしばしば遭遇します。これは,高齢者に起こる自然な心理過程であり,高齢者が自らの歩んできた人生を振り返り,整理し,その意味を模索しようとする自然で普遍的な過程であると位置づけられています3)。回想法は人生の統合を支えるケアとしても活用されています。さらに,回想法による対話それ自体に高齢者の存在を自他ともに認めるケアの側面があり,そこにはその高齢者なりの最期までの生き方の望みが表現されています。
4. ケアプログラムの効果
初期認知症の人15人にケアプログラムを実践したところ,全員が何らかの支援があれば,自らの言葉で自らの思いを語ることが可能でした。ケアプログラム実施前後で,日本語版E.H.エリクソン発達課題達成尺度※の得点の変化をみたところ,実施後に得点の上昇を認めました。また,項目別にみると,「これまでの人生はよかった」「誰かの役に立っている」「死んだらみんなが悲しんでくれる」の3項目で得点が統計学的有意に上昇しました(図)。
例え認知機能が低下した状態であっても,自分の言葉で,自分が語りたいことを語ってもらうことで人生の統合に向けて支援できると考えられました2,4)。ケアの過程において,「こんな機会がなければ振り返ることはなかった」「普段このような話を聞いてくれる人がいない」といった発言が多く聞かれたことからも,まずは「語る機会がある」ことと「語りを聴いてくれる支援者の存在がある」ことが必要です。
また,認知症の人は,認知症とともに生きるそれぞれ別々の人間であり,心身の状態,生活歴,価値観,今おかれている環境も違います。初期認知症の人の個別性に十分配慮したうえで,「語りを引き出し,人生の聞き手になる」ことと,「人生史や今の思い,未来に向けた思いを遺す」支援が求められます。それにより,認知症が進行した未来までも活用できるものになると考えます。
※出典:下仲順子,中里克治,高山緑,河合千恵子.(2000).E.H.エリクソンの発達課題達成尺度の検討 成人期以降の発達課題を中心として.心理臨床学研究,17(6),525-537.
5. おわりに
語りを丁寧に聴くことは,対象の方への関心が高まる,対象の方の理解が深まる,対象の方の強みを発見できる,ケアする人も癒される等,支援者にとってもよい効果があります。日常のケアの中で,時にはじっくりと対話する時間をとってみてはいかがでしょうか。
【引用文献】
1)Erikson,E.H.(1963)/仁科弥生.(1977).幼児期と社会Ⅰ.東京:みすず書房.
2)木谷尚美.(2021).老年期を初期認知症とともに生きる人への「人生の統合性」の獲得を目指した看護支援プログラムの効果,老年看護学25(1):68-77.
3)野村豊子.(1998).回想法とライフレビュー-その理論と技法-,東京:中央法規.
4)木谷尚美.(2022)初期認知症の人を対象とした「現在・過去・未来を語り,オレンジノートに遺す看護支援プログラム」の実践~老年期の発達課題達成別にみた語りの特徴~,日本早期認知症学会誌14(1):36-45.