• 親の介護
  • 【公開日】2024-03-08
  • 【更新日】2024-03-08

老いと変化を受け止めきれない家族の葛藤

老いと変化を受け止めきれない家族の葛藤

老いていく自身にも老いていく家族に対してもどのように受け入れていくか日頃葛藤をされてる方がたくさんいらっしゃると思います。そんなご自身とご自身の大切なご家族、みんなにとってベターな毎日を送れるように「老い」についての考え方などを紹介いたします。

伊藤 美加子 准教授
東大阪大学短期大学部介護福祉学科
博士(学術)/社会福祉士/介護福祉士/主任介護支援専門員
日本介護福祉学会/日本介護福祉教育学会
佛教大学社会学部社会福祉学科卒業。仕事を続けながら結婚、子育て、そして社会人学生として京都工芸繊維大学博士後期課程に入学し博士号取得。約25年にわたり高齢者の介護と生活に関する専門相談支援業務に関わり、現在は介護福祉士を養成する大学の教員として教育に従事。

1.「老い」を考える

老い」という言葉を広辞苑検索してみると、『年をとる・おとろえる・弱る・古くなる』とあり、なんとも物悲しい表現の連続です。これらの言葉だけでなんとなくマイナスのイメージを抱いたのは私だけではないでしょう。「老い」というテーマを考えていて頭に浮かんだのは、『「老い」はいつから?どのタイミングから「老い」というのか?』ということでした。

人間はオギャーと生まれて1歳、2歳と誕生日を迎える子どもの心身の変化を「成長」と言い、本人も周囲も盛大にお祝いをします。年齢の数だけろうそくを立ててもらい、意気揚々と吹き消せていたのは何歳までだったでしょうか。

では「成長」から「老い」へと言葉が変化するのは何歳からなのか?感傷的に言えば、「誕生日が楽しみではなくなった時から老いが始まる」とも言えますが、それも人それぞれに違いますね。

古くは40歳を初老と表現していました。平均寿命が短い時代の名残ではありますが、確かにしわや白髪が気になるこの年齢あたりから老いが始まるのだということを嫌でも納得させられます。

井口三重(いのくちみえ)さんと井口傑(いのくちすぐる)さんが1994年に発表した「臨床医学と人間工学―成長と老化―」の中に、『人間の生体機能は成長とともに発達し,老化とともに退化する.運動機能に着目してみると,誕生後,寝返りを打つ,座る,這う,立つ,歩く,走るという成長の過程を経て成人となる.反対に走れない,歩けない,立てない,這えない,座れない,寝返りを打てないという老化の過程を経て死に至る.1」と表現しており個人差はあるが、身体的な動作能力の変化が成長と老化(老い)の緩やかな放物線を描く基準となるのだとわかります。

また世界最長寿国の日本においては、「年寄り」「高齢者」へのイメージはどんどん変化していると思われます。参考に厚生労働省ホームページ「統計・白書」内で掲載している「令和2年版厚生労働白書―令和時代の社会保障と働き方を考えるー2」」より「高齢者とは何歳以上か」への回答の調査結果を表1にお示しします。

介護保険制度を利用できるのは65歳から(特定疾患の場合は40歳以上)で、介護=高齢者と思われがちですが、結果から見ると高齢者は70歳以上や75歳以上からをイメージする方が年々多くなっており、2014年には80歳以上とする回答が8ポイント近く上昇しています。企業が定年年齢を70歳引き上げなど現役で働く期間が長くなり、身体・精神面ともに「老い」を感じさせない方が周囲に増えてきたことがうかがえます。

表1「令和2年版厚生労働白書―令和時代の社会保障と働き方を考える 図表1-2-3」

2.家族が介護を相談するとき

私の経歴を申し上げると、大学では社会福祉学を専攻し、卒業後は介護保険制度もない措置の時代から、以後約25年にわたり施設や地域包括支援センターでの専門的な相談支援の仕事に従事してきました。特別養護老人ホーム(介護老人福祉施設)では生活相談員として、施設への入所相談、短期入所(ショートステイ)利用の相談対応など介護を必要とする方とそのご家族の様々な悩みや葛藤に向き合い、地域包括支援センター時代は介護保険利用の相談や認知症かもしれないご両親のこれからの医療や生活のこと、また生活苦や借金問題、虐待問題からごみ屋敷対応等、実にさまざまなご家族や高齢者の方と向き合ってきました。

施設の利用に関する相談は、同居しているご家族からや、一人暮らしで現在介護保険サービスを利用しているご両親の今後について、また現在入院中で退院を迫られているご家族など、それぞれにひっ迫した状況を抱えて相談に来られる場合が多くありました。特別養護老人ホームは日常的に見守りや介助を必要とする身体的にも精神的にも専門的な介護が必要な方、また現在の家族介護や介護サービスを受けている状況では安全な日常生活を継続して送ることが困難な状況であるような方を優先して入所していただくことを基準としています。

また地域包括支援センターでの経験も合わせて見てみると、高齢者家族からの介護相談や、施設への入所相談が増える時期はお正月が明けた1月中旬からが特に多くなります。年末年始の帰省で久しぶりに実家に帰ったら、お父さん、お母さんの様子が今までと違っていることに驚いた。家が雑然として片付いていない、処方された薬がたくさん残っている、カレンダーがかなり古い季節のまま変わっていない、表情が今までと違うなどさまざまな変化に戸惑いながら、不安を抱えてご相談に来られる方が多いです。

現代はネット社会ですから、スマートフォンやパソコンなどを利用してどこに相談をすればよいか、どのようなサービスがあるのかなどご自身で調べることができ、安心につながる便利な時代です。ただ、自分で調べてみても情報量が多すぎて、何をどう動くことが今の自分の親に必要なことなのかなど、客観的に知ることが難しい場合もあります。

役所の介護保険対応窓口に行かれるもよし、できれば対象となる方が住んでいる地域を管轄する「地域包括支援センター」を身近な相談窓口としてご活用されることが一番安心かと思います。入院中であれば、病院内にある医療相談窓口の利用もできます。時には法律の無料相談もできる場があればより安心です。身近に気軽に相談ができる場所を少しでも日頃から見つけておかれることをおすすめいたします。

3.老いを受けとめる

これまで数千件にのぼる施設入所・介護の相談対応を行ってきた中で、ご家族の口からよく聞いたのは「娘(嫁)である私がいるのに施設に入れる相談をするなんて、周りから見たらひどい人間だと思われませんか・・・」という言葉です。

結婚して長く同居してきたけれど、認知症による物盗られ妄想が激しくなり、家族に暴言暴力を浴びせる、昼夜問わず外に飛び出してしまい(時には下着姿で・・・)、ご近所からも苦情を言われることに疲れ果てているご家族。トイレがわからずなぜか台所の流し台にのぼって用を足す奥様に戸惑いを隠せないご主人、夜中でも2~3時間おきにおむつ交換、褥瘡(じょくそう:床ずれ)ができないように体の向きを変える日々、離れて暮らしているけれど、介護サービスの利用を併用しつつ定期的に時間をとって介護に帰省されているご家族。

息子さんも娘さんにも家庭があり、仕事があり、子育てがあり、持病があるなど百人百様に介護をめぐる大変さを長く見聞きしてきました。そのような大変さを介護保険制度や老人福祉制度だけですべてカバーできるわけではありませんが、私が信条にしていたのは、誰か一人だけに「ベスト(最高)な結果」を目指すより、高齢者の方もご家族にとっても、みんなにとって「ベター(ほど良い・好ましい)な結果」になるようにという思いで常に支援を行ってきました。

よくお話の中で、「○○ができる素敵な母だったのに」「○○が得意な自慢の父だったのに」と身近なご家族ほど「過去と比べて今は○○ができない」と、できないことにばかり目がいき、ご両親を否定的に表現されます。この時のご家族は先が見えない不安に押しつぶされそうなのだと心が痛みます。

私たち介護の専門職は対象者を見るときに「この方の介助の時にどこを工夫すれば自分でできるかな」「この方に残っている、できることを最大限に引き出すケアは何かな」と一人一人に合ったケアをチームで考えながら対応していきます。簡単に言えば「できること探し」です。言葉のかけ方で反応が変わった方や、笑顔が増えて活動量が増える方、道具の工夫で変化が見られる方など専門職が知識と技術を駆使して、一人一人の方を笑顔に導く介護を実践していくのです。

そして施設に入所させることに罪悪感を抱いているご家族には「わたし達は介護のプロなので、日々の介護に関しては24時間お任せください。心に寄り添い、日々の変化にいち早く対応します。でもご入所される方にとって一番の喜びは、ご家族と会える時間です。このやすらぎは職員ではなかなか引き出せない、家族の歴史をつむぐ時間です。どうかお時間があるときは無理のない範囲で会いに来て差し上げてください。」とお伝えしてきました。介護を誰かに任せてしまうことは決して悪いことではありません。上手に利用してお互いに「ベター」な日常を見つけてください。

4.介護サービスをいやがる

どれだけすばらしいサービスが用意できても、当事者である高齢者の方が受け入れない場合があります。「人の世話になるなんていやだ」「そんな年寄りじゃない」など、ふらふらしながらも怒鳴って怒り出す方もあります。もっと言えば、「子どもがやればいいんだ。子どもが親の面倒を見るのは当然だ」と考える困った高齢者も多いです。そのわりに、子どもの言うことにまったく聞く耳を持たない場合もあります。私の父がまさにそうでした。

高齢の両親は私が車で高速を使って1時間以上かかる場所に住んでおり、母がガンで入院手術となった時、母の入院対応のかたわら、自宅に一人残った90歳近い父の生活をいかに安全に円滑にすすめていくかが大きなミッションとなりました。当時の父は毎日のように車を運転しては買い物、銀行と出かけていました。いくら免許返納をするようにと話をしても全く聞き入れません。あまりしつこく言うと怒り出す始末。

私が見るところ、父は「車を運転している」という自分に満足感を得ているだけで、手段を変えても生活はしばらく継続できそうでした。高齢者ドライバーの事故がニュースで流れるたびに、不安で仕方がありません。いっそのことハンドルにロックでもかけて「壊れたから修理に出すわ」と車を取り上げようかと画策していたそんな中、運転中に車同士の接触事故を起こしました。幸い双方にケガは無くこれを機に「車を修理に出すから」と預かりました。ただ移動手段が無いと外出も買い物もできない父。

そこで介護保険を申請して電動車いすを試してみるようカタログを見せて盛大にプレゼンテーションを行いました。車は無い、タクシーを毎日使うことにも抵抗がある、自転車は押して歩いていて転倒したこともあり、渋々介護保険申請とサービス利用を承諾してくれました。その結果、電動車いすをお試しで使用するとこになった父ですが、当初は「介護なんか受けるものか」と固辞していた人が、実際に電動車いすを使ってみると「おーこれはいい!!」とご満悦。

ついでに起き上がり、立ち上がりのふらつきが危険だったので介護ベッドも入れてみると、あれほど拒絶していたことが嘘のように、「布団から出るのが楽やわー」と笑顔に。「老いては子に従え」ということわざもありますが、この時は何とかうまく乗り切りました。ただそれ以降も、まさにてんやわんや、さらに両親に振り回され、仕事と家庭と介護に奔走したエピソードはまたどこかで機会があればお伝えしたいと思います。

5.周りを上手に頼ること

人は誰でも歳をとります。これは絶対的に避けて通れないことです。「あーある日突然、ぽっくり死にたいわ」とおっしゃる方もいますが、だいたいそうはいかないものです。だからこそ、ご自身やご両親の住んでいる自治体の介護や高齢者に関する制度についてなど相談できる場所、近くにあるさまざまな施設など日ごろから少し意識して情報を集めておきましょう。

あと家族の言うことより、医師の言葉に素直に応じることもありますのでご両親のかかりつけの医師を把握しておくことも重要です。介護者家族の会など同じ悩みを持つご家族が集うイベントなども開催されています。

そして一人で抱え込まないで、たくさん頼れる場所を作ってください。また、子どもだから親の面倒を見るのは当たり前という考えをお持ちの方、ご自身ができる範囲で続けていきましょう。「自分だけが頑張らなければならない」と思わないでください。あなたとあなたの大切なご家族、みんなにとってベターな毎日になりますように。

【引用・参考文献】
  • 井口三重、井口傑(1994)臨床医学と人間工学―成長と老化-、特集・人間工学と健康指標 pp293‐297
  • 令和2年版厚生労働白書―令和時代の社会保障と働き方を考える 図表1-2-3