大阪河﨑リハビリテーション大学 リハビリテーション学部
博士(保健学)/専門理学療法士(予防理学療法・地域理学療法・支援工学理学療法)
/認定理学療法士(健康増進・参加)/骨粗鬆症マネジャー 貝塚市理学療法士会会長
日本理学療法士協会、日本老年医学会、日本老年療法学会、日本公衆衛生学会、日本骨粗鬆症学会、理学療法科学学会、日本サルコペニア・フレイル学会
2007年に理学療法士免許を取得、老年期のリハビリテーション分野で臨床に従事し、2016年に博士(保健学)を取得。国立長寿医療研究センター特任研究員、国立長寿医療研究センター外来研究員、大阪公立大学客員研究員などを経て、現職 。研究分野は老年学・地域理学療法学でありフレイル予防や産業衛生のための研究に従事している。
知らず知らずにやってくる老年症候群
老年症候群という言葉をご存知でしょうか。加齢に伴い高齢者に多くみられる、医師の診察や介護・看護を必要とする症状・徴候の総称のことです。この老年症候群の症状・徴候は非常に多く50項目以上あるとされています。また、老年症候群は大きく3つに分類されます。1)急性疾患に付随して起こり、年齢に関係はないが若年者と違い対応に工夫が必要な症候群、2)65歳の前期高齢者頃から徐々に増加する症候群、3)75歳の後期高齢者頃から急増し、日常生活動作に支障が生じるなど介護が必要となる症候群とされます(図1)。
最近の研究では、2007年に生まれた日本人の平均寿命は107歳と推計されており、後期高齢者となってからも非常に長く生きていける状況であることが分かってきました。平均寿命が107歳とは、言い換えると半分の人は107歳以上生きる可能性もあるということです。このように長寿となった皆さん生涯健康で、介護が必要ではないという生活を続けることが出来れば、どんなに良いでしょうか。
しかしながら、厚生労働省の調査では平均で男性が約9年、女性が約12年の長い期間で要介護の状態になることが報告されています。そこで最近では、要介護状態になる前の健康寿命を延伸する取り組みが加速されつつあります。
このような取り組みに十分な成果が出ているか?という疑問を持たれる方も多いと思います。その答えは現時点ではノーです。1991年と2011年を比較した世界的な調査において、20年間で全体の平均寿命が男性は4.7年、女性は4.1年ほど延びていたと報告されています。この内訳を確認すると男性の4.7年延びた寿命のうち、健康寿命は1.7年(36.3%)しか延びていない、女性に至っては4.1年のうち0.2年(5.0%)しか延びていない状況です(図2)。これらの状況を解決するために、令和の現代では老年症候群の中でもフレイルに注目が集まっています。
フレイルとは
フレイルとは虚弱という意味の言葉で、「健常と要介護の中間の状態である」とされます(図3)。図に示している通り健康寿命の中に含まれますので、痛みなど自分が知覚する症状はほとんど無いことが特徴です。
ただし、身体的フレイルにはここに挙げるような項目が含まれます。①歩く速度が遅くなる、②握力が弱くなる、③疲れが取れない、④意図せずに体重が減る、⑤運動の習慣がないという5つの項目です(図4)。このうち、3つ以上に当てはまる場合に身体的フレイルと判定されます。また、1~2項目に該当した場合はフレイルの1つ手前という意味でプレフレイルといいます。
フレイル、プレフレイルともに健常の方と比較すると比較的近い将来の要介護となるリスクが高くなります。具体的には、現在から2年間の要介護発生リスクがフレイルは4.65倍、プレフレイルは2.52倍に増加することが報告されています(Makizako et al. 2015)。そのため、フレイルにならないための予防が非常に重要です。
このフレイルの有症率(該当する率)は、加齢とともに増加します。前期高齢者では有症率7.0%前後ですが、75歳から79歳では有症率16.0%、80歳以上ではなんと有症率は34.9%にも昇ります。
ただし、身体的フレイルは図4の①~⑤を見ていただくと分かるように運動、栄養、社会参加などの取り組みで改善が可能な項目で構成されていますので、「フレイルかな?」と気づいた時に日常生活で改善に取り組むことでフレイルを脱却することも期待できます。国内外で、身体的フレイルから改善させる有効な方法について研究や実践がされており知見が集約されてきています。
フレイル対策や予防について
身体的フレイルの対策や予防は、大きくまとめると「運動・栄養・社会参加」の3つが非常に重要です。運動はフレイル診療ガイド2018においても「歩行、筋力、身体運動機能、日常生活活動度を改善し、フレイルの進行を予防し得るため推奨される」と記載されています。
歩行とは、ウォーキングのことを指しますが、早歩き程度のウォーキングを行うことが大切です。早歩き程度とは「隣の人とお話をしながら歩くと息が切れるくらいの速度」と覚えてください。人によって早歩き程度の速度が違いますので、このポイントは知っておくと良いです。また、身体的フレイルだけでなく、様々な疾患を予防する効果がウォーキングにはあります。どれくらいの時間歩くと良いかについては年代によって異なります。一般の成人は1日60分(約8000歩)以上、高齢者は1日40分(約6000歩)以上が推奨されています(厚生労働省)。
また、筋力トレーニングは成人・高齢者に関わらず「週2~3回」行うことが推奨されています。筋力トレーニングの注意点として、急に重たい負荷から始めるようなことは絶対にしないでください。少しずつ自分の調子を見ながら負荷量を漸増的(徐々)にあげていきましょう。
身体的フレイルに限った運動介入効果のシステマティックレビューでは、運動+サプリメントや認知機能改善トレーニングでは効果が確認できなかったとしており、唯一、グループによる運動を行うことで身体的フレイルの改善効果があったとしています(Apóstolo, J., et al. 2018)(図5)。
なぜグループで運動すると効果があるかと疑問に持たれるかもしれません。それについては、自分に置き換えると非常に理解しやすいと思います。痛みがあるわけでもない、大会に出場するわけでもないけれども運動を継続しようと思ったら、なかなか1人で続けられないと思ませんか?お互いに声を掛け合い、競い合い、励まし合いフレイル改善や予防に向けた取り組みを行うことで継続できる可能性が高まります。
皆さんがお住まいの地域でも行政や有志が行っている運動教室は有るはずです。少し勇気を出して、そのようなところに通い始めることも良いかもしれません。また、直接の運動機会にはならないかもしれませんが、通いの場やふれあい喫茶に歩いていく、同じ趣味を持つ人同士で趣味活動を積極的に行うというようなことも非常におすすめです。
栄養については、運動の効果を高めることが期待されるため栄養補助製品やタンパク質摂取が推奨されています。体重1㎏あたり1g以上のタンパク質摂取をすることが大切になります。肉、魚、大豆製品などを積極的に食べましょう。簡単な食事で済ますと炭水化物の摂取比率がどうしても増えやすくなりますので、その点に注意して栄養摂取を心がけましょう。
身体的フレイル以外の様々なフレイルについて
ここまで身体的フレイルについて解説をしました。実は、フレイルは様々なタイプが近年提唱されてきています。そのどれもに共通することは、将来の要介護リスクが高くなるという点と、改善が可能であるという点です。
まず、オーラル(口腔)フレイルという概念があります。口腔機能の低下や食の偏りなどを含んだ、身体の衰えの一つと説明されます。いつまでも自分の歯で美味しい食事を摂れるようにすることは、栄養摂取ということだけでなく将来の要介護発生リスクを低下させてくれるかもしれません。定期的な歯科受診も重要なフレイル対策となり得ます。
次に、精神・心理的フレイルは不安・抑うつ・認知機能低下などが生じている状態で、かつ身体的フレイルを有症していることを指します。身体的な機能低下と精神・心理的な悪化は関連性が指摘されているので、身体機能のチェックだけでなく、精神・心理面のチェックもフレイル対策には重要です。
最後に社会的フレイルは、独居や友人、家族との接触機会が少ないこと、外出頻度が減るなどにより、要介護発生リスクが高まるとされています。ただし、この社会的フレイルは定義や捉え方について議論がなされている最中ですので、参考程度に知っていただくと良いかと思います。
まとめ
老年症候群の中でも身体的フレイルを中心にお話をしました。人生100年時代において要介護状態となる前の段階で予防に取り組むことが、フレイル予防であると言っても良いでしょう。シニアライフを楽しむためにも「運動・栄養・社会参加」、この3つの視点で楽しみながら継続出来るフレイル予防を、是非、明日から実践しましょう。