高齢者のデジタル活用と介護うつ予防~高齢者虐待防止をも鑑みて~

高齢者のデジタル活用と介護うつ予防~高齢者虐待防止をも鑑みて~

超高齢社会に伴い介護鬱になってしまう介護者の方が増えてきています。デジタルを活用した介護鬱、高齢者虐待防止の取り組みをご紹介します。

小川孔美 准教授
埼玉県立大学 保健医療福祉学部 社会福祉子ども学科
看護師・社会福祉士・介護支援専門員/教員
日本保健医療福祉連携教育学会・日本高齢者虐待防止学会・日本社会福祉学会
看護師としてかつて国立精神・神経センター国府台病院(現、国立国際医療研究センター国府台病院)、国立がんセンター東病院(国立研究開発法人 国立がん研究センター 東病院)にて勤務後、埼玉県立大学所属、現在に至る。
高齢者福祉、高齢者虐待防止、専門職連携教育(Interprofessional Education)&専門職連携実践(Interprofessional  Work)に関する研究を主とする。
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2024年以降の超高齢社会とは

2023年9月「敬老の日」に発表された総人口に占める高齢者人口の割合は29.1%と過去最高となり、75歳以上人口が初めて2000万人を超えました1)

2025(令和7)年には、第一次ベビーブーム期〔1947(昭和22)年~1949(昭和24)年〕に生まれた「団塊の世代」全てが、75歳以上の後期高齢者へ、さらに2040(令和22)年には、「団塊の世代」のこども世代として第二次ベビーブーム期〔1971(昭和46)年~1974(昭和49)年〕に生まれた「団塊ジュニア世代」全てが65歳以上となり、2070年には65歳以上の割合が38.7%となる見通し2)です。

介護と介護うつ

75歳以上になると要介護の認定を受ける人の割合が大きく上昇することはかねてより知られており、今後、認知症の高齢者、高齢者単独世帯、高齢者夫婦のみの世帯の増加が推計されている今、老々介護、8050問題やヤングケアラーなどの介護課題に真摯に向き合うことが求められています。

介護保険制度は施行から今年24年目と間もなく四半世紀を迎え、高齢者の日々の生活や介護になくてはならないほど発展してきていますが、高齢者の介護度が「要介護4」では45.8%が、「要介護5」では5.7%がほとんど終日、同居する家族などが介護を行っており、介護や看護を理由に離職する女性は、7.5万人にものぼり、今でも全体の75.8%を占めています3)

かつて女優の市毛良枝さんは次のように語っています。

「介護うつでは」と思うようになったのは50代後半ごろだ。

毎シーズンのように続いたドラマ出演が途切れ、仕事が暇になり始めたことがあった。

もともと俳優は「向いていない」。一人になりたい、とマンションのチラシを眺めたこともあるが、他人に介護を任せられなかった。どちらかを取るなら、俳優をやめれば楽かもしれないけど、

母がいなくなった時に戻る場所がないし、自分の人生も終わっちゃう――。

「そう考えて、うつっぽくなったんです」

お母様のリハビリ支援や自宅での介護負担がのしかかり、今まで頑張っていた仕事をやめようかどうしようかと迷うときにうつのような症状に悩まされたと話しています。

また、認知症の実母を自宅で介護し、13年間うつ病に苦しんだ経験をまとめた「“介護後”うつ」の著書がある安藤和津さんは、当時の状況を以下のように語っています。

「母の変化が病気のせいと知って、心が救われた。でも、母に『死んでほしい』とまで思ってしまっていた自分を責めもした」

罪悪感すら原動力とし、安藤さんは献身的な介護にのめり込んだ。仕事、子育て、家事、そして寝たきりとなった昌子さんの介護。寝る間もない日々に、心と体が悲鳴を上げ、うつ病と診断された。(途中略)介護が終われば、うつも終わると考えていたが、悪化した。

「燃え尽き症候群だった。孤独感、被害妄想がひどく、楽しいという感情がなくなってしまった。介護中よりつらかった」5)

うつ病は「気分がひどく落ち込んだり何事にも興味を持てなくなったりして強い苦痛を感じ、日常の生活に支障が現れるまでになった状態である。こうした状態は、日常的な軽度の落ち込みから重篤なものまで連続線上にあるものとしてとらえられていて、原因についてはまだはっきりとわかっていない。」6) 病気です。

精神的、肉体的ストレスをため込み、睡眠が十分にとれていない状況が続くなどで発症しやすいことから、「介護の心構え 4つの鉄則」として、

①睡眠時間の確保

②“推し”でストレス解消!

③親スイッチを切り替える

④抱え込まない7)

等が挙げられています。

介護におけるストレスと高齢者虐待

ここで、令和 3 年度「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」に基づく対応状況等に関する調査結果」をみてみましょう。

養護者とは、金銭の管理、食事や介護などの世話、自宅の鍵の管理など、何らかの世話をしている者で、高齢者の世話をしている家族、親族、同居人等も含まれます。

令和3年度に全国で受け付けた養護者による高齢者虐待に関する相談・通報件数は36,378件と前年度より604件(1.7%)増えています。

虐待が発生した要因として最も多いのは、被虐待者の「認知症の症状」(55.0%)、次に虐待者の「介護疲れ・ 介護ストレス」(52.4%)、以降、虐待者の「精神状態が安定していない」(48.7%)、「被虐待者との 虐待発生までの人間関係」(47.3%)等8)が上位を占めており、いかに介護におけるストレスをためないことが重要かを物語っています。

介護うつにならないための地域での取り組み

うつは精神的疾患であり、死亡の危険性が高い疾患の一つでもあります。

うつは、自分自身でも気づきにくく、そして、周囲からも気づかれにくいことから、健診(検診)や地域における健康教育、家庭訪問等のあらゆる機会を活用して、うつ傾向にある方を早期に発見し早めに対応できる環境を整えるため、重症化予防や、うつの予防のために孤立を防ぐ地域づくりが行われています。

とりわけ高齢者の方は退職や老化にともなって仕事を失う、家族や社会との交流の減少、家族内役割の喪失や、今までできていたことができなくなり、他人に頼らなければならないことへの自己嫌悪、さらに、配偶者との死別、友人や近隣者の死といった身近な人、親しい人の喪失等を多く経験することから、「年齢を重ねると誰でもうつっぽくなるからね」などと済まされることが多くなります。

高齢者の老化やライフイベントに伴う身体的、心理的、社会的体験は、社会からの孤立につながり家に閉じこもり、その結果うつ状態が強まってくる可能性もあります。

閉じこもりや社会的な孤立を予防し、気晴らしや生きがいにつながるような人間関係を豊かにする場づくり、また、高齢者がいつでも相談できる機会を設けることが大切9)です。

 

相談の機会確保とデジタル活用

介護について悩んだときに相談する場所として、例えば認知症の人やその家族が気軽に集まり、地域の人や専門家とつながりを持つ「認知症カフェ」や、住民主体の通いの場などが作られています。

しかし、2023年より新型コロナウイルス感染症の感染症法上位置付けが季節性インフルエンザと同じ「5 類」に変更となっても、対面で会って話をすることに懸念が残る人や、実際に介護をしている方はそのような場に行く時間を確保しづらい方もいらっしゃいます。

新型コロナウイルス感染症のパンデミック時、不安、うつ病、ネガティブな感情から、自殺行動に至るまで、さまざまな心理的反応によってもたらされるメンタルヘルス問題が引き起こされました。英国を拠点とする調査では、78%の人がパンデミック時、人と会えず情報を手にしにくい状況の際、デジタルスキルの必要性が高まったと回答10しています。

本記事を読んでいらっしゃる皆さまは、スマートフォンなどデジタル機器は十分に活用できていらっしゃいますか。

筆者が高齢者の方を対象に行った調査11では、スマートフォンを持っていても、電話機能とちょっとしたメッセージを送るショートメール機能しか使えていない方が多くいらっしゃいました。

一方、デジタルスキルを上達させ、lineなどのアプリを使いこなし仲間と連絡を取り合い、情報を検索したり、友達と共有することなどができるようになっていくと、自信がつき、生き生きとされ、ネガティブな感情から抜け出せた方もいらっしゃいました12

今、地域では「地域支え合い会議」のなかでスマートフォンの活用を教え合う場なども広がってきています13。高齢者のデジタルデバイドをなくし、自身が今介護をしているなかでの辛い気持ちを発信し共有したり、より気軽にアドバイスをもらえる環境を確保すること、また、今必要とする情報にタイムリーにアクセスできるようにすることも、介護うつにならないために、また介護うつを減らすために必要な対策と言えるでしょう。

引用・参考文献

1)総務省統計局「統計トピックスNo.138 統計からみた我が国の高齢者-「敬老の日」にちなんで

-.2023.9.17.

https://www.stat.go.jp/data/topics/pdf/topi138_summary.pdf (参照2023.12.9)

2)厚生労働省「令和5年版 厚生労働白書」P3.

https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/22/dl/zentai.pdf (参照2023.12.9)

3)内閣府「令和5年版高齢社会白書」P31-32

https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2023/zenbun/pdf/1s2s_02-2.pdf

(参照2023.12.9)

4)朝日新聞デジタル(2020.9.26)『市毛良枝さんの「反骨精神」母の介護で変わった仕事観』

https://digital.asahi.com/articles/ASN9T338TN9QULFA00F.html?iref=pc_ss_date_article

(参照2023.12.1)

5)朝日新聞デジタル(2019.2.7)「介護後うつだった安藤和津さん 大先輩の言葉が支えに」

https://digital.asahi.com/articles/ASM25571YM25UBQU00S.html?iref=pc_ss_date_article

(参照2023.12.1)

6)厚生労働省「うつ対策推進方策マニュアル-都道府県・市町村職員のために-」

https://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/01/s0126-5.html#1 (参照2023.12.1)

7)NHK健康チャンネル(2023.3.31)「介護うつを予防する “大介護時代”に備える!」

https://www.nhk.or.jp/kenko/atc_1496.html (参照2023.12.1)

8)厚生労働省.令和 3 年度「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」に基づく対応状況等に関する調査結果. https://www.mhlw.go.jp/content/12304250/001029243.pdf

(参照2023.12.1)

9)厚生労働省 慶應義塾大学保健管理センター 研究班長大野 裕(2009)「うつ予防・支援マ

ニュアル(改訂版) 」. P6.  https://www.mhlw.go.jp/topics/2009/05/dl/tp0501-1i_0001.pdf

(参照2023.12.9)

10)Panagiotis Spanakis, Emily Peckham,Alice Mathers,David Shiers,Simon Gilbody. The digital divide: amplifying health inequalities for people with severe mental illness in the time of COVID-19, 219 (4) (2021), pp. 529-531.

11)小川孔美(2023)スマホを活用した地域課題の解決や生活の質の向上をめざす支援の検討―学生と地域住民がともに学ぶスマホ使い方教室の取組からー. https://www.spu.ac.jp/Portals/0/News%20file/sangaku/kenkyu/ittaitekisuisinjigyou/houkoku_ogawa.pdf. (参照2023.12.9)

12)小川孔美(2023)「シニア世代がもっと楽しくスマートフォンを活用するために―学生と地域住民がともに学ぶスマホ使い方教室の取組から」2022年度埼玉県立大学教育・研究・地域連携の一体的推進事業報告書. (参照2023.12.1)

13)越谷市「各地区の地域支え合い会議について」

https://www.city.koshigaya.saitama.jp/kurashi_shisei/fukushi/koureisha/chiikinosasaeai/sasaeaikaigi.html.  (参照2023.12.1)

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