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  • 【公開日】2024-03-18
  • 【更新日】2024-03-18

「選ばれる」「質の高い」介護福祉施設にする為には

「選ばれる」「質の高い」介護福祉施設にする為には

介護人材不足が深刻な現代において、人材確保の為の工夫や業務の効率化は必要不可欠です。そんな悩める介護福祉施設に向けたヒントをご紹介します。

山路 学 講師
長崎総合科学大学 総合情報学部 総合情報学科 マネジメント工学コース
日本経営工学会
電気通信大学大学院情報システム学研究科博士後期課程満期退学。早稲田大学人間科学部助手、青山学院大学理工学部助手を経て、2018年より現職。専門は社会情報システム学。生産管理を中心にものづくりやサービスの質に関する研究に従事。
研究詳細は、HPから。
https://www.it.nias.ac.jp/yamaji/index.html

介護事業の現状

近年の日本では、様々な業界で人手不足がさけばれていますが、介護職においても例外ではありません。むしろ介護職は長年この問題に直面していたといえます。2021年度の2職種(訪問介護員、介護職員)の離職率は、14.3%(前年14.9%)でした。国を挙げて多くの施策を行うことによって、離職率は、2007年をピークに低下傾向にあります[1]。これは、日本全体から見ると平均的な数値です。

ただ一方で、介護事業所全体の人材の不足感は、施設の約60%が人材不足を感じていることが示されています。その現状からか7割弱の事業所で65歳以上の労働者を雇用している現状があります。さらに、今後、全国で約30万人以上の介護関連職員が不足しているといわれています[2]。少子高齢化が進む日本では、施設数の増加も相まって、今後深刻な問題となることは周知の事実であるといえます。

人材不足が進むと、施設間で人材の争奪戦が進むことは明らかです。近年の人材不足や施設間の競争激化に加えて、コロナ下の感染防止から利用控えが進んだほか、物価高の影響で事業継続を断念する介護事業者が増えてきました。介護事業者の休廃業・解散は、2018年度の介護報酬プラス改定で先行きに明るさも出て、2019年は395件に減少していましたが、2020年は新型コロナ感染拡大による利用控えや感染防止の対策費用などが負担となり過去最多の455件に増加していました[3]。

それぞれの施設はできる限り頑張っているのですが、どうしても利用者、職員から選ばれる施設にならないと悩んでいる施設関係者が多く見受けられます。では福祉施設は、何をしなくてはならないのでしょうか?働き手不足に着目すると、多くの施設で以下のような悩みを抱えていませんか?

・採用コストがかかる。
・求人に対しての応募が極端に少ない。
・中途採用が多く、経験・能力のバラツキ。
・採用しても定着しない。
・職員の問題解決能力が高まらず、サービス品質の向上が困難

選ばれる施設を目指して

一般的に、このような課題に上から順番に対応していませんか?コストをかけて、求人募集をしたけど、思い描いた人材があまり集まらず、採用した結果、あまり戦力にならず、すぐに退職されてしまう。このような負の連鎖起きていませんか?

このような場合、逆から考えるとうまくいく可能性があります。職員の問題解決能力を高めて、サービスの質を上げるのです。介護サービスの質を高めることは、ミスをなくすこととも言えます。ミスがなくなると、同じことをもう一度することや、そのためのフォローをするコストがかかります。さらには、ミスをした人の評価が下がり、施設の評価も下げかねません。

ミスをなくすことで、そのフォローに費やしていた時間や人を正規の介護に費やすことができ、より良い介護サービスへとつながります。つまり、介護サービスの質を高めることで、時間、人、金銭的コストの効率化が図られ、本来の介護サービスの控除へとつながります。これにより、仕事へのやりがいを見出すことができ、魅力ある職場となることで、職員の定着、新規職員の獲得へとつながります。あらには、自身の職場でどのような人材を獲得するべきかの方針を明確化することで、独自の採用も可能となるでしょう。

質の高い介護サービスとは

介護サービスの質の向上のためには、職員視点から顧客視点への変化が必要です。さらに職員個人の取り組みでは難しいため、組織全体の問題解決としてとらえることが重要です。図1は一般的な福祉施設の仕事担当とその業務の例を表しています。図中には,介護計画~介護技術~介護提供に至る代表13部門とそれらの仕事目的を示しています。

具体的には,介護企画~介護技術,人材育成~食事,栄養管理~送迎~営業~サービス・市場調査 に至る循環的なビジネスプロセスの各段階で,どうありたいか~何が必要か~何をサービスとするか~どうやってサービスを行うか~うまくサービスができるか~どうやって提供するか(よろこんでいただけるか)~どうだったか、それらのミッションが最善になるように協創的に連携し、仕事の信頼性を高める活動、いわゆるトータルマーケティング活動することが大切になります.

図1.介護サービスの仕事

ここで,介護サービスにおけるクレームや事故が発生することに対して、信頼性の考え方について確率論を用いて考えます。まず、各部門の仕事の質を信頼度(確率)で捉えます。例えば、仕事をする上で、100回に1回何らかのミスをするとしたら、99%の仕事の信頼性があると考えます。施設を利用する人は、先ほど示したように様々な人から様々なサービスを提供されます。これらのサービスをすべてミスなく受けられるためには、その部門からのサービスもミスなく提供されなければなりません。つまり、施設全体でミスなくサービスの提供が行わなければなりません。

信頼性の考え方として、例えば、99%の仕事をする人が2人いた場合、2人からミスなくサービスを受けられる確率は、0.99×0.99=0.9801となり、約98%の確率でミスなくサービスが受けられます。つまり、約2%、100件に2件程度ミスが起こりうると考えられます。関わる部門や人が増えるとこの計算が繰り返されます。3部門がかかわると0.993=0.99×0.99×0.99=0.970299となり97%のサービスとなります。

では、施設全体(13部門)ではどのくらいのミスが起こりうるのでしょうか?どのくらいミスが起こりうるかを総合不信頼度としてケース1~6として例示します(表1)。各部門の引継ぎなどの連携(情報伝達率)では連絡漏れなどがないとし、1.00(100%)と仮定する時、ケース1では1部門の仕事の信頼性が1000回に1回のミスである99.90%であっても、全体の不信頼度で、1.3%のクレームやミスが施設で発生します。約100回に1回何らかのミスが起こることになります。

ケース2(99.00%/部門)では、1人が100回に1回のミスを起こすとすると、施設全体ではクレーム率が12.2%となります。10件に1件は何らかのミスが起こっていることになります。ケース3(95.0%/部門)ではクレーム率が48.7%へ,ケース4(90.0%/部門)では74.6%となります。このあたりになると日常の業務がほとんどミスへの対応となってしまいます。

さらに、ケース5では,12部門が99.99%の高信頼度に仕事をしていても、1部門のみが新人や未熟練者で仕事の質が高くない(50%)の場合は,全体としての不信頼度は50.01%となり,この場合も施設の信頼性を損なうこととなります。
一方で、ケース6(99.99%/部門)の場合は、ひとりひとりが1万件に1件のミス程度の仕事をすると総合信頼度は99.88%となり,約1000件に1件のミスとなります。

表1.13部門の仕事の信頼性[4]

 

このように、クレーム等を防止するためには全体として高い信頼性の仕事が重要かを示しています.施設内で連携があまりうまくいかず、引継ぎがうまくいっていないなどの、部門間の情報伝達率が悪いとさらに総合信頼度は低下することは明白です。さらに、サービスの場合は、同じサービスでも、相手によって対応を変化させなければならないことも多く、利用者が不快にならず、笑顔でサービスが受けられるよう、仕事の質を高めるためには、ひとりひとりのレベルアップとともに、施設全体で取り組んでいく必要があります。

質の高い福祉サービスを目指して

では、職員の問題解決能力の向上はどのようにしたらよいのでしょうか?比較的、職員研修を行っている福祉施設の意見としては、以下のようになります。

現状の研修

・専門技術や資格のための研修は充実している。
・コロナの影響によりオンライン化が進み、より受けやすくなっている。
・老健協会などから、費用、交通費、宿泊費代がでる。
・最新テクノロジーの研修は、業者が行っている。
・新入社員の技術能力の差が大きいため、キャリア支援、資格支援が重要である。

今後の研修への要望

・レクリエーション、手話、介護用具コーディネーター、カメラなどの、利用者とのコミュニケーションを促進するための研修はやりたい。
・経営、住環境、装具、リハ用具など、介護の質を高める研修も欲しい。
・現場の人たちの他施設との横のつながりが欲しい。
・職員間での利用者やその家族の情報を共有したい。

このような現状をとらえ、ある施設で問題解決能力を高める研修を行いました。基本的には、施設職員は全員参加で行い、施設長も同席の上研修を行いました。これは、その場で決まったことを、できるのかできないのかを、即座に判断してもらうためです。

施設で働く職員が日々どのように考え,課題に取り組んでいるのかを検討し,互いに情報共有しながら問題を解決する研修を行いました。さらに,この活動の効果を,特性的自己効力感尺度自尊感情尺度を用いて測定しました。

その結果、デイサービスにおける取り組むべき課題を明確にするため,職員を対象とした連関図法を用いた活動を行いました(図1)。ここで得られた課題を,有効性,実現可能性,発展可能性を考慮して取り組むべき課題を選定しました。その結果,(1)業務プロセスの見直し,(2)靴箱利用法,(3)服薬確認,(4)申し送りが課題として挙げられました。

図2.介護業務における課題連関図

業務プロセスの見直しでは,図2のように昼食後にコーヒータイムを設けました。この間、利用者は好きな飲み物を、雑談をしながら飲んでもらうことにしました。すると、食事の後に時間があることで、食事介助、口腔ケア、トイレなど職員の負担が多い作業の段取りを検討することができるようになりました。また職員も変更前は昼食を抜いてしまうことが多かったが、食事をとることができ、職員間の連携もとれるようになってきました。職員,利用者にゆとりができ、その後の業務が効率的に行われ、結果として送迎時間のばらつきが減り、休憩時間も多くとれるようになりました。

実際に行ったことは、30分のコーヒータイムを設け、そのための各種飲み物をそろえただけで、ほぼコストはかかっていません。この飲み物も、施設の売店で販売しているものから選んでもらうため、レクリエーションの一環としています。

図3.介護業務プロセスの改善

この取り組みは、自分たちの施設の課題を、自分たちで解決することで、変更したことを実行し続けることができます。そのためには、自分たちで考える方法を身に着けることが重要です。さらに自分たちで考え、改善すると決めたことを施設長などの意思決定部門が、しっかりと後押しをしてあげることがさらに重要です。

このようなことができている施設は、自然と魅力があふれてきます。利用者の雰囲気はもちろん、その家族にも影響するでしょう。何より働いている職員が、自身の施設に自信が持てることが、今後の福祉の発展につながると考えます。

【引用・参考文献】

1.公益財団法人 介護労働安定センター令和3年度「介護労働実態調査」
2.厚生労働省、第8期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数について、2019
3.東京商工リサーチ「2022年「老人福祉・介護事業」の休廃業・解散調査 」、https://www.tsr-net.co.jp/data/detail/1197335_1527.html
4.天坂格郎,サイエンスTQM,丸善株式会社,2007.