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  • 【公開日】2024-03-12
  • 【更新日】2024-03-12

介護施設におけるロボット活躍の可能性と普及に向けた課題

介護施設におけるロボット活躍の可能性と普及に向けた課題

有料老人ホーム,特別養護老人ホームなどの介護施設で,高齢者が,楽しく生活を続けていくために大事なことの一つが,レクリエーションです.しかし,介護施設は,慢性的な人手不足に陥っていることもあり,レクリエーションの実施に苦労しているケースもあります.そこで,私の研究室では,コミュニケーションロボットを活用したレクリエーション運用システムの研究開発を進めています.

以下では,介護施設におけるロボットの活躍例として,この研究について紹介します.この研究の狙いは,ロボットを利用することで介護職員の負担を軽減することですが,それよりも大事であると考えているのは,「ロボットによるコミュニケーションの活性化」です.

あわせて,後半では,介護ロボット全般について,そのメリットやデメリットについて説明するとともに,なぜ,介護ロボットが普及しないのかという問題についても考えます.

板井 志郎 准教授
広島工業大学 工学部電気システム工学科
計測自動制御学会,日本ヒューマンケアネットワーク学会,日本機械学会,ヒューマンインタフェース学会,など
早稲田大学理工学部機械工学科卒業後,同大学院で博士(工学)を取得,現大学には2021年に着任.日本ロボット・セラピー推進協会副理事長.専門分野は,ヒューマンインタフェース,介護ロボットなど.現在は,介護現場におけるロボットレクリエーションシステムの開発,介護データの分析などの研究に従事している.

・ロボットが居ることで,コミュニケーションが促せないか?

日本では,認知症に発症する方が増え続けていますが,2025年には約700万人(高齢者の5人に1人)が認知症になると予測されています[1].そして,その要因の一つとして指摘されていることが,「コミュニケーション量の低下」です[2].周りの人たちとの会話やコミュニケーションによっていかに脳を使うかが,認知症予防やその改善においては大切です.しかし,男性の高齢者は,集団の中で孤立してしまうことがよく見られます.これは,男性は,特に初対面の方と,会話のきっかけを作ることが苦手だからではないかと思います.男性は,目的がはっきりしないとコミュニケーションがしにくいのかもしれません.

また,介護職員も,コミュニケーションに対する意欲が低下している認知症高齢者と会話することについては,頭を抱えています.

そこで,介護施設で,コミュニケーションロボットを使うことを考えました.動物のような仕草をするロボットや,子どものような愛くるしいロボット,人型の会話ロボットなどを使って,レクリエーションを実施するのです.そうすれば,これらのロボットの可愛い動きなどがきっかけとなって,高齢者同士や,高齢者と介護職員とのコミュニケーションが活性化するのではないかと考えました.このようなロボットの役割は,劇作家の別役実さんが「道具づくし」[3]の中で書かれている「おいとけさま」と似ていると思います.「道具づくし」の中に,以下のような一節があります.

『「おいとけ」というのは、「放っておけ」という意味である。「そばにあっても気にするな」ということなのであり、その名の通りの存在なのだが、実際には、かなり具体的な効用のあるものであって、東北地方の山間部などでは、現在でもまだ使用されている。三人以上が集まれば座がなごむが、二人きりで対座するとなると、どうしても気詰まりだ、という感じは一般によく知られている。《おいとけさま》というのは、そうした二人きりの対座の時、座をなごますためにかたわらに置く、等身大の木彫の座像のことである。』

もちろん,この「おいとけさま」は全くの架空の話ですが,「おいとけさま」を,ロボットを使って現実のものにできればと考えています(図1).認知症高齢者の集まりですと,3人以上集まっても,気詰まりな感じが見られますので...

図1 「おいとけさま」の役割を果たしてくれるロボット

あわせて,ロボットをレクリエーションにおいて,司会役だけでなく,場の盛り上げ役・サクラ(おとり)役として活用することにも取り組んでいます[4].レクリエーションを実施する際に,このような役割を果たしてくれる高齢者を見つけるのに苦労しているという話を介護職員からよく聞きます.そして,該当者がいない場合には,介護職員が,司会役をしながら,場を盛り上げて,サクラも務めて,...ということになるのですが,これがつらいとのことです.そこで,ロボットが,ギャクを言ったり,わざと失敗したりして,レクリエーションの場を盛り上げるのです.ロボットのギャクがスベっても,介護職員が心を痛めることはありません(笑).

・シナリオ型ロボットレクリエーション

ロボット・セラピーの先駆者である浜田利満先生(筑波学院大学名誉教授)らと,試行錯誤している中で,たどり着いたのが,認知症高齢者を対象とした「シナリオ型ロボットレクリエーション」[5]です.これは,「ロボットとの触れ合い」,「ロボットと体操」,「ロボットとボールゲーム」,「ロボットと歌」を構成要素とする1時間程度で実施されるレクリエーションです(表1,図2).「ロボットとの触れ合い」では,自分の目の前にあるロボット(動物型ロボットや子ども型会話ロボット)が,ある意味「おいとけさま」になって,隣や向かいの高齢者,そばにいる介護職員とのコミュニケーションが生まれていきます.

表1 シナリオ型ロボットレクリエーションプログラム
順番 内容 所要時間(目安)
1 ロボットと触れ合い 15分
2 ロボット体操① 5分
3 ロボットとボールゲーム① 15分
4 ロボットと歌 5分
5 ロボットボールゲーム② 15分
6 ロボット体操② 5分
図2 シナリオ型ロボットレクリエーションの様子
(a)ロボットと触れ合い
(b)ロボットと体操
(c)ロボットとボールゲーム

その後,「ロボットと体操」で,ロボットとみんなが一緒になって体操することで,集団でコミュニケーションする雰囲気が生まれていきます.このような状態になってから,動物型ロボットにカゴを背負わせて自由に動かし,高齢者にボールを持たせてカゴに入れてもらい,得点を競い合う「ロボットとボールゲーム」を実施します.そうすると,このゲームが非常に盛り上がり,みんなで楽しめるのです.いきなり「ロボットとボールゲーム」を実施しても,なかなかうまくいきません.個人から集団へとコミュニケーションの輪を徐々に広げていくことが大事なのです.

このレクリエーションを,2週間に1回程度の頻度で継続的に実施した介護施設では,無気力・無関心,引きこもり,徘徊,暴言や暴力などの認知症のBPSD(行動・心理症状)の改善に一定の効果がある可能性があることも分かってきました.例えば,通常生活時と比較して,本レクリエーション中のコミュニケーション頻度は10倍程度増えることが分かっています(図3).

図3 コミュニケーション発生頻度の比較

あわせて,本レクリエーション実施においては,通常生活時と比較して,楽しみ, 関心,満足という肯定的感情の表出時間が,長くなることが明らかになっています.これらは,Philadelphia Geriatric Center Affect Rating Scale(ARS)[6]という認知症高齢者の感情を評価する手法や,顔画像による表情分析により調べています.

さらに,アンケート調査等から,本レクリエーションにより,普段,寡黙であったり,表情に変化がなかったり,無関心であったりする認知症高齢者から,通常の生活では見られないような興味や関心,能動的な行為を引き出せたことも確認できました.また,現時点では,本レクリエーションの効果であると断定することはできませんが,人間関係のトラブル問題行動が減ったとの報告も介護職員からありました.

・介護ロボットを活用する事によって受けるメリットやデメリット

介護ロボットは,これまで述べたレクリエーション以外にも,介助者(介護職員)に装着するパワーアシストスーツなどを活用した高齢者の「移乗支援」,高齢者の外出をサポートするなどの「歩行支援」,高齢者の「排泄支援」,高齢者のベッド上の動きを検知して異常があった場合に通知するなどの「見守り支援」,高齢者の「入浴支援」など,様々な分野で使用されつつあります.

介護ロボットの活用によるメリットは,使用する分野によっても異なりますが,一般的には,以下のようなことが挙げられます.

<メリット>
(1)介護者(介護職員)の負担軽減
(2)介護現場の業務効率化
(3)高齢者の心理的負担の軽減

(3)については,排泄や入浴介助などの介護は人間(介護職員)にしてもらうのは,恥ずかしいし,申し訳ないので,ロボットにしてもらう方が好ましいと感じている方にとっては,メリットになるということです.また,これまで述べたようにロボットレクリエーションでは,コミュニケーション不足の解消にもつながる可能性もあります.

また,デメリットについては,以下のようなことが一般的には挙げられます.
(a)ロボットの導入・維持・管理コスト
(b)ロボット操作のための職員教育の負担
(c)ロボットが介護することに対する抵抗感

(a)-(c)のデメリットについての対策は,介護ロボットの分野によって異なりますが,「シナリオ型ロボットレクリエーション」については,以下のようなことを,現在,検討しています.ただ,以下の対策は,他の分野においても通じるところはあると思います.

(a)については,シェアリングエコノミーの導入です.レクリエーションで使用するコミュニケーションロボットは,介護施設において常に使用するわけではありませんので,幾つかの介護施設で共有する仕組みを作ることが効果的です.

また,(b)については,介護現場では電子機器に慣れていない人も多いので,単純なボタン操作のみで,ロボットのセッティングから操作まで実現できる,マニュアルいらずの操作デバイスの開発に取り組んでいます.ただし,ロボットレクリエーションに関する介護職員への研修はどうしても必要になり,これを介護施設のみで行うことは大きな負担になります.そこで,「日本ロボット・セラピー推進協会」というNPO法人を設立し,(a)とあわせて,これらの問題に取り組んでいます.

また,(c)については,そもそも,全てをロボット任せにしないことが大事であると考えています.メリットの(1)と矛盾すると思われるかもしれませんが,例えば,レクリエーションの場面は,介護職員にとって,高齢者の個性を知ったり,親密な人間関係を築いたりするためのチャンスでもあります.全部ロボット任せにすると,これらの機会が失われてしまいます.現状において,介護ロボットは,あくまで,介護職員がより良い介護をするための道具であり,介護職員にとって負担の大きい業務を代行するものであるという考え方が重要であると思っています.

・なぜ,介護ロボットが普及しないのか?

現状では,介護ロボットが普及しているとは言い難い状況です.このような状況について,工場で使われる産業用ロボットはあれほど普及しているのに,なぜ介護ロボットは普及しないのかと,疑問を持たれているかもしれません.ただし,両者については,ロボットが使われる環境(ハード面:施設,設備など)とロボットを使用する人(ソフト面:人材,技術,意識)が全く異なっており,このことが介護ロボットの普及を妨げている大きな要因だと考えています.産業用ロボットが使われる工場は,ロボットを使用することが大前提であり,そのために最適化されています.そして,ロボットを使用する技術者は,ロボットの専門家であり,その作業手順もロボットに人間が合わせる形になっています.一方で,介護施設では,これらが満たされているとは言い難い状況です.

まず,介護施設は,ロボットを使用することを前提として設計されていません.そのため,通路が狭く,ロボットが通れないなどの問題が発生しがちです.また,介護施設は,電子機器に慣れていない人も多く,ロボットの専門家でもありません.そして,現状の多くの介護ロボットは,移乗から入浴・排泄支援,食事の介護,掃除,調理など介護に対する様々なタスクをする必要があるという介護職員の実態にあっていません.例えば,移乗において,パワーアシストスーツは,介護職員にとって非常に便利ですが,他のタスクをする際には,脱ぐ必要が出てきます.そうすると,着脱が面倒になるので,使わない方がよいという判断をされてしまう可能性が高いです.

つまり,介護ロボットを普及させるためには,ロボット開発メーカーが,これまでに述べたデメリットを解消することも必要ですが,介護現場の意識改革もあわせて必要です.介護現場においてロボットを受け入れる体制を,ハード面とソフト面の双方からどのように構築していくのかということについて考えていく必要があると思います.

・まとめにかえて

以上,介護施設におけるロボットの活躍の可能性についてご紹介するとともに,普及に向けた課題について説明してきました.介護ロボットには,業務負担の軽減や効率化だけなく,「コミュニケーションの活性化」など様々な可能性があります.本コラムを通して,介護ロボットについて関心を持っていただけましたら,幸いです.

【引用・参考文献】
1. 厚生労働省 「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」(2015)
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12300000-Roukenkyoku/nop101.pdf
2. G. Livingston, A. Sommerlad, V. Orgeta, S.G. Costafreda, J. Huntley, D. Ames, C. Ballard, S. Banerjee, A. Burns, J. C. Mansfield, and C. Cooper, “Dementia prevention, intervention, and care,” The Lancet, 390 (10113), pp.2673–2734, 2017.
3. 別役実(2001)『道具づくし』ハヤカワ文庫 NF 247.
4. 板井志郎, 浜田利満, 下田篤, 松本真紀(2020) 「ロボットを活用したレクレーション型言語リハビリシステムの提案」 『日本ヒューマンケア・ネットワーク学会誌』 18( 1), 72- 81
5. S. Itai, A. Shimoda, T. Yoneoka and T. Hamada, “Development of scenario-type robot recreation program for the elderly with dementia and its evaluation,” in Proc. IEEE 5th Int. Conf. on Universal Village (UV2020), Boston, MA, USA, Oct. 22–25, 2020, pp. 1-7.
6. M. P. Lawton, “Assessing quality of life in Alzheimer disease research,” Alzheimer disease and associated disorders, 11(6), pp.91-99, 1997