はじめに ~地域包括ケアシステムとは~
地域包括ケアシステムとは、重度な要介護状況になった後も、住み慣れた地域で自分らしい暮らしを最期まで送ることができるよう、「住まい・医療・介護・予防・生活支援」の一体的な提供を目指すものです。特に、医療と介護の連携が盛り込まれた点や、要介護状態になる前の予防が重視されている点が特徴です。一般的に介護施設の利用は75歳を超えると増える傾向にあり、団塊の世代(第1次ベビーブームの間に誕生した世代)が75歳以上を迎える2025年までの構築が目指され、来年に迫っています。
一方、地域包括ケアシステムは医療施設や介護施設の整備状況に依存し、構築方法も各自治体に委ねられているため、地域で格差が生じている点は課題です。特に、上記の施設の数が少ない中山間地域や島しょ地域での構築が大きな課題と考え、調査研究を進めてきました。今回は島しょ地域でも瀬戸内海地域に位置する島での地域包括ケアシステムの現状を紹介します。
島根大学総合理工学部建築デザイン学科
資格:博士(工学)/学会:日本建築学会、都市住宅学会、都市計画学会
山口大学大学院理工学研究科を卒業し博士(工学)を取得後、山口大学創成科学研究科助教を経て2018年より現職。専門は建築計画、高齢者福祉(特に通所介護)施設の計画。主な研究テーマは島しょ地域や山間地域での地域包括ケアシステムの構築に向けた取組み、空き家を活用した高齢者福祉施設整備、社会福祉法人や社会福祉協議会による山間地域での高齢者福祉施設の整備・運営の取組み。
島しょ地域における医療施設や介護施設の整備状況
日本には2023年時点で14,120島(本州、北海道、四国、九州、沖縄本島を除く)あり、内416島が有人島です。今回紹介する瀬戸内海地域は本州と四国、九州に囲まれており、155島が位置しています。
瀬戸内海地域では瀬戸大橋、明石海峡大橋、しまなみ海道を含め、多くの本州や四国と島を結ぶ連絡橋があります。島の面積は1㎢以下から100㎢以上と様々で、10㎢を超える島では本州や四国との連絡橋のある島が多い傾向にあります。連絡橋のある島では連絡橋を通じて本州や四国の自治体と連携を取ることが可能ですが、連絡橋のない島では1日当たりの船の便数が少なく他の島との連携は難しい状況にあります。
155島の医療施設や介護施設の整備状況を整理してみると、以下の表になります。
島数 | 医療施設 | 介護施設 |
67島 | 無し | 無し |
65島 | 診療所のみ(入院不可) | 無し |
10島 | 診療所のみ(入院不可) | 在宅サービスのみ(入院不可) |
13島 | 有り | 有り |
上の表を見ていただくと、医療施設の無い島は67島、介護施設の無い島は132島あることが分かり、医療施設、介護施設ともに無い島は67島と約4割に達しています。病院や老人ホーム等、入院や施設入居が可能な島は13島と8%程度で、多くの島では自宅での生活が困難になった場合は島を出なければならない状況にあり、住み慣れた地域での暮らしを最期まで続けることはできません。しかし、人口が少ない島では新たな施設をつくることは困難と容易に想像できると思います。
島しょ地域における地域包括ケアシステムの現状
2019年に瀬戸内海の島しょ地域を抱える55自治体に対し、地域包括ケアシステムの現状に関するアンケート調査を実施しました。回答が得られた35自治体の調査結果の一部を紹介します。
①地域包括ケアシステムでは「住まい・医療・介護・予防・生活支援」の一体的な提供を目指されていますが、自治体の政策で重視する項目は何ですか(複数回答可)。
「予防」94%、「生活支援」85%、「介護」79%、「医療」73%、「住まい」27%の結果になり、予防に対する意識は高く、住まいに対する意識は低いことが分かります。先ほど説明したように、施設入居できない島が多いため、要介護状態になるのを防ぐための予防に力を入れたい自治体の考えがうかがえます。
②介護施設の利用等の日常的な相談の窓口がない島での対応手段は何ですか(複数回答可)。
「本州や四国にある自治体の担当職員が電話により対応する」43%、「島内の民生委員が対応する」35%と高く、担当職員による島への訪問や、島内の支所の職員による対応等の直接職員が対応する島は10%程度の結果になりました。特に、船での行き来は時間の制約が大きく、本州や四国の職員は島への訪問が難しい状況にあります。
③日常生活で住民の助け合いはありますか(複数回答可)。
「住民が近隣の高齢者へ定期的に声がけする」76%、「職業つながりでの助け合いがある」42%と高く、「助け合いはない」は1島のみの結果になり、日常的に住民の助け合いがあることが分かります。島は海に囲まれ外部と遮断された環境であるため、独特なコミュニティが形成され、住民同士のつながりが深いと考えられます。
以上の結果から、自治体は予防への意識が高いことや、島民は施設によるサービス提供や自治体からの支援が不足する中でも住民同士助け合いながら生活していることが分かり、島では一つの生活支援の形ができていると考えます。
島しょ地域における地域包括ケアシステムに向けた取り組み
今回は診療所のみが整備された阿多田島での取組みを紹介します。
阿多田島は広島県大竹市に位置し、人口は238人(2023年時点)で、本州から船で35分の距離にあります。2014年に自治体が全島民にアンケート調査を実施し、サロンの開催の要望の声が多かったため、民生委員や元自治会長が主導で漁村センターでのサロン活動が開始されました。スロープの設置やトイレの改修が行われましたが、自治体が負担しています。サロンは体操やお茶会、手芸等が月8回行われ、島民の交流の場となっています。また、定期的に担当の職員も参加し、住民の健康状態を確認しています。
島民が集う場をつくることは、島民の交流の幅が広がり住民の助け合いにつながり、市職員は島民の様子の把握が容易になるため、1つの先進的な取組みと考えます。また、介護予防に力を入れたい自治体と島民の要望がうまくかみ合った事例です。
おわりに
今回は島しょ地域での地域包括ケアシステムの現状を紹介しましたが、今後人口減少や少子高齢化が進み、島しょ地域と同じ状況に置かれた地域が増加すると考えられます。人口が減少すると、施設が減少し最終的には住民の活動に委ねられることになります。
島しょ地域では日常生活から住民同士の交流や助け合いができているため、1つの生活支援の形が構築できています。しかし、自宅での生活が困難になった際は島を出ないといけない状況に変わりはありません。島しょ地域を抱える多くの自治体では介護予防に力を入れたいと考えており、自治体はいかに島民の身体的機能の維持につながる取り組みを形にするのかが求められています。