今回は、高齢者社会におけるヘルスプロモーションの現状と重要性についてお伝えいたします。
大東文化大学 スポーツ・健康科学部スポーツ科学科
博士(健康福祉)、健康運動指導士、 パラスポーツ指導員上級 など
日本体育・スポーツ・健康学会、日本スポーツ産業学会、日本学校保健学会 など
福岡大学体育学部体育学科卒業。国立身体障害者リハビリテーションセンター学院リハビリテーション体育専門職員養成課程(現リハビリテーション体育学科)卒業。
東北文化学園大学大学院 健康社会システム研究科 博士課程単位取得満期退学。
健康科学研究所勤務後、専門学校・短大・大学での学生教育、子どもから高齢者までの地域住民に対しての健康教室、健康なまちづくりを目指し、健康を支援する環境づくりの研究を行っている。
健康寿命とヘルスプロモーション
わが国の平均寿命は、1901(明治34)年からの100年間で、男性では44歳から+34歳、女性は45歳から+40歳も延びています1)。最新(2022年)の男性81.05歳、女性87.09歳の平均寿命2)は、今後も伸びると予測されています3)。ところが、長命化とは裏腹に、認知症や介護などの高齢者の抱える問題が顕在化しており、健康で長く暮らせる長寿を問う「健康寿命」の考え方が注目されています。
健康寿命は、2001年の初調査(男性69.40歳・女性72.65歳)からの18年間で、男性3.28歳、女性2.73歳、それぞれ上昇しています4)。しかし、平均寿命と健康寿命の差(つまり介護などが必要となる期間)は、2019年時点で男性8.73歳、女性12.07歳もあります4)。高齢社会におけるヘルスプロモーションの目的は、この差を可能な限り短くすることにあります。それは各人の幸せな人生につながるばかりか、社会全体の健康度維持にも寄与することでしょう。
ヘルスプロモーションは、教育的支援と環境的支援の両輪からなりたっています5)。つまり、各人が主体的に生活習慣を健康的に変容するように促す教育的支援と、社会的な仕組みによって個人の努力を支える環境的支援を同時進行させることが求められています。
高齢者の運動に対する教育的支援
普段からよく歩く人は、歩くことの少ない座りがちな生活習慣の人と比べて死亡率が低いことが明らかにされています6)。老年期における運動は、有酸素運動、筋力トレーニング、ストレッチングを行うとよいでしょう。厚生労働省から最近公表された「健康づくりのための身体活動・運動ガイド 2023」によると、一日40分以上のウォーキングが推奨されており、一日6000歩以上を目標にして日常生活の中で歩数を増やすことが望ましいとされています6)。
高齢者に多い転倒には、筋力低下が大きく関与しているので、筋力トレーニングを週に2~3日行うとよいでしょう6)。これに加えて、バランス、アジリティ、デュラルタスクのトレーニングを取り入れていただきたいものです。これらは、それぞれバランス、筋と神経の協調、認知機能の維持・向上に役立ち、筋力の増加と相まって転倒予防につながります。
このように老年期の運動は、「運動・スポーツ」というよりは「日常生活での身体活動量を高める」ことに焦点を当て、特別な運動機器を要せずに家庭で実践できる運動メニューを日々実践してもらう教育的支援が大切です。
高齢者の運動に対する環境的支援
従来の運動生理学の常識からいえば、一人で運動しても、仲間と運動しても、実施する運動の質や量が同じならば、効果に差が出ないと考えられていました。ところが、高齢者においては、仲間と一緒に運動することが運動効果を高めることが近年の研究で明らかになってきています。
週1回以上一人で運動する高齢者は、週1回以上グループで運動する人と比べて、4年後の要介護認定が1.29倍高いのです8)。小学校区ごとに高齢者のスポーツ組織への参加割合と1年間の転倒割合の関係を分析すると、参加する高齢者が多い地区ほど、転倒率が低いという相関関係が認められます9)。グループ活動をしている高齢者が多い地区ほど、要介護のリスクが低くなります10)。
また、運動をしていない高齢者と比べて、一人で週2回以上運動している人は、認知機能障害の発生リスクが22%低くなりますが、仲間と運動すると発生リスクが34%とさらに低下します11)。
環境的支援のさらなる強化
以上のように、一人で運動することは認知機能の低下や要介護になるリスクの軽減に有効ですが、仲間と運動することはプラスの相乗効果をもたらします。自宅近くで仲間とともに運動する機会を提供する社会環境をつくる環境的支援は、高齢者のヘルスプロモーションを推進する上できわめて重要な政策となります。
ヘルスプロモーションは、「絵に描いた餅」では意味がありません。継続的に運動を実践してこそ意味があります。しかし、厚生労働省の調査では、運動習慣のある人(1回30分以上の運動を週2回以上、1年以上継続)は65歳以上の男性で41.9%、女性で33.9%と、健康日本21(第二次)で定めた目標値(男性58%・女性48%)には達していません12)。各人の運動継続を支援する仕組みをつくる環境的支援が難しいことの左証といえるでしょう。
今回は地域への運動普及に関するヘルスプロモーションについて、とりわけ環境的支援の難しさを中心に論じました。これは、運動指導者だけで展開できるわけではなく、医療・福祉・教育・行政・地域など、さまざまな専門家たちが協力し合い、チームとして機能しなければ動きません。
こうした難しい現状を打破する新たなヘルスプロモーションが全国各地で模索されています。これらのなかから、限られた予算と人材、そして地域を問わず展開できる持続可能な施策が生み出されていくでしょう。世界で高齢化が進んでいるなかで、仲間と運動することを切り口にして、ともに支え合う「まちづくり」にもつながる社会モデルを創出し、わが国から世界に発信していくことが渇望されます。
1)厚生労働省. 完全生命表における平均余命の年次推移. 第20回生命表について. https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/20th/p02.html
2)厚生労働省. 令和4年簡易生命表の概況. 1 主な年齢の平均余命. https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/life22/index.html
3)厚生労働省.令和2年版厚生労働白書-令和時代の社会保障と働き方を考える-. https://www.mhlw.go.jp/stf/wp/hakusyo/kousei/19/index.html
4)厚生労働省. 健康寿命の令和元年値について. https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000872952.pdf
5)グリーンLW,クロイターMW.神馬征峰,岩永俊博,松野朝之訳.ヘルスプロモーションの現在と計画作りの枠組み.ヘルスプロモーションPRECEDE-PROCEEDモデルによる活動の展開.東京:医学書院;1997. 1-46.
6)Saint-Maurice PF, Troiano RP, Bassett DR Jr, et al. Association of daily step count and step intensity with mortality among US adults. JAMA 323(12): 1151–1160, 2020.
7)厚生労働省. 健康づくりのための身体活動・運動ガイド 2023. https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/001171393.pdf
8)Kanamori S, Kai Y, Kondo K, et al. Participation in sports organizations and the prevention of functional disability in older Japanese: the AGES Cohort Study. PLOS ONE 2012. http://www.plosone.org/article/info%3Adoi%2F10.1371%2Fjournal.pone.005106
9)林尊弘, 近藤克則, 山田実ら. 転倒者が少ない地域はあるか-地域間格差と関連要因の検討:JAGESプロジェクト. 厚生の指標61(7): 1-7, 2014.
10)伊藤大介, 近藤克則. 要支援・介護認定率とソーシャル・キャピタル指標としての地域組織への参加割合の関連: JAGESプロジェクトによる介護保険者単位の分析. 社会福祉学 54(2): 56-69, 2013.
11)Nagata K, Tsunoda K, Fujii Y, et al. Impact of exercising alone and exercising with others on the risk of cognitive impairment among older Japanese adults. Arch Gerontol Geriatr 107: 104908, 2023.
12)厚生労働省.令和元年 国民健康・栄養調査結果の概要. https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000687163.pdf