鶴見大学 歯学部 口腔衛生学講座
歯科医師、薬剤師 抗加齢医学会評議員ならびに専門医
日本抗加齢医学会、口腔衛生学会
北里大学薬学部卒業後、鶴見大学歯学部卒業。鶴見大学歯学部歯内療法学講座、高齢者歯科学講座、同大学附属病院アンチエイジング専門外来の主任を経て、現在,同大学口腔衛生学講座に在籍し、日本抗加齢医学会評議員・専門医、神奈川県歯科保健医療推進協議会委員、神奈川県歯科保健医療推進協議会目標評価・策定部会委員を務める。
口腔の健康と機能
口腔の健康は、単に歯の状態が良いことを示すものではなく、全身の健康に深く関連し、well-beingに不可欠なものであることから個人や地域社会に与える影響は大きいとされています1)。
その口腔の機能は多面的であり、話す、笑う、味わう、嚙む、飲み込む、そして喜怒哀楽を表すことからも、QOL(Quality of Life)の維持向上に必須な器官です。人生の終局まで楽しみとされる「食べる」「話す」は、寿命の延伸につながり、アンチエイジングに有効と鑑みています。
高齢者の口腔状況と改善策
わが国の主要死因であるNCDs(非感染性疾患)は、歯科疾患と共通のリスク因子を有する2,3 )ことが認められ、糖尿病と歯周病、健康寿命の延伸と残存歯数の関連など、口腔の健康が全身の健康やQOLの向上に大きく関連することから、国は生涯を通じた国民の主体的な歯・口腔の健康づくりを推進しています。
例えば、「80歳になっても歯を20本有すれば不自由なく食べることができる」と目標数値を定めた「8020運動」は約30年前に開始しました。当初の達成者は10%以下でしたが、令和4年の報告4)では51.5%と年々増えています。しかし、一概に喜べず、55歳以降ではほとんどの人がう歯を、約半数に歯周炎を有し、その割合は加齢に伴い増加しています。さらに、高齢者の齲蝕は歯の根に生じることが特徴的です。アンケート調査では、60歳代以上で「左右の奥歯でしっかりかみしめられない」と回答した者が4割を超えていました5)。これらのことから、過去と比較して高齢者の口腔内は歯を保有するようになりましたが、その歯は齲蝕や歯周病の問題を抱えていることがうかがえます。
齲蝕・歯周病の主な原因は細菌です。口の中を鏡で確認すること、そして自身の清掃には限界がありますので、定期的な検診と専門家によるケアを受ける習慣を身につけましょう。さらに、齲蝕予防はフッ化物の応用(洗口剤、歯磨剤)が功を奏しています。これらのグッズに助けてもらいながら、噛める歯をご自身で育てましょう。
オーラルフレイル予防によるアンチエイジング
フレイルは、健康と要介護の中間の状態(病気ではない)を示し、このときの適切な介入は要介護を防ぐことが示されています6)。
多面的な面をもつフレイルの一つに身体的フレイルがあり、口腔機能の低下が含まれています。フレイルの前兆であるプレフレイルは、口まわりの機能に現れ(気づき)やすくオーラルフレイルと称しています7,8)。
オーラルフレイルの定義は「老化に伴う様々な口腔の状態(歯数・口腔衛生・口腔機能など)の変化に、口腔健康への関心の低下や心身の予備能力低下も重なり、口腔の脆弱性が増加し、食べる機能障害へ陥り、さらにはフレイルに影響を与え、心身の機能低下にまで繋がる一連の現象及び過程」とされ、病気ではありません。口の虚弱であり、さささいな口腔の機能低下ですので、食べこぼしや、わずかなむせ、噛めない食品の増加、滑舌低下などです。
放置すると心身ともに機能低下に至りますので、エイジングが加速することは言うまでもありません。しかし、早期に気づき、口まわりの筋肉を鍛えることで改善する朗報9)もあります。年齢を重ねても口腔のリテラシーを向上させ、口のささいなトラブルに気づくことは、口腔の健康維持・向上への行動変容となり、結果として寿命の延伸ならびにアンチエイジングにつながります。早速、リスク判定をチェック10)し、対策11)に取り組み継続しましょう。
1)Petersen PE: The World Oral Health Report 2003.
2)Watt RG et al. Ending the neglect of global oral health: time for the radical action. Lancet. 394: 261〜272. 2019.
3)厚生科学審議会地域保健健康増進栄養部会次期国民健康づくり運動プラン策定専門委員会編:健康日本21(第2次)の推進に関する参考資料:厚生労働省, 2012.
4)厚生労働省:令和4年歯科疾患実態調査の概要. 2023. https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_33814.html
5)厚生労働省:令和元年国民健康・栄養調査. 2020. https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/eiyou/r1-houkoku_00002.html
6)Fried LP, et al: Frailty in older adults: evidence for a phenotype. J Gerontol A Biol Sci Med Sci 2001; 56(3): M146-56.
7)https://www.iog.u-tokyo.ac.jp/wp-content/uploads/2021/06/h26_rouken_team_iijima.pdf
8)https://www.jda.or.jp/dentist/oral_frail/pdf/manual_all.pdf
9)Shirobe M, et al. Effect of an Oral Frailty Measures Program on Community-Dwelling Elderly People: A Cluster-Randomized Controlled Trial. Gerontology. 2022;68(4):377-386. doi: 10.1159/000516968. Epub 2021 Jul 9. PMID: 34247160; PMCID: PMC9153353.
10)Tanaka T, et al. Oral Frailty Index-8 in the risk assessment of new-onset oral frailty and functional disability among community-dwelling older adults. Arch Gerontol Geriatr. 2021 May-Jun;94:104340. doi: 10.1016/j.archger.2021.104340. Epub 2021 Jan 19. Erratum in: Arch Gerontol Geriatr. 2021 Sep-Oct;96:104466. PMID: 33529863.
11)https://www.jda.or.jp/oral_frail/2020/pdf/2020-manual-all.pdf