日々の口腔ケア・歯科治療は大切です。本コラムでは、認知症の方の口腔ケア・歯科治療における重要性や介護者による対応方法について解説します。
学校法人神奈川歯科大学 全身管理歯科学講座 高齢者歯科学分野
日本歯科麻酔学会、日本口腔外科学会、日本有病者歯科医療学会、日本障害者歯科学会など
福岡県立九州歯科大学卒業後 奈良県立医科大学口腔外科にて、口腔外科、有病者歯科、障害者歯科診療に従事。その後、大阪大学大学院歯学研究科歯科麻酔科にて、口唇口蓋裂を中心とした小児麻酔などに従事。これらの分野を統合的に発展させた医療を行うべく、九州大学病院全身管理歯科を経て神奈川歯科大学全身管理歯科学講座にて高齢者歯科医療を展開している。
1.認知症について
認知症は、いったん正常に発達した記憶、学習、計画といった脳の知的機能が後天的な脳の器質障害によって持続的に低下し、日常・社会生活に支障をきたす状態を言います。現在、わが国では認知症の方は推計700万人以上といわれ、要介護状態に陥る原因の第一位となっています。
2.フレイルとサルコペニア
高齢になると、「何となく疲れやすい」、「食事が進まなくなり体重が減少してきた」、「屋外に出ることや人と交流することがおっくうになった」などの病気ではないが軽度の身体の衰えが経験されます。このように病気ではないが身体の衰えを感じる状態を「フレイル」と言います。
フレイルの診断には
1 体重減少:6か月で2㎏以上の(意図しない)体重減少 2 主観的疲労感:ここ2週間わけもなく疲れたような感じがする 3 日常生活活動量の減少:軽い運動・体操をしているか? 定期的な運動・スポーツをしているか? 4 身体能力(歩行速度)の減弱:通常の歩行速度<1.0m/秒 5 筋力(握力)の低下:握力:男性<28㎏、女性<18㎏ |
上記の5項目のうち3項目以上に該当すればフレイルと判断します。
フレイルの原因のひとつに「サルコペニア」があります。サルコペニアとは、加齢に伴う筋肉量(筋線維数)減少とそれに伴う筋機能の低下を示すもので、筋力低下による転倒の危険性の増加、糖質代謝に重要な組織である筋肉量の減少によるインスリン抵抗性の増加など高齢者の機能的自立を奪うさまざまな障害のリスクが増加し、要介護状態に陥りやすくなります。
3.認知症の方の口腔のケア・歯科治療の重要性
認知症の方がサルコペニアになると、嚥下に関係する筋肉の筋力低下から嚥下障害をきたしやすくなり、誤嚥を生じることが多くなります。認知症が進行し、日常の歯ブラシやうがい(セルフケア)が行えなくなると口腔内の細菌数が増加し、これらを誤嚥すると誤嚥性肺炎をきたしやすくなります。これらの予防のためには、日常の口腔のケアを介助し口腔内を清潔に維持することが重要になります。
多くの研究でも、高齢者に対し定期的な口腔のケアを行うと、肺炎や発熱が減少することが示されています。また、う蝕や歯周病が放置されていると、これらの原因菌が心臓疾患などの全身疾患を起こすこともあります。そこで、認知症の方の口腔のケアや歯科治療が重要となります。
4.認知症の方の歯科治療時の対応
認知症が進行すると日常の生活が行いにくくなり、介護にも拒否を示すことが多くなります。同じように、口腔のケアや歯科治療に対する拒否も多くなり、日々のケアが行いにくくなってきます。
認知症の方と接する場合の原則は、①高齢者のペースに合わせる。②なじみの環境で介護する。③生活リズムを崩さない。④問題行動を受け入れる。⑤感情の交流を大切にすると言われます。
認知症の方の歯科治療の際にも、①不安を取り除き、安心感を与える。②自尊心を傷つけず、問題行動や歯科治療への拒否反応にもさりげなく対応する。③自分では口腔内の異常を訴えることができないので、義歯による褥瘡など口腔内に異常がないかをよく観察する。④全身状態への配慮を行う。特に歯科治療時には注水を行うため誤嚥する危険性があることから、覚醒している時間帯に診療を行う、などが大切です。また、ご家族や介護者に対するインフォームドコンセントを十分行うようにしています。
5.重度認知症の方の歯科治療の現況ととりくみ
上記の対応によっても口腔のケアや歯科治療に強い拒否を示す認知症の方には、静脈内鎮静(最近では胃カメラの際に鎮静薬を注射して安静な状態で検査や治療を行う方法として普及しています)を併用して治療を行うこともあります。現在、多くの研究では、適切に管理された静脈内鎮静や全身麻酔により認知症が悪化する証拠(エビデンス)はないと考えられています。
最近では、居宅や施設に近隣の歯科医院が訪問診療されていることが一般的です。しかし、認知症の方が歯科診療に拒否が強く必要な治療が行えない場合は、われわれの施設にも多くの患者さんを紹介いただき、これらの方法を用いて口腔のケアや歯科治療を行っています。特に問題も発生していないことから、必要に応じて併用しても良い方法であると考えられます。