20代で親の介護が始まってしまうと、周りの友人が仕事やプライベートで変化していく中、自分は親のサポートが中心の生活になり、ふと「自分だけがなぜ…」と感じてしまう人は少なくありません。
20代での介護は、同世代に同じ経験をしている人が少なく、誰に何を相談すればいいのかさえ分からない状況に陥りがちです。
「自分の将来はどうなってしまうのだろう」「どう動くのが正解なのかわからない」と途方に暮れてしまうのも、ごく自然なことです。
「これからどうすればいいかわからない」と迷ったときのために、本記事では、あなたと同じように20代で親の介護に向き合い、悩みながらも少しずつ前に進んできた方々のリアルな体験談をご紹介します。
辛いときにどう動けばいいのか、頼れる支援や具体的な解決策もまとめました。あわせて参考にしてみてください。
20代で親の介護を乗り越えた人の体験談
20代で親の介護が始まると、「周りに同じ境遇の人がいない」「自分の将来はどうなるのか」と、不安に感じてしまう方は少なくありません。
ここでは、実際に20代という若さで親の介護に直面し、限界を感じながらも状況を打開した5名の方々のリアルな体験談をご紹介します。
・パターン①:限界まで一人で抱え込み救急搬送…。倒れて初めて気づいた「助けて」と言える勇気
・パターン②:我が子のオムツ替えと同じタイミングで始まった親の介護。「このままでは自殺してしまう…」と出した悲痛なSOS
・パターン③:味方であるはずのケアマネへの不信感。どんなにやっても「後悔は残る」から自分を大事にしてほしい
・パターン④:「施設に入れて距離ができるのは、本当に父が望んでいることなのか分からなかった…」という葛藤と気付き
・パターン⑤:「介護について何もわからない…」だからこそ気軽に吐き出すだけでいい
パターン①:限界まで一人で抱え込み救急搬送…。倒れて初めて気づいた「助けて」と言える勇気

・実施日:2026年3月
・形式:オンラインインタビュー
・お名前:佐藤さん(仮名)
・状況:佐藤さんは、大学院の博士課程に在籍していた20代前半に、母親の介護として「歩行の支え」「トイレへの付き添い」、その他の家事全般を行っていました。経済的な状況も芳しくなく、留学のために貯めていたお金などを切り崩して介護にあたっていたそうです。しかし、知らず知らずのうちに疲労とストレスが蓄積しており、ある日、ご自身が倒れてしまい、救急搬送されてしまいます。
自分のメンタルは強いと思い込んでいた。参っていることにすら気づかなかった
インタビュアー:当時はご自身の疲れや限界に気づいていなかったのでしょうか?
佐藤さん:自分のメンタルが強いとそれまで思っていて、『結構辛いことあっても大丈夫』みたいな感じで生きてきたので、そこまで自分が参っていることにも気づいていませんでした。肉体的には疲れを感じてたんですけど、精神的にはなんかこう『気合い!』みたいな感じで、まだまだ行けるみたいな感じだったので…。なので徐々にというよりも、精神的にプツンと切れてしまったという方が正しいかもしれません。私の場合は、本当に急に来てしまったという感じです。それで倒れてしまってそのまま入院という形に…
現実逃避をしてしまうほど、経済的にも精神的にも余裕がなかった
佐藤さん:入院した先の先生に『この2日、3日が山だから若いのにこんなことを言うのは酷だけど、今のうちに大事な人を呼んで会っておいた方がいいよ』って言われまして…。そこから友達や恋人などに連絡をして状況を話をしたら、みんなから『なんで言ってくれなかったの?』『こんなになるまで放置したらダメだよ!』とすごく言われましたね。
佐藤さん:本当に自分が倒れている場合じゃないのに…と考えてしまいました。経済的な余裕もない中で『介護にお金がかかってしまう』ということに囚われてしまっていたのかなと思います。介護という問題について考えなければ、調べなければいけないのに、ちょっとそれから目をそらしてるというか。家に帰ってきたらもうとにかく寝てしまったりだとか、そういう現実逃避のようなこともしてましたね。
自身の健康があってこそ介護は続けられる
インタビュアー:今は体調も回復されていますが、介護についての考え方は何か変わってきましたか?
佐藤さん:まずは本当にご自身の健康があってこそだと思います。しっかりと息き抜きとしっかりとした栄養バランスのお食事と睡眠を徹底していただいて、ご自身が元気でいることが大切ですね。あとは、私のように周りに相談せずに抱え込んでると、自分で平気だと思っててもいきなりブチッと切れたりするので、頼れる人にもう自分の思ってることを全部吐き出した方がいいかなと、今は思います。
佐藤さん:もう本当にその介護の辛さであったりとか、『こんなに頑張ってるのに親に八つ当たりされちゃってさ』とか、もう何でもその時の辛いことを言うべきだなと思いますね。『ヘルパーさん頼んだ方がいいよ。』みたいなアドバイスも貰っていたのですが、そういうものよりも、『辛かったね。美味しいものでも食べに行こう』と誘ってもらったのが私は嬉しかったし、ありがたかったですね。これも介護について打ち明けられたからだと思います。
パターン②:我が子のオムツ替えと同じタイミングで始まった親の介護。「このままでは自殺してしまう…」と出した悲痛なSOS
・実施日:2026年3月
・形式:オンラインインタビュー
・お名前:田中さん(仮名)
・状況:田中さんは26歳の頃、子育ての真っ只中で父親の認知症が進行し、突如として介護生活が始まりました。父親と同居する母親が「他人が家に入るのが嫌だ」とサービスの利用を拒否し、実質的に田中さんが一人で父親の排泄介助などを担うことになりました。
父の一生懸命自分で何とかしようするのを見てたら…そういう風になっちゃったんやなって
田中さん:なんかね、途中からもう行こうとすることもなくなっちゃったというか、立ち上がらずに粗相してしまって、粗相したものを一生懸命自分で拭いてたのを見てなんかもうかわいそうになって…これはもうダメやなと思って。そういう風になっちゃったんやなってそこで分かったんですよ。
インタビュアー:その時お父様と一緒にお母様も暮らしていたということですが、それでも田中さんが介護をメインでされていたのですか?
田中さん:母がね、あんまり介護の人に入って欲しくないというか、その他人が家に入るの嫌がるタイプでして。診断を受けたら『じゃあこうしましょう、誰々に来てもらいましょう』みたいなことをやるのが嫌だったんだと思います。しかも自分が仕事に行って、すぐに出ていっちゃうんですよね。最低限の食事とか、食べれそうなものだけ置いてパッと出てっちゃうんですよ。「お父さんは大丈夫だ」「必要ないでしょ」ってずっと言い続けていましたね。母がやらないのであれば、やっぱり自分かなと…
私もうこのままやったら、正直自分が自殺してしまいそうですわ
田中さん:ちょうど父の介護をしている時に二人息子の下の子を亡くしてしまって…。亡くなったのがちょうど赤ちゃんのオムツ替えくらいのタイミングだったんです。なので、ドラッグストアで父のオムツを買う時も赤ちゃん用のオムツが目に入るんですよ。そうすると『本当は下の子のオムツを変えているはずなのに、なんで父親のオムツを買ってるんだろう…』って考えてしまって。しかもその時は20代ですから、同年代の友達に介護をしている人もいませんし、みんな子育てしてるんですよ。だから余計に泣きそうになってしまって…
田中さん:いとこに『私もうこのままやったら、正直私が自殺してしまいそうですわ』っていう話をして。そしたら『そんな状態やったら絶対介護認定も受けれるから』って言って、地域包括支援センターっていうところを紹介してくれたんですよ。
限界を迎える前に、絶対に一人でやろうとしないで公的なサポートを頼ってほしい
インタビュアー:地域包括支援センターへの相談したとのことですが、お母様には相談したのですか?
田中さん:母親には相談しなかったのですね。いきなりお家に人が来て母親は驚いていましたけどね。こちらですべて処理を進めてしまってよかったなと思います。相談したことで家から離れてる数時間は完全に休めるというか、自分と自分の息子の時間だけで過ごせるので、だいぶ助かりましたね。そこからちょっと楽になった感じです。
田中さん:とにかく自分1人で抱え込まないで。絶対に公的なサポートがあるので、相談に乗ってもらった方がいいって思います。1人でやろうとするとどうしても絶対どっかで限界が来るので、誰かを頼って欲しいですね。私の場合、母に気を遣うあまり後手後手に回ってしまった気がするので。本当にトイレに1回でも失敗するようになったら相談したほうが良いと思います。
パターン③:味方であるはずのケアマネへの不信感。どんなにやっても「後悔は残る」から自分を大事にしてほしい
・実施日:2026年3月
・形式:オンラインインタビュー
・お名前:高橋さん(仮名)
・状況:医学部受験に向けた勉強と並行して、26歳から約2年間にわたり認知症を患った祖母の介護を担った高橋さん。単身赴任中の父親に代わり、仕事を持つ母親と2人体制で在宅介護を行っていました。頼みの綱であるはずのケアマネジャーとも信頼関係が築けず、ご祖母様の介護度もより重度になっていきます。
寄り添ってくれると思っていたケアマネジャーが、施設側の味方のように感じられた
インタビュアー:介護が始まった時の状況や介護について相談した方はいますか?
高橋さん:最初のころはお手洗いについて行ったり、便を漏らしてしまった時の処理が一番きつかった部分ですね。加えて、こういう状況だとケアマネジャーさんってこちらに寄り添ってくれるイメージだったんですけど、どちらかと言うとデイサービスなどの施設寄りな発言が多くて…。ちょっと相談したくないなって思ってしまう方もいらっしゃいました。なので、ケアマネジャーさんも2年間で4~5人くらい変わって、ようやく最後にすごく頼りがえのあるというか、何でも相談できるような方になったという感じです。
認知症で暴言などの精神的な症状も出てきてしまい…精神的に参っていきました
高橋さん:認知症って、精神的な症状とかも出てきてしまいますよね。夜騒いだりとか、暴言を吐いたりとかっていうのがあって、自身もちょっと精神的に参ってはきてしまいましたね。医学部の受験勉強も並行したかったのですが、祖母は寝てから勉強したりとか、母がお休みの日だったり、見守りの方が来てくださったりする時に気分転換も兼ねて外に出て勉強したりもしていました。
インタビュアー:そのような状況だと施設入居などは検討はされなかったのですか?
高橋さん:結構周りからその施設に入れたらどうかみたいなことも言われたんですけど、まだ私たちの顔が分かるうちは家で介護しようっていうのは、母と私で一致していて変わらなかったことですね。それでデイサービスを活用していたのですが、不良の事故で亡くなってしまって…
どんなにやっても後悔は残る。だからこそ「自分の人生」を確保して周りに頼ってほしい
高橋さん:デイサービスの時はもうほぼ寝たきりだったんですけど、デイサービスに行くことで体を動かしたり、人との関わりを持てるので、そういう思いで行ってもらったんですけど…。それが正直良かったのかなっていう後悔はありますね。
高橋さん:亡くなってしまうと、どんなに一生懸命やってもやっぱり後悔って残るんです。だからこそ、自分の仕事や勉強、プライベートの時間は絶対に確保した方がいい。その方が介護する時も優しく対応できます。やっぱりまず自分が元気じゃないと、介護できないですし、当たりたくなくても祖母に当たってしまったりっていうことがあったんです。できることは周りの知識ある方に頼りながらやった方が、絶対に後で後悔しなくて済むので、無理をしないでほしいとこれから介護する人には伝えたいですね。
パターン④:「施設に入れて距離ができるのは、本当に父が望んでいることなのか分からなかった…」という葛藤と気付き

・実施日:2026年3月27日
・形式:オンラインインタビュー
・お名前:小川さん
・状況:小川さんは29歳の時、父親が脳出血で倒れたことで介護がスタートし、制度などを活用して介護離職を回避しながら、兄弟と協力しながら約5年間にわたり在宅介護を続けました。その後、父親の誤嚥性肺炎を機に特養(特別養護老人ホーム)への入居を決断しましたが、「施設に預けることへの罪悪感」がありました。
介護転職は悩んだが、会社の人に相談して見通しをつけられた
インタビュアー:急に介護が始まってしまうと、転職とかも頭をよぎるかなと思うのですがいかがでしたか?
小川さん:転職は悩んではいたんですけど、その時の同僚というか、上司というか、そういった人たちに相談して理解があったっていうのが大きいですね。私自身も営業職なので、フレックス制度とかを活用して見通しを立てられたのもよかったかなと思います。
小川さん:あと私は3人兄弟の長男なのですが、ありがたいことに『長男なんだからお前がやれよ』みたいなそういうなんかこう理不尽なものはなかったですね。お金や介護の時間なども協力してくれたその辺は助かったと思います。
施設に入れて距離ができるのは、本当に父が望んでいることなのか分からなかった
インタビュアー:在宅介護を続けていく中で、最終的には特養への入居を決められたとのことですが、施設への入居はかなり悩まれましたか?
小川さん:施設に入居させると自分たちとどうしても距離ができてしまうので、そこに入れて長生きすることが父の望んでいることなのか分からなかったです。全部自宅で自分たちでやるのが、自分たちにとっても父親にとっても幸せなことではないと分かっていながらも、いざ決断するとなると悩む部分はありましたね。でも最終的には父の胃ろうが造設したことで踏み切りました。それはもう自宅で管理できなくなっちゃうので。それが1番大きいですね。
小川さん:特養の待期期間もあったのですが、一般的かはわからないのですが「病院」と「特養」の機能を兼ね備えているような病院に入院させてもらって、病院の方に薦めてもらった特養に空きが出たら入居させてもらうという流れでした。なので医療行為にも対応できますよという所でしたし、高額医療費制度なども対象になっていたので、費用も年金内で支払いができるような形でしたね。
介護する側が倒れてしまうことは、介護される側も望んでいない
インタビュアー:特養へ入居したことでお父様はもちろん、小川さんにも変化はありましたか?
小川さん:父は物が食べられなくなってすごく痩せていたんですが、特養のスタッフの方がしっかりケアしてくださったおかげでカロリーを摂れるようになり、肌艶が良くなりました。施設に入れたことで自分の時間も確実にできましたし、母と話して『みんな少しずつ無理をして頑張っていたんだな』と初めて実感したんです。
小川さん:介護を自分たちでやりたいというのも愛情だと思いますが、介護する側が疲弊して倒れてしまうことは、介護される側も望んでいないはずです。誰かの助けを借りて、介護を継続できる体制を整えることも愛情だと私は思います。頼れる人の知恵や公的なサービスをしっかり聞いて、助けてもらいながらやっていくのが一番いいですね。
「介護について何もわからない…」だからこそ気軽に吐き出すだけでいい

・実施日:2026年3月
・形式:オンラインインタビュー
・お名前:鈴木さん(仮名)
・状況:東京で働いていた28歳の時に、実家から「父親が心臓病で倒れた」と突然の知らせが入り、突如として介護が始まった鈴木さん。一人っ子で母親はすでに他界していたため、鈴木さんは東京でのキャリアを手放し、当時のパートナーとも別れて地元へ戻るという決断をしました。
「介護とパートナーとの両立は器用な方じゃないのでできないな…」と
インタビュアー:28歳で介護が始まったのことですが、当時はどのように動かれたのでしょうか?
鈴木さん:もう東京での仕事は辞めて地元に帰ったっていう流れですね。そこまで大げさな感じではないですけど、父が倒れて1人で置いとくのがちょっと心配なのでっていうところだったので介護離職に近いのかなとは思います。
鈴木さん:一人っ子だったので、帰るっていうのはもう自分の中で決めていました。でもパートナーに対して、帰るにしても理由を伝える必要があるじゃないですか。恐らく父中心の生活になるのはわかっていたので、パートナーとの両立難しいかなと…。やっぱりパートナーから見ると、父は赤の他人になるんですよね。そうなるとパートナーにすごく負担にもなると思っていましたし、お付き合いする時に『何かあったら自分は帰る』ということをお話ししていましたし。自分はそんな器用な方じゃないのでできないっていう話をしてっていうところで、すんなり別れたっていう流れですね。
介護について何も分からない、新しい環境と介護の両立ができるのかの不安は当然あった
鈴木さん:もうズブの素人なわけですよ、介護に関して。何をから手をつけていいのか分からないし、急にこっちに帰ることで自分の仕事もしっかり決まるのか、新しい職場の人間関係と介護の両立なんてできるのかとか…。かなり不安でしたね。叔母も遠方にいたのですが、父と似たような年齢になるとどいうなるかわからないわけです。幸いなことに友人で介護関係に強い人が地元にいたので、ちょっと気軽に相談したら親身になって聞いてくれて…。そこで覚悟が決まったというか、楽になったかなと思います。そこからデイケアの方に相談とかを本格化しましたね。
鈴木さん:デイケアさんへの相談も、もう細かい話を聞いたとしても良し悪しが僕の方では判断できなかったので…そこはもうデイケアの方の言う通りにしてっていうところで。ただ父と話して相性だけはしっかりと確認はするようにしていましたね。人としての相性ですね。サービスとしての相性はもう二の次で考えてました。
どう相談していいか悩む前に、気軽に現状を「吐き出す」だけで思わぬ知恵が出てくる
鈴木さん:あとは父は残念ながら亡くなってしまったんですけど、そこからの手続きですね。家の権利書とかどこにしまったか全くわかんないんですよ。それこそ相続とかやる時にも結構大変だったっていうところがあるので。お金回りのことだったりとか、携帯の解約の方法だったりとか、そこら辺はコミュニケーションが取れるんだったら早めに控えておいた方がいいのかなというところは思います。
鈴木さん:誰にも基本的に親はいるので。なので介護っていうのは誰かいつかはぶち当たる問題です。そんなに人間性が変な人でなければ話はしっかり聞いてくれるし、ある程度自分のことに置き換えて考えてくれると思います。だから恥ずかしがらずに知人やデイケアの人、役所でもいいと思います。しっかり相談してほしいです。どう話していいかうじうじ悩むよりも、気軽に『親が倒れて介護する』って状況を説明するだけで、ある程度自分のことに置き換えて聞いてくれるし、思わぬ知恵が出てくると僕は思います。一人で抱え込んでしまうと、『あいつのせいで…』みたいに状況を恨んでしまうと思うのですが、そんな状態になっても何も変わらないので。
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20代での親の介護は「若者ケアラー」に該当する
20代で家族の介護を担う方は「若者ケアラー」と呼ばれます。
介護が始まったことで就職活動が制限されてしまったり、経済的に厳しくなってしまったり、心身ともに不安定な状態になってしまった人を指します。
こうした「若者ケアラー」に該当する人は、国や自治体の支援対象として位置づけられているため、「親の介護は子供の義務」と一人で背負い込む必要はありません。
また介護とは、直接おむつを替えたり食事を食べさせたりする「身体介護」だけではありません。
仕事を続けてお金を稼ぎ、プロの介護サービスを利用するための「経済的な支援」を行うことも、立派な介護の一つの形です。
また、20代の介護では「元気な方の親(例えば母親)が世間体を気にして介護サービスを拒否する」という問題が出てくるケースもあります。
田中さん体験談でもあったように、父に介護が必要だが元気な母親が他人の介入を強く拒否した結果、介護の負担が子供に重くのしかかってしまいました。
こうした場合は家族の同意が取れなくても、まずは自分の命と人生を守るために、役所や地域包括支援センターへSOSを出すことが大切です。まずは「自分ひとりで解決しない体制」を強引にでも作ることを意識するとよいでしょう。
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20代の親の介護でも「老人ホームへの入居」は検討して良い
「親を施設に入れるなんて、見捨てたと思われるのではないか」と罪悪感を感じてしまう人は少なくありません。
しかし、20代での介護はこれから数十年続く可能性があります。ご自身の人生を守るためにも、「老人ホームへの入居」は絶対に手放してはいけない選択肢です。
体験談に記載した施設へ預ける決断をした○○さんのケースでは、特養へ入居させたことでプロの適切なケアが入り、親御さんの肌艶が良くなって状態が目に見えて改善したとしています。
小川さんはこの経験から、「介護する側が倒れてしまっては意味がない。プロの助けを借りて継続できる体制を整えることも愛情である」という考えに至っています。

プロが適切な距離感で穏やかに接することで、親御さん自身が落ち着きを取り戻し、親子関係が劇的に改善するケースは非常に多いためです。
たとえばご家族はおむつ交換や掃除に追われていた時間がなくなるため、施設での面会時間が「ただの過酷な介護作業」から、「純粋に親との楽しい時間」へと変わります。
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20代で親の介護が必要になった場合のまとめ
20代で親の介護に直面すると、孤独や不安で押しつぶされそうになるのは当然です。
しかし、決して一人ではないことを認識するだけでも楽になります。
・一人で抱え込まず、地域包括支援センター等の公的窓口へ早期にSOSを出す
・「他の家族の拒否」があっても、自分の人生を守るために外部の介入を優先して良い
・「経済的な支援」も立派な介護であると理解する
・老人ホームへの入居は、親と自分の両方を救う「Win-Win」の選択である
親を大切に思う気持ちは、とても尊いものです。だからといって、あなた自身の人生や未来まで犠牲にする必要はありません。
あなたが心に余裕を持ち、自分自身の人生をしっかりと歩むことこそが、結果的に最大の親孝行になります。