社会のデジタル化が急速に進んでいます.特に,新型コロナウイルス感染症をきっかけにデジタル化が急速に進みました.私たちの生活な身近な場面においてもデジタル化が進んでいます.
本コラムではデジタル化による情報弱者を生まないための情報提供方法について解説します。
中央学院大学 現代教養学部
日本生活支援工学会,ライフサポート学会,バイオメディカル・ファジイ・システム学会
東京電機大学工学研究科にて博士号を取得後,東京電機大学,東京工芸大学,芝浦工業大学,国立障害者リハビリテーションセンター研究所および中央学院大学現代教養学部准教授を経て現職.専門は,人間工学,福祉情報工学,生活支援工学.情報弱者を生まないことを目的に,心理評価および視線計測や脳波計測といった生理評価を用いて視認性を検討.
デジタル化における暮らしの変化
特に,私たちの身の回りにおいては,買い物はオンラインショッピング,店舗での支払いは電子決済,人と人とのコミュニケーションはLINE,Instagram,X(旧Twitter)などをはじめとしたソーシャルネットワーキングサービス(SNS)を介したコミュニケーションへと形態を変えています.
さらに,行政サービスにおいては様々な申請がデジタル化され電子申請が増えてきています.これらのサービスの利用は,私たちの生活の利便性を向上させています.さらに,我が国では,行政の効率化し,国民の利便性を高め,公平・公正な社会を実現する社会基盤としてマイナンバー制度が導入されました.令和6年3月31日現在のマイナンバーカードの人口に対する保有枚数率は,73.5%でありマイナンバーカードの普及も進んできました.
デジタル庁では,マイナポータルを介して,コンビニでの証明書取得,子育て関連の手続,確定申告,公金受取口座登録制度,年金に関する手続,引越し手続,パスポートの申請・更新が暮らしの手続として行えるようになってきています.今後も行政サービスの電子化は進んでいくことが予想されます.このように身の回りでのデジタル化は今後ますます増えていき,これらを誰もが利用できることが重要となります.
これらのサービスは,PC,タブレット,スマートフォンなどを用いて利用するサービスです.これらのサービスは画面(モニター)を介した情報提示であり,ほとんどが視覚を介した情報提示となります.私たちの生活においてこれらの情報端末を利用して情報のやり取りが正確かつ迅速に行える必要があり,情報のやり取りができなければ情報弱者となってしまいます.このため,情報弱者を生まないためには,情報の見やすさが重要となります.
見やすさとは
「見やすさ」には,視認性,誘目性,可読性,明視性および識別性の5つの性質があり,それぞれ以下のようになります.
①視認性
視認性は,探している時の発見のしやすさであり,標識などを探しているときに遠くからでもすぐに見つかるようなものは視認性が高いといえます.
②誘目性
誘目性は,目につきやすさであり,探しているわけでもないのに無意識に目を引くようなものは誘目性が高いといえます.
③可読性
可読性とは,文字や数字の読みやすさであり,文字が小さかったり,重なっていたり,背景と文字の色が近いようなものは可読性が低いといえます.
④明視性
明視性は,図形が伝える意味の理解のしやすさであり,非常口やトイレの標識などのようにその図形を見てすぐに何を表しているのかがわかるようなものは明視性が高いといえます.
⑤識別性
識別性は,同じようなものが複数あるときにそれぞれの認識のしやすさであり,路線図のように同じ形状のものがたくさんある場合でも別のものであると認識できるようなものは識別性が高いといえます.
さらに,視認性と誘目性は発見される前の発見されやすさで,可読性,明視性および識別性は発見された後の意味の理解のしやすさについての見やすさを表します.情報を提示する際には,情報の見つけやすさと読みやすさが重要となります.
人の視覚特性
モニターで提示された情報は,前述した通りそのほとんどが視覚情報です.人間の視覚では,明るさと色を知覚しています.これらを知覚しているのが網膜にある視細胞と呼ばれる細胞であり,明るさを感じ取るが桿体細胞,色を感じ取るが錐体細胞と呼ばれる細胞です.さらに錐体細胞は,赤を感じ取る錐体細胞,緑を感じ取る錐体細胞,青を感じ取る錐体細胞の3種類があり,この3つ色を感じ取る錐体細胞により様々な色を感じ取ることができます.
明るさと色の知覚においては加齢により健常若年者と高齢者で特性が変わります.それぞれの特徴は以下のようになります.健若年常者は,明るさ知覚においては,背景色と文字色の輝度コントラストを大きくすることで見やすさは高まるが,輝度コントラストが大きくなりすぎると逆に見にくくなる傾向があります.色知覚においては色相(色の違い)や彩度(色の濃度)を判断することができます.
それに対し高齢者は,健常若年者と比較して,明るさ知覚においては,輝度コントラストに依存する傾向が強くなります.色知覚においては色度(色味)の影響が小さくなります.このため,色に頼った情報表見よりも輝度コントラストに差をつけることが有効となります.この要因としては,人は,加齢により水晶体の白濁(黄変化)が進むと目の中で光の散乱が生じ,網膜に届く光の量が減少するため輝度の影響が強くなります.進行度合いにより異なりますが,黄色く変色した水晶体が波長の短い青色を透過しにくくなることから,黄色,茶色,赤色などを強く感じるようになります.白内障は,白内障手術を受けることで水晶体の濁りがなくなり,明るさ知覚および色知覚が若年健常者と同様の傾向に戻ります.
加齢以外にも色覚障がい者の見え方には違いがあります.色覚障がいは,色を感じる赤,緑,青の錐体細胞のいずれかの細胞の機能が損なわれた状態をいいます.色覚障がい者の約25%は,赤錐体細胞に変異を生じた「P型色覚障がい」,約75%が緑錐体細胞に変異が生じた「D型色覚障がい」であり,赤錐体細胞と緑錐体細胞のどちらかに変異が生じても似た症状であり,赤~緑の波長域の色の差を感じにくくなります.
さらに,色覚障がい者の約0.02%と稀ですが,青錐体細胞に変異が生じる「T型色覚障がい」があります.この他に,3種類の錐体のうち1種類しか持たない,または全てが無いため色を明暗でしか感じることができない「A型色覚障がい」があります.また,色覚障がいでない人を「C型色覚」といいます.日本人では,90%以上の人が一般色覚であり,男性では20人に1人,女性では500人に1人程度の割合で色覚障がい者がいるとされています.健常者および色覚障がい者の色の見え方は,下図のような違いがあります.

カラーユニバーサルデザイン
カラーユニバーサルデザインとは,「カラー(色)」+「ユニバーサルデザイン(すべての人にやさしいデザイン)」を足し合わせた言葉です.ヒトの色の見え方(色覚)は,上述したとおり5つの型に分けることができ,色の見え方が異なります.さらに,加齢により色の見え方は変わります.このような人の多様な色の見え方に対応し,より多くの人に利用しやすい配色を行った製品や施設,建築物,サービス,情報を提供する考え方を,「カラーユニバーサルデザイン」といいます.
自治体や企業においてもガイドラインが作成され,カラーユニバーサルデザインが推奨されています.カラーユニバーサルデザイン機構では,以下に示す3つのポイントがカラーユニバーサルデザインを実現するため必要であるとしています.
できるだけ多くの人に見分けやすい配色を選ぶ
見やすい配色とするためには,色の要素である明度(明暗),色相(色味),彩度(色味の強さ)に差をつけることが基本になります.しかし,色相に関しては色覚障がい者において考慮する必要があります.具体的には,以下のような配慮が必要となります.
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色を見分けにくい人にも情報が伝わるようにする
高齢者においては加齢により色弁別の能力が低下し,色の判断がしにくくなります.さらに,色覚障がい者においては,色だけでの表現では情報が伝えられない場合もあります.したがって,色だけに頼ることなく,形状や模様など色以外の情報を併用することがポイントとなります.具体的には,以下のような配慮が必要となります.
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色の名前を用いたコミュニケーションを可能にする
色の見え方は,個人によって異なります.照明や見る角度などでも違った色に見えることがあります.そこで,色の区別で情報を伝える場合には,色の部分に何色か明記することで誰にでもわかりやすくなります.具体的には,以下のような配慮が必要となります.
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加齢や色覚特性の異なる色の見え方の体験
近年では,色の見え方をシミュレーションできる色覚シミュレーションツールが開発されています.実際にPCやスマートフォンのアプリケーションやディスプレイに組み込まれたもの,あるいは,眼鏡タイプのものなどがあります.スマートフォン用アプリケーションには「色のシミュレータ」,PC用アプリケーションには「カラーコントラストアナライザー」,東洋インキが開発した「CFUD」,「Udingシミュレータ」,Adobe PhotoshopやIllustratorなどに画面上でシミュレーションができる機能があります.また,眼鏡タイプにおいては高齢者水晶体模擬メガネ「シニアビュー」,色弱模擬フィルタ「バリアントール」などがあります.これらを用いることで,高齢者や色覚障がい者の色の見え方を確認したりアクセシビリティを判定することができます.これらを用いることで,カラーユニバーサルデザインに準拠した製品や施設,建築物,サービス,情報を提供が行えるようになります.
まとめ
私たちの生活においてデジタル化が進み,スマートフォンやPCを用いての情報のやりとりが当たり前となりました.利用者には,健常な色覚をもつ者だけではなく,視覚特性が異なる高齢者や色覚障がい者もいます.情報を正確かつ迅速に伝えるためには,情報提示方法に配慮が必要になります.カラーユニバーサルデザインに準拠した情報提示が重要となります.高齢者や色覚障がい者の見え方のシミュレーションを行えるツールを活用して,製品や施設,建築物,サービス,情報提供を行うことで,カラーユニバーサルデザインに準拠した,情報弱者を生まない社会につながります.