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(8ページ目)退去体験談一覧528

老人ホーム・介護施設の退去体験談の一覧ページです。
男性
症状なし
歩行器
症状なし
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護4/病院に入院していた

SOMPOケア ラヴィーレ世田谷船橋の退去体験談

こちらの施設には1年ほどお世話になり、最終的には施設で母を看取っていただきました。 最期の1ヶ月ほどは入退院を繰り返す状態でした。ついには病院側から「これ以上は面倒を見ることができない」と言われてしまったのですが、その時、ラヴィーレさんは母を温かく受け入れてくださいました。施設に戻ってから2週間ほどでしたが、住み慣れた場所で最期を迎えることができ、本当に感謝しています。
取材日:2026/01/24
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
自立
症状なし
入居者:91〜95歳/女性/実の父母/要介護3/自宅にいた(独居)

ベストライフ和泉中央の退去体験談

母は2013年9月からお世話になり、2023年の1月に、この施設で最期を迎えました。約10年という長い間、本当によく見ていただきました。体調を崩してからも、スタッフの皆様が親身に寄り添ってくださり、穏やかな最期だったと聞いています。最期まで慣れ親しんだ場所で過ごすことができたのは、母にとっても良かったのではないかと思っています。
取材日:2026/01/23
執筆者:松本 恵子
女性
物忘れ
症状なし
脳梗塞・脳卒中・脳出血・くも膜下出血
入居者:71〜75歳/女性/実の父母/要介護2/病院に入院していた

グッドタイムナーシングホーム・国分寺の退去体験談

最終的に施設を退去したのは、母が亡くなったためです。認知症が進行し、だんだんと食事が摂れなくなり、最後は点滴で栄養を補給している状態でした。家族で話し合い、延命治療はしないと決めていたので、施設で静かに最期を迎えました。 ただ、亡くなる前からケアの内容にはずっと不満があり、私は父に「もっと良い施設があるから、他に移った方がいい」と何度も話していました。父も高齢でしたし、施設を変える手続きの煩わしさや、少なくとも暴力のような問題はないからという理由で、転居には至りませんでした。ですが、もっと手厚いケアを受けられる場所だったら、母はもう少し笑顔で、穏やかな毎日を過ごせたのではないかという思いは、今でも消えません。
取材日:2026/01/23
執筆者:高橋 裕二
女性
自傷・他傷行為
車椅子
レビー小体型認知症
入居者:81〜85歳/女性/義理の父母/要介護4/自宅にいた(同居)

チャームスイート調布の退去体験談

退去というか、最終的に施設に戻ることなく病院で亡くなったのですが、その直接的なきっかけは、義母の膀胱がんが判明し、専門的な医療ケアが必要になったことでした。 最初は身体のむくみがひどくなり、病院で診てもらったところ、腎臓の機能が低下しており、週に3回ほどの透析が必要だと診断されました。そこから、施設の方が車を出してくださり、国領にある透析専門の病院まで通う生活が始まりました。ただ、通院を続ける中で膀胱がんが見つかり、義母の状態はさらに悪化していきました。 病院の先生からは、「もう施設からの通院では対応が難しい。透析治療ができる専門の病院に転院してください」と言われました。私たちもその方向で話を進めようとしていた矢先、義母が病院でコロナウイルスに感染してしまったのです。当時は面会も厳しく制限されており、主人も弟も最期を看取ることはできませんでした。結局、膀胱がんや認知症など様々な病気を抱えてはいましたが、直接の死因はコロナということでした。
取材日:2026/01/23
執筆者:小林 直樹
女性
幻覚・錯視
症状なし
症状なし
入居者:71〜75歳/女性/配偶者/要介護2/自宅にいた(同居)

エスケアホーム練馬の退去体験談

退去の直接的な理由は、妻が亡くなったことです。入居から1年半が経ったある日、施設から「奥様が熱を出された」と連絡がありました。駆けつけると39度近い高熱で、施設のスタッフの方と相談し、救急車を呼ぶことになりました。私が付き添って病院へ向かい、そのまま入院となりました。 診断は誤嚥性肺炎でした。5日間ほど入院した後、一度リハビリ病院へ転院したのですが、そこで再び熱が上がってしまい、危篤状態に。すぐに元の病院へ再入院しましたが、残念ながらその日のうちに息を引き取りました。誤嚥性肺炎から敗血症を併発したのが原因でした。施設を退去したのは、入院が決まった日。その後、妻が病院で亡くなったのがのことでした。
取材日:2026/01/23
執筆者:高橋 裕二
男性
物忘れ
歩行器
症状なし
入居者:91〜95歳/男性/実の父母/要介護2/自宅にいた(独居)

ReHOPE東戸塚の退去体験談

退去の理由は、入居から約1ヶ月後、母が施設で穏やかに息を引き取ったためです。末期がんの進行が非常に早く、私たち家族が思っていたよりもずっと早く、お別れの時が来てしまいました。 短い期間ではありましたが、施設の方々には本当に良くしていただき、母は苦痛に顔を歪めることなく、穏やかな最期を迎えることができました。施設での生活に不満があったわけではなく、安らかな旅立ちを見守っていただけたことに、今はただ感謝しています。
取材日:2026/01/23
執筆者:渡辺 美穂
男性
症状なし
車椅子
脳梗塞・脳卒中・脳出血・くも膜下出血
入居者:96〜100歳/男性/実の父母/要介護4/自宅にいた(独居)

ベストライフ稲毛の退去体験談

退去の直接のきっかけは、父が食事をあまり食べなくなってしまったことでした。もともと自分のペースで、自分の手でスプーンを持ってゆっくり食べたがる人だったのですが、施設ではどうしても時間に限りがあるため、スタッフの方が介助で口に運ぶスタイルになりがちです。そのペースが合わず、食事自体が苦痛になってしまったようでした。 心配した施設の方が病院に連れて行ってくださり、医師から「食事環境を変えるためにも、一度入院して、その間に本人に合う施設を探してみてはどうか」と提案を受けました。入院先の主治医の先生からは、父の認知症の進行具合も考慮すると、今後は何かあった時にすぐ医師が対応できる、医療体制の整った施設の方が安心だろうと、病院併設の医療院を勧められました。父の状態の変化に伴い、より手厚い医療ケアが必要になったことが、最終的な退去の理由です。
取材日:2026/01/23
執筆者:高橋 裕二
女性
症状なし
歩行器
パーキンソン病
入居者:91〜95歳/女性/実の父母/要介護2/病院に入院していた

SOMPOケア ラヴィーレ溝の口の退去体験談

もともと「SOMPOケア ラヴィーレ高津」を希望していましたが、当時は空きがなく、すぐには入れませんでした。そこで、同じ系列の「SOMPOケア ラヴィーレ溝の口」に一時的に入居し、空きが出るのを待つことにしたのです。そちらで5ヶ月ほどお世話になった後、希望していた現在の施設に空きが出たため、移ることができたこと。
取材日:2026/01/23
執筆者:松本 恵子
男性
症状なし
症状なし
症状なし
入居者:66〜70歳/男性/兄弟・姉妹/要介護1/自宅にいた(独居)

グッドタイム リビング 芝浦アイランドの退去体験談

退去の理由は、兄が亡くなったためです。入居期間は半年ほどと短いものでしたが、もし兄の体調が悪化しなければ、間違いなくそのままお世話になり続けていたと思います。それくらい、本人にとっても家族にとっても、満足のいく場所でした。
取材日:2026/01/23
執筆者:渡辺 美穂
女性
物忘れ
症状なし
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/義理の父母/要介護3/自宅にいた(独居)

カームガーデン小村井の退去体験談

退去することになった直接のきっかけは、義母が施設内で突然倒れてしまったことでした。何かに躓いて転んだというよりは、容体が急変して意識を失ったようでした。原因ははっきりとは分からなかったのですが、すぐに救急車で病院に搬送されました。そのまま入院治療が必要となり、残念ながら施設での生活を続けることができなくなってしまったため、退去という形になりました。施設での生活にも慣れて、これからだと思っていた矢先のことだったので、とても驚きました。
取材日:2026/01/23
執筆者:高橋 裕二
男性
症状なし
寝たきり
糖尿病・インスリン
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/要介護5/病院に入院していた

アズハイム綱島の退去体験談

こちらの施設には、父が亡くなるまでお世話になりました。最終的には施設で穏やかに最期を迎えることができましたので、退去の直接的な理由は父の逝去によるものです。施設に対して何か大きな不満があって退去した、ということではありません。最期まで丁寧にお世話をしていただけたことには、今でも家族一同、心から感謝しています。
取材日:2026/01/22
執筆者:小林 直樹
女性
物忘れ
歩行器
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護3/自宅にいた(同居)

リアンレーヴ大宮の退去体験談

退去を決めた理由は、母の体調が変化し、施設で対応できる医療の範囲を超えてしまったからです。次第に痰が絡むようになり、食事を摂ることも難しくなってしまいました。点滴などの医療行為が必要な場面も増え、施設での生活を続けることが困難になったのです。 ある時、急に具合が悪くなり、そのまま近くの病院に入院することになりました。そのタイミングで、施設を退去するという形になりました。施設の対応に不満があったわけではなく、あくまで母の医療ニーズが高まったことによる、やむを得ない決断でした。
取材日:2026/01/21
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
糖尿病・インスリン
入居者:86〜90歳/女性/その他親族/要介護1/自宅にいた(同居)

リーシェ上越さくらの退去体験談

退去の理由は、祖母が施設で亡くなったためです。2012年の10月に入居してから、昨年の6月に亡くなるまで、10年以上の長い期間お世話になりました。病気や施設への不満が理由で退去したわけではなく、この施設で最期まで穏やかに過ごさせてもらえたことに、家族としては感謝しています。
取材日:2026/01/22
執筆者:高橋 裕二
男性
症状なし
症状なし
症状なし
入居者:71〜75歳/男性/実の父母/自立/自宅にいた(同居)

ベストライフ東村山の退去体験談

父が施設で穏やかに過ごし、最後はそのまま施設で息を引き取りました。そのため、退去という形になりました。
取材日:2026/01/22
執筆者:岡田 大輔
男性
症状なし
糖尿病・インスリン
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護2/病院に入院していた

ラ・メゾン高槻の退去体験談

退去理由は、母が亡くなったことによる家庭の事情の変化です。 母が亡くなる前、妹は「父と二人の生活は無理だ」とこぼしており、それが父の施設入居を決めた一因でもありました。しかし、ずっと寄り添ってきた母を亡くしたことで、妹はひどく落ち込んでしまい、「一人で家にいると死にたくなってしまう。お父さんが帰ってきてくれたら、なんとか支え合って生きていける」と言うようになったのです。 一方で、父は父で、妹から「帰ってきてもらう」という言葉を聞いて以来、帰りたい気持ちがどんどん強くなっていました。姉妹の間で話し合いを重ねましたが、妹の強い希望もあり、最終的には父を実家に戻すことを決めました。 施設側に何か問題があったわけではなく、本当に私たち家族の事情でした。わずか2ヶ月という短い期間で退去することになり、施設の方々には申し訳ない気持ちしかありません。
取材日:2026/01/22
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
症状なし
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/祖父母/要介護3/自宅にいた(独居)

ココファン浦和六辻の退去体験談

施設を退去した直接の理由は、祖母が亡くなったことです。死因は、誤嚥性肺炎でした。お食事の際には、飲み込みを補助する方が付いてくださっていたはずなのに、誤嚥が起きてしまったという事実に対しては、正直なところ、今でも不信感が拭えません。 もちろん、これまで1年以上にわたって、本当によくお世話をしていただきました。認知症が進み、手がかかるようになった祖母に対して、いつも笑顔で接してくださったスタッフの皆様には感謝しかありません。私たち家族が訪ねた際も、いつも温かく迎えてくれました。 だからこそ、最後の出来事が本当に残念でなりません。感謝の気持ちと、やりきれない気持ち。その両方が入り混じった複雑な心境ですが、祖母が亡くなったという事実を受け入れ、退去の手続きを進めました。
取材日:2026/01/22
執筆者:小林 直樹
女性
物忘れ
症状なし
脳血管性認知症
入居者:71〜75歳/女性/実の父母/要支援2/自宅にいた(独居)

SOMPOケア そんぽの家 はるひ野の退去体験談

こちらの施設には、最期までお世話になりました。退去の理由は、母が亡くなったためです。入居中は穏やかに過ごすことができ、スタッフの皆様には大変感謝しております。
取材日:2026/01/22
執筆者:岡田 大輔
女性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:76〜80歳/女性/実の父母/要支援2/自宅にいた(独居)

Good Life栄広園の退去体験談

施設には父と母の二人で入居しましたが、まず父が施設で亡くなり、続いて母も施設で穏やかに息を引き取りました。 母は亡くなる1ヶ月ほど前から「看取り期」に入ると判断され、施設の訪問診療に来てくださるお医者さんから、延命治療をどうするかという意思の確認がありました。私たちは、無理な延命はせず、このまま施設で穏やかに最期を迎えさせてあげたいとお願いしました。 ちょうどその頃、インフルエンザが流行していて施設全体で面会制限が厳しくなっていたのですが、看取り期に入った家族はいつでも部屋まで面会に行って良い、という特別な配慮をしていただけました。おかげで、最期の時間をゆっくりと母のそばで過ごすことができ、本当にありがたかったです。最後まで母らしく、穏やかに過ごせたのは、施設の皆様のおかげだと感謝しています。
取材日:2026/01/22
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
車椅子
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要支援1/病院に入院していた

ウエルハウス尼崎の退去体験談

退去することになった理由は、母が施設で脳梗塞を発症したことです。幸い救急搬送で一命は取り留めたのですが、後遺症で口から食事を摂ることができなくなり、チューブを使った経管栄養が必要な状態になってしまいました。 そうなると、こちらの施設の医療体制では対応が難しく、病院から施設へ戻ることは叶いませんでした。そのため、やむを得ず退去という形になったのです。
取材日:2026/01/21
執筆者:岸川京子
女性
せん妄
手引/伝い歩き
症状なし
入居者:76〜80歳/女性/実の父母/要介護2/自宅にいた(独居)

グッドタイムホーム・府中の退去体験談

母が施設で息を引き取ったため、退去となりました。 最後の時が近いと施設から連絡があり、急いで駆けつけました。その際、施設長の方から「お部屋のモニターで心拍や血圧を常にこちらで確認できる体制になっています」とご説明を受けました。私たちはかねてより無理な延命は望まず、自然な形での看取りをお願いしていたので、穏やかに見守っていただけるものと安心していました。 しかし、亡くなったのは翌日の朝でした。スタッフの方からのお話では、「朝一番に様子を見にいった時は異常がなかったのですが、次にもう一度お部屋を訪ねた際には、もう亡くなっていました」とのことでした。そのお話を聞いて、「モニターで見ていてくださったのではなかったのだろうか」と、少しだけ疑問が頭をよぎりました。 ただ、母の亡くなった顔はとても安らかで、苦しんだ様子は全く見られませんでした。そのことだけが何よりの救いですし、きっと自然な形で穏やかに旅立つことができたのだろうと思っています。
取材日:2026/01/21
執筆者:渡辺 美穂
女性
せん妄
車椅子
がん・末期癌
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/自立/自宅にいた(同居)

フォンテーヌ相模原矢部の退去体験談

退去の直接的な理由は、母が亡くなったためです。入居してから約1年後のことでした。 もし母が元気でいてくれたなら、そのまま最期までお世話になり続けたかったと思っています。施設での生活には満足していましたし、母自身も穏やかに過ごしていましたので、特に退去を考えるようなトラブルや不満はありませんでした。本当に、亡くなってしまったことだけが、この施設を離れることになった理由です。
取材日:2026/01/21
執筆者:渡辺 美穂
女性
物忘れ
車椅子
脳梗塞・脳卒中・脳出血・くも膜下出血
入居者:81〜85歳/女性/義理の父母/要介護5/自宅にいた(同居)

ライフコミューン松風台の退去体験談

退去の直接的な理由は、義母の病状が悪化したためです。入居からちょうど1年が経った頃、入院が必要な状態になりました。その際、病状から判断して、もう施設での生活に戻ることは難しいという結論になり、退去の手続きを取りました。そして、その翌月に義母は亡くなりました。施設での生活が続けられなくなったのは残念でしたが、最期まで穏やかに過ごせたのではないかと思っています。
取材日:2026/01/21
執筆者:伊藤 結衣
女性
物忘れ
症状なし
入居者:71〜75歳/女性/実の父母/要介護4/病院に入院していた

西おおみや翔裕館の退去体験談

退去の理由は、経済的なものでした。入居する際に、母の貯金では1年半ほどが限界だということは施設側にもお伝えし、ご了承いただいた上での入居でした。そして、いよいよ貯金が心もとなくなってきたため、生活保護を受けながら入居できる施設へ移ることを決めたのです。 当時のケアマネージャーさんに相談したところ、親身になって次の施設を探してくださいました。実は、この施設にも生活保護に対応しているお部屋はあったのですが、そのお部屋にはトイレがなく共同になるとのことでした。母の身体のことを考えると、お部屋にトイレがある方が良いだろうというケアマネージャーさんのご判断で、隣の駅にある別の施設を紹介していただきました。幸い、ケアマネージャーさんも担当エリア内ということで、施設が変わっても同じ方が担当してくださることになり、とても心強かったです。
取材日:2026/01/21
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
車椅子
症状なし
入居者:76〜80歳/男性/義理の父母/要介護2/病院に入院していた

グランメゾン迎賓館京都桂川の退去体験談

退去の理由は、義父母ともに、この施設で穏やかに息を引き取ったためです。二人とも、最後までこの場所を終の棲家として過ごすことができました。 亡くなった時の施設の対応は、本当に丁寧でよく対応していただいたと感じています。警察による確認など、施設内で看取る際の手続きは色々と大変だったかと思いますが、スタッフの方々は嫌な顔一つせず、親身になって最後まで寄り添ってくださいました。そのおかげで、私たち家族も落ち着いて二人を見送ることができたのだと思います。「最後まで安心してお預けできる施設だった」と、今でも心から感謝しています。
取材日:2026/01/21
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
車椅子
パーキンソン病
入居者:81〜85歳/女性/義理の父母/要介護3/病院に入院していた

スーパー・コート高石羽衣の退去体験談

一番の理由は、本人の「動きたいタイミング」と、施設の「安全管理」が合わなかったことです。 義母はパーキンソン病の影響で、調子が良い時と悪い時の差が激しく、調子が良い時には「今なら歩ける、散歩したい」という強い意欲を持っていました。でも、施設では転倒事故を防ぐために、勝手に廊下を歩くことは禁止されていて、歩行には許可やスタッフの付き添いが必要でした。 いざリハビリや活動の時間が来ても、その時に義母の体が痛んだり調子が悪かったりすると、「今は動きたくない」となってしまう。逆に「今ならできる!」という気力がある時に制限がかかってしまうことが、義母にとっては大きなストレスだったようです。 施設側が安全を考えて「怪我をされては困る」と管理してくださる事情はよく理解できました。ただ、当時の義母にはまだ「自分で歩きたい」という気力がしっかり残っていた分、自由がきかない不自由さが勝ってしまい、結局「前いた病院の方がいい」と何度も口にするようになり、3ヶ月ほどで退去を決めました。
取材日:2026/01/21
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
症状なし
入居者:91〜95歳/男性/実の父母/要介護2/自宅にいた(独居)

ベテラン館はらいちばの退去体験談

退去の理由は、入居から3ヶ月が経った頃、父が施設で脳梗塞を患ってしまったことです。すぐに救急車で運ばれ、そのまま入院することになりました。治療とリハビリが必要な状態でしたので、施設での生活を続けることは難しく、退去という形になりました。施設側に何か不満があったわけではなく、あくまで父の病気が理由です。
取材日:2026/01/20
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護2/自宅にいた(同居)

SOMPOケア そんぽの家 福生公園の退去体験談

約1ヶ月という短い期間で退去することになった理由は、いくつかあります。一つは、今後の介護体制を在宅に切り替える準備が整ったことでした。義母が入居している間に、ケアマネジャーさんと相談してデイサービスを決めたり、自宅での介護サービスを整えたりと、具体的な準備を進めることができました。もともと、義母を施設に入れたのは、義父と少し距離を置くための緊急避難的な意味合いが強かったんです。 それから、一番の理由は父の意向です。「期間限定でなければだめだ」という強い意向もありました。そろそろ家に帰してほしい、と。私たちも、様々なサポート体制を整えれば、家でもう一度やっていけるのではないかという判断に至りました。 そして、もう一つの正直な理由として、予算的な問題もありました。長期的に入居を続けるのは、経済的に少し難しいと感じていたのも事実です。これらの理由が重なり、在宅介護を再スタートさせるという形で退去を決めました。
取材日:2026/01/19
執筆者:岸川京子
男性
症状なし
車椅子
症状なし
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護3/自宅にいた(同居)

ニチイホーム三鷹の退去体験談

こちらの施設を退去したのは、もともと希望していた特養への入居が決まったからです。当初から、特養の空きを待つ間、母の休息も兼ねて利用するという目的で入居していました。 もちろん、お世話になったニチイホーム三鷹の施設長さんからは、「このままこちらで本格的に入居されてはいかがですか」というお話もいただきました。実際に、母が面会に行くにはニチイホームさんのほうが圧倒的に近くて便利でした。しかし、最終的にはいくつかの点を比較して、特養への転居を選びました。一番の理由は、新しく入居する特養のほうが施設全体として新しく綺麗だったこと、そして、費用面で少し安かったことです。距離が少し遠くなってしまうというデメリットはありましたが、総合的に考えての決断でした。
取材日:2026/01/19
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
自立
症状なし
入居者:56〜60歳/女性/義理の父母/要支援2/自宅にいた(独居)

やすらぎの丘アルメリア深大寺南の退去体験談

最終的に退去を決めたのは、義母の足の状態が悪化して、常に介護が必要な状態になったからです。入居後すぐに車椅子生活になったのですが、リハビリの過程でスタッフの方から「歩かなきゃダメよ」と強く励まされた際、無理をしてしまったのか、車椅子から転落する事故がありました。それをきっかけに本人がふさぎ込んでしまい、排泄のサポートも必要になったんです。 ですが、当時この施設には専門の介護士さんがいらっしゃいませんでした。「介護の専門家ではないので、介助はできない」という状況になり、このままでは生活が難しいということになったのです。施設の方からも、より手厚い介護が受けられる別の施設を探した方が良いのではないかと勧められ、転居を決めました。約2年間の入居生活でした。
取材日:2026/01/19
執筆者:岸川京子
男性
症状なし
脳梗塞・脳卒中・脳出血・くも膜下出血
入居者:76〜80歳/男性/実の父母/要介護4/自宅にいた(同居)

介護付有料老人ホーム 慶愛苑小田原の退去体験談

最期は、肺炎で亡くなりました。看取りまで対応してくださる施設でしたが、急に容体が悪化し、病院へ緊急搬送されることになったんです。深夜だったにもかかわらず、施設からすぐに連絡をいただきました。 残念ながら、私たちが病院に着いた時にはすでに息を引き取った後でしたが、最期の時までしっかりと対応していただけたことに感謝しています。
取材日:2026/01/19
執筆者:岸川京子