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(8ページ目)退去体験談一覧1030

老人ホーム・介護施設の退去体験談の一覧ページです。
女性
物忘れ
症状なし
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/祖父母/要介護1/自宅にいた(独居)

結いホーム宝塚の退去体験談

退去した理由は、施設で亡くなったためです。今年の2月のことでした。約10年間お世話になりましたが、最後までこの施設で過ごすことができました。 ただ、最後の方はかなり体調を崩してしまい、入院と施設を何度か行き来するような状態でした。その際の対応などは、家族も少し大変だったようです。
取材日:2026/06/25
執筆者:松島豊
女性
症状なし
骨折・骨粗しょう症
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護2/自宅にいた(独居)

ラ・ナシカていねの退去体験談

退去の直接的な理由は、母の身体状況が大きく変化し、施設での対応が難しくなったことです。入居中に一度、恥骨を骨折して手術を受け、そこから車椅子での生活になりました。その後、今度は足の痛みを訴えるようになり病院で診てもらったところ、膝から上を切断しなければならないという診断を受けたのです。 手術後、母の状態について施設にご相談したところ、「その状態では入居を継続することは難しい」というお返事でした。私たちとしては、最後までお世話していただけるものと思っていたので少し戸惑いましたが、施設の体制として対応ができない以上、他の場所を探すほかありません。そこで、医療と介護の両方が受けられる介護医療院を探し、そちらへ移ることを決めました。
取材日:2026/06/25
執筆者:松島豊
女性
症状なし
症状なし
入居者:91〜95歳/女性/実の父母/要介護2/自宅にいた(同居)

ニチイメゾン東ときわ台の退去体験談

退去した理由は、施設への不満やトラブルではなく、ひとえに自宅からの距離が遠かったことです。2日に1回のペースで面会には行っていましたが、母から「もっと会いに来てほしい」と言われるようになりました。 ただ、やはり往復の有料トンネル代や距離があると、それ以上頻度を増やすのが大変でした。 実は最初、車で数分で行ける「ニチイメゾン箕面船場」に入りたかったのですが、当時は満室だったんです。そのため、東ときわ台にお世話になりながら箕面船場の空き待ち予約をしていました。すると運よく空きが出たという連絡をいただいたので、面会の回数を増やして毎日でも会いに行けるようにと、箕面船場の方へ移ることに決めました。
取材日:2026/06/23
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
車椅子
症状なし
入居者:91〜95歳/女性/実の父母/要介護2/その他施設に入居していた

ニチイメゾン箕面船場の退去体験談

スタッフの方々の対応自体はとても良く、母も仲良くなったりしていたのですが、いかんせんこの施設は5階建てで100人近くが入居する大規模なところでした。そのため、入居者に対するスタッフや看護師の割合がどうしても少なくなってしまい、部屋へ見回りに来てくれる回数が少なかったんです。 母は自分で動けないので、冷蔵庫があっても一人で水を飲みに行くことができません。オムツ交換や食事のタイミングでスタッフさんが来てくれた時に「喉が渇いたからお水を飲ませて」と頼めば確実に飲ませてもらえるのですが、見回りの回数が少ないと、どうしても水分補給のタイミングが空いてしまいます。実際、一度水分不足で脱水症状を起こしてしまったことがありました。ナースコールを呼べば来てはくれるものの、やはり手取り足取りの見守りは難しい規模感だったのだと思います。 さらに、母は白内障の手術をして一時的に目がほとんど見えなくなったので、3ヶ月間は私が毎朝晩、施設へ行って高齢者用の冷凍弁当や施設では出ないお寿司やお好み焼きなど母の好物を食べさせに行っていました。手術が無事に終わって「また食堂で食べてね」と切り替えたところ、息子に来てもらって好きなものを食べられていた時間が終わってしまった寂しさや、自分で食べなければいけない負担からか、母が急にガクッと元気がなくなってしまい、まるで廃人のようになってしまったんです。 食事も自分では一切取れなくなり、毎食スタッフさんに食事介助をお願いすることになりました。すると、もともとの介護費用に加え、オムツ交換のオプションでプラス1万円、さらに食事介助の名目でプラス2万円…というように、サービスをお願いするごとにオプション費用がどんどん膨んでいってしまいました。ニチイメゾンさんはもともと他の施設に比べて少し金額が高めな設定だったこともあり、このままこの費用を出し続けるのは厳しいという金銭的な理由も重なりました。 最終的には、より見回りの頻度が高く、看護師やスタッフの数が手厚い、小規模な難病・看取り対応の施設へ移ることを決め、退去いたしました。ニチイメゾン箕面船場さんに大きな不満があったわけではないのですが、母の心身の悪化に伴って、施設の規模や体制が少しずつそぐわなくなってしまったという形です。
取材日:2026/06/23
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
症状なし
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護2/自宅にいた(同居)

ナーシングホームらぽーる船橋の退去体験談

退去の直接的なきっかけは、父の症状が少しずつ進んでしまったことです。徘徊が見られるようになり、夜中に施設内を歩き回ってしまうことがありました。また、女性の職員さんにちょっかいを出すような行動も見られるようになってしまいました。 施設の方々にご迷惑をおかけする状況になってしまったため、このままではいけないと考えました。ちょうどその頃、要介護度も2から3に近くなってきていました。そうした状況の中で、施設の方から特別養護老人ホームを紹介していただき、そちらへ移ることを決めました。
取材日:2026/06/23
執筆者:松島豊
男性
物忘れ
車椅子
がん・末期癌
入居者:81〜85歳/男性/義理の父母/要介護3/自宅にいた(独居)

ファミリー・ホスピス成瀬ハウスの退去体験談

こちらはホスピスでしたので、入居してから短い期間でしたが義父は施設で息を引き取りました。 亡くなる当日の朝も、施設から「いらしていただけますか」と、とても適切なタイミングでお電話をいただきました。急いで駆けつけることができ、私たち家族も心の準備をして、その日のうちにしっかりと最期を看取ることができました。緊急時の連絡体制や、看取りの際のご対応に関しては、本当に十分すぎるほど行き届いた対応をしていただいたと感じています。
取材日:2026/06/23
執筆者:岸川京子
男性
症状なし
自立
症状なし
入居者:86〜90歳/男性/祖父母/要支援2/自宅にいた(同居)

SOMPOケア ラヴィーレ八王子片倉の退去体験談

最期までこの施設でお世話になりたかったのですが、それは叶いませんでした。 晩年、呼吸機能が不安定になるなど、体調が急に変化することがあり、専門的な医療対応が必要な状態になりました。施設の方から「呼吸が乱れた際に必要となる医療装置の対応は、ここでは難しい」というお話をいただき、最終的には病院へ転院するという形になりました。
取材日:2026/06/23
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:76〜80歳/女性/実の父母/要介護2/自宅にいた(独居)

住宅型有料老人ホーム グループハウス江南の退去体験談

退去の一番の理由は、母の体調の変化です。入居中に低カリウム血症という病気になり、入院することになりました。それに加えて糖尿病も併発してしまい、医療的なケアが必要な状態になってしまったのです。こちらの施設には常駐の医師がおらず、施設の方からも「これ以上のお世話は難しい」というお話がありました。 私たちも、このままでは危ないと感じたため、やむを得ず医療体制の整った別の施設へ移ることを決めました。
取材日:2026/06/20
執筆者:谷口美咲
男性
症状なし
車椅子
がん・末期癌
入居者:86〜90歳/男性/義理の父母/要支援2/自宅にいた(独居)

シニアスタイル東園田の退去体験談

義父の体調が急に悪化したことです。その時、主人がちょうどお見舞いに行っていたのですが、状態が良くないと判断し、救急搬送を希望しました。そして、そのまま病院に入院することになり、施設へは戻ることなく亡くなりました。 実はこの施設には、医療的なケアがより必要な方向けのナーシングフロアもあり、それも安心材料の一つとして選んだ経緯がありました。ただ、今回のように急に体調が悪くなった場合は、そちらのフロアに移るという話にはなりませんでした。おそらく、急なことだったのでフロアに空きがなかったのかもしれません。緩やかに体調が悪くなったら空きが出たタイミングで移るのかもしれないですけど、どういう時にナーシングフロアに行けるのかがちょっとよくわからなかったです。急なことだったので今回は仕方がなかったですし、救急搬送の対応はちゃんとしてくれたんですけど、そのあたりの仕組みは事前に聞いておけばよかったなと思います。
取材日:2026/06/17
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
車椅子
胃ろう
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護3/病院に入院していた

ナーシングリビング ゆあんの退去体験談

退去の一番の理由は、母のケアを担当してくださっていた看護師さんが退職されたことでした。その方がいらっしゃらなくなったことで、看護師さんの24時間体制が維持できなくなってしまったのです。 パートの看護師さんはいらっしゃったのですが、母は胃ろうのケアが必要で、朝と昼の時間帯に手当をしてもらわなければなりません。その時間とパートの方の勤務時間がうまく合わなくなってしまい、十分なケアが難しい状況になってしまいました。 施設の方からも、このままでは難しいというお話をいただき、同じ系列で看護師さんが常駐していて手厚いケアができる施設への転居を提案されました。本当は慣れ親しんだゆあんにいたかったのですが、母のケアを第一に考えると、やむを得ない決断でした。
取材日:2026/06/17
執筆者:岸川京子
男性
症状なし
歩行器
症状なし
入居者:76〜80歳/男性/実の父母/要介護1/その他施設に入居していた

有料老人ホーム ふれあいホーム西原の退去体験談

退去の一番の理由は、父の状態が変化し、サ高住の支援体制では少しずつ難しくなってきたことでした。 移る少し前くらいから、トイレの失敗が増えるようになりました。それに伴って、服の管理がうまくいかなくなってしまったんです。 こうした状況を見て、当時のケアマネージャーさんから「今のサ高住では手厚いケアは難しいかもしれません。グループホームの方がもっとしっかり見てもらえますよ」とアドバイスをいただき、グループホームへ移ることを決めました。
取材日:2026/06/15
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:66〜70歳/男性/その他親族/要介護1/自宅にいた(同居)

住宅型有料老人ホーム 福助2号館の退去体験談

施設での生活に特に大きな不満があったわけではありません。退去の理由は、私が勤めている施設が同じ系列の新しい施設に変わることになり、それに合わせて叔父もそちらへ移動することになった、という経緯です。
取材日:2026/06/15
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
車椅子
がん・末期癌
入居者:96〜100歳/女性/実の父母/要介護5/自宅にいた(独居)

プレザングラン江東亀戸の退去体験談

退去の直接の理由は、母が亡くなったことです。施設に入ってから、また転んでしまい、今度は反対側の大腿骨を骨折してしまいました。そこから近くの病院に入院することになり、施設のお部屋は維持したまま、病院で過ごす時間が長くなりました。入院費と施設利用料の両方を支払う形になり、私も病院と施設を行き来することが多くなりました。 その入院中に、母に膵臓癌があることがわかったんです。それまでは病気らしい病気をしたことがなかったので驚きましたが、年齢も年齢なので積極的な治療はしないという方針になりました。 その後、病院から施設に戻ることができたのですが、戻ってきてから何日かした後に、施設で静かに息を引き取りました。98歳でしたから、寿命を全うしたのだと思います。苦しむ様子もなかったので、その点は本当によかったなと思っています。
取材日:2026/06/20
執筆者:松島豊
男性
物忘れ
喘息・気管支炎
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護2/自宅にいた(独居)

ココファン青葉台の退去体験談

退去を決めた直接の理由は、父がコロナに感染した後の出来事がきっかけです。私が泊まり込みで介護をしていたのですが、目を離した隙に父が一人で動こうとして転倒し、骨折することを繰り返してしまいました。何度目かの骨折であばら骨を折ってしまい、入院することになりました。 入院している間に認知機能も少し落ちてきてしまい、このまま施設に戻るのは難しいと判断しました。運営側の対応に不信感があったこともあり、妹と相談して、退院後は全面的に介護を見てくれる別の施設に移ることを決めました。病院からもいくつか施設を紹介してもらい、5、6軒見学にも行きました。しかし、父は入院中に肺炎になるなどして体力が回復せず、胃ろうの話も出るような状態が続き、残念ながら退院は叶いませんでした。最終的には、病院で最期を迎えることになりました。
取材日:2026/06/20
執筆者:松島豊
女性
物忘れ
自立
リウマチ・関節症
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護2/自宅にいた(独居)

ソレイユもりぐちの退去体験談

退去の直接的なきっかけは、母が誤嚥性肺炎を起こして入院したことです。その際の施設側の対応としては、きちんと病院に連絡してくださるなど、特に問題はありませんでした。 入院治療を受けましたが、残念ながら母はそのまま施設に戻ることはできず、病院で亡くなりました。
取材日:2026/06/19
執筆者:松島豊
男性
症状なし
手引/伝い歩き
症状なし
入居者:76〜80歳/男性/その他親族/要介護1/自宅にいた(同居)

ソナーレ目白御留山の退去体験談

退去した理由は、本人が逝去したためです。
取材日:2026/06/17
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
車椅子
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護2/その他施設に入居していた

複合型施設里山どんぐりの退去体験談

こちらの施設には最後までお世話になり、施設でお看取りをしていただく形で退去となりました。 入居した当初は、小規模多機能でお世話になりながら「歩けない」というレベル感だったのですが、そこからだんだんと体の状態が進行していきました。頭はしっかりしているのですが、体的な意味で呂律が回らなくなったり、足も完全に立たなくなったりして、最後の方は咀嚼するのもちょっとしんどいよねということで、胃ろうの処置も行いました。 体の状態の進行に合わせて、最後の1年、あるいは1年もなかったかもしれませんが、施設内の「有料老人ホーム」の側に個室を移して、面倒を見てもらう形になりました。
取材日:2026/06/15
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
症状なし
入居者:76〜80歳/女性/実の父母/要支援1/病院に入院していた

ツクイ・サンフォレスト松山の退去体験談

入居後、施設内で再び転倒してしまい、そこから徐々に体が弱っていきました。最初は杖で歩けていたのが車椅子になり、その車椅子も自分で操作している時に転倒して腰を打ってからは、一人で乗り降りすることも難しくなってしまったのです。 それに伴って介護認定も上がりました。ここはサービス付き高齢者向け住宅だったので、介護度が上がり、必要なサービスが増えるとその分だけ費用が加算されます。それまで20万ちょい払っていたのが30万以上になるということで、「ちょっとこれは他のところも検討してみようか」となり、小規模多機能か有料老人ホームへ移るため、入院を挟んで退去することになりました。
取材日:2026/06/15
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
自立
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護1/病院に入院していた

ニチイケアセンター名古屋みなとの退去体験談

母は入居してから2、3年ほどお世話になりましたが、昨年に亡くなりました。もともとあった内臓の病気が悪化し、施設から病院へ搬送していただき、そのまま入院というかたちになりました。最終的には、その入院先の病院で息を引き取りました。 急なことではありましたが、その際の施設の対応は非常に良かったと思います。施設に対して何か不満があって退去したわけではなく、病気によるやむを得ない形での退去となりました。
取材日:2026/06/14
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/その他親族/要介護2/自宅にいた(同居)

SOMPOケア そんぽの家S久米川の退去体験談

退去の直接のきっかけは、入院が必要になったことです。施設内で倒れてしまい、そのまま救急車で病院へ搬送され、入院することになりました。施設での生活が続けられなくなったため、退去という形になりました。 この件に関して、施設側の対応に何か問題があったというわけではありません。むしろ、倒れた際にはすぐに連絡をくださり、迅速に対応していただけたと認識しています。あくまで身体的な状況の変化によるものでした。
取材日:2026/06/11
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:76〜80歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(独居)

ニチイホーム柏の葉の退去体験談

母はこの施設で最期を迎えました。退去の理由は、亡くなったためです。 亡くなった時の施設の対応も、非常にきちんとしていて、本当に感謝しています。私たちは家族葬で、ごく内輪だけでお葬式を行ったのですが、職員さんの中から「ぜひお葬式に参列したい」と言ってくださる方がいたんです。形式的なお悔やみではなく、一人の職員さんが真剣な面持ちで「できれば出席したいのですが」と申し出てくださった時は、本当に嬉しかったですね。 結果的に、家族だけで行う旨をお伝えしてお断りしたのですが、逆に申し訳ない気持ちになったくらいです。母が職員の方々と良い関係を築けていたのだと、改めて感じた出来事でした。
取材日:2026/06/11
執筆者:谷口美咲
男性
物忘れ
車椅子
症状なし
入居者:91〜95歳/男性/実の父母/要介護2/その他施設に入居していた

ベストライフ広島の退去体験談

父が施設を退去することになったのは、亡くなったためです。入居して2ヶ月ほど経った頃に肺炎で入院し、一時は回復に向かったものの、再び悪化してしまいました。入院中に食が細くなり、体もだいぶ弱ってしまいましたが、施設の方が「いつでも受け入れます」と言ってくださったおかげで、亡くなる2日前に施設へ戻ることができました。母も父の帰りを待っていたので、本当にありがたかったです。 施設に戻ったその日、提携の病院で点滴を受けて帰ってきたのですが、その夜中に容態が急変しました。夜勤の男性スタッフの方が、本来の見回りの時間ではないにもかかわらず、何かを察して部屋を覗きに行ってくださったそうです。その時に父が口から泡を吹いて意識がないことに気づき、すぐに救急車を呼んでくださいました。 病院に着いた時にはもう亡くなっていて、診断は心不全でした。本当に突然のことだったようです。
取材日:2026/06/09
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/祖父母/要介護1/自宅にいた(独居)

アクティブライフ箕面の退去体験談

祖母は施設で亡くなりました。十数年ほどお世話になりました。入居当初はとても元気でしたが、晩年は身体の状態も変化し、施設だけでは対応が難しい場面も増えていきました。外部の病院に入院し、また施設に戻ってくるということを繰り返していた時期もあります。 最期までお世話になることができましたが、医療的なケアの必要性が高まってくると、施設の体制だけでは少し心もとない部分もあったように思います。
取材日:2026/06/11
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
症状なし
入居者:96〜100歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(独居)

カーサデルクオーレ桂離宮の退去体験談

退去を決めた理由は、大きく二つあります。 一つは、私たち家族への呼び出しが多かったことです。消耗品がなくなった時などに、その都度施設から連絡があり、家族が対応する必要がありました。その頻度がだんだん負担になってきて、少し引きずり回されているような感覚があったのが正直なところです。 もう一つは、先ほども触れた費用の問題です。介護費用と医療費を合わせると、月々の支払いが私たちの予算を超えてしまう状況が続き、このまま入居を続けるのは難しいと判断し、退去することにしました。
取材日:2026/06/11
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:76〜80歳/女性/実の父母/要介護1/老健に入居していた

サービス付き高齢者向け住宅 赤とんぼの退去体験談

赤とんぼさんは、「認知症の方でも大丈夫ですよ」と言っていただきましたし、施設自体はすごく、本当にとてもいいところだったんです。だから本当は長くお世話になりたかったんですけど…やっぱり母の「夜の徘徊」のことで、ちょっとご迷惑をかけているなと思って退去を決めました。 夜中でもお友達を作りたくて他の入居者の方のお部屋に行ったり、私が面会に行った時もいろんな方に声をかけたりしていて。施設の方は本当に良くしてくださったんですけど、こちらの施設は他に入居されている方が認知症じゃなくて、お元気で健康な方もたくさんいらっしゃったんですね。むしろ、うちの母みたいな状態の人はほぼいないんじゃないかなと思って。 そうなると、夜中に徘徊してしまうのは普通の人だったら嫌だろうなと。スタッフさんは大丈夫ですよと言ってくださるんですけど、私の方が「あぁ、これはちょっとこれ以上はご迷惑だろうな」と思ってしまったんです。 もともとグループホームさんの方に入居の申し込みはしていて、そこがなかなか空かずに、とりあえず赤とんぼさんにお世話になっていたというのもありました。退去の時も無理やり引き留められるようなことは全然なくて、最後は皆さんで温かく見送ってくださいました。本当にずっといたかったなと思うんですけど、この経験を通して「やっぱりサ高住さんというのは、なかなか認知症の人は症状によっては難しいんだな」と、私自身も勉強になりました。
取材日:2026/06/10
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
自立
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要支援1/自宅にいた(独居)

ココファン横浜鶴見の退去体験談

最後の施設長さんはとても良い方でした。朝礼でスタッフに「いつ倒れるかわからないから、接するときは本当に気をつけて」と熱心に指導されているのが聞こえ、すごく安心したのを覚えています。 ただ現場は人手不足のようで、中には信じ難い対応をするスタッフもいました。廊下で体が不自由な方が倒れた際、ある職員が「立て!」と言い放ったのを母が目撃したんです。さらに母自身も、夜間にコールを鳴らした際にその職員から冷たい対応をされて怖い思いをしました。 ですが、親を「人質」に取られているような感覚になり、自分がいないときに母に何かあったらと思うと、怖くてクレームなんて言えませんでした。「ここに預け続けるのは怖い」と思ったのが、転居を考えたきっかけです。 ちょうどその頃、母が体調を崩したため、ケアマネジャーさんの勧めで看護体制の手厚い別の施設へ移ることにしました。 でも、移ったら安心かというと逆でした。移ってからは「前のほうが良かった」と母は何度も後悔していましたね。新しい施設は全部上げ膳据え膳でしたが、外国籍のスタッフが多くて常に忙しそうで…。母が気を使ってしまい「忙しそうだから何も頼めない」と再三こぼしていました。 値段が高ければいいわけでもないんだなと、また次の施設を探して電話をかけたのですが、「今の施設を気に入らないなら、うちに来ても気に入るはずがない」と断られてしまって。まさに「介護難民」のようで、合う施設を見つける難しさを痛感しました。ココファンさんも良い面はありましたが、最終的には「人」への不安が原因で退去を決めました。
取材日:2026/06/10
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
がん・末期癌
入居者:76〜80歳/女性/実の父母/要介護3/病院に入院していた

ハイメディックレジデンス ザ・ガーデン南平台の退去体験談

最終的に、母はこの施設で亡くなりました。急に体調が悪化したというよりは、だんだんと弱っていった感じです。 施設の方からは「お看取りまで対応できます」というお話があり、私たち家族の意向も汲んで、しっかり対応してくださいました。最後まで穏やかに過ごせたと思っています。
取材日:2026/06/10
執筆者:岸川京子
男性
症状なし
自立
症状なし
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/自立/自宅にいた(同居)

サンシティみなとみらいEASTの退去体験談

父と母が亡くなったため、退去することになりました。約5年間、こちらの施設で穏やかな日々を過ごさせてもらいました。
取材日:2026/06/09
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
寝たきり
症状なし
入居者:76〜80歳/女性/実の父母/要介護5/病院に入院していた

ReHOPE多治見の退去体験談

退去した理由は、母が施設で永眠したためです。入居のきっかけとなった病気が原因で亡くなりました。入居期間は約2ヶ月間でした。
取材日:2026/06/09
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
自立
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(独居)

ココファン川越大手町の退去体験談

退去の理由は、母が施設内で亡くなったためです。入居してから3年弱のことでした。
取材日:2026/06/08
執筆者:谷口美咲