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(9ページ目)退去体験談一覧934

老人ホーム・介護施設の退去体験談の一覧ページです。
男性
症状なし
自立
ストーマ・人工肛門
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要支援2/自宅にいた(独居)

すずらん台翔裕館の退去体験談

退去した一番の理由は、父の体の状態が悪くなり、施設での医療的な対応が難しくなったことです。 父はストーマをつけていたのですが、この施設でストーマの方を受け入れるのが初めてだったみたいで、看護師さんが常駐しておらず、ストーマのケアは看護師の資格がないとできないという決まりがありました。この点については入居する際にきちんと説明を受けており、「もし体調が悪くなってご自身でケアができなくなったら、施設では対応できないので退去していただくことになります」と事前に言われていました。 そして実際に父の体調が悪化し、自分での管理が難しくなったため、入居前の取り決めに従って退去せざるを得なくなりました。施設への不満というわけではなく、父の医療ニーズの変化に対応できなくなった、という形です。
取材日:2026/04/19
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
自立
症状なし
入居者:71〜75歳/女性/その他親族/自立/自宅にいた(独居)

サンシティパレス塚口の退去体験談

退去の理由は、叔母が施設内で亡くなったためです。90代でしたので、老衰でした。 体調を崩して「熱が引かない」といった体調の変化があった際も、施設側からこまめに連絡をいただけました。医師が常駐している施設だったので、健康管理から看取りの相談まで、安心してお任せすることができました。本人が自分で選んだ場所で、最後まで穏やかに過ごせたことは、親族としても本当によかったと思っています。
取材日:2026/04/19
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
手引/伝い歩き
脳梗塞・脳卒中・脳出血・くも膜下出血
入居者:76〜80歳/男性/実の父母/要介護1/自宅にいた(同居)

イリーゼ鶴ヶ島の退去体験談

イリーゼさんそのものに不満があったわけではなくて、父の介護度が「要介護3」になったというのもありますし、あとは予算的なところですね。特養さんと比べると、どうしても民間の企業なのでお金は高いですよね。そこだけが不満といえば不満でしたけど、それ以外は本当になかったです。もし金額的なところを考慮しなくてよければ、ずっとここに入れたらなと思えるような施設でした。
取材日:2026/04/19
執筆者:岸川京子
男性
症状なし
自立
症状なし
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/要介護1/自宅にいた(同居)

さわやかリバーサイド長岡の退去体験談

直接の理由は、父が亡くなったことです。ただ、その背景には施設での度重なる転倒がありました。 施設に行ってから、足が徐々に悪くなってきて車椅子に乗ることになったんですけれども、転ぶことが結構多くなってしまいまして。それが夜、部屋の電気を消す時に、リモコンがなくて自分でスイッチのところまで消しに行かないと消えないようなんですね。だから真っ暗な状況でベッドに戻る時に、よく転んでしまったり、けつまづいて血を出したりということが結構多かったようです。弟が「リモコンなり簡単なものに変えられないか」と言ったんですけれども、「全部の部屋を改造しなきゃいけないのでできない」ということで、結局それについては改善してもらえなくて。 本人の話では「部屋で転んだ」と言うんですが、介護士さんに聞くと「廊下で転んだ」とか、その話が結構辻褄が合わないことが多かったんです。何かあったら書くはずの日誌についても、どうも記載をされていなかったようなんですよ。 結局、転倒が原因で入院することになり、そのまま戻れずに亡くなりました。入院させる時も、新潟の冬なのに毛布とかもかけずに、着の身着のままで施設から病院に連れて行かれたようで。病院側から「こういう寒い時に何もかけ物もなくするのは、ちょっと非常識じゃないか」と言われたそうです。弟が苦情を言った後だったので、報復なのかと思ってしまうほどでした。一生懸命やった中だとは思いますし、職員さんがいなくてこうなったのかなとも思いますが、納得できない部分はあります。
取材日:2026/04/18
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
歩行器
糖尿病・インスリン
入居者:76〜80歳/女性/祖父母/要介護3/自宅にいた(独居)

スーパー・コート高石羽衣の退去体験談

祖母は施設で亡くなりました。個室で倒れているところを朝の8時ごろにスタッフの方に発見され、救急車で運ばれたのですが、そのまま亡くなりました。 施設からは夜間も巡回していると聞いていたのですが、発見が朝の8時だったということは、夜中は来てもらえていなかったのかもしれません。おそらく、夜中にトイレに起きた際に転んでしまったのだと思いますが、もしもっと早く、例えば朝の5時や6時に見つけてもらえていたら、救急車を呼ぶのも早かったですし、もう少し長生きできたのではないかという思いが残ります。意識がないまま長い時間倒れていたのかと思うと、とても可哀想でした。この件については、父も非常に憤っていました。
取材日:2026/04/17
執筆者:岸川京子
男性
せん妄
アルツハイマー型認知症
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護5/病院に入院していた

ソワン幸手の退去体験談

退去した理由は、父が施設で亡くなったからです。ある日の朝方、兄のところに施設から電話があり、「見回りをしたら呼吸をしていなかった」と連絡を受けました。病院の先生によると、いつ亡くなったかが正確には分からないため、先生が確認した時間をもって死亡時間とする、とのことでした。夜中に苦しんだ様子はなかったのではないかと思います。 入居してから亡くなるまでが1ヶ月ほどと短く、私自身は入居の日に荷物を置きに行ったきり、会いに行く機会がありませんでした。
取材日:2026/04/17
執筆者:岸川京子
男性
症状なし
自立
症状なし
入居者:91〜95歳/男性/実の父母/要介護4/老健に入居していた

メディス足立の退去体験談

最後は、本当に急な展開でした。その日も夕食を食べて、歯磨きを終えた後、スタッフさんが「ちょっと待っててね」と少し席を外されたんです。そのわずかな間に、父は息を引き取っていました。苦しむこともなく、本当に自然なまま、急に逝ってしまったという形でした。 その担当の方も、ちょっと多少の動揺みたいなのがあったみたいなんですけど。後日、ご挨拶に伺った際には、リハビリの先生や一緒に工作をしてくださったスタッフの方々が、父のために泣いてくださったんです。まさかそこまで深く寄り添い、一緒に泣いてくれるとは思わなかったので、その温かさに救われる思いでした。「ここで楽しく過ごしてほしかった」という悔しさはありますが、それ以上に「最後がここで良かった」と、今は感謝の気持ちしかありません。
取材日:2026/04/17
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
車椅子
たん吸引
入居者:91〜95歳/男性/実の父母/要介護5/病院に入院していた

SOMPOケア そんぽの家S西新井大師の退去体験談

ここは本当に、もっと長く元気に暮らしてほしいと思って入ったので、早く退去することになったのは残念でした。 急に咳が止まらなくなって、持病があったせいもあるんですけど、呼吸が苦しいとなってしまって。最初は往診の先生に来ていただいて酸素ボンベで対応していたんですけど、「これはちょっと長引きそうだし、入院した方がいいね」ということで救急車を呼びました。一度入院してしまうと、今度は痰の吸引をしなきゃいけないという状態になってしまって。「SOMPOケア そんぽの家S西新井大師」さんではサ高住で、その対応が難しいということで、戻れなくなってしまったんです。
取材日:2026/04/17
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
車椅子
症状なし
入居者:101歳以上/女性/実の父母/要介護4/病院に入院していた

サンガーデン湘南の退去体験談

母は施設で息を引き取りました。亡くなる1週間ほど前に施設から連絡があり、血中酸素濃度が上がらないとのことでした。一度、救急車で病院に搬送されましたが、医師からは「特に病気というわけではなく、高齢による全体的な身体機能の低下です」と説明を受け、入院はできないということで施設に戻りました。 施設に戻ってから1週間ほどで、老衰のため亡くなりました。肺の機能が低下してしまったようです。亡くなる当日も面会に行き、夕方に施設から「少し様子がおかしいので来てほしい」と連絡を受けて駆けつけました。最後まで意識ははっきりしていました。
取材日:2026/04/17
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
車椅子
症状なし
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護2/病院に入院していた

四季彩豊田の退去体験談

退去の理由は、両親が亡くなったためです。 父は、施設で最期を迎えました。特に看取りについて施設の方と話し合うような時間もないままという感じでした。 母は、施設で過ごしている中で容体が悪化しました。その際は、施設の方が迅速に病院へ救急搬送してくださいました。そうした緊急時の対応はしっかりしており、安心できました。母は、その後入院先の病院で数日間過ごし、息を引き取りました。
取材日:2026/04/17
執筆者:岸川京子
男性
せん妄
脳血管性認知症
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/要介護3/その他施設に入居していた

ニチイケアセンターこゆるぎの退去体験談

最後は施設で倒れてしまったのですが、亡くなった場所は病院でした。当時は私自身が「看取り」という言葉も知らなくて、施設から「お父様が倒れられて心肺停止なのですが、救急車呼びますか?」と電話が来た時に、「え、当たり前じゃん、何言っちゃってんの?」って思って「呼んでください!」って言っちゃったんですね。 結局、救急隊員の方が心臓マッサージをして心臓は復帰したんですけど、その後意識が戻ることはなく病院で亡くなりました。母の介護を経て「看取り」が分かってきた今となっては、「あのまま施設で看取ってあげればよかったな」という後悔があります。当時は医療行為ができない施設ではどうなるのか、という判断ができる知識がなかったんです。
取材日:2026/04/15
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
車椅子
脳梗塞・脳卒中・脳出血・くも膜下出血
入居者:76〜80歳/男性/実の父母/要介護3/病院に入院していた

SOMPOケア ラヴィーレ中央林間の退去体験談

最終的に、こちらの施設で父を看取っていただきました。 亡くなる前の年の年末頃から、体力が落ちてきた影響で食事がだんだんと摂れなくなってしまいました。最初は食べやすいように柔らかくしていただいた食事を摂っていたのですが、それも難しくなってきて。いよいよ食べられなくなったという段階で、訪問診療のお医者さんから今後の選択肢として、胃ろうにするか、あるいは点滴にするかというお話をいただきました。 私たち家族は点滴でお願いすることを選択しました。その際、「点滴が体に受け付けられなくなってきたら、いよいよお別れが近いと思ってください」という説明も丁寧にしていただきました。そのお話があってから、およそ1ヶ月後のことでした。施設で息を引き取っていたそうで、連絡を受けて私たち家族が施設に駆けつけました。最期の時まで、この施設で過ごさせてもらえたということです。
取材日:2026/04/09
執筆者:岸川京子
男性
せん妄
脳血管性認知症
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/自立/病院に入院していた

ニチイケアセンターほりにしの退去体験談

ニチイケアセンターほりにしさんは、最初から認定が下りるまでの「1ヶ月間だけ」という約束でお世話になっていました。当時は認定が出るのが早くて、1週間か2週間くらいで介護度が出たんですよ。それで認定が下りたタイミングで、もともと予定していた通り、私の家により近くて、当時は金額も5万円くらい安かった別のニチイさんへ移ることになりました。認定が出るまで自立枠で日割り計算のような形で柔軟に対応していただいたおかげで、病院から追い出されそうな状況を救ってもらえたと思っています。
取材日:2026/04/15
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
自立
うつ・鬱病
入居者:76〜80歳/女性/義理の父母/要介護2/自宅にいた(同居)

リールホーム学園前の退去体験談

義母が施設で亡くなったため、退去することになりました。 施設に病院への付き添いを頼むと、なぜかそのまま精神科に「入院」になることが2回もありました。通院を止めようと思っていた矢先だったので、「施設側が楽をするために預けたんじゃないか」と腑に落ちない思いでしたが、結局計6ヶ月も入院。その間もお世話を受けていないのに食費以外の費用は全部かかり、「これじゃ施設の丸儲けじゃないか」と何度も退去を考えました。しかも入院から戻るたびに母の状態は目に見えて悪くなり、退院時には水も飲めない車椅子状態になっていました。入居時はあんなに元気だったのに。最初の契約では「看取りはできない」と言われていたのに、いつの間にか「看取りもやります」と契約が変わり、そこから亡くなるまでの1年半、水も飲めない母がどう過ごしていたのか聞いても、納得のいく答えはありませんでした。 亡くなった後の片付けでも、当時のスタッフが一人もいなくなっていて部屋の備品と私物の区別がつかず、絶句しました。 さらに、敷金などの清算の時に事務スタッフが「大抵の方には1000円お返ししています」とさらっと言われたんです。現状復旧にかかった費用を差し引いて残額を返すシステムなはずなのに、最初から「1000円返すことが前提」になっているんですよ。結局、最終的な精算は言葉通り1000円だけ返ってきましたが、あの大げさな言い方を含めて「1000円返しときゃ文句ないだろう」と、そこに辻褄を合わせるために適当な名目で引かれたんじゃないかって疑惑しかありません。 母の費用も「トイレを全部交換しなきゃいけないほど汚れていたから」という理由で引かれていました。でも最後はピカピカに掃除して出たんです。交換なんて到底思えません。今でも疑惑だらけで、本当に後味の悪い最期でした。
取材日:2026/04/15
執筆者:岸川京子
男性
症状なし
車椅子
人工透析
入居者:86〜90歳/男性/その他親族/要介護5/病院に入院していた

グレースメイト鷺ノ宮の退去体験談

退去の一番の理由は、叔父の体調が急激に悪化したことです。入居後わずか5日ほどで、うわ言やせん妄のような状態がひどくなってしまいました。 施設には看護師さんがいらっしゃいましたが、看護師さんの判断の域を超えていたので、すぐ元の病院に戻しました。タイミングが良ければ、健康であればとてもいい施設だったんだろうなと思います。
取材日:2026/04/15
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
車椅子
パーキンソン病
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護3/自宅にいた(同居)

有料老人ホーム くるみの木稲沢の退去体験談

母は老衰で亡くなりました。亡くなる3〜4ヶ月前くらいからほとんどご飯が食べられなくなったんです。母はパーキンソン病も持っていて、在宅医療の先生に病院へ連れて行ってもらった際に「胃ろうにしないか」と提案されました。その時、施設の方に相談したら「規約上、胃ろうの人の受け入れはできません」と言われてしまって。契約書通りなので仕方ないんですけど、こっちは困るじゃないですか。 「僕らが行ける時は手伝いに行くから」と伝えて、一旦は収まったんですけど、結局母本人が「そんな延命はしたくない」と胃ろうを望みませんでした。その後は点滴だけで2~3日過ごし、ある日の朝、施設の方から「すーっと、静かに息を引き取られました」と連絡を受けました。私たちも覚悟はしていたので、穏やかな最期だったのかなと思っています。
取材日:2026/04/14
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
自立
アルツハイマー型認知症
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護3/病院に入院していた

ライフコミューン一橋学園の退去体験談

最終的には、肺炎を起こしてしまい、病院に入院することになったため退去しました。施設側の緊急時の対応はしっかりしていて、夜間だったにもかかわらず、スタッフの方が病院まで付き添い、入院の手続きまで手伝ってくださったので、その点は問題ありませんでした。
取材日:2026/04/14
執筆者:岸川京子
男性
症状なし
歩行器
症状なし
入居者:91〜95歳/男性/実の父母/要介護1/その他施設に入居していた

SOMPOケア そんぽの家 天王寺の退去体験談

父は最終的に、施設内で体調を崩して肺炎になり、病院へ移ることになりました。何度か救急車で運ばれることがありましたが、その際の施設の対応は非常に助かりました。夜間にもかかわらず施設長さんが病院まで駆けつけて付き添ってくださるなど、緊急時にもしっかりご対応いただきました。有料の付き添いサービスもありましたが、緊急時の手厚いサポートにはお世話になりました。 今も母は元気で暮らしており、この施設を気に入っています。
取材日:2026/04/14
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
車椅子
症状なし
入居者:96〜100歳/女性/実の父母/要介護2/その他施設に入居していた

ラ・ソーラ街の杜もりぐちの退去体験談

母は施設から救急搬送され、そのまま病院で亡くなりました。 でも、その時の様子がどうも納得いかないんですよね。施設の方のお話では「車椅子に乗ったまま食事をしていたら、急に白目を向いてびっくりした」って仰るんですけど、病院に行ったらもう「手遅れだ」と言われて。ベッドの上で亡くなるならともかく、車椅子で食事中にというのは、何か喉に詰まったんじゃないかなと思って。それまでは元気で普通に会話もしていましたから、急にそんなことになるなんて。最後の最後でそこが納得いかなくて、説明もあまりしていただけませんでした。 結局、私が選んで入ってもらった施設だったので、「母には申し訳ないことをしたな」って、もう本当に申し訳ない気持ちで2、3ヶ月は苦しかったですね。あんなに元気だったのに、こんな最後になるなんて思わなかったですから。
取材日:2026/04/14
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/要介護2/自宅にいた(独居)

サービス付き高齢者向け住宅 であいⅡの退去体験談

退去の直接的な理由は、父が施設での生活に馴染めず、脱走騒ぎを起こしてしまったことです。これにより、施設側から「申し訳ないですが、出ていってください」と退去を促される形になりました。 父は体が元気だった分、日中自由に外出できないことが大きなストレスになったようです。私は遠方におり、万が一のことがあるとすぐ駆けつけられないため、安全を優先して施設の方に「外出はさせないでください」とお願いしていました。しかし、その配慮が父にとっては「閉じ込められている」という感覚を強めてしまい、我慢の限界を超えてしまったのだと思います。また、他の入居者の方に車椅子の方が多かったことも、元気な父にとっては馴染めない環境だったのかもしれません。 結局、入居から1週間ほどで脱走してしまい、施設側もこれ以上の対応は難しいという判断になったようです。その後、父は一時的に精神病棟に保護入院し、その間に次の施設を探すことになりました。
取材日:2026/04/13
執筆者:谷口美咲
男性
症状なし
自立
がん・末期癌
入居者:91〜95歳/男性/実の父母/要介護1/自宅にいた(同居)

シニアグランドホーム藤和の奏の退去体験談

父は体調を崩し、救急車で病院に運ばれました。施設長さんも救急車に同乗してくださり、病院まで付き添ってくださいました。検査の結果、特に治療法はなく、施設に戻っても点滴をするくらいしかできないと言われました。かなり弱っていたこともあり、そのまま入院することになりました。食べることも動くこともできなくなり、寝たきりの状態で点滴を受け、入院から3ヶ月ほどで亡くなりました。 父が亡くなった後、母は一人部屋に移ったのですが、そのショックが大きかったようで、急に元気がなくなってしまいました。それまで認知症はなかったのですが、会話が少なくなり、食欲も落ちて。私が行っても、だんだん分からなくなってきているようでした。足腰も目に見えて弱くなり、トイレも自分で行くのが大変になってオムツを使うようになったのですが、そうなってからは、さらに衰えが進んだように感じます。そして、父が亡くなってから1年も経たないうちに、母も後を追うように亡くなりました。
取材日:2026/04/12
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護3/自宅にいた(独居)

イリーゼ船橋緑台の退去体験談

結局、衰えが進行しまして。いわゆる、末期ケアが必要だという状態になりました。そうなるとやっぱり病院でないと難しいっていうことで、近くの病院の方に移ったっていうことですね。普段から健康管理で看護師さんもいましたけれども、いわゆる末期ケアになるともう24時間つきっきりの状態になっちゃうので、それはちょっと施設でできる限界ということでした。
取材日:2026/04/12
執筆者:岸川京子
男性
症状なし
歩行器
脳梗塞・脳卒中・脳出血・くも膜下出血
入居者:81〜85歳/男性/祖父母/要介護3/病院に入院していた

ロイヤルホーム茨木の退去体験談

最終的に退去して自宅に戻ることができました。こちらが目標にしていた「歩行器を使って歩けるようになる」というところまで、しっかりと回復できたのが一番の理由です。施設にいながら訓練を頑張って、回復が見られての退去だったので、まさに「卒業」という感じでした。
取材日:2026/04/12
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/祖父母/要介護2/病院に入院していた

アズハイム横浜戸塚の退去体験談

最終的に、祖母はこちらの施設で最期を迎えました。もともと入居を決める際に、看取りの対応についてもしっかりと確認していました。終末期医療という形になりましたが、穏やかに過ごすことができたと思っています。家族としても、この施設で最期までお世話になることができて良かったと感じています。
取材日:2026/04/12
執筆者:岸川京子
男性
せん妄
歩行器
症状なし
入居者:91〜95歳/男性/実の父母/要介護3/自宅にいた(同居)

桜ガーデン茅野の退去体験談

退去した理由は、元々第一希望として申し込んでいた特別養護老人ホームに空きが出たからです。施設を探している時から、並行して実家から近い特養にもいくつか申し込みをしていました。母が一人で面会に行くことも考えて、できるだけ近いところがいいと思っていたんです。桜ガーデン茅野さんに入居してからも、ケアマネさんには「現在こういう状況で、母が一人で介護をしていた」という経緯を何度かお電話で伝えていました。 特養に移ってからは、そのままそこで最後まで看取ってもらいました。こちらの施設は金額的には高かったんですが、急ぎで探していた時に預かっていただけたので本当に助かりました。
取材日:2026/04/12
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
自立
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護2/自宅にいた(独居)

介護付有料老人ホーム ハルトリーゲル松戸の退去体験談

退去の理由は、母が施設で息を引き取ったためです。 明け方に容体が急変したと施設から連絡をいただき、家族が駆けつけましたが、残念ながら最期には間に合いませんでした。 ただ、緊急時にもすぐに連絡をいただけましたし、最期までこの施設で穏やかに過ごすことができたと思っています。
取材日:2026/04/12
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
自立
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要支援2/自宅にいた(独居)

スーパー・コート東淀川の退去体験談

最終的には亡くなるまでお世話になったんですが、看護師さんやスタッフさんから後で聞いたお話が心に残っています。 私は仕事をしていましたけど、毎日施設に顔を出して、懇談会やお医者さんとの対面のお話も全部行っていたんですね。そうしたら亡くなった後で看護師さんが、「毎日来られているご家族さんはほとんどいないから、私たちも一生懸命お母さんのことをしてあげようという気持ちになっていました」っておっしゃってくださって。やっぱり人間だからそういう面もありますって。そこまで一生懸命されていたからお母さんも幸せだったでしょうねと言っていただけて、ちゃんと見てくださっていたんだなと思いました。何かあったら今日こんなことがあったとか、ちょっとこけたとか熱が出たといった細かいことでもよくお電話をくださっていましたね。
取材日:2026/04/12
執筆者:岸川京子
女性
せん妄
車椅子
脳梗塞・脳卒中・脳出血・くも膜下出血
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護4/老健に入居していた

せんだんの実 長田の退去体験談

もともとの段取りとして、老健さんの1年という期間をリセットするために、1ヶ月だけこちらのサ高住に移って、また老健さんに戻るという形だったからです。それから、資金的なところが、老健さんにいるより3倍はかかってしまうので、そこはちょっと辛いなというのもあって、家族としては期間限定という判断でした。 ただ、こちらの施設での母の様子が本当に良かったので、姉とも「お金はかかったとしても、またあそこに移る機会を楽しみにしようね」と話をしていたんですよ。実際にまたこちらに移る段取りをしていた時に、母が亡くなってしまったので、「あそこに行けると思ってたのに残念だよね」と話していました。
取材日:2026/04/12
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
アルツハイマー型認知症
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護4/老健に入居していた

アプリシエイト豊中の退去体験談

退去を決めた直接のきっかけは、父の体調の急激な悪化です。 入居して3ヶ月ほど経った頃、施設から「背中に褥瘡ができています」と連絡がありました。その処置中に大量出血し、病院に緊急搬送されることになったのです。仕事中だった私は「今から病院に連れて行きます」という連絡を受け、すぐに病院へ向かいました。病院に着くと、父は命に関わる状況だと説明を受けました。 施設から職員の方が一人付き添ってくれていましたが、状況を聞くと「褥瘡を触っていたら出血した」という説明でした。そして、「すみません、もう仕事があるので戻らせてください」と言われたのです。医師から状況を聞かれても私では何も答えられないので、医師からの聞き取りが終わるまではいてもらいましたが、その後帰られました。 結局、父はそこから回復することなく、1ヶ月も経たないうちに亡くなりました。この一連の出来事を受け、褥瘡ができたとわかった段階で、母も退去させることを決めました。すぐに以前お世話になっていたケアマネさんに相談し、新しい施設を探してもらい、母も退去手続きを取りました。
取材日:2026/04/11
執筆者:谷口美咲
男性
物忘れ
手引/伝い歩き
心臓病・心筋梗塞・狭心症
入居者:76〜80歳/男性/実の父母/要介護1/その他施設に入居していた

輝明生苑しのざきの退去体験談

退去の直接の理由は、父が入院することになったためです。もともと父は心臓が弱く、加齢による心不全の状態が続いていると医師から言われていました。日常生活は送れていましたが、いつ何があってもおかしくないという状況でした。 施設で過ごしている中で、ある日急に体調が悪化しました。その際、施設の方はすぐに「今から病院にお連れします」と連絡をくださり、迅速に対応してくださいました。そのまま入院となり、残念ながら施設に戻ることはできず、病院で最期を迎えました。施設での生活が直接の原因というわけではなく、持病による体調の急変がきっかけです。連絡や対応については、きちんとしていただけたと思っています。
取材日:2026/04/11
執筆者:谷口美咲