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(6ページ目)退去体験談一覧702

老人ホーム・介護施設の退去体験談の一覧ページです。
女性
症状なし
症状なし
入居者:91〜95歳/女性/実の父母/要介護2/自宅にいた(独居)

ライブラリ淵野辺四丁目の退去体験談

退去の理由は、母が施設で穏やかに最期を迎えたためです。 入居当初は要介護2でしたが、徐々に状態は進み、最終的には要介護4の認定を受けました。 最期は施設内で、スタッフの皆様に囲まれての看取りとなりました。 病院ではなく、住み慣れた場所で最期まで過ごさせてあげられたこと、そしてスタッフの方々が本当に親身になって看取りまで行ってくださったことには、感謝しかありません。 穏やかな旅立ちだったと思っています。
取材日:2026/03/12
執筆者:山田 浩二
男性
物忘れ
車椅子
症状なし
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護3/自宅にいた(同居)

わじろの郷の退去体験談

入居して2週間ほど経った頃、具合が悪くなってしまい病院に移されました。和白病院の先生が定期的に検診というか、診てくださっていたみたいで、すぐに連携していただいたんだと思います。そのまま病院に入院して、2週間ほどで亡くなりました。入居直前からだいぶ体は弱っていたんだと思います。
取材日:2026/03/12
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
歩行器
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護3/病院に入院していた

サービス付き高齢者向け住宅 花乃苑沖洲の退去体験談

母親は施設の方で亡くなりました。少し前に先生から「この状態だと…」というお話があって、施設の方から「うちでも看取りができますよ」と申し出をいただいたんです。「だったら慣れたところの方がいい」ということでお願いしました。亡くなった後も葬儀屋さんが準備できるまで施設でドライアイスを準備して対応してくれて、そこで面会もできました。 その翌月、父親も施設の退所が決まりました。母親が亡くなったショックもあったのか、突然食事を取らなくなってしまって。点滴だけになって、高カロリーの点滴を入れるとなると医療行為になってくるので、「施設ではもう申し訳ないけど見られない」ということで、長期入院可能な病院に移ることになりました。
取材日:2026/03/11
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
車椅子
心臓病・心筋梗塞・狭心症
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護2/自宅にいた(独居)

ロイヤルアスコット千葉の退去体験談

退去した理由は、母が施設で亡くなったためです。 入居してから要介護度が進み、認知症の症状も悪化するなど、徐々に身体が弱っていきました。 心臓や高血圧の持病もありましたが、施設の皆さんが丁寧にお世話をしてくださる中で、穏やかに最期を迎えることができました。
取材日:2026/03/11
執筆者:伊藤 結衣
女性
症状なし
自立
症状なし
入居者:76〜80歳/女性/実の父母/要支援1/病院に入院していた

アシステッドリビング習志野の退去体験談

退去を決めた一番の理由は、このまま施設での生活を続けると、母の心身の機能がますます低下してしまうのではないか、という強い懸念でした。食事以外はほとんど部屋で寝て過ごし、移動も車椅子。人と話す機会も減り、どんどん気力も体力も失われていくように見えたのです。 このままではいけないと思い、ケアマネージャーさんに相談したところ、「今ならまだ在宅での生活も可能だと思います」というお言葉をいただきました。もちろん、自宅に戻れば家族の負担は増えます。でも、デイサービスやショートステイを組み合わせれば、何とかなるかもしれない。もしダメだったら、また施設に戻ることもできる。これは一つのチャレンジなのだと、思い切って在宅介護への切り替えを決断しました。
取材日:2026/03/09
執筆者:山田 浩二
女性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:91〜95歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(独居)

さわやかゆう輝の里の退去体験談

退去を決めた一番の理由は、経済的な問題です。入居から約1年で退去することになりました。きっかけは、入居して半年ほどで義母の要介護度が1から3に上がったことです。施設側から退去を求められたわけではありませんでしたが、要介護度が上がったことで月々の利用料も増えてしまいました。私たちは年金の範囲内で支払えることを条件に施設を探していたので、この費用増は正直なところ厳しかったのです。そのため、より費用を抑えられる特別養護老人ホーム(特養)への転居を決断しました。
取材日:2026/03/06
執筆者:山田 浩二
女性
症状なし
車椅子
脳梗塞・脳卒中・脳出血・くも膜下出血
入居者:91〜95歳/女性/実の父母/要支援1/病院に入院していた

クラーチ・メディーナ千葉の退去体験談

退去の理由は、母が施設で穏やかに息を引き取ったためです。 入居から約4ヶ月後の10月のことでした。 亡くなる直前、施設から「すぐに来てください」と連絡をいただきました。 駆けつけると、スタッフの方が「もう時間の制限はありませんから、ずっとそばにいてあげてください」と言ってくださったんです。 コロナ禍で面会時間に制約があった中、最期の時にはそうした取り決めをすべてなくし、私たちが心ゆくまで母に付き添えるよう配慮してくださいました。 おかげで、私たちは母の手を握り、声をかけながら、穏やかな雰囲気の中で最期の時を看取ることができました。 病院ではなく、この施設で最期を迎えさせてあげられて本当に良かったと、心から思っています。 家族として、とても安心して母を送り出すことができました。
取材日:2026/03/06
執筆者:山田 浩二
男性
症状なし
車椅子
ストーマ・人工肛門
入居者:76〜80歳/男性/実の父母/要介護5/病院に入院していた

イリーゼ四街道の退去体験談

施設に大きな不満があったわけではなく、退去の理由は、父が亡くなったためです。入居してから2ヶ月ほどで、残念ながら息を引き取りました。
取材日:2026/03/06
執筆者:山田 浩二
女性
物忘れ
自立
アルツハイマー型認知症
入居者:56〜60歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(独居)

さわやか立花館の退去体験談

退去の一番の理由は、母の認知症の症状が進行し、施設での対応が難しくなったことです。 例えば、トイレの便器にトイレットペーパーを丸ごと詰まらせてしまうといったことが続きました。もちろん本人に悪気はないのですが、軽度の方が多い施設ということもあり、常に付きっきりで見守る訳にもいかず...という状況でした。
取材日:2026/03/10
執筆者:谷口美咲
男性
症状なし
自立
症状なし
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要支援1/その他施設に入居していた

エイジフリーハウス枚方牧野の退去体験談

施設を離れることになったきっかけは、父がインフルエンザで倒れた時の施設の対応でした。 兄が施設を訪れると、父が苦しんでいるのにも関わらず、職員の方は本人のケアを後回しにして、手すりの測量など設備の話ばかりしていたそうです。兄はその光景を見てとても怒っていました。 結局、救急搬送も兄が手配しました。その後、父は要介護3ほどになり、施設には帰れない状態になってしまいました。荷物を施設に置いたままでしたが、「いつ出ていくのか」と退去を促されるような状況でした。 最後まで面倒を見てもらえると思っていたのですが、最終的に病院をたらい回しにされた末に亡くなりました。
取材日:2026/03/09
執筆者:谷口美咲
男性
物忘れ
車椅子
肝炎
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/要介護2/自宅にいた(同居)

あんねいの家なるみの退去体験談

施設に大きな不満があったわけではありません。父の要介護度が上がったと同時に、申し込みをしていた特別養護老人ホームへの入居が決まったため、転居することになりました。
取材日:2026/03/09
執筆者:谷口美咲
男性
物忘れ
車椅子
アルツハイマー型認知症
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護3/病院に入院していた

CSナーシング千音寺の退去体験談

父が亡くなったため、退去となりました。父の最期を穏やかに看取ることができました。
取材日:2026/03/09
執筆者:谷口美咲
男性
症状なし
自立
症状なし
入居者:91〜95歳/男性/実の父母/要介護1/自宅にいた(独居)

ライフ髙石の退去体験談

父は施設で亡くなりました。最後の方はもう歩けなくなって車椅子移動でしたけれど、施設での看取りという形でした。 コロナ禍の時期で面会がなかなかうまくいかなくなった時期もありましたが、最後は施設のスタッフの方が本当によくしてくださいました。本当に「入れてよかったね」と、施設の皆様には家族一同、感謝しております。
取材日:2026/03/09
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(同居)

カーサプラチナ宮前平の退去体験談

父は昨年に亡くなりました。入院が必要な状況になってからは、ずっと病院で過ごしていたので、施設ではなく病院の方でという形でした。 実は、入院中に「胃ろうを作って、また施設に戻ろうか」という話をしていたんですよ。鼻からの経鼻栄養摂取だと施設での対応は難しかったのですが、胃ろうであれば受け入れていただけるとのことだったので、家族で相談して戻る方向で進めてはいたんです。ただ、結果的にはそのまま病院で最期を迎えることになり、施設に戻ることは叶いませんでした。なかなか難しいものですね。 母の方は今も引き続き入居していますが、元々二人で入っていたので、まだ一人部屋に空きがなくてキャンセル待ちの状態なんです。一人部屋が空くまでは今の部屋で、ということも施設の方と相談できています。
取材日:2026/03/07
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/要介護1/自宅にいた(同居)

ホームステーション大和の退去体験談

父が施設で亡くなったためです。お世話になりました。
取材日:2026/03/07
執筆者:谷口美咲
男性
症状なし
自立
パーキンソン病
入居者:76〜80歳/男性/実の父母/要介護4/自宅にいた(同居)

ココファン北長瀬の退去体験談

施設で亡くなったんです。ココファン北長瀬は「お看取り」が可能だということだったので、最後までお願いすることにしました。 実は、亡くなったのは面会に行った日の晩だったんですよ。あの日も面会に行って…その日の夜でした。最後の最後までしっかり施設で過ごせて、安心してお預けすることができました。
取材日:2026/03/06
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
歩行器
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護3/自宅にいた(独居)

イリーゼ八千代緑が丘の退去体験談

こちらの施設に入居して1、2ヶ月ほど経った頃、母の体調が急に悪化してしまいました。腎臓の状態がさらに悪くなり、腹膜透析を始めなければならなくなったのです。 施設では透析の対応が難しいため、退去し、透析専門の病院に入院することになりました。これは施設の対応に問題があったわけではなく、あくまで母の医療的な必要性から生じたやむを得ない退去でした。
取材日:2026/03/05
執筆者:伊藤 結衣
男性
幻覚・錯視
車椅子
がん・末期癌
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/要介護3/病院に入院していた

ラ・ナシカこぶけの退去体験談

施設にお世話になってから、半年ほど経った頃に父は亡くなりました。結局、コロナ禍でほとんど会えないままのお別れとなってしまい、心残りがなかったと言えば嘘になります。ですが、最期の時まで施設の方々がしっかりと見てくださっていたことには、心から感謝しています。穏やかな最期だったと信じています。
取材日:2026/03/05
執筆者:伊藤 結衣
女性
物忘れ
車椅子
症状なし
入居者:76〜80歳/女性/実の父母/要介護3/老健に入居していた

ケアレジデンス五井の退去体験談

退去したのは、施設への不満が直接的な理由ではありません。実は、入居を決めたときから、半年後に新しくオープンする系列の施設『ケアレジデンスグラン市原』に移る、という計画を立てていました。 当時はグラン市原がまだ建設中だったため、完成までの半年間、一時的にケアレジデンス五井でお世話になるという形だったのです。五井の施設長さんがグラン市原にも異動される予定で、『必ず入れますよ』と約束してくださったこともあり、計画通りスムーズに転居することができました。
取材日:2026/03/04
執筆者:伊藤 結衣
女性
症状なし
車椅子
心臓病・心筋梗塞・狭心症
入居者:96〜100歳/女性/実の父母/要支援2/自宅にいた(同居)

リアンレーヴ蘇我壱番館の退去体験談

退去の理由は、母が施設内で新型コロナウイルスに感染し、そのまま亡くなってしまったことです。施設の方々には本当に良くしていただき、アットホームな雰囲気の中で穏やかに過ごせていたので、私たち家族もとても感謝していました。それだけに、突然のコロナ感染で、熱が出てから翌日には亡くなってしまうという、あまりにも急な別れとなってしまったことが、今でも悔やまれます。施設での生活に不満があったわけではなく、本当に不運な出来事でした。
取材日:2026/03/04
執筆者:高橋 裕二
男性
症状なし
症状なし
症状なし
入居者:56〜60歳/男性/配偶者/自立/自宅にいた(同居)

ハイアットレジデンス季美の都ちばの退去体験談

施設での生活はしばらく続きましたが、ある日、主人は亡くなりました。入居してからそれほど長い期間が経っていたわけではなかったので、「早くに亡くなった」という印象です。 施設から連絡を受け、退去の手続きをしました。特に施設側で何かトラブルがあったわけではなく、穏やかな最期だったと聞いています。結局、亡くなるまでその施設でお世話になる形となりました。
取材日:2026/03/03
執筆者:伊藤 結衣
男性
自傷・他傷行為
車椅子
流動食・嚥下食
入居者:86〜90歳/男性/義理の父母/要介護4/その他施設に入居していた

ハイアットレジデンス季美の都ちばの退去体験談

退去の直接の理由は、義父が亡くなったことです。 その数ヶ月前から、だんだんと食事を口にすることができなくなってしまいました。 最初は、外部の病院から訪問看護の方に来ていただき、栄養補給のための点滴を打ってもらっていました。 しかし、しばらくするとその点滴での栄養補給も難しい状態になり、施設の方から「これ以上の医療的な対応は施設では難しい」というお話をいただきました。 そして最終的には病院へ入院することになり、そこで息を引き取りました。 契約上は看取りまでお願いしていましたが、義父の状態を考えると、病院へ移るという判断は仕方のないことだったと思っています。
取材日:2026/03/03
執筆者:伊藤 結衣
男性
物忘れ
症状なし
入居者:76〜80歳/男性/実の父母/要介護2/自宅にいた(独居)

ハイアットレジデンス季美の都ちばの退去体験談

退去の理由は、父が亡くなったためです。亡くなる3、4ヶ月ほど前から入退院を繰り返すようになり、検査の結果、癌が見つかりました。発見されてからは進行が早く、残念ながら施設に戻ることは叶いませんでした。施設での生活に不満があって退去したわけでは全くありません。
取材日:2026/03/03
執筆者:山田 浩二
女性
物忘れ
車椅子
アルツハイマー型認知症
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護4/その他施設に入居していた

アンサンブル大宮日進の退去体験談

退去の理由は、昨年の11月に母が施設で穏やかに息を引き取ったためです。施設を探し始めた当初の目的であった「安心して最期を任せられる場所」という願いを、この施設は完璧に叶えてくれました。入居してから亡くなるまで、一度も他の施設への転居を考えたことはありません。母にとって最良の環境で、スタッフの方々に温かく見守られながら最期を迎えられたことに、心から感謝しています。
取材日:2026/02/19
執筆者:渡辺 美穂
女性
幻覚・錯視
寝たきり
中心静脈栄養(IVH・TPN・PPN)
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護3/病院に入院していた

サービス付き高齢者向け住宅リバーサイドふようの退去体験談

入居からしばらく経った後、母は施設で安らかに息を引き取りました。そのため、ご逝去というかたちで退去させていただくことになりました。最後まで手厚いケアをしていただき、穏やかな最期を迎えられたことに、家族一同、心から感謝しております。
取材日:2026/02/17
執筆者:高橋 裕二
男性
症状なし
見守り
症状なし
入居者:81〜85歳/男性/兄弟・姉妹/要介護3/病院に入院していた

ベストライフ新潟の退去体験談

退去することになった直接の理由は、兄が誤嚥性肺炎を起こし、痰の吸引という医療的なケアが常に必要になったことです。 入院治療を経て、病状が落ち着けば施設に戻るつもりでいました。しかし、この施設は夜間に看護師さんが常駐している体制ではなかったため、「痰の吸引が必要な方の受け入れは難しい」ということでした。兄の身体の状態が変わってしまったことで、施設の医療体制では対応できなくなり、どうしても戻ることができなくなってしまったのです。残念ではありましたが、病院からの紹介で医療ケアが可能な特別養護老人ホームへ移ることになりました。
取材日:2026/02/16
執筆者:中村 誠
男性
症状なし
車椅子
中心静脈栄養(IVH・TPN・PPN)
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護4/病院に入院していた

フィオレ・シニアレジデンス茨木の退去体験談

退去の理由は、父が亡くなったためです。 入居相談の時から、病院が苦手だった父のために、できる限りこの施設で最期までお世話になりたいという思いから「看取り」をお願いしていました。 しかし、ある日熱が出て体調が急変した際、施設から「救急車を呼びましょうか」と連絡がありました。もちろん、回復の可能性があると思ってご提案くださったのだと思いますが、その状況で家族として「呼ばないでください」と判断することは非常に難しく、搬送をお願いしました。 結果として、父は搬送先の病院で亡くなりました。私たち家族としては、施設を父にとっての「家」と考え、そこで穏やかな最期を迎えさせてあげたかったので、その点が心残りです。
取材日:2026/02/13
執筆者:山田 浩二
女性
症状なし
車椅子
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護4/自宅にいた(独居)

応援家族越谷の退去体験談

退去の理由は、母と父が相次いで亡くなったためです。まず、昨年の5月に母が亡くなりました。そして今年の1月、後を追うように父も息を引き取りました。父は亡くなる3ヶ月ほど前から歩行がかなり困難になり、ほとんど寝たきりに近い状態になっていました。最期までお世話になった施設のスタッフの皆様には、本当に感謝しています。
取材日:2026/02/12
執筆者:山田 浩二
男性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/要介護4/自宅にいた(独居)

応援家族越谷の退去体験談

こちらの施設を退去した理由は、父が今年の1月に亡くなったためです。実は、母も昨年の5月に亡くなっており、両親ともにこの施設を終の棲家とさせていただきました。施設への不満が理由で退去したわけではありません。 ただ、父が亡くなるまでの最後の1年間は、少し大変な時期もありました。きっかけは、先ほどお話しした尿道カテーテルです。3週間に1度の交換が必要だったのですが、施設に来てくださる往診のドクターが泌尿器科の専門ではなかったため、交換に手間取ったり、うまく入らなかったりすることがあったのです。 そのため、交換のたびに私たち兄弟の誰かが仕事を休み、施設まで父を迎えに行き、車で近くの泌尿器科まで連れて行くという生活が続きました。これは、正直なところ家族にとってかなりの負担でした。 父の状態がさらに悪化し、寝たきりに近い状態になってからは、いよいよ家族が車で送迎することも難しくなりました。そこで改めて施設にご相談したところ、往診のドクターが交換に応じてくださるようになりました。それ以降は問題なく交換していただけたので助かりましたが、もう少し早く対応していただけていたら、という思いはあります。
取材日:2026/02/12
執筆者:山田 浩二
女性
物忘れ
車椅子
心臓病・心筋梗塞・狭心症
入居者:76〜80歳/女性/実の父母/要介護4/病院に入院していた

ご長寿くらぶ宇都宮・岡本の退去体験談

退去の理由は、母が施設で穏やかに息を引き取ったためです。いわゆる「看取り」という形で、最後の時までこの施設でお世話になりました。 最期の時が近づいてからも、施設の方々は本当に親身になってくださいました。何度もこまめに電話をくださり、母の様子を詳細に伝えてくれました。おかげで、私たち家族も心の準備をしながら、母の状況を常に把握することができました。その密な連携があったからこそ、母も穏やかに旅立つことができたのだと、心から感謝しています。家族としても、悔いのないお別れができました。
取材日:2026/02/12
執筆者:松本 恵子