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(4ページ目)退去体験談一覧122

老人ホーム・介護施設の退去体験談の一覧ページです。
男性
症状なし
手引/伝い歩き
統合失調症
入居者:70歳/男性/配偶者/要介護3/老健に入居している

住宅型有料老人ホーム まほらの退去体験談

一番の理由は、一部の職員さんとの人間関係でした。妻は「意地悪をされる」と訴えていました。特に看護師さんとの相性が悪かったようです。 具体的には、ひどいことを言われたり、されたりしたと話していました。また、夜間にナースコールを押してもなかなかスタッフの方が来てくれないことがあったようです。人手不足で大変なのは分かりますが、無視されてしまうと感じることもあったと。さらには、ナースコールの電源が切られていたことも何度かあったそうで、何かあった時に誰も呼べないという状況は、本人にとって相当なストレスと恐怖だったと思います。 もちろん、親切にしてくださる職員さんもいましたし、他の入居者の方と親しくなり、退去後にお手紙をくださった方も2人ほどいらっしゃいました。そういった良い出会いがあったことには感謝しています。 しかし、どうしても耐えられない、と。本人の気持ちを尊重し、入居から4ヶ月という短い期間ではありましたが、退去することに決めました。幸い、退去の際に施設側と揉めるようなことはありませんでした。
取材日:2025/06/07
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
車椅子
症状なし
入居者:84歳/女性/義理の父母/要介護4/老健に入居している

ライフコート湘南野比の退去体験談

最終的に施設を変わることに決めた一番の理由は、トイレの介助に関する問題です。 こちらの施設では、トイレに連れて行ってくださる時間が決まっていました。もちろん、ある程度の時間の前後は対応していただけるのですが、計画にない時間に義母が「トイレに行きたい」と伝えても、「その時間には行かれないよ」と断られてしまうことがあったようなのです。 あるいは、都度「一回いくらになるよ」と追加料金の話をされてしまうこともあったようで…。義母はそれを言われるのが、だんだん精神的に辛くなってきてしまったんだと思います。 この不満が本人の中で少しずつ溜まっていき、ついに「施設を変わりたい」という希望を口にするようになったのです。 本音を言えば、義母の一番の望みは「家に帰りたい」ということなのだと思います。ですが、義母には住み慣れた地元で暮らしたいという思いもあり、私たちとは離れて暮らしています。物理的な距離があるため、私たちが毎日実家に通って介護をすることは現実的に難しく、施設にお願いするという選択をしています。 だからこそ、我慢してもらってるからこそ、せめて施設では安心して過ごしてほしかった。本人が「しんどい」と感じながらこの先も暮らし続けるのは無理だと判断し、転居を決意しました。
取材日:2025/06/06
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
車椅子
症状なし
入居者:87歳/女性/実の父母/要介護5/老健に入居している

有料老人ホーム ジャンティエス松戸の退去体験談

残念ながら、母は入居してから半月ほどで亡くなりました。 前の施設で、もっとちゃんと食事を食べさせてもらっていたら。あんな風に元気をなくすような扱いをされていなければ。もっと長く生きられたのではないかという悔しい気持ちは、今でも消えません。 ですが、最後の時間を、母が怯えることなく、穏やかに、そして笑顔で過ごせたことは、何よりの救いです。劣悪な環境から救い出し、人間らしい尊厳のある最期を迎えさせてあげられた。そのことだけは、本当に良かったと思っています。
取材日:2025/06/06
執筆者:谷口美咲
男性
せん妄
車椅子
パーキンソン病
入居者:81歳/男性/実の父母/要介護4/自宅(同居)

スーパー・コート神戸北の退去体験談

母は、入居から約1年半後、この施設で最期を迎えました。 スタッフの方々は本当に親切で、私たち家族もとても満足していましたし、安心して母を任せることができました。最後まで穏やかに過ごせたと思っています。
取材日:2025/06/05
執筆者:岸川京子
男性
症状なし
歩行器
症状なし
入居者:100歳/男性/実の父母/自立/自宅(同居)

ツクイ・サンシャイン南巽の退去体験談

母は昨年、施設で安らかに息を引き取りました。 亡くなる少し前に一度入院したのですが、幸い多少回復し、施設へ戻ることができました。そして、戻ってきてから1週間ほど経った頃、急ではありましたが、旅立ちました。 最期まで満足できる場所で過ごさせてあげられたこと、本当に感謝しています。
取材日:2025/06/05
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:79歳/女性/実の父母/要介護2/自宅(独居)

ご長寿くらぶ水戸河和田の退去体験談

一番大きな理由は、やはり施設が母に合わなかったことだと感じています。 まず、スタッフさんの入れ替わりが非常に早かったんです。皆さん、おそらく半年もいらっしゃらないのではないでしょうか。せっかく顔なじみになっても、すぐに変わってしまう。そうなると、また一から関係を築き直さなければならず、母も私も不安でした。 そして、食事が合わなかったことも大きな理由です。配食サービスだったのですが、母の口には合わず、体調も心配になるほどでした。毎日食べるものですから、食事が合わないのは本当につらいことだと思います。 さらに決定的だったのは、入居から1年ほど経った頃、母本人から「もうここにはいられないから、別の施設を探してほしい」と強く懇願されました。家には帰れないことは本人も理解していたので、せめて環境を変えてあげたいと思いました。 この時の対応に関しても、少しスムーズではないと感じることがあり、施設に意見を伝えたこともあります。ちょうどその頃、施設長さんが変わられたりもしました。新しい施設長さんはとても親身になってくださり、転居の際もいろいろと気にかけてくださったので、その方個人にはとても感謝しています。 ただ、「人員が不足していて、とりあえず業務をこなしているだけという感じだった」という話も耳にしました。人員不足がケアの質に影響していたのかもしれない、と感じました。 デイサービスを利用しない日は部屋で過ごす時間が長くなってしまうことも、母にとっては孤独を感じる要因だったようです。 これらのことが重なり、「このままこの施設にいても母のためにならない」と感じ、真剣に別の施設を探し始めました。入居している意味があるのだろうか、とまで思いました。
取材日:2025/06/05
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
車椅子
症状なし
入居者:84歳/女性/実の父母/要介護3/自宅(独居)

ご長寿くらぶ松戸・五香の退去体験談

母は約2年間お世話になりました。しかし昨年、施設内で新型コロナウイルスが流行してしまい、母も検査で陽性となってしまいました。幸いにも発熱などの症状はなかったのですが…、コロナとの直接の因果関係は分からないのですけれど、母に血液がうまく作れなくなってしまう病気が見つかったんです。施設の方から「体に痣ができているので受診してください」と連絡があり、そこから病院にかかることになりました。 もっと早く異変に気づけていれば、という思いは尽きません。後になって分かったことですが、実は施設での定期健診の際に、白血球と赤血球の数値に少し異常が見られたことがあったようなのです。しかし、その情報が私たち家族には共有されないまま時間が過ぎてしまいました。もし、あの定期健診の結果を早期に知らされ、適切な医療に繋がっていれば、ここまで急速に悪化することはなかったのではないか、あるいは少なくとも、もう少し早く心の準備や対応ができたのではないかと思うと、本当に悔やまれます。 もちろん、高齢なので積極的な治療が難しいことは理解していましたし、手術も無理だと言われました。それでも、もっと早く、その数値の異常を知らされていたら、何か心の準備ができたかもしれない、もっと色々な場所に連れて行ってあげられたかもしれないと思うと、それが私たち家族にとって一番の心残りです。1月には家族で元気に食事に行けていたくらいなので、こんなに早くお別れが来るとは思ってもいませんでした。 母は、施設から病院へ移り、最後は病院で息を引き取りました。施設での生活自体は、本当に楽しく過ごせていたようで、スタッフの皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。
取材日:2025/06/04
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
車椅子
胃ろう
入居者:68歳/女性/配偶者/要介護5/病院に入院している

ライブラリ練馬谷原の退去体験談

主人はもともと嚥下障害があり、施設でもその点はお願いしていましたが、ある時、誤嚥性肺炎を起こしてしまったのです。施設でも吸引をしていただいたのですが、それでも状態が悪化し、「生きるか死ぬか」という状況で、施設長さんが迅速に救急車を手配してくださり、救急搬送された病院に入院することになりました。 幸い一命はとりとめましたが、退院後に施設に戻ることは難しく、より医療的なケアが充実した別の施設へ移ることになりました。施設には約1年半在籍しましたが、これが退去の直接的な理由です。誤嚥性肺炎だったので、仕方がないことだと思っています。
取材日:2025/06/04
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
手引/伝い歩き
糖尿病・インスリン
入居者:79歳/女性/実の父母/要介護3/自宅(同居)

住宅型有料老人ホーム 紡ぎ館の退去体験談

入居して8ヶ月ほど経った頃、母が施設内で骨折をしてしまいました。これが大きな転機となりました。ご紹介いただいた施設は医療機関併設の施設ではなかったため、緊急時の対応や病院への搬送、入院中の手続きなどは基本的に家族が行う必要がありました。「骨折したようなので、病院へ連れて行っていただけますか」と施設から連絡があった時、正直どうしたら良いのか戸惑ったことを覚えています。救急の場合は家族が対応するというルールだったのです。 もし病院が併設されていたら、もっとスムーズに連携が取れたのかもしれない…とは感じました。例えば、隣の病院にすぐに運んでもらって、医師から直接状況説明を受けて手術の同意をする、といった流れが理想的だったかもしれません。 母は手術後、リハビリ病院へ転院しました。そこでリハビリ自体は行われたのですが、母には認知症がありました。そのため、なかなかリハビリが思うようには進みませんでした。結果として、徐々に寝たきりに近い状態になり、認知症の症状も進行してしまったように感じます。 ご紹介いただいた施設自体には専門的なリハビリテーションの提供はなかったので、リハビリ病院退院後に戻るという選択は難しく、最終的には介護医療院へ移り、そこで最後を迎えました。
取材日:2025/06/04
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:88歳/女性/実の父母/要介護2/自宅(同居)

和楽久ラヴィスタ松伏の退去体験談

父と母は、二人ともこちらの施設でお世話になり、最期を迎えました。詳しい経緯はここでは控えますが、最後まで見ていただけたことには感謝しています。
取材日:2025/06/06
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
車椅子
症状なし
入居者:57歳/女性/兄弟・姉妹/要介護3/病院に入院している

ホームステーション指扇の退去体験談

こちらでは1年ちょっとお世話になりました。 入居当初から、妹に必要なリハビリテーションが施設内で十分に受けられないことは、私たち家族にとって気がかりな点でした。そして、妹本人からも「このままでは良くないかもしれない」という希望があり、それが私たちが新たな施設を探し始める大きなきっかけの一つとなりました。 そうして、よりリハビリ環境の整った施設を探し始めた矢先のことです。妹の体調が徐々に変化し、日中のケアだけでは対応が難しく、24時間体制での専門的な医療行為が求められる状態になっていきました。 こちらでは、看護師さんは夕方までの勤務で、夜間は不在という体制でした。進行する妹の身体状況を考えると、その医療的なサポート体制では、私たち家族も不安を感じるようになってきました。施設自体に何か大きな問題があったというよりも、妹の身体状況と施設が提供できるサポート内容との間に、どうしてもミスマッチが生じてきてしまったのです。そのため、最終的には当初の目的であったリハビリの充実だけでなく、より手厚い医療体制の整った施設へ移ることを決断しました。
取材日:2025/06/02
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
車椅子
アルツハイマー型認知症
入居者:75歳/女性/実の父母/要介護4/病院に入院している

スーパーコート平野の退去体験談

母は入居してから約4ヶ月後に亡くなりました。入居期間中、日々の生活の細かな面で気になる点があり、実は他の施設を探し始めていた時期もありました。 しかし、最期を迎えるにあたっては、施設の方々に良くしていただきました。亡くなる日には夜も付き添うことを許していただき、穏やかに母を見送ることができました。亡くなった後も、丁寧にエンゼルケアをしてくださり、綺麗なお洋服に着替えさせてくれたり、お水を含ませてくれたりしたことには、心から感謝しています。
取材日:2025/06/01
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
車椅子
カテーテル・尿バルーン
入居者:92歳/女性/実の父母/要介護2/自宅(同居)

プラチナ・シニアホーム袋井の退去体験談

本当に残念だったのですが、今年はじめに母がインフルエンザにかかってしまったんです。それに加えて、他の感染症にも感染していることが分かりました。施設の方ではこの状態での対応は難しいとのことで、急遽、総合病院へ入院することになりました。 約1ヶ月間の入院で体力もかなり落ちてしまい、残念ながら、以前のように歩くことができなくなってしまいました。そのため、退院後は、より手厚い医療ケアが受けられる療養型の病院へ移ることになったのです。 こちらでは、スタッフの皆さんが本当に一生懸命ケアしてくださいましたし、母自身もとても居心地が良かったようです。ただ、母も高齢でしたから、徐々に体力も落ちてきていたのかもしれません。入居中も2、3回救急車を呼ぶような状態になったこともあり、施設の方にはご迷惑をおかけしてしまったな、という気持ちもあります。医療的なケアの必要性が高まってきた母にとっては、施設の対応できる範囲を超えてしまったのだと思います。できることなら、もっと長くお世話になりたかったのですが…。
取材日:2025/05/30
執筆者:岸川京子
女性
幻覚・錯視
車椅子
がん・末期癌
入居者:80歳/女性/実の父母/要介護5/病院に入院している

ご長寿くらぶ 宇都宮・上戸祭の退去体験談

母は昨年、施設で穏やかに息を引き取りました。 施設の方からは、状態が悪化してきた際に「ここまで娘さんが一生懸命やったんだから、大丈夫だよ」と、精神的なサポートもしていただき、心の準備をすることができました。 いよいよという時、施設から「もう息がないようです」と連絡を受けました。私が到着した時には既に母は旅立った後でしたが、看護師さんが最期に立ち会ってくださり、「お母様は決して一人ではありませんでしたよ。私たちがそばにいましたから」と教えてくださいました。その一言で、どれほど心が救われたか言葉にできません。 病院にいたら、コロナ禍で面会もままならず、こんなに穏やかな最期を看取ることはできなかったかもしれません。最後まで母に寄り添い、温かく見送ってくださった施設の方々には、感謝の気持ちでいっぱいです。いい形で見送れたと、心から思っています。
取材日:2025/05/29
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
症状なし
入居者:92歳/男性/実の父母/要介護1/自宅(同居)

福寿かわさき宮前の退去体験談

今年の1月に入居し、しばらくは元気に過ごしていたのですが、2月を過ぎた頃から少しずつ食欲がなくなり、水分もあまり摂らなくなってきました。施設からその連絡を受け、会いに行くと、以前より弱って寝たきりの状態になっていました。スタッフの方からは「もしかしたら、長くはないかもしれません。できるだけ会いに来てあげてください」と言われました。 それからは、できる限り時間を作って、子ども(母にとっては孫)も一緒に連れて会いに行きました。その時は寝たきりではありましたが、まだ意識ははっきりしていて、私たちの呼びかけにも応じ、少し会話もできました。30分ほど一緒に過ごして、その日は施設を後にしたんです。 ところが、その日の夜9時頃、施設から電話がありました。「お部屋に伺ったところ、お母様が息をされていないようです。すぐに来ていただけますか」と。夜勤のスタッフの方が見回りの際に発見してくださったとのことでした。急いで施設に駆けつけると、母は本当に穏やかな顔で眠っていました。その後、施設の方が手配してくださった先生に診ていただき、老衰による死亡との診断を受けました。本当に、あっという間の出来事でした。
取材日:2025/05/31
執筆者:谷口美咲
女性
徘徊
症状なし
入居者:91歳/女性/実の父母/要介護4/その他施設に入居している

ニチイケアセンター天神川の退去体験談

父は入居から1年ほど経った昨年、誤嚥性肺炎などを繰り返し、最後は施設で穏やかに息を引き取りました。私たち家族としては、父がこの施設で最期を迎えられて本当に良かったと思っています。
取材日:2025/05/29
執筆者:岸川京子
女性
徘徊
症状なし
入居者:80歳/女性/実の父母/要介護1/その他施設に入居している

アンダンテ四街道の退去体験談

退去を決意したのは、積み重なった施設への不信感と、母へのあまりにもひどい対応が許せなかったからです。 まず、想像を絶する費用の負担がありました。入居時に説明された金額以外に、次から次へと追加の費用が発生し、「こんなにかかるなんて聞いていない」というのが本音です。毎月3万円ほどを雑費として施設に預けていたのですが、本当にあっという間になくなってしまうんです。もちろん、生活に必要な経費もあるのでしょうが、特に父が亡くなった後、母の費用明細を見たときに愕然としました。薬の量が驚くほど多く、病院の受診費用も高額になっていたのです。母は認知症以外にこれといった持病はなかったはずなのに、なぜこんなに大量の薬が必要なのか、どうしても納得できませんでした。父も持病があったので薬代はある程度仕方ないと考えていましたが、それにしても高額でした。結局、父と母の二人分の費用は、二人の年金を合わせても毎月15万円ほど足が出てしまう状況で、これは経済的に大変な負担でした。 そして何よりも、母への対応があまりにもずさんで、人道的とは言えなかったことです。 母が施設内で転倒し大腿骨を骨折したのですが、その報告を受けたのが、事故が発生してから2、3日も経ってからだったのです。「本人が痛いと言わなかったから気づかなかった」というのが施設側の説明でしたが、そんなことがあり得るでしょうか。不信に思いケアマネジャーさんに相談したところ、「それは明らかにおかしい」と言われました。しかも、どこでどのように転んだのかもはっきりしません。「お部屋のドアの前で転んだ」とのことでしたが、実際にその瞬間を見ていたわけではないので、誰も本当のことは分かりません。認知症の母が部屋から出てしまっていた可能性も考えると、施設側の見守り体制そのものに大きな疑問を感じざるを得ませんでした。 さらに決定的だったのが、コロナで母が発熱した際の信じられない対応です。他の入居者さんへの感染を防ぐためという理由は理解できますが、母を部屋に閉じ込め、ドアの前に大きなテーブルを置いて出られないようにしたのです。認知症で状況が十分に理解できない母は、どれほど怖く、不安だったことでしょう。パニック状態になり、ベランダに出て「危ない、助けて!」と叫んでいたと後から聞きました。この話を聞いた時は、本当に言葉を失いましたし、怒りで体が震えました。他の施設関係者の方々にもこの話をしましたが、「いくらコロナ禍とはいえ、その対応はあり得ない」と誰もが口を揃えておっしゃっていました。すぐに妹とも話し合い、一刻も早くこの施設から母を出すことを決意しました。 退去する際には、施設側から「うちでも手厚い対応はできますから」などと引き止められましたが、私たちの決意は変わりませんでした。正直なところ、施設長さんは金銭的な損得勘定が強い方なのかな、と感じました。そういったことも含めて、本当に、一日も早く退去できてよかったと心から思っています。
取材日:2025/05/29
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
車椅子
ペースメーカー
入居者:93歳/女性/実の父母/要介護5/自宅(独居)

さわやか直方館の退去体験談

母はずっと体調の悪さを訴えていましたが、施設側は「ここは看取りの施設だ」と言うばかりでした。入所時には、そのような説明は一切受けていませんでした。看取りの施設だから特に治療はせず、自然に任せるというような方針だったようですが、私たちは「看取りの施設だったの?」と後から知って驚きました。 あまりにも放置されている状況に納得がいかず、私の姉が強く抗議しました。本来であれば施設と提携している病院へ行くべきだったのかもしれませんが、母が希望する病院へ連れて行ってもらうことができ、そのまま入院となりました。私たちも母の状態が良くないことは覚悟していましたが、施設でのあまりにもひどい扱いに、ただただ悔しい思いでした。結局、入院して1ヶ月ほどで母は亡くなりました。施設を出る際は、まるで喧嘩して出て行くような状態でした。
取材日:2025/05/28
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
アルツハイマー型認知症
入居者:75歳/女性/配偶者/要介護2/自宅(同居)

アシストホームひかりの退去体験談

施設自体に何か問題があったわけでは全くないんです。一番の理由は、主人の介護認定が要介護2から要介護4に上がってしまったことでした。 有料の施設なので、やはり介護度が上がると月々の費用もどうしても高くなってしまいます。それに加えて、だんだんと身体が弱ってきてしまって、補助具などが増え、できないことも多くなっていきました。そうすると、さらに別料金で支払わなければならないものが増えてきてしまったんです。だんだんと料金的に厳しいな、と感じるようになってきました。 ちょうどその頃、ケアマネージャーさんが「特養の方も視野に入れてみてはどうか」と親身に相談に乗ってくださり、一緒に探してくださったんです。幸い、特養の方も割とスムーズに、1ヶ月くらいで入居が決まりました。タイミングが良かったのだと思います。 施設の方でも、待機の方がいらっしゃったようだったので、次の方が入れるのなら、と私たちも気兼ねなく退去することができました。 人間関係などで困ったことは本当に何もなかったのですが、やはり費用の面が大きかったですね。
取材日:2025/05/28
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
車椅子
症状なし
入居者:95歳/男性/実の父母/要介護2/老健に入居している

ハピネスひまわりの里の退去体験談

一番の理由は、やっぱり母本人が施設での生活に馴染めず、常に「家に帰りたい」と強く望んでいたことです。 お見舞いに行くたんびにね、連れて帰ってくれって泣かれてね。あんまりだったんで連れて帰ったんですよ。入居してから約半年ほどでしたが、その間もずっと帰りたがっていました。家族で話し合い、「これ以上施設にいても本人が可哀そうだ」という結論に至り、施設とも話合って退去して自宅に連れて帰ることにしたんです。幸い、今はデイサービスを週に4~5日利用しながら、自宅で過ごせています。
取材日:2025/05/28
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
車椅子
カテーテル・尿バルーン
入居者:75歳/女性/実の父母/要介護4/自宅(独居)

サクラスタイルガーデンの退去体験談

本当に残念ながら、母は施設で急変し、そのまま息を引き取りました。1年近くお世話になったと思います。後半は、母も「最後は家族と、私と兄と3人で家にいたい」と話していたこともありました。 でも、施設の方々の対応は本当に素晴らしく、これ以上ないんじゃないかと思うくらい良くしていただきました。 急な連絡を受け、病院に駆けつけると、施設の方も先に来てくださっていて、本当に心強かったです。母が施設で亡くなったため、警察の確認なども入りましたが、施設のスタッフの方は夜遅くまで嫌な顔一つせず、全ての対応に付き添ってくださいました。その後の火葬場の手配などについても、私たちが動揺している中で「今のうちにこちらに連絡しておくとスムーズですよ」と教えてくださり、本当に助けられました。最後まで親身になって寄り添ってくださったことに、言葉では言い尽くせないほど感謝しています。特に、入居当初から母のことを「可愛らしい」と言ってくださり、ご飯の介助もしてくださった男性スタッフの方は、母が亡くなった時、一緒に涙を流してくださいました。本当に、そこまで母のことを思ってくださる方がいる施設で、最期を迎えられたことは、母にとっても私たち家族にとっても、大きな救いでした。
取材日:2025/05/23
執筆者:岸川京子
男性
症状なし
車椅子
症状なし
入居者:95歳/男性/実の父母/要介護1/病院に入院している

家族の家ひまわり真岡二宮の退去体験談

母は、今年の2月に施設で息を引き取りました。最期までこちらの施設でお世話になりました。
取材日:2025/05/23
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
見守り
症状なし
入居者:87歳/女性/実の父母/要介護2/自宅(同居)

やさしえ国府の退去体験談

父は昨年、施設で亡くなりました。病院に移ったりすることなく、最期まで施設でお世話になりました。
取材日:2025/05/21
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:81歳/女性/義理の父母/要介護1/病院に入院している

センチュリーテラス青葉の森の退去体験談

父が先月亡くなったため、施設を退去しました。
取材日:2025/05/20
執筆者:寺門律歌
女性
物忘れ
車椅子
症状なし
入居者:76歳/女性/義理の父母/要介護3/病院に入院している

介護付き有料老人ホームおもとの郷横浜栄の退去体験談

ところが、しばらくして施設の経営者が変わったんです。今でも交流のある方から「経営者が変わってから、中の状態というか、働いている人たちの関係があまり良くないらしい」という話を聞くようになりました。実際に、以前は熱心だった外出の企画などもなくなったようでした。スタッフの方々も、会社の方針が変わったことで働きづらさを感じていたのか、あるいはやる気が削がれてしまったのか……私たち家族から見ても、以前とは施設の雰囲気が変わってしまったように感じました。 そんな時に、父が入居していた施設に空きが出たという連絡があり、場所も家から近いので母もそちらへ移ることを決めました。そして、いよいよ移動するという当日になって、母が体調を崩してしまったのです。施設の看護師さんも見てくれたのですが「大丈夫でしょう」と言われ、そのまま移動することになりました。 ところが、移動先で容態が急変し、救急搬送されたのです。診断はノロウイルスと、それによる誤嚥性肺炎でした。酸素も最大量で投与されるほど危険な状態で、本当に気が気ではありませんでした。幸い一命は取り留めましたが、もしあの時、施設側が母の体調不良の訴えをもっと真剣に受け止め、移動を見送るか、あるいはすぐに病院へ連れて行くという判断をしてくれていれば…と思うと、本当に残念でなりません。もう少し配慮があれば、あんな危険な目に遭わせずに済んだのではないかと、今でも悔やまれます。
取材日:2025/05/19
執筆者:岸川京子
男性
幻覚・錯視
自立
症状なし
入居者:82歳/男性/実の父母/要介護1/自宅(独居)

ベストライフ枚方の退去体験談

退去の直接的な理由は、母の病状の急激な悪化です。施設に入居して本当に数ヶ月のことでした。あっという間に状態が悪くなり、施設での生活を続けることが難しくなってしまったのです。 ただ、施設に対しては、本当に感謝しています。対応も良く、非常に良かったというのが正直な気持ちです。 入居当初、施設の近くにある病院で何かあれば対応いただけると聞いていたのですが、母の状態が悪かったためか、思ったよりも頻繁に家族の付き添いが必要な場面がありました。「週に2回、3回と誰か付き添いに来てくれないと困る」と言われたこともあり、その点は少し困った状況になったのは事実です。しかし、入居されている他の方は元気な方が多かった印象なので、母のケースが特別だったのかもしれません。それも仕方ないことだったと思っています。
取材日:2025/05/19
執筆者:岸川京子
女性
幻覚・錯視
自立
症状なし
入居者:87歳/女性/実の父母/要介護2/自宅(同居)

ココファン柿生の退去体験談

施設自体は本当に良くしてくださって、何の問題もなかったんです。スタッフの方々にも親切にしていただきました。ただ、母の認知症が進んで、サ高住での生活が少し難しくなってきたのが一番の理由です。 先ほどお話ししたエアコンのリモコン操作もそうですし、日常生活の細かなことが一人では難しくなってきました。サービス付き高齢者向け住宅なので、基本的な見守りはありますが、夜間の介護サービスを利用しようとすると、介護保険が使えるのが17時までで、それ以降は自費になってしまうんです。夜間の見守りも自費の範囲でお願いすることはできたのかもしれませんが、認知症が進んでくると、夜間に何かあった時の対応が心配で…。 それで、もう少し手厚いケア、特に夜間の見守り体制が整っている施設が良いだろうということになり、グループホームに移ることを決めました。施設には本当に感謝していますが、母の状態の変化に合わせての決断でした。
取材日:2025/05/19
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
手引/伝い歩き
症状なし
入居者:90歳/女性/実の父母/要介護2/自宅(独居)

ドレミハウス世田谷の退去体験談

入居してから2年経たないうちに、母は施設で亡くなりました。まだコロナ禍が完全に落ち着いていない時期でした。 母が施設でお世話になっている間は、本当に何の不満もありませんでした。スタッフの皆さんには本当によくしていただいて、感謝しかありません。もっと早くこの施設に入れてあげればよかったと思うくらいです。母の体調がもし大きく変わっていたらまた違ったかもしれませんが、穏やかに過ごさせてもらったと思っています。
取材日:2025/05/19
執筆者:岸川京子
男性
症状なし
自立
症状なし
入居者:82歳/男性/実の父母/要介護1/病院に入院している

イリーゼ札幌南三条の退去体験談

入居して2ヶ月も経たない頃だったと思います。母の「家に帰りたい」という希望もあり、頑張ってご自宅で介護をしてみようと、一度施設を退居しご自宅に戻りました。10日ほどご自宅で過ごしたでしょうか。その間に、玄関の床で転倒し、後頭部を強く打ってしまったのです。 すぐに近くの病院に入院しましたが、頭の中に内出血が見られるとのことで、以前お世話になっていた病院へ再度転院することになりました。その際、病院の先生から「もう施設に戻るのは難しいでしょう」と言われ、入居していた施設は解約することにしました。 その後、母は病院で1年ほど頑張ってくれましたが、最期は病院で息を引き取りました。
取材日:2025/05/18
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
車椅子
症状なし
入居者:86歳/女性/実の父母/要介護2/病院に入院している

サービス付き高齢者向け住宅パルクアイリスの退去体験談

母が亡くなったため、退去となりました。入居からわずか3ヶ月という短い期間でした。本当にあっという間で、もっと長く、この素晴らしい施設でお世話になりたかったですし、母にも穏やかな時間を過ごしてほしかったと、今でも悔しい気持ちでいっぱいです。 母が安心して過ごせるようにと選んだ施設でしたが、様々なことが重なり、私にとっても、そしてもしかしたら母にとっても、少し落ち着かない時間があったのではないかと思うと、胸が痛みます。 それでも、本当に素晴らしい施設だったと心から思っています。
取材日:2025/05/16
執筆者:岸川京子