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(5ページ目)退去体験談一覧702

老人ホーム・介護施設の退去体験談の一覧ページです。
男性
幻覚・錯視
がん・末期癌
入居者:76〜80歳/男性/配偶者/要介護1/自宅にいた(同居)

はーとらいふ沼津の退去体験談

退去した理由は、彼が施設で息を引き取ったためです。 入居して間もなく体調が急変し、約1ヶ月間入院しました。 かねてから本人と話し合い、延命措置は行わないと決めていましたので、病院での治療を終え、最期の時間を過ごす場所として、再び施設にお世話になることを選びました。 施設に戻ってから約3週間後、スタッフの方々に見守られながら、穏やかに旅立ちました。
取材日:2026/03/24
執筆者:山田 浩二
男性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/自立/自宅にいた(独居)

サービス付き高齢者向け住宅さくらいふ池場の退去体験談

5年間お世話になりましたが、最終的には父の逝去に伴い退去することになりました。きっかけは帯状疱疹でした。入居中もずっと元気だった父ですが、帯状疱疹をこじらせて髄膜炎を併発してしまったのです。 そこからは一気に状態が悪化し、施設での生活を続けることが難しくなり、入院することになりました。そして、入院から半月ほどで、静かに息を引き取りました。
取材日:2026/03/23
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
車椅子
脳梗塞・脳卒中・脳出血・くも膜下出血
入居者:81〜85歳/女性/義理の父母/要介護3/病院に入院していた

SOMPOケア そんぽの家S北綾瀬の退去体験談

母はあそこの施設で、本当に濃密でいい時間を過ごさせてもらっていたんですけど、半年ちょっと経った頃に、また脳内出血を起こしてしまったんです。 スタッフの方々は本当に一生懸命ケアしてくださいましたけど、再度の手術をした後は、どうしてもそのまま寝たきりの状態になってしまって。今は、看取りに対応してくれる別の施設に移っています。本当はずっとあそこにいて欲しかったんですけど、母の体の状態が変わってしまったので、泣く泣く退去することになりました。
取材日:2026/03/23
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
自立
症状なし
入居者:76〜80歳/女性/実の父母/自立/自宅にいた(同居)

ベルパージュ千里けやき通りの退去体験談

退去の理由は、母が施設で息を引き取ったことです。約7年間お世話になり、穏やかな最期を迎えることができました。
取材日:2026/03/23
執筆者:谷口美咲
男性
症状なし
糖尿病・インスリン
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/要介護1/自宅にいた(同居)

介護付有料老人ホーム 八重の杜の退去体験談

父は入居してからおよそ1年ほど経った頃、体調を崩して入院することになったんです。残念ながらそのまま入院先の病院で亡くなったので、施設には戻らず退去という形になりました。 急な体調の変化でしたけど、その時の職員さんの対応や病院との連携についても、僕自身は全く問題を感じませんでした。最期まで安心してお任せできたと思っています。
取材日:2026/03/23
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
車椅子
症状なし
入居者:91〜95歳/女性/実の父母/要介護5/自宅にいた(同居)

有料老人ホーム縁家高良の退去体験談

最終的には、施設内で母が息を引き取ることになりました。そこに至るまでの対応が、今でも納得がいきません。 亡くなる少し前、母が全く食事を摂れなくなった時期があったんです。でも施設のお医者さんは「様子を見ていていい」と言うだけで何もしない。「飲み食いもせんかったら死ぬでしょう、餓死するのを見ることになるんですか」と訴えて、ようやくこちらで調べて「訪問看護の契約をすれば点滴ができる」と分かりました。看護師さんには「もっと早く言ってくれたらよかったのに」と言われましたが、プロならほったらかしにせず、先に選択肢を提案してほしかったです。 さらに最期の日の連絡についても納得がいきません。当日も特に連絡すらなく、結局電話をもらったのは亡くなってからでした。親の死に目に会えんかった。毎日欠かさず面会に行って、食事の手伝いもしていたのに、何も言わんかったんですよ。最期に立ち会えなかったのは本当に悔やまれます。
取材日:2026/03/22
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
アルツハイマー型認知症
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護2/その他施設に入居していた

SOMPOケア そんぽの家 国立南の退去体験談

退去の大きな理由は、母の状態と施設の環境が合わなかったことです。周りにいらっしゃる方が90代などご高齢の方が多く、体力的にも認知症のレベル的にも母より進んでいる方が多かったので、お友達を作るような環境ではありませんでした。 それから、施設内でのアクティビティもオンラインのものを入居者と一緒にやる形式でしたが、母にとっては面白いものではなかったようで、全然参加せずに部屋にこもりきりになってしまったんです。一人では外に行けず、家族が連れ出すしか散歩にも行けない。そうなると、もう自宅にいるのと変わらない状態になっちゃうんですよね。 私たちは、少しでも刺激のある生活をしてもらって認知症の進行を食い止めたいという意図もあって施設に入れているので、母が退屈して毎日「帰りたい、帰りたい」と電話してくるのは、家族としてもすごいストレスで…。このまま部屋に閉じこもっていては良くない、もっと活動的なことができる施設に移った方がいいんじゃないかと、ケアマネさんに相談しました。 さらには立地環境も、甲州街道沿いの大通りで車がバンバン走っているような場所でした。スーパーもコンビニも図書館もなく、家族が連れ出してどこかに行くにも行きづらい。お部屋に滞在しているだけの方なら関係ないかもしれませんが、まだ歩ける母にとっては、環境面でも正直あまり合わなかったというのが転居になった経緯です。
取材日:2026/03/22
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/要介護3/自宅にいた(同居)

サンライフ舞の退去体験談

父は体調を崩して、最後の方は施設で対応するのが難しい状態になったため、近場にある大きな病院へ入院して、それから2週間くらいで亡くなっちゃったんです。ちょうどコロナのピークの頃だったので状況は厳しかったんですけど、あの時は例外、特例みたいな形で面会もさせてもらえました。入院する直前までは、ずっとこちらの施設でお世話になっていた形ですね。 母については、今は転居を検討している状況です。実家も処分してしまったので新潟に置いておく理由もないですし。ただ、新潟から連れ出す負担や本人の希望も分からないので、今まだ決めかねているというところです。
取材日:2026/03/22
執筆者:岸川京子
男性
症状なし
自立
症状なし
入居者:76〜80歳/男性/実の父母/自立/自宅にいた(独居)

ウィルマーク香椎浜の退去体験談

長年お世話になりましたが、最後の方はガンを患いまして。ウィルマーク香椎浜さんも医療体制は整っているんですが、ガンの対応や緩和ケアとなると、どうしても施設内の診療の範囲外になってしまったんです。そこまでは施設では対応してなかったんですね。それで最後は、本人の希望もあって、ウィルマーク香椎浜を退去してガン専用の緩和ケアが受けられる施設へ移ることになりまして。 そこで最期を終えたという形になります。
取材日:2026/03/22
執筆者:岸川京子
男性
症状なし
車椅子
がん・末期癌
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/要介護5/病院に入院していた

メディカルホーム ハート・ひがしでの退去体験談

父は入居して一ヶ月ほどで、こちらで最期を迎えました。 入居する時に、「今後のことや看取りをどう考えていますか」って確認があったんです。積極的な治療になると病院になっちゃうんですけど、状態も状態でしたし、私たちは「この施設で静かに」とお願いしました。施設の方もそれをちゃんと取り計らってくれて、本当によくしてくれたんです。 最後の方は、脈も弱くなってきたっていうことで施設からお電話をいただいて、二人で駆けつけました。その夜も危なそうだったんですけど、「泊まってもらって構わないですよ」って簡易ベッドまで貸してくださって。母と私で交代しながら、一人が起きてて一人が仮眠したりして、父のそばで過ごせる環境を作ってくれたんです。お医者様もすぐ駆けつけてくれて、家族に見守られながら、父は本当に穏やかに旅立ちました。最後の最後まで家族が一緒にいられるようにしてくれたこと、本当に感謝しかありません。
取材日:2026/03/19
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
車椅子
症状なし
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護1/自宅にいた(同居)

ニチイケアセンター山形三日町の退去体験談

お義父さんの方は、こちらの施設で亡くなりました。お義母さんは、今もそのままこちらに入居を続けていますね。
取材日:2026/03/18
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
症状なし
入居者:91〜95歳/女性/祖父母/要介護2/自宅にいた(独居)

麻姑の雅国富の退去体験談

おばあちゃんは、こちらの施設で亡くなりました。もともと「途中で転院とかは苦手なので、最後までここで」というのが私たちの条件の一つだったんです。おばあちゃんは車酔いがひどかったので、最期まで移動の負担なく過ごさせてあげたかった。 コロナ禍で面会ができない時期もありましたけど、亡くなる寸前には「本当はダメだけど」と特別に中に入れてくださって、顔を見ることができました。本当に、最後までしっかり対応してくださる施設でしたね。
取材日:2026/03/18
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/要支援2/自宅にいた(同居)

住宅型有料老人ホーム ソレイユ千種の退去体験談

入居した当初は食事も問題なかったんですけど、なかなか飲み込むのも難しくなってきたところがあったので、入居して早々に胃ろうの手術をしました。施設の方と相談して「やっぱりそのほうがいいのかな」ということで進めた形です。 ただ、そこからが早くて…。入居して2~3ヶ月ぐらいで肺炎を患ってしまい、一旦病院に入院することになりました。その後、施設に戻ってくるタイミングでも、手術した後の経過があまり良くなくて出血を起こしたりして、また入院を繰り返してという状況でした。結局なんだかんだで、いろんな病院を転々としながら半年ぐらい入院していた経緯があります。最終的には経過が良くなってまた施設に戻ってきましたが、最後は施設で亡くなりました。
取材日:2026/03/07
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
自立
糖尿病・インスリン
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(独居)

住宅型有料老人ホーム 茶山荘の退去体験談

退去を決めた直接の理由は、入院を経て身体の状態が変化した母を、施設側で受け入れていただくことが困難になったからです。 その背景には、いくつかの深刻な出来事がありました。まず、施設側のセキュリティの甘さから母が一人で外出し、転倒して大怪我を負ったことです。この一件で、安全管理への信頼が揺らぎました。 さらに、食が細くなった母への食事介助がなかったため、母は日に日に衰弱していきました。私から見れば、十分なケアを受けられず、放っておかれたと感じてしまうほどでした。 結局、転倒の怪我と栄養状態の悪化が重なって入院することになり、入院生活で体力が落ちて、自力で歩くことができなくなってしまいました。退院後、車椅子での生活になった母を「もう見るのは難しい」という施設側の判断になり、私たちは新しい施設を探さざるを得ませんでした。
取材日:2026/03/23
執筆者:山田 浩二
男性
症状なし
症状なし
症状なし
入居者:66〜70歳/男性/実の父母/要介護1/自宅にいた(独居)

フルオブライフ砂丘の退去体験談

退去することになった直接のきっかけは、父が施設内で転倒し、骨折してしまったことでした。治療のために入院することになり、退院後の生活をどうするか家族で話し合う時間を持ちました。 その際、父本人から「退院したら、もう少し環境のいい施設に移りたい」というはっきりとした希望が伝えられたのです。以前から食事面などで少し不満を感じていたこともあり、この入院が良い機会になったようでした。私たちも父の意思を尊重し、退院のタイミングで新しい施設へ移ることを決めました。
取材日:2026/03/23
執筆者:山田 浩二
男性
物忘れ
症状なし
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/要支援2/自宅にいた(同居)

二日市温泉翔裕園の退去体験談

退去の理由は、二人とも施設で最期を迎えて、見送らせてもらったからです。 でもね、本当にいい最後だったんじゃないかなって、私自身は思ってます。亡くなった後もスタッフの皆さんが本当に温かくしてくれて、本当に良い施設でした。
取材日:2026/03/21
執筆者:谷口美咲
男性
物忘れ
車椅子
症状なし
入居者:91〜95歳/男性/実の父母/要介護3/自宅にいた(同居)

プラセル九十九里の退去体験談

父と母、二人ともこちらで亡くなったので、それで退去しました。入居したのは4、5年くらい前でしたけど、最後までこちらでお世話になりました。 施設探しから入居までは2、3ヶ月くらいでトントン拍子に進んだんですけど、あのコロナ禍という特殊な状況の中で、最期まで安心できる場所で過ごさせてあげられたのは、本当に良かったと思っています。
取材日:2026/03/21
執筆者:谷口美咲
男性
症状なし
自立
脳梗塞・脳卒中・脳出血・くも膜下出血
入居者:66〜70歳/男性/本人/要介護1/自宅にいた(独居)

福寿よこはま栄の退去体験談

あの施設では、一日中ずっと集合ルームの椅子に座らされて、ただテレビを見せられるだけなんです。私は体は不自由でも、頭の中はしっかりしている。本を読んだり、自分の好きなことをして過ごしたいわけですよ。でも、そういうことは一切させてもらえない。 それからね、一番の問題は施設長でした。私が身をもって学んだのは、施設長がひどいと、周りのスタッフもみんなひどくなるということです。あの施設長はかなりのワンマンで、入居規則のどこにも書いていないようなことを勝手に決めるんです。 例えば「スマホは集合室に持ってきちゃいけない」なんて言う。そんなルール、契約書のどこにもないんですよ。施設長が自分の気分で勝手にルールを作ってしまう。そんな自由のない生活が耐えられなくて、結局3ヶ月で「もう嫌だ」と言って出させてもらいました。
取材日:2026/03/21
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
自立
症状なし
入居者:91〜95歳/女性/義理の父母/要支援2/自宅にいた(同居)

さわやか絹の郷信州おかやの退去体験談

入居してから4年後、こちらの施設で息を引き取りました。 最後はしっかり看取ってくれるというのが私たちが施設を選ぶ時の条件だったんですけれども、その対応が本当に丁寧で。 職員の皆さんがすごく優しくて、最後まで本当によく見てくださったと思います。本人も気に入っていた場所で、信頼できる方々に囲まれて最期を迎えられました。
取材日:2026/03/21
執筆者:谷口美咲
男性
症状なし
手引/伝い歩き
症状なし
入居者:86〜90歳/男性/その他親族/要介護1/自宅にいた(独居)

四季彩四日市の退去体験談

最期は施設で看取っていただく形ではありませんでした。ある日、施設での食事中に、食べ物が喉に詰まってしまったようなのです。施設の方から「意識はあるのですが、念のため救急搬送します」と連絡があり、すぐに病院へ駆けつけましたが、残念ながら、そのまま搬送先の病院で息を引き取りました。 長い間、本当に手厚く見ていただいていたので、施設に対して何か不満があるわけではありません。
取材日:2026/03/21
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
車椅子
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護2/自宅にいた(同居)

ご長寿くらぶ高場の退去体験談

入居したときは動けなかった母ですが、施設で過ごしているうちになんだか調子が良くなってきて、動けるようになったんですよ。 最終的には「これなら家に戻れるね」というところまで回復したので、半年くらいの入居期間を経て自宅へ戻ることにしました。
取材日:2026/03/15
執筆者:谷口美咲
男性
物忘れ
自立
がん・末期癌
入居者:81〜85歳/男性/その他/要介護1/自宅にいた(同居)

スーパー・コートあやめ池の退去体験談

退去の理由は、亡くなったことです。入所期間は1年半ほどでしたが、その間に誤嚥性肺炎を二度ほど繰り返して入院することになりました。 やっぱり年を重ねると嚥下力が落ちてきますから、その影響でしょう。施設の部屋数も多かったことから、あまり個別には対応していなかったのかな、というのが私の考えです。看護師さんがうまくケアしてくれたらよかったんですが、そこまではいかなかったんだろうなと思います。二度目の入院でだんだんと体力が落ちてしまい、そのままお別れとなりました。
取材日:2026/03/15
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
歩行器
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/祖父母/要介護2/自宅にいた(同居)

プレミアムハートライフ小鹿公園前の退去体験談

退去した理由は、祖母が亡くなったためです。入居してから1年経たないうちでした。 入居後は体調を崩しがちで、私たちが面会に行っても、元気いっぱいという様子ではありませんでした。お正月には一時帰宅させようと計画していたのですが、その前に息を引き取りました。
取材日:2026/03/19
執筆者:伊藤 結衣
女性
症状なし
歩行器
がん・末期癌
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(独居)

プレザンメゾン深江橋の退去体験談

退去の一番の理由は、母の病状が悪化したことでした。母は肺がんの治療のため、定期的に病院へ通い、点滴による抗がん剤治療を受けていました。施設の方には通院の許可もいただき、妹が送迎をするなどして治療を続けていたのですが、治療の影響で体調が優れない日が増えていきました。 これ以上、施設の方にご迷惑をおかけするわけにはいかないと家族で話し合い、入院して治療に専念することを決めました。施設への不満があったわけではなく、あくまでも母の体調を最優先に考えた上での、やむを得ない決断でした。
取材日:2026/03/19
執筆者:高橋 裕二
男性
物忘れ
車椅子
心臓病・心筋梗塞・狭心症
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要支援2/自宅にいた(独居)

ロータスケア岡宮の退去体験談

退去の理由は、父が施設で息を引き取ったことです。去年の8月4日に、穏やかに眠るように旅立ちました。入居してから徐々に身体は弱っていきましたが、最期の瞬間まで施設の皆様に温かく見守られながら過ごすことができたのは、本人にとっても私たち家族にとっても、何よりの救いでした。スタッフの方々が、父のために折ってくださったたくさんの折り鶴は、今も大切にしています。
取材日:2026/03/19
執筆者:伊藤 結衣
女性
物忘れ
車椅子
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護3/自宅にいた(同居)

草加明生苑の退去体験談

二人とも施設でお世話になりながら亡くなりました。 母は体調を崩した際、様子がおかしいので病院へ行ったらコロナに感染していることが分かりました。肺に水が溜まった状態で面会もできなかったのですが、一度は水も抜けて「休み明けには退院ですね」と先生と話していたんです。ところが、帰宅したその日に急変したという連絡がありまして。 父も何度か入院を繰り返していました。病院に行けば元気になって帰ってくるパターンだったので今回も…と思っていたら、「休み明けに退院ですね」という話の後に急変がありました。父はもう100歳でしたし、延命措置はしないと伝えてあったので、そのまま静かに…という形でした。2人とも最後までしっかり診ていただけました。
取材日:2026/03/18
執筆者:岸川京子
女性
せん妄
歩行器
症状なし
入居者:96〜100歳/女性/実の父母/要介護2/自宅にいた(同居)

ベストライフ戸田の退去体験談

実は亡くなっちゃったんです。実際に施設にいたのは1ヶ月あるかないかくらいでした。 入居してすぐに、施設の中で転んでしまったんですよ。「だいぶ痛がっている」ということで救急車を呼んでもらって、総合病院で診てもらったら、大腿骨を骨折していると。それで緊急入院になって、手術を受けて1ヶ月入院していました。 病院から施設に戻ってきてからは、もうほとんど食事を摂らなくなっちゃってね。お医者さんからも呼ばれて、「正直、もう何かをすることはできない。そう長くはないですよ」と言われました。最後は施設の方と、延命治療をどうするかという相談もしました。本人とも元気な時から「そういうのはやらないでくれ」って話していたので、「そのままでいいです」と伝えて。最後は施設の中で、息を引き取ったという感じですね。
取材日:2026/03/18
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:71〜75歳/女性/実の父母/自立/自宅にいた(独居)

リリィパワーズレジデンス竹ノ塚の退去体験談

退去することになった直接の理由は、母の持病である腸閉塞にありました。入居中に、激しい腹痛を3回ほど起こしてしまい、その都度、救急車で病院に運ばれるということが続いたのです。 施設の方には、その度に迅速に対応していただき本当に感謝していたのですが、頻繁に起こる緊急事態への対応と、母の認知症のケアが重なったことで、施設側の負担が大きくなってしまったようです。最終的に、これ以上ここでのお世話は難しい、と告げられ、退去せざるを得なくなりました。
取材日:2026/03/17
執筆者:伊藤 結衣
女性
症状なし
車椅子
ペースメーカー
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護5/病院に入院していた

エスペラル城東の退去体験談

最終的に、母はこの施設で息を引き取りました。亡くなる日の夜、私は夜中まで母に付き添っていたのですが、一旦自宅に戻ったんです。施設の方も「見ておきます」と言ってくださったので、少し安心して帰宅しました。ところが、その数時間後の夜中に施設から電話があり、母が亡くなったことを知らされました。その際、「いつ頃亡くなったかは、はっきりとはわからない」というようなことを言われてしまって。 もちろん、24時間ずっと付きっきりで見ていただくのが難しいのは理解しています。私自身も、あの時帰らずに泊まっていればよかったという後悔もあります。ただ、最期の時を誰にも看取られずに逝ってしまったのかと思うと、胸が締め付けられる思いでした。もう少しだけ、気にかけて見ていてくださっていたら…という気持ちが、今でも正直なところ残っています。
取材日:2026/03/16
執筆者:伊藤 結衣
女性
昼夜逆転
自立
症状なし
入居者:71〜75歳/女性/実の父母/要支援1/自宅にいた(同居)

ココファン北本の退去体験談

退去することになった直接の理由は、要介護度が上がってしまったことです。それに伴い、施設側から「申し訳ありませんが、もううちの施設で見るのは厳しいです」というお話をいただきました。 正直なところ、家族としては「追い出されてしまった」という気持ちが全くなかったわけではありませんが、「仕方がないね」と家族で話し合い、より手厚い介護を受けられる特別養護老人ホームへ移りました。
取材日:2026/03/14
執筆者:谷口美咲