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(3ページ目)退去体験談一覧1146件

老人ホーム・介護施設の退去体験談の一覧ページです。
女性
症状なし
杖
がん・末期癌
入居者:86〜90歳/女性/義理の父母/要支援1/その他施設に入居していた

ロイヤルレジデンス入間の退去体験談

退去となった理由は、入居から2ヶ月ほどで義理の母が亡くなったためです。容態が急変した際も施設側からすぐに連絡があり、危ない状況になった段階で、早く来られたほうがいい、会われたほうがいいと伝えてくださったため、家族で駆けつけることができました。連絡も迅速で、呼吸停止の際のモルヒネ投与の確認などを含め、最期まで丁寧に対応していただけて助かりました。
取材日:2026/10/05
執筆者:松島豊
女性
物忘れ
手引/伝い歩き
アルツハイマー型認知症
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護2/病院に入院していた

サービス付き高齢者向け住宅ここいち永国の退去体験談

母の体調が徐々に悪化してしまい、重症化してしまったことが退去の直接の理由です。 面会に行った際に母の様子がおかしいことに気づき、病院へ連れて行ったところ、そのまま入院となりました。その入院先での検査によって、施設にいた段階ですでに脳梗塞を起こしていたことが判明しました。 施設側でその異変に気づいていなかったことや、食事や介護の面でも不安が重なっていたため、もともと別の介護付き施設を探し始めていた時期でもありました。 病状が重くなってしまい、これ以上この施設で生活を続けるのは難しいという判断になり、退去の手続きを進めました。退院できたら次の施設へ移る予定で探していましたが、入院中にそのまま他界したため、退去とほぼ同じ時期のお別れとなりました。
取材日:2026/10/05
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
症状なし
がん・末期癌
入居者:91〜95歳/女性/祖父母/要介護1/自宅にいた(独居)

SOMPOケア ラヴィーレ町田小山の退去体験談

入居から1年から1年半ほど経った頃、施設内で看取りとなり、祖母が亡くなったため退去となりました。こちらの施設には、元々看取りまで対応していただけるという前提で入居していました。祖母の最期の時期には、私の母がずっと施設に泊まり込みで付き添いをさせていただきました。家族が泊まるための専用の部屋も施設側に用意していただいていたのですが、母は祖母と同じ居室でずっと一緒に過ごすことを選びました。スタッフの皆さんもそうした家族の気持ちを汲み取ってよく対応してくださり、最後まで手厚く寄り添っていただけたと思います。
取材日:2026/10/04
執筆者:松島豊
女性
物忘れ
車椅子
症状なし
入居者:96〜100歳/女性/義理の父母/要介護2/その他施設に入居していた

サービス付き高齢者向け住宅 ゆうゆう南斎院の退去体験談

入居から1年ほど経った頃、膀胱炎を患って1週間ほど入院することになりました。 症状が少し良くなったということで施設に戻ったのですが、戻ってから1週間ほど経過したところで、そのまま息を引き取りました。
取材日:2026/10/04
執筆者:谷口美咲
男性
症状なし
車椅子
症状なし
入居者:96〜100歳/男性/実の父母/要介護4/病院に入院していた

ベストライフ京都鳴滝の退去体験談

退去を決めた理由は、特別養護老人ホームが見つかり、そちらへ入居できることになったためです。施設側に大きな不満があって急いで出たというわけではなく、特別養護老人ホームへの転居が決まったタイミングで退所することになりました。
取材日:2026/10/04
執筆者:松島豊
女性
症状なし
車椅子
がん・末期癌
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要支援2/その他施設に入居していた

ReHOPE伊勢原の退去体験談

入居してから1週間ほどで本人が亡くなったため退去となりました。 末期がんの診断を受け、緩和ケアが必要な状態での入居でしたので、入居から間もなく容態が悪化し、そのまま息を引き取りました。施設への不満などによる退去ではありません。 退去時の書類のやり取りなども手を煩わされるようなことは一切なく、スムーズに対応していただきました。
取材日:2026/10/04
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(同居)

サコージュー金泉寺の退去体験談

退去することになった理由は、母の病状により入院が必要になったためです。 入居からしばらく過ごしたのち、母が入院することになりました。施設での生活を継続することが難しくなったため、入院を機にこちらの施設を退去・転居する手続きを取りました。 退院後は別の介護施設へ移ることとなり、現在はそちらでお世話になっています。
取材日:2026/10/04
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
杖
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護2/病院に入院していた

サービス付き高齢者向け住宅しらさぎの郷4号館の退去体験談

退去を決めた理由は、私たちの自宅から施設までの距離と、通うための交通手段の事情が変わったことでした。 施設は自宅と同じ市内にあり、入居当初は車で行き来していました。車であれば行ける距離ではあったのですが、歩いて通えるような近さではありませんでした。施設に入ったからといって預けっぱなしというわけにはいかず、ちょっとした必要なものを届けたり顔を見に行ったりするだけでも、往復の移動時間や滞在時間を合わせるとどうしても何時間も取られてしまいます。私自身もその当時はまだ仕事をしておりましたので、時間的なやりくりに負担を感じる場面もありました。 そんな中、これまでのように自由に車を使えなくなってしまいました。それまでは車が空いていたため、何かあればすぐに車で駆けつけることができていたのですが、車が使えないとなると急な事態があってもすぐに駆けつけることが難しくなってしまいました。 母も高齢ですので、いつ急な体調不良や変化が起きるかわかりません。施設に入居していても病院の受診や付き添いは家族が連れて行く必要があります。何かあったときにパッとすぐに行ってあげられない環境は、私にとっても非常に不安でした。また、私たち家族自身もだんだんと年を重ねていくため、将来的な負担も考える必要がありました。 そこで夫や母とも相談し、万が一のときでも歩いてすぐ駆けつけることができ、お互いに安心できる自宅の近くへ移ろうという結論に至りました。施設側にも事情をお話しし、転居するために退去いたしました。
取材日:2026/10/04
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
車椅子
アルツハイマー型認知症
入居者:96〜100歳/男性/実の父母/要介護4/その他施設に入居していた

ウェルケアガーデン久が原の退去体験談

退去に至った理由は、両親ともに施設内で生涯を終え、逝去したためです。父は2022年の1月に、母は2024年の10月にそれぞれ亡くなりました。 父が他界した2022年1月当時は、新型コロナウイルスの感染拡大がまだ非常に深刻な時期でした。そうした社会情勢があったことは理解していますが、親の死という重大な局面において、施設側の家族に対する対応には納得のいかない点が多く残り、不満を抱くこととなりました。最終的には看取りを経て、両親ともに他界したことで退去の運びとなりました。
取材日:2026/10/03
執筆者:松島豊
男性
幻覚・錯視
車椅子
アルツハイマー型認知症
入居者:91〜95歳/男性/実の父母/要介護3/その他施設に入居していた

SOMPOケア ラヴィーレ羽田の退去体験談

施設側の運用方針が変わり、ショートステイの受け入れ枠が徐々に縮小されていったことが退去の理由です。以前はある程度設けられていたショートステイ枠が最終的にはほぼゼロになり、2週間単位での受け入れ自体ができなくなってしまいました。入居権についても当時は販売されておらず予約待ちの状態だったため、そのまま継続して利用することができなくなり、退去することになりました。
取材日:2026/10/03
執筆者:松島豊
女性
症状なし
手引/伝い歩き
心臓病・心筋梗塞・狭心症
入居者:96〜100歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(独居)

サービス付き高齢者向け住宅あさひ野田の退去体験談

母が施設内で亡くなったため退去となりました。入居してから次第に体調が弱っていきましたが、その間もスタッフの方々が手厚くサポートしてくださり、母の様子について細かく連絡を届けてくれました。最期までしっかりと看取っていただき、見送ることができました。
取材日:2026/10/04
執筆者:松島豊
女性
物忘れ
杖
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護3/自宅にいた(独居)

イリーゼ横浜三ッ沢の退去体験談

退去を決めた最大の理由は、職員の人手不足と頻繁な入れ替わりにより、サービスの質が著しく低下してしまったことです。 入居してから1年ほどの間に、施設の責任者である所長が5回前後も交代しました。それだけでなく、母が信頼していた親切なスタッフの方々も1人、2人と次々に退職していきました。代わりに臨時採用のような職員の方が増えたのですが、母への対応があまり良くない場面も見受けられるようになりました。 私自身、仕事の都合で日常的に他の介護施設に立ち寄る機会があったのですが、そうした他施設ロビーの様子やスタッフの動きと比較しても、こちらの施設の状況には違和感を覚えることが多くなりました。現場のスタッフ間で何かしら問題を抱えているのではないかと感じてしまい、大切な母をこのまま預け続けることには納得がいかず、転居を決断しました。
取材日:2026/10/03
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
杖
がん・末期癌
入居者:76〜80歳/女性/実の父母/要支援2/自宅にいた(独居)

高齢者住宅ほのぼのの退去体験談

退去を決めた理由は、母の病状が悪化し、施設での生活を継続することが難しくなって病院への入院したためです。 母は入居前から悪性リンパ腫を患っており、入居してしばらくした頃から持病の影響もあって体調が優れない日が増えていきました。朝食の時間になっても部屋から出てこられず、スタッフの方が見に行くと今日はお休みしたいと答えるような場面も多く見られるようになっていました。 そうした状態が続く中で、施設の方から病院で一度しっかり診てもらった方が良いと勧められ、受診したところそのまま入院することになりました。その際、施設側から退去の手続きになると伝えられました。施設に戻ることはできませんでしたが、母の病状の進行を踏まえた上での退去の判断だったと受け止めています。
取材日:2026/10/03
執筆者:岸川京子
男性
症状なし
車椅子
症状なし
入居者:91〜95歳/男性/実の父母/要介護1/その他施設に入居していた

ラ・ナシカちはやの退去体験談

入居して2ヶ月ほどが経った頃、父が施設内で怪我をして入院することになったため退去となりました。その後、病院を4つほど転院しながら療養を続けていましたが、最終的に入院先の病院で息を引き取りました。
取材日:2026/10/03
執筆者:松島豊
女性
物忘れ
手引/伝い歩き
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護4/病院に入院していた

住宅型有料老人ホーム福寿庵の退去体験談

施設に対して不満があったわけではなく、特別養護老人ホームへの入居が決まったため退去いたしました。
取材日:2026/10/03
執筆者:谷口美咲
男性
物忘れ
車椅子
がん・末期癌
入居者:86〜90歳/男性/義理の父母/要支援1/自宅にいた(同居)

ニチイメゾン北豊島の退去体験談

父は施設で息を引き取りました。 入居期間が長くなるにつれて徐々に食べ物を飲み込む嚥下が難しくなってしまい、食事を摂ることができなくなっていきました。最後は点滴による対応となりましたが、積極的な延命治療は望まないという意向でしたので、胃ろうなどの処置は行わず、自然な形で最期を迎えました。 スタッフの方々にもよくしていただきながら、息を引き取る瞬間も家族で見送ることができました。
取材日:2026/10/03
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
車椅子
症状なし
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/要介護3/病院に入院していた

竹の塚明生苑の退去体験談

入居してしばらく経った頃、急に具合が悪くなってしまいました。系列の病院に入院することになり、私も入院手続きに行ったのですが、2日ほどしたら急変したという電話があり、そのまま亡くなりました。元々持っていた間質性肺炎が急に悪化したようです。急なことではありましたが、最初に医療体制を見越して施設を選んでいたので、具合が悪くなった際もすぐに病院に入院対応していただけて良かったです。
取材日:2026/10/03
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
車椅子
症状なし
入居者:76〜80歳/女性/実の父母/要介護3/自宅にいた(同居)

ベストライフ草加の退去体験談

施設を退去することになった理由は、自宅の近くにある特別養護老人ホームに空きが出て、そちらへ転居することが決まったためです。 元々、費用の面や将来的な生活を考慮して、自宅の近くにある特養への入所を希望して待機申し込みを行っていました。特養の順番待ちをしている間の生活の場として、こちらのベストライフ草加さんにお世話になっていたという背景があります。その事については、入居当初から施設側にも事前にお伝えしてご理解をいただいておりました。 こちらでお世話になったのち、希望していた特養側で受け入れ可能との連絡が入ったため、退去することとなりました。
取材日:2026/10/03
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
自立
症状なし
入居者:76〜80歳/女性/実の父母/要支援2/自宅にいた(同居)

Good Life栄広園の退去体験談

この施設を退去することになった理由は、母が施設内で穏やかに息を引き取り、看取りとなったためです。 先に入居していた父が数年前に亡くなった後も、母はこちらの施設で生活を続けていました。母は胃を全摘していた関係で、月に1回程度、私が車で迎えに行って通院の付き添いをしていました。月に1回くらいは外の空気を吸わせて外出した方が良いという考えもあり、その通院をずっと続けていました。 母は高齢になってからも自力で歩くことができ、杖やシルバーカーも一切使わずに生活していたのですが、亡くなる前年の夏頃から急激に体調を崩してしまい、車椅子が必要な状態になりました。それまで自立に近い形で動けていた状態から半年ほどで一気に身体機能が衰えてしまい、私が車に乗せて通院の送迎をすること自体が難しくなってしまいました。 そこで、施設の訪問診療を担当してくださっている医師へ診療を引き継いでいただくことにしました。その医師は以前からよく知っている先生だったこともあり、安心してお任せすることができました。その際、過度な延命治療などは行わず、住み慣れた施設の中で最期まで診ていただきたいという方針を家族としてお伝えしました。 最期の時期には、スタッフの皆さんが本当に親身になって母に寄り添ってくださり、「何とか元気になって」と温かい声かけを何度もしてくださいました。そしてスタッフの方々や訪問診療の先生に見守られながら、施設内でお看取りをしていただきました。
取材日:2026/10/02
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
車椅子
アルツハイマー型認知症
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護5/病院に入院していた

グッドタイムナーシングホーム・柏高柳の退去体験談

退去を決めた最大の理由は、母が施設内で穏やかに息を引き取り、逝去したことです。 入居した時点で既に乳がんが肺や腕の付け根、脳などに転移しており、痛みの緩和ケアを行いながら点滴を続けている状態で、余命も決して長くないと覚悟の上での入居でした。施設に入ってからも要介護5の判定となり、日を追うごとに少しずつお別れの時が近づいているのを感じていました。入居してからおよそ3〜4ヶ月が経った頃、いよいよ最期の時を迎えることとなりました。 その終末期の対応において、施設の看護師さんたちは1時間おきくらいの間隔でこまめに母の居室を見回りに来てくださり、細やかに容態を確認してくださいました。そして容態がいよいよ危篤となった日には、施設から、今日はもう来てください、ずっと病室に付き添っていていただいて構いません、とお電話をいただきました。 その連絡を受けてすぐに駆けつけ、母の意識はすでにありませんでしたが、ベッドの脇に座って8時間から9時間ほどずっと母の手を握りながらそばで見守り続けることができました。最期の瞬間まで家族が立ち会い、看護師さんたちに見守られながら穏やかに母を見送ることができたため、入居期間としては短いものでしたが、この施設で最期を迎えられて本当に良かったと感じています。
取材日:2026/10/01
執筆者:松島豊
女性
物忘れ
車椅子
アルツハイマー型認知症
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護2/自宅にいた(同居)

サービス付高齢者向け住宅 グリーンヒル小金原の退去体験談

退去に至った理由は、母が以前患っていたがんが再発してしまったことです。施設で穏やかに2年半ほど暮らしていたのですが、後半になって病状が進んでしまい、施設内で突然高熱を出して倒れてしまいました。 すぐに救急車を呼んでいただき、母体となっている大きな総合病院へ緊急搬送されることになりました。そのまま入院治療が必要となり、在宅や施設での生活に戻ることが難しくなったため、やむを得ず退去することになりました。
取材日:2026/10/01
執筆者:松島豊
女性
症状なし
歩行器
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護3/自宅にいた(同居)

SOMPOケア そんぽの家 狭山の退去体験談

退去を決めた理由は、レクリエーションがリモートでの実施ばかりで参加者が少なく、母が部屋に閉じこもりがちになってしまったことです。毎日のスケジュールにはレクリエーションの時間が書かれていたのですが、リモート開催だったためか参加する入居者さんがほとんどいませんでした。その結果、母も部屋から出なくなってしまい、施設の方や他の入居者さんと会話を交わす機会も持てず、寂しそうに過ごしていました。 母にはもっと他の入居者さんとおしゃべりをしたり、対面でのレクリエーションが活発に行われている環境で過ごしてほしいと考え、別の施設へ移ることにしました。
取材日:2026/10/01
執筆者:松島豊
男性
症状なし
車椅子
症状なし
入居者:96〜100歳/男性/実の父母/要介護3/その他施設に入居していた

プレザンメゾン塚口の退去体験談

入居していた父が施設内で息を引き取ったため退去となりました。最期の際にはスタッフの方々がとても手厚く看取ってくださいました。父本人も安心して旅立つことができた様子で、穏やかな看取りをしていただいたことに感謝しています。
取材日:2026/10/01
執筆者:松島豊
男性
症状なし
車椅子
脳梗塞・脳卒中・脳出血・くも膜下出血
入居者:56〜60歳/男性/兄弟・姉妹/要介護3/老健に入居していた

シルバーホーム神の倉の退去体験談

入居して間もない頃に、兄の病状が再び悪化して緊急入院することになったのが発端です。 入院を経て、車椅子に座ることすら困難な状態になってしまい、食事も鼻からの経管栄養が必要になりました。こちらの施設には24時間体制で看護師さんが常駐しているわけではないため、経管栄養などの医療行為に対応することができず、退院後に施設へ戻ることができなくなってしまいました。 施設長さんも退院したら帰っておいでと声をかけてくださり、兄本人もずっとそこにいたいと戻ることを希望していたのですが、身体状況と医療体制が合わなくなってしまったため、やむを得ず退去して別の施設を探すことになりました。
取材日:2026/09/30
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
手引/伝い歩き
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要支援2/自宅にいた(同居)

ココファン柏明原弐番館の退去体験談

施設で過ごしている中で体調を崩し、施設でのケアでは対応が難しい状況になったため、病院へ入院することになりました。そして、そのまま病院で最期を迎えました。施設に何か不満があって退去したわけではなく、母の病状の変化によるものでした。
取材日:2026/09/30
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
自立
ペースメーカー
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(独居)

さくらの泉の退去体験談

入居から約3年が経った頃、母が亡くなったため退去となりました。施設に対して何か不満があったわけではありません。
取材日:2026/09/30
執筆者:谷口美咲
男性
症状なし
車椅子
脳梗塞・脳卒中・脳出血・くも膜下出血
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/要介護2/病院に入院していた

アイシア港いろはの退去体験談

約1ヶ月半という短い期間で退去することになりましたが、施設への不満が理由ではありません。父の肺炎がさらに悪化してしまい、誤嚥もひどくなったことが原因です。加えて、栄養を摂るための中心静脈栄養の接続部を交換する必要も出てきました。これらの医療処置のために、もともとお世話になっていた病院へ救急車で搬送され、そのまま入院することになりました。そして、点滴の処置などをしている間に、病院で息を引き取ったという経緯です。 施設の緊急時の対応についても特に問題はなく、私たち家族としては「致し方なかった」と感じています。
取材日:2026/09/30
執筆者:松島豊
女性
症状なし
車椅子
中心静脈栄養(IVH・TPN・PPN)
入居者:91〜95歳/女性/祖父母/要介護4/病院に入院していた

住宅型有料老人ホーム ケムズ木崎の退去体験談

退去することになったのは、金銭的な理由からです。祖母の状況が変わり、介護保険の自己負担の割合が上がってしまったんです。もともと月々20万円ほどの利用料だったのですが、負担割合が変わることで支払額が大幅に増えてしまい、このまま利用を続けるのは難しいという結論に至りました。 施設のサービスやスタッフさんの対応には満足していたので、もし金銭的な条件が合えば、このままお世話になりたかったというのが正直な気持ちです。本当に、それだけが理由でした。
取材日:2026/09/30
執筆者:岸川京子
女性
せん妄
手引/伝い歩き
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/その他親族/要介護2/その他施設に入居していた

ご長寿くらぶ南守谷の退去体験談

退去を決めた一番の理由は、入居者同士の自由な交流が制限されていたことです。スタッフの方に理由を尋ねたところ、安全のために目が行き届く範囲で、ということのようでした。その結果、デイサービスに参加しない時間は自室で過ごすしかなくなってしまっていました。 叔母は部屋の向かいの方と仲良くなったようでしたが、話したい時に話せない状況だったようです。その様子を見ていると、少し寂しそうでかわいそうに感じてしまいました。それで、もっと家庭的な雰囲気で、常に誰かがいるような空間で過ごせる施設を探すことにしました。認知症のこともあったので、最終的には少人数で目の届きやすいグループホームへ移ることを決めました。
取材日:2026/09/30
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
症状なし
アルツハイマー型認知症
入居者:66〜70歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(同居)

ハピネスなつめの里の退去体験談

退去を決めた大きな理由は、母の病状が当初の診断と異なっていたことに対する施設側の対応と、それに伴う協力体制の欠如です。 入居後、母の病気がアルツハイマー病ではないと判明し、施設側も対応に困っている様子が見受けられました。そんな中、母が窓から外に出てしまうという出来事が起きてしまい、それ以降、施設側から「手に負えない」というような見方をされていると感じるようになりました。次第に施設長からは退去を促すような態度を取られるようになり、このままお世話になるのは難しいと感じ始めました。 また、外部の精神科に通うことになったのですが、薬の調整などについて施設側と連携を取りたいと思っても、なかなか協力体制が得られませんでした。通院の準備や付き添いもすべて家族が行わなければならず、治療の参考になるはずの施設での母の様子について、十分な情報を共有してもらえないことにも困っていました。こうした状況が重なり、退去を決断しました。
取材日:2026/09/30
執筆者:松島豊