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ケアスル 介護
退去体験談一覧
3ページ目
(3ページ目)退去体験談一覧
528
件
老人ホーム・介護施設の退去体験談の一覧ページです。
症状なし
自立
がん・末期癌
入居者:76〜80歳/女性/実の父母/要支援2/自宅にいた(同居)
ココファン新川崎の退去体験談
もともとココファンの「池上通り」に申し込んでいたのですが、そこがまだ建設中だったので、オープンするまでの期間限定で新川崎にお世話になっていました。数ヶ月経って池上通りが完成したため、予定通りそちらへ転居することになりました。
取材日:2025/11/30
執筆者:岸川京子
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せん妄
杖
症状なし
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/要介護3/自宅にいた(同居)
エスペランサ武蔵小杉の退去体験談
最終的に体がむくみだしまして、病院で検査したら腎臓がもう機能してない状態で。そこからは、施設のほうではその状態だと「預かれません」っていうことだったので、その後はずっと病院で生活をして、病院で亡くなった感じですね。元気な間はずっとお願いしたいなって思えるような施設だったんですけど、
身体の状態的に医療対応の部分が難しくなってしまった
というところです。
取材日:2025/11/30
執筆者:岸川京子
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物忘れ
症状なし
症状なし
入居者:81〜85歳/男性/義理の父母/要介護1/自宅にいた(同居)
ココファン東静岡の退去体験談
施設に対して何か不満があって退去したわけではありません。父が昨年の12月に、この施設で穏やかに最期を迎えました。それに伴い、退去というかたちになりました。入居してから亡くなるまでの間、スタッフの皆様には本当に親身に接していただき、心から感謝しています。
取材日:2026/02/12
執筆者:高橋 裕二
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物忘れ
自立
心臓病・心筋梗塞・狭心症
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護2/自宅にいた(同居)
SOMPOケア そんぽの家 川崎宮前の退去体験談
最後は施設で亡くなりました。入居期間の後半はコロナ禍になってしまったので、基本的には「来ないでくれ」ということで厳しい面会制限がありました。正月くらいに面会室で会うのが精一杯という時期もありましたが、亡くなる直前は「もう時間も関係なく来ていいですよ」と言ってくれて。 スタッフさんも、入居者をたくさん看取ってきているだけあって、「足が赤くなってきたから死期が近い」といった状況の変化をよく分かっていらして。最後は「週末まで持たないかもしれないからすぐ来て」と呼んでくれたり、時間外でも通してくれたり。おかげで
最後、ちゃんと付き添うことができた
のは本当に良かったです。
取材日:2025/11/12
執筆者:岸川京子
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物忘れ
車椅子
症状なし
入居者:76〜80歳/女性/実の父母/要介護3/病院に入院していた
介護付有料老人ホームグランヴィル前橋の退去体験談
退去した理由は、母が亡くなったからです。最期までお世話になりました。
取材日:2026/02/06
執筆者:谷口美咲
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物忘れ
車椅子
誤嚥性肺炎
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/要介護4/その他施設に入居していた
ナーシングホームアイエスの退去体験談
父はこちらに入居して半年から1年弱くらい経った頃、また誤嚥性肺炎のような症状が出て入院することになり、そのまま病院で息を引き取りました。その最期の時の対応には、今でも深く感謝しています。 前の施設では、父が苦しんでいるのを目の前にされながら「ご家族が到着するまでは病院には運べません」と言われるという、本当に辛い経験をしました。 でもアイエスさんは違いました。父が苦しみ出す前に「数値がおかしい」と気づき、すぐに連絡をくださって、迅速に病院へと繋いでいただけたんです。 そのおかげか、父は最期にひどく苦しむ様子もありませんでした。最期の瞬間まで、父を一人の人間として大切に、誠実にケアしてくださったスタッフの皆さんには、感謝の言葉しかありません。
取材日:2026/01/20
執筆者:谷口美咲
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物忘れ
自立
症状なし
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/要介護3/病院に入院していた
和心の家にこやかの退去体験談
決定的だったのは、父が誤嚥性肺炎を起こした際の施設の対応でした。父が苦しんでいるにもかかわらず、「家族が来るまで救急車は呼べない」と言われ、すぐに対応してもらえなかったのです。この一件で、施設への信頼は完全に壊れてしまいした。 それ以前にも、不信感を抱く出来事は何度もありました。ある日施設を訪れると、父が車椅子からずり落ちそうな状態で意識も朦朧としているのに、そのまま放置されていました。私がスタッフの方に声をかけて、ようやくベッドに寝かせてもらい、事なきを得ました。たまたま私が面会に来ているときだったので良かったかもしれませんが、もし誰にも発見されていなかったら..と思うとヒヤリとします。 また、散髪サービスをお願いして代金を前払いしたのに、次に行ったときも髪は伸びたまま。理由を尋ねると「頼まれていない」と言われ、お金を払っていると伝えると今度は「人数制限でできなかった」と、言うことが二転三転しました。結局、領収書もいただけませんでした。 極めつけは、誤嚥性肺炎で救急搬送された件について、施設が市へ事故報告書を提出していなかったんです。市に問い合わせて初めて、この施設が無届けの施設であることを知りました。もうこれ以上、大切な父を預けておくことはできないと思い、すぐに次の施設を探し始めました。
取材日:2026/01/20
執筆者:谷口美咲
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物忘れ
杖
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/義理の父母/要介護2/自宅にいた(独居)
リヤンドー絆ー栗東の退去体験談
施設での生活に刺激が少なく、義母が毎日を退屈に過ごしていることが可哀想だと感じたからです。決まったレクリエーションやイベントがなく、基本的には「お部屋で過ごしてください」というスタンスでした。そのため、義母は日中をただテレビを見たり、ぼーっとしたりして過ごすしかなく、その様子を見ているのが辛かったのです。このままでは心身の機能も衰えてしまうのではないかという懸念もありました。 そんな時に、すぐ近くに新しい施設がオープンすることを知りました。話を聞きに行くと、毎日体操の時間があったり、季節ごとのイベントがあったりと、活動が非常に充実していることが分かりました。義母のことを考えたとき、より生き生きとした毎日を送れる環境に移してあげたいという思いが強くなり、入居から3ヶ月という短い期間ではありましたが、転居を決断しました。
取材日:2026/02/15
執筆者:谷口美咲
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症状なし
歩行器
症状なし
入居者:91〜95歳/女性/実の父母/要介護4/自宅にいた(独居)
ラ・ナシカうえだの退去体験談
やはり、リハビリの専門スタッフさんが入居直前にいなくなってしまったことが大きいです。 さらに、入居して数ヶ月経った頃に、母に内臓系の疾患が見つかりました。幸い大事には至りませんでしたが、これを機に「看護師さんが常駐しているような、手厚い施設の方が母にとって安心なのではないか」「地元の施設に移った方が、家族も頻繁に面会に来れるのでは」という話になり、改めて施設を探し直そうということになりました。 最終的に10ヶ月ほどお世話になりましたが、施設を離れることにしました。
取材日:2026/02/10
執筆者:谷口美咲
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物忘れ
杖
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護3/自宅にいた(同居)
チャームスイート千里津雲台の退去体験談
もともと希望していた施設に空きが出たため、「引っ越し」という形での退去となりました。施設について不満があったわけではありません。むしろ「引っ越し先の施設よりも良かったんじゃないか」と、今でも思うレベルです。
取材日:2026/01/11
執筆者:谷口美咲
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物忘れ
杖
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護3/その他施設に入居していた
チャーム南いばらきの退去体験談
約4年間お世話になった後、父が亡くなり、その3ヶ月後に後を追うように母も亡くなりました。 二人とも、亡くなる数ヶ月前からは食が細くなるなど、年齢を重ねたことによる自然な変化はありましたが、最期まで穏やかに過ごすことができたと思っています。 この施設が、両親にとっての終の棲家となりました。本当に良くして頂いたと思います。最後まで手厚く見ていただけたことに、家族として心から感謝しています。
取材日:2026/01/11
執筆者:谷口美咲
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症状なし
車椅子
糖尿病・インスリン
入居者:71〜75歳/男性/実の父母/要介護4/自宅にいた(同居)
ベストライフ南東京の退去体験談
6年ほどお世話になりましたが、最終的に退去を決めたのは、父が病院に入院することになったからです。施設での生活を続けることが難しくなり、退去となりました。 施設に対して何か不満があったわけではなく、あくまで父の状態の変化によるものです。
取材日:2026/01/25
執筆者:谷口美咲
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症状なし
自立
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/祖父母/要介護1/自宅にいた(同居)
ヒューマンサポート岩槻の退去体験談
退去を決めたのは、近所の治安の悪さが落ち着いたためです。 入居から半年ほど経った頃、警察のパトロール強化などもあり、「これなら自宅に戻っても大丈夫だろう」と思えるところまで改善したので、家族みんなで話し合い、退去することにしました。 施設に何か不満があったわけではなく、安全が確保できたタイミングだったので...ということです。
取材日:2026/02/14
執筆者:谷口美咲
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せん妄
自立
症状なし
入居者:81〜85歳/男性/義理の父母/自立/自宅にいた(同居)
リアンレーヴ馬車道の退去体験談
木下工務店で自宅を売却した時に、父の認知症でトラブルになっちゃって。木下工務店さんから見ると、契約をキャンセルされるのが嫌だったのか、知らない間に補助人を付けられちゃったんですよ。本人たちも気が付かないままに、不動産関係の用事があるから何かなと思って家裁に行っちゃったそうなんです。二人そろって。 それを後で知って…。私たちも売買契約の時に付き添いで行けばよかったんですけど、それをしていなかったんで、全然そこら辺知らなくて。事前に正直におっしゃってくだればよかったんですけど、それ言わないで無断でやられちゃったので、すごく嫌な思いをしてしまって。それでそのリアンレーヴも木下系列で、紹介されて入ったところだから、それで急に嫌になっちゃったんですね。別に施設に不満があったわけではないんですけど、その経緯があったから故に退去しちゃったっていう。
取材日:2026/02/08
執筆者:岸川京子
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物忘れ
自立
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護2/自宅にいた(同居)
りりあマンション綱島樽町の退去体験談
母は入居した年に施設で亡くなりました。最後の方は、そもそも食欲がなくなってしまって、何を出しても同じというような状態だったんです。無理な延命というよりは、施設の中で自然に看取るという形になりました。たまたま私が施設にいたタイミングだったので、最期を看取ることができたんです。すぐに往診のお医者さんを手配してくれて、死亡確認などの手続きも非常にスムーズでした。最後まで施設で過ごさせてあげられたこと、その対応には非常に感謝しています。 母がいなくなった後も、父はそのまま1年ほど入居を続けていました。ですが、父の方はだんだん歩けなくなって車椅子になり、自分では立てない状態になって。サ高住の対応レベルではない体力や認知度になってしまったんですね。トイレなどの排泄や食事の介助も、サ高住だとどうしても家族のサポートが必要な場面があります。私自身、実は腰があまり良くなくて、父を持ち上げたり介助したりするのが、体力的にかなり苦しくなっていたんです。 そんな時に施設側からも「もう老人ホームに移られた方がいいのではないですか」と提案をいただきました。私自身も「そうだよな」と納得する部分があったので、より手厚いケアが受けられる施設へ移ることを決めました。
取材日:2025/12/03
執筆者:岸川京子
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物忘れ
自立
糖尿病・インスリン
入居者:86〜90歳/女性/その他親族/要支援1/自宅にいた(同居)
ベストライフ武蔵藤沢の退去体験談
実は、一緒に入居した息子が亡くなってしまったんです。もともと腎臓も悪かったんですが、急に悪化してしまって。「順番が逆だよね」って、本当にどうしようもない思いでした。 今は伯母一人になったので、兄が「もっと近いところに移動させようか」と言っても、本人は「もうここに慣れたし、動きたくない」って。知らない場所で一から生活を始めるのは、90歳を超えた体には相当大変だと思うんですよ。だから、今は本人の意思を尊重して、移動はさせないでおこうと思っています。
取材日:2025/11/17
執筆者:岸川京子
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物忘れ
自立
症状なし
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護2/自宅にいた(同居)
ニチイケアセンター港南台の退去体験談
最後はちょっと、
栄養の点滴をしなきゃいけなくなったんですけど、それがこの施設では継続的にはできないと言われて
。週に何回までとか、そういうルールがあるみたいなんですよ。それで結局、紹介された病院に入院して、そこで最期を迎えました。看取りの体制っていうのが、どこもそうなのかもしれないですけど、あんまりできてないのかな…という気はしましたね。点滴が必要になったらもう施設にいられない、というのは不便というか、「あ、そうなんだ」という感じでした。
取材日:2025/11/12
執筆者:岸川京子
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症状なし
寝たきり
介護食
入居者:91〜95歳/男性/実の父母/要介護3/自宅にいた(同居)
住宅型有料老人ホーム ブレスト佐倉の退去体験談
父が入居して、半年ぐらいだったと思います。施設で亡くなりました。 ただ、一緒に施設に入った母親が大変で。食事が口に合わなくて救急車で運ばれちゃったんですよ。それで母親から「食事の美味しいところにしてくれ」と言われて、母だけは別の施設を探して移ることになりました。父は朗らかにしていましたが、母のように食事が楽しみな人からすると、合わない部分があったのかもしれません。。
取材日:2025/11/02
執筆者:岸川京子
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症状なし
車椅子
パーキンソン病
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/要介護3/病院に入院していた
ナーシングホームアイプラス二子の退去体験談
実は、父がずっとお世話になっていた病院の併設で、新しいナーシングホームができる予定だったんです。本当はそこを待って入りたかったのですが、オープンまでに日程が合わなくて。それで、オープンまでのつなぎとして、一旦別の有料老人ホームでワンクッションお世話になってから移動する計画でしたが、そこに入れなくなってしまった。そこで、「オープン日までちょっと我慢してもらおうか」と決めて入ったのがアイプラスさんでした。 ところが、
入居した翌日に家族に「やる気がない」と言われたり、面会に行くたびに個室で「胃ろう、胃ろう」と強く勧められたり
。面会時間の30分間、ずっとその話なんです。施設側は「誤嚥性肺炎が心配だから」と言いますが、胃ろうにすれば流すだけで楽になりますよね。「そうならないようにするのが仕事でしょう」と思ってしまいました。 他の入居者さんの家族にも「すぐにこういう評価をされるんですか?」と聞いてみたら「みんな同じです」という答えで…。退院して次の日の家族にそんな話をすること自体、
私には不信感しかありませんでした
。結局、契約の関係もあって3ヶ月過ごしましたが、本命の施設がオープンした時に退所させてもらいました。その際、角が立たないように「ちょっと家から遠いから」という理由にしておきましたけど、本当はそういう不信感があったからです。今は新しいところで穏やかに過ごせているので、最終的には色々なところを見てよかったなと思っています。
取材日:2025/10/08
執筆者:岸川京子
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物忘れ
自立
ペースメーカー
入居者:91〜95歳/女性/実の父母/要支援2/病院に入院していた
SOMPOケア そんぽの家S西大井の退去体験談
一度は元気になって戻ってきたんですけど、やっぱりそんぽの家さんは「自分で何でもやれる人」か、あるいは「寝たきりの人」に向いているところだったんだと思います。うちの母みたいに「常に誰かが構ってくれないとダメな人」には、一人の時間が多すぎて合いませんでした。 家族としても、わざわざ外部からお話し相手になってくれる人を呼んだりして工夫はしたんですよ。でもそれだと施設外の料金もかかってしまうし…。担当の方に相談したら、「お母様だと、そこまで構ってあげられるところじゃないから」と正直に仰ってくださって。本当に良くしていただいたし、近所に皮膚科やお医者さんも多くて助かったんですけど、
「これは母には向いてないな」と判断して、別のところを探すことにしました
。
取材日:2025/06/04
執筆者:牟田七彩
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物忘れ
自立
糖尿病・インスリン
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/要介護1/老健に入居していた
リアンレーヴ市ヶ尾壱番館の退去体験談
「これはやばい、寝たきりになる」って、本気で危機感を持ったからです。 リアンレーヴ市ヶ尾壱番館さんは、運動する場所やリハビリルームっていうのがなかったんですよね。父はプライドがあるから、車椅子の方が集まってやるレクリエーションには頑なに参加しないし、2ヶ月間ずっと部屋でテレビを見ているだけ。 そうしたら、みるみるうちに足腰が弱って、ちょっと歩くだけでつまずくようになっちゃったんです。寝たきりになったら、父も大変だし、支える私や兄も本当に大変なことになる。
「絶対に寝たきりにさせちゃいけない」と思って、すぐに他の施設を探し始めました
。施設側は安全を考えて「外出しないで」と言ってくれるんですけど、父には合わないと思って、2ヶ月で転居を決めました。
取材日:2026/02/13
執筆者:岸川京子
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症状なし
杖
症状なし
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護2/自宅にいた(同居)
ココファンさがみ野の退去体験談
父が誤嚥性肺炎を起こして入院し、残念ながら施設に戻ることなく亡くなったことがきっかけです。 父が入院している間に、ケアマネージャーさんから「もし退院できたとしても、以前より介護度が上がっているため、このままサービス付き高齢者向け住宅で生活を続けると、介護サービスの費用がかなり高額になりますよ」というアドバイスをいただきました。それで「退院したら一旦老健へ行って、その間に特養を探そう」という話をちょうど進めていたんです。そうこうしているうちに、父が入院したまま亡くなってしまいまして。母も入院したりしていた時期でしたから、父がいなくなって一人でサ高住に住み続けるのも難しい状況でしたので、ケアマネさんにも相談に乗ってもらって、最終的に母を特養に入れるという流れで退去しました。
取材日:2026/02/13
執筆者:岸川京子
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症状なし
車椅子
在宅酸素療法
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護3/自宅にいた(同居)
ホームステーション大宮の退去体験談
二人とも施設で亡くなりました。父親は5年くらい前、コロナのちょっと前ですかね。朝起きたら亡くなっていたという感じで、老衰でした。看取りについて正式にお話はしてなかったので葬儀社も私のほうで手配して来てもらったと思います。 母親はコロナ禍の朝方、看護師さんが見に行ったら車椅子に座った状態で亡くなっていたようです。すぐに大学病院へ救急搬送されましたが、その時にはもう亡くなっていたんだと思います。施設長からは後で日誌などを見せてもらって「こちらに落ち度はない」という説明も受けましたので、私自身もどうのこうのという不満は持っていません。
取材日:2026/02/13
執筆者:岸川京子
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症状なし
車椅子
がん・末期癌
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/要介護4/病院に入院していた
草加明生苑の退去体験談
一言で言えば、施設も提携病院も管理が本当にずさんでした。まともに機能しているものが何もないような状態で、両親それぞれの看取りにおいて信じられないことが続きました。 母に関しては、亡くなる直前の入退院の繰り返しが本当にひどかったです。まず大学病院からの紹介状を施設側で紛失され、病名が伝わっていませんでした。そのせいで、貧血を起こした際に誤診され、体力の落ちた母に不要な胃カメラ検査を強行されました。私が「必要ない」と言っても、提携病院の看護師からは「じゃあ出て行ってください」とまで言われる始末です。さらに、母の状態が悪く改善もしていないのに、一度無理やりホームに戻され、次の日にまた再入院させられるということもありました。結局、3回も入退院を繰り返した末、亡くなる直前の3回目の入院時に、初めて「この病気はいつからですか」と調査が始まったんです。自分たちがやるべきことをやっていたという証拠集めのようにしか思えませんでした。母を施設に入れて良かったと思えたのは、まともに死亡診断書を書いてもらえたことぐらいです。 父の看取りの時も、介護士は誰も痰吸引ができず、あちこち連絡してガチャガチャしているだけで看護師も一向に来ない。結局、医療技術のある私が、自分で機械の使い方を聞いて吸引しました。ところが、私がやったことで「できる人がいる」と思われたのか、今度は看護師が誰も来なくなってしまいました。さらに、私が事前に「そろそろ医療麻薬の準備を」と伝えていたのに、介護士が「まだ大丈夫です」と独断で却下しました。医療従事者でもない人がなぜそんな判断をするのか理解できません。結局、薬が間に合わず、父は苦しくて暴れまわっていました。亡くなった後も、提携病院・施設ともに死後の処置であるエンゼルケアすら行わず、そのままの状態で送り出されました。病院の時は一言ありましたが、施設に関しては何もなしです。聞いたこともないくらい、すべてがグダグダでした。
取材日:2026/02/12
執筆者:岸川京子
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症状なし
車椅子
糖尿病・インスリン
入居者:71〜75歳/女性/実の父母/要介護5/自宅にいた(独居)
福寿いせはら小稲葉の退去体験談
最終的に退去することになったのは、母が施設内で新型コロナウイルスに感染し、亡くなってしまったからです。 コロナが流行り始めた頃、透析をしている母は感染リスクが高いと考え、入浴時もマスクをするよう本人に伝えていました。ですが、施設の方から「そんなのみっともない、おかしい」と言われたそうで、母はマスクをせずに 入浴するようになってしまいました。そこしかうつるところがなかったんです。施設長にしても他の人にしても、日常的にマスクをしてなかったり、してても鼻が出ちゃってたりして、「意味ないね」なんて母と話してました。 その後、入浴介助を担当していた職員の方から感染し、あっという間に容態が悪化しました。亡くなった日、夜中に本人から「胸が苦しいよ」って電話がかかってきたんです。でも施設側は「家族が来ないと救急車を呼べない」って言って、私が行くまで待たされて…。私が急いで施設に向かい、到着する頃にようやく救急車が来て病院に搬送されたんですけど、病院に着いた時には「かなりひどい重症化だ」と言われました。まさかその数時間後に亡くなるなんて思わなかったです。 もっと早く対応してくれていたら、そもそも施設の皆さんが感染対策をしっかりしてくれていたらと…。福寿に行かなかったら亡くならなかったんじゃないかなっていうのが、今でもあります。
取材日:2026/02/08
執筆者:岸川京子
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物忘れ
症状なし
アルツハイマー型認知症
入居者:96〜100歳/男性/義理の父母/自立/自宅にいた(同居)
はなみずきあおいの退去体験談
退去を決めた一番の理由は、投薬に関する出来事です。ある時、義父は体調が悪く食事を摂っていませんでした。それにもかかわらず、血糖値を下げる薬がいつも通り投与されてしまったようで、その結果、救急搬送される事態になってしまったのです。病院の先生からも、食事を摂っていない状態でこの薬を飲ませるのは良くなかったと指摘されました。 この一件で義父の体は一気に弱ってしまい、わずか3ヶ月の間に要介護度が1から4にまで上がってしまいました。このことが決定打となり、退去を決めました。施設の方には、この件を直接お伝えすることはありませんでしたが、私たち家族にとっては大きな出来事でした。
取材日:2026/02/10
執筆者:高橋 裕二
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昼夜逆転
歩行器
症状なし
入居者:91〜95歳/女性/実の父母/要介護1/病院に入院していた
SOMPOケア ラヴィーレ平和公園の退去体験談
入居して間もなく、母が誤嚥性肺炎を起こして熱を出してしまいました。施設の方々も懸命に対応してくださいましたが、入院による本格的な治療が必要となり、そのまま病院へ移ることになりました。 母の病状を考えると、退院後に再び施設での生活に戻るのは難しいだろうと判断し、今回の入院を機に退去という形をとらせていただきました。施設側に何か問題があったわけではなく、あくまで母の医療的なニーズが変化したことが一番の理由です。
取材日:2026/02/10
執筆者:中村 誠
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症状なし
車椅子
脳梗塞・脳卒中・脳出血・くも膜下出血
入居者:61〜65歳/男性/実の父母/要介護3/病院に入院していた
住宅型有料老人ホームケアホーム・シオンの家の退去体験談
施設には1年半ほどお世話になりました。父の容態が悪化して入院することになり、残念ながら施設へ戻ることは叶わず、そのまま病院で息を引き取りました。
取材日:2026/02/07
執筆者:谷口美咲
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症状なし
車椅子
がん・末期癌
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護3/老健に入居していた
介護付有料老人ホームみんなの家・土呂栄光荘の退去体験談
約1年半お世話になりましたが、母が亡くなったため退去となりました。入居前から大腸がんを抱えてましたが、高齢ということもあり再手術は難しかったんです。徐々に病状が進行し、84歳で安らかに旅立ちました。
取材日:2026/02/08
執筆者:谷口美咲
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症状なし
車椅子
症状なし
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護3/自宅にいた(独居)
メディケア加古川の退去体験談
退去の理由は、父が施設で穏やかな最期を迎えたからです。入居から約1年半、父の要介護度は3から5へと進みましたが、最後までこの施設でお世話になることができました。 病院へ移ることなく、住み慣れた場所でスタッフの方々に囲まれながら、安らかに旅立つことができたのは、私たち家族にとって何よりの救いでした。手厚い看取りのケアをしていただけたことに、心から感謝しています。
取材日:2026/02/04
執筆者:伊藤 結衣
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