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(3ページ目)退去体験談一覧789

老人ホーム・介護施設の退去体験談の一覧ページです。
女性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(独居)

ハーモニーライフ若葉の退去体験談

退去の理由は、母が亡くなったことです。血圧が下がってきて、その前からずっと寝ているような傾眠傾向が続いていたんです。私は元々、何かあったら最後は病院で診てもらって…と考えていたのですが、施設の方から「うちの方でもお世話できます、看取れます」と言っていただけて。それで急遽、お願いすることにしました。 それからの1ヶ月間は、毎日朝の9時から夜の7時ごろまで施設に通いました。具合がちょっと悪いなという時は、私のためにマットレスをちゃんと用意してくださって、何日か泊まることもできたんです。看護師さんもいらっしゃいますし、スタッフさんも四六時中、亡くなるまでの1ヶ月間、入れ替わり立ち替わりで本当に手厚く看病してくださいました。もう、これに関しては申し分ない所です。 最後、母が息を引き取るまでそばにいられたことは、なかなか他ではできないことなんじゃないかなと思っています。本当に、きちんとお見送りすることができました。
取材日:2026/05/02
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:96〜100歳/女性/実の父母/要介護1/病院に入院していた

SOMPOケア ラヴィーレ南大泉の退去体験談

入居させていただいてから2、3ヶ月ほどで、母は亡くなりました。それが退去の理由です。
取材日:2026/05/03
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(独居)

白ゆり美原の退去体験談

退去を決めた一番の理由は、施設のケア方針が母の状態や性格に合っていなかったことです。滞在期間は1ヶ月ほどでしたが、その間に母が精神的に窮屈さを感じていることがわかりました。 具体的にお話しすると、スタッフの方の対応が少し子供を扱うような印象を受けることがあったようです。例えば、入居者を移動させる際に名前を呼ぶのではなく、服を引っ張って促すといった場面が見られたと聞いています。また、ルールが厳格で、少しのお菓子の持ち込みも認められないなど、全てをきっちりと管理しようという姿勢が強く感じられました。 これらのことが重なり、母自身が施設での生活に「あまりいい気持ちはしない」と感じていたことが、退去を決める最終的なきっかけとなりました。施設側と何かトラブルがあったわけではありませんが、母の気持ちを最優先に考え、転居することにしました。
取材日:2026/05/03
執筆者:谷口美咲
男性
症状なし
自立
心臓病・心筋梗塞・狭心症
入居者:91〜95歳/男性/義理の父母/要介護1/自宅にいた(独居)

リアンレーヴはるひ野の退去体験談

義父が亡くなった直接の原因は、施設内での新型コロナウイルス感染でした。 ちょうど施設内で感染が広まっていた時期だったようで、管理体制をしっかりする、という目的で義父の部屋が移動になったんです。もともとは2階の端の方の部屋だったのですが、看護師さんのいる場所から一番近い、人の出入りが多い場所に変わりました。義父は「部屋が変わって出入りが多くなり、窮屈だ」と少し面倒そうに話していましたが、その部屋移動の直後に感染してしまったようです。 感染がわかってからも、午前中までは読書をするなど元気だったと聞いています。ところが、午後に容態が急変しました。施設内での対応が難しいということで、急遽近くの病院へ搬送されたのですが、病院に着いてからさらに状態が悪化し、そのまま亡くなりました。 担当してくださったお医者様からも詳しい説明を受けましたが、医師から見ても「予想を超えた急転直下だった」とのことで、その急な変化には驚いていらっしゃいました。どうやら、ギリギリまで施設内で対応しようとした結果だったようです。
取材日:2026/05/03
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:66〜70歳/女性/実の父母/要介護2/自宅にいた(独居)

聖ハートフルケア福島十字の園の退去体験談

母は長い間、本当に家族同然にお世話になりました。最後の方は病院へ行くことも難しくなりましたが、提携先の先生に往診に来ていただいて、自分の部屋で最期まで過ごすことができました。 亡くなる少し前、施設の方から「今会わないと後悔するから来てください」という内容のお電話をいただいたんです。私が駆けつけたとき、母はすごく元気でニコニコしていて。「大丈夫そうだな」と思って一旦家に帰ったその夜のことでした。老衰という形で、眠るように逝ったんだと思います。 亡くなった後の顔も、私には笑っているように見えました。母は母なりに、施設での生活に折り合いをつけて、最後は笑って父の元に行けた。それは母にとって一番いい形だったんじゃないか、幸せだったんじゃないかと、自分ではそう思うことにしています。
取材日:2026/05/02
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要支援2/病院に入院していた

ラ・ナシカまつもと弐番館の退去体験談

1年くらい経った頃に、母から「外に行きたい」とか「自分の自由な時間が欲しい」という希望が出てきたんです。 ラ・ナシカさんは、ずっとその建物の中だけで暮らす施設だったので、家族が行けば外に出られるんですけど、それ以外は自由に外に出られず、お庭もなかったんですね。室内で暮らす分には良かったのですが、やっぱり外の空気にも触れたいですし、ちょっと庭を散歩するといったことも全然できなかったので。その環境で過ごさせているのが、母に対してちょっとかわいそうかなと感じるようになり、施設を変えることにしました。 サービスや生活の中での充実はありましたが、やはり「外に出たい」という母の希望を叶えてあげたかったのが一番の理由です。
取材日:2026/05/02
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
車椅子
肝炎
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護2/自宅にいた(同居)

サービス付き高齢者向け住宅 ケアガーデン長上苑の退去体験談

退去することになったのは、施設の看護師さんから「この状態では、うちで見るよりも入院した方がいいですよ」と言われたことがきっかけです。それで病院に連れて行くと、今度は病院の先生から「こんな状態で病院に来られても困る」と言われてしまって。どうも、入院が必要なほど悪化している状態ではなかったようで、施設の看護師さんと病院の先生との間で意見が衝突してしまったようでした。 その時の様子を私も目の前で見ていたのですが、病院の先生はかなり強い口調でお話しされており、看護師さんが泣いてしまうほどでした。結局、その看護師さんから「もううちでは見られません」というお話になったので、仕方がなく病院に入院するという流れになりました。
取材日:2026/04/30
執筆者:谷口美咲
男性
症状なし
手引/伝い歩き
症状なし
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護2/自宅にいた(独居)

ベストライフ船橋東の退去体験談

父は施設で2年ほどお世話になり、その後亡くなりました。
取材日:2026/04/30
執筆者:谷口美咲
男性
症状なし
手引/伝い歩き
がん・末期癌
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/要介護2/自宅にいた(独居)

すいじんの憩の退去体験談

退去することになったのは、父が入居中にお風呂場で転んで骨折してしまったことが原因です。そのまま入院することになったのですが、入院が数ヶ月と長引いてしまいました。 施設は、入居していなくても部屋を確保しているだけで費用が発生します。入院が長くなったことで、いつ戻れるか分からない状況のまま費用を払い続けることが難しくなりましたし、「もう施設には戻れないだろう」という見通しもあったため、入院中に退去の手続きをすることに決めました。施設の対応に不満があったわけではなく、あくまで父の身体状況の変化によるものでした。退院後は、私の自宅の近くにある特別養護老人ホームにお世話になり、最後はそこで看取られました。
取材日:2026/04/30
執筆者:谷口美咲
男性
症状なし
車椅子
症状なし
入居者:91〜95歳/男性/実の父母/要介護2/老健に入居していた

ラ・メゾン高槻の退去体験談

一言で申し上げれば、安心して父を任せられる環境ではないと感じたからです。 入居当日から、事前の説明とは異なる対応や、納得のいかないルールに直面しました。もともと食堂で食事をすると聞いていたのに、直前になって「居室で食べていただきます」と言われ、食事介助もつかないと告げられました。老健時代の賑やかな食事風景を思えば、大きなギャップを感じてしまいました。 また、スタッフの方の対応にも疑問を感じることが多かったです。特にベテランと思われる厳しいスタッフの方がいらっしゃり、入居当日に新しいケアマネジャーさんと協力して父を車椅子から移そうとした際も、「ルールなので手伝えません」と突き放されてしまいました。 他にも、ベッドからの転倒対策として「下に寝かせるためのマットを持ってきてほしい」と言われたり、体調管理のために酸素機械の契約が必要になり高額な費用が発生したりと、家族としての負担も精神的・経済的に限界に達していました。 最終的には特別養護老人ホームへの転居を強く希望しましたが、要介護2ではなかなか空きが見つかりませんでした。その後、父は息を引き取りました。老健時代のケアマネジャーさんにこの施設での実態を相談した際、あまりの内容に驚かれてしまいました。
取材日:2026/04/30
執筆者:谷口美咲
男性
症状なし
自立
症状なし
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/要支援2/その他施設に入居していた

おおみや公園翔裕館Ⅱ号館の退去体験談

きっかけは、二人が同時にインフルエンザにかかったことでした。看護師さんがいるのに何もしてくれなくて、「ご家族の方来てください」と言われて。結局私がアイスノンとか食事とか全部買いに行って看病したんです。検温に来る時だけ、防護服とかキャップとかゴーグルとか、コロナと同じ完全防御で入ってきて、1回300円の請求がかかる。それはいいとしても、夜中にどうなるか不安なのに、こちらから連絡しない限り何も経過報告もくれないんですよ。 それから、良い職員さんや看護師さんが次々に辞めていっちゃって。母に泣きついてくる看護師さんもいたんです。それを見ていて「ここ良くないんじゃないか」っていう風になったんですね。「介護士がやるべき仕事も全部看護師に振ってくる」とか、あまりにひどいって。それが一人が言ってることなら個人的な不満ということもあるのかもしれませんが、入居期間に3~4人看護師さんが辞めていって。最後には常駐の看護師さんがいなくなって日雇いの人が来るようになったんですけど、その人が全然違う人の薬を持って部屋に入ってきたんです。「今日だけなのでわかんなくて」って。もし間違って投与されたらす大変ですし、ここは相当危険だね、ということで退去を決めました。空き部屋を作らないよう回転を上げることに必死なのかなと感じたのと、いい職員さんが次々いなくなってしまう状況でした。
取材日:2026/05/01
執筆者:岸川京子
男性
症状なし
自立
症状なし
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/要支援2/その他施設に入居していた

ココファン中浦和の退去体験談

1年ぐらいいたのですが、やはり共同生活のストレスが溜まっていったようです。 まず、お部屋にお風呂と洗濯機がなくて共同だったこと。洗濯に行くにもお風呂に行くにも廊下を通るから、部屋着のような格好ではいけない。そういうプライバシーの守られにくさが、小さなストレスになっていきました。 あとはコロナ禍の時期だったので、私も玄関先で顔を見て帰るくらいしかできなくて。中でのイベントもほとんどなく、朝の体操くらいしかなかったんです。外出できない分、皆さん施設の中だけの狭い社会で生活しているので、人間関係のゴタゴタも結構あったみたいで。「ご夫婦でいいわね」なんて嫉妬のようなことを言われたり。お友達は作りたいけど、そういう人間関係の面倒なことは嫌だわ…と、二人が我慢している様子でした。自由度は上がったけれど、お風呂や洗濯の不便さ、コロナ禍での閉鎖的な人間関係が重なったのが退去の理由です。
取材日:2026/05/01
執筆者:岸川京子
男性
症状なし
自立
症状なし
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/要支援2/自宅にいた(同居)

グッドタイム リビング 埼玉蓮田の退去体験談

結局、入居してすぐに退去を決めたんです。一番は、今の2人の状態に合っていなかったことですね。 介護付きなので、イベントがたくさんありますよと聞いていたんですけど、実際は外部講師を呼ぶようなものが多くて、1回3,000円とか4,000円とか、有料ですごく高い。それは入居前には聞いていなかったなと。 また、認知症の方が思っていたよりも多くて、夜中に部屋の鍵をガチャガチャ開けられそうになったり、奇声を発する方が同じフロアにいらっしゃったり。本人たちもショックを受けていましたし、2人はまだ車椅子でもないしそこまで介護を必要としていないのに、外部のデイサービスにも行けない。 それから外出に関しても、どうしても誰かがついてこないと一人では行かせてもらえないんですよね。「買い物に行きたい」と思っても、必ず添いが必要になる。そこら辺が、まだ元気な二人にとってはすごく不自由だったみたいです。費用も高かったので、今の2人にはコスパというか「費用対効果」が合っていないんじゃないかという話になって、サ高住を探そうという流れになりました。入居前はいいところばかり聞いてしまって、私の確認不足もあったんですけど、すごく学習した感じです。
取材日:2026/05/01
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(独居)

サービス付き高齢者向け住宅 フルール細田の退去体験談

外部からの出入りが一切禁止になってしまったんです。フルールと提携しているクリニックやリハビリの人しか入れなくなって、今まで家でお願いしていた訪問の人とかも全部ダメになっちゃって。面会も制限があるし、外部のドクターでも「今まで診ていた先生にお願いしたい」と言っても「決まりです」の一点張りで…。 いつまでも自分たちのやりやすいように、外部の人を入れない、環境を改善しようとしない、「入居者ファースト」ではなく自分たちのやりやすいようにやっている、というように感じてしまったんです。関連の人しか入らないから、中で実際何が行われているか分からないというマイナス面もありましたね。 あとは私自身の引越しが重なり、遠くなって母が不安になるだろうということもあって退去を決めました。
取材日:2026/04/28
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
自立
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/義理の父母/要支援1/自宅にいた(独居)

エイジ・ガーデン北加賀屋の退去体験談

入居してすぐに膵臓がん分かったんです。本人は分かってなかったんでしょうけど、なんとなく予感というか「虫の知らせ」みたいなものがあったのかなと、今になっては思うんですけどね。そういうのもあって、すごく早かったんですよ。入った期間がもう数ヶ月あるかないかくらいだったので、あまりの変化の呆気なさに、こっちが驚いたくらいでした。 結局、病院に搬送されることなく、施設の方で息を引き取ったんです。癌が見つかってからは本当に早かったです。でも、提携しているクリニックさんとしっかり連携が取れていて、看取ってもらえるような体制だったので、安心してお話ができました。お医者様を交えて、我々家族も入れてしっかりお話しして。最後は施設で息を引き取った形だったので、潔く亡くなられたというか、残された者としてはそういう感じでした。
取材日:2026/04/28
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護2/自宅にいた(独居)

ベストライフ小平南の退去体験談

退去の大きな理由は、母の体の状態に対してケアが「多すぎた」ことですね。施設には症状が重い方や車椅子の方も多かったので、イベントもそういう方に合わせる形になりますし、安全のために「ハサミを持っちゃいけない」「お金を持っちゃいけない」といったルールが厳しかったんです。母のようなしっかりした人は持ってもいいことになっていたのですが、やっぱりルールとしては「部屋に置かないで」という話になります。元気な母には「あれもダメ、これもダメ」というのがきつくなってしまいました。毎月の医師の検診も、元気な母には必要ないなと感じてしまって。 それと、これが一番言いたかったことなのですが、お食事が全く口に合わなかったんです。説明では「ご飯にはものすごい自信があります」というお話でしたが、いざ蓋を開けてみると、母にとっては耐えがたいものだったようで。「このままこれを一生食べさせられるのか」と言われて、それは可哀想だなと思いました。食事は1日3回のことですから一番大事ですよね。スタッフの方は本当にいい方ばかりだったので申し訳なかったのですが、母の望む生活スタイルとの開きと、お食事のことがあって退去を決めました。
取材日:2026/04/28
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
車椅子
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/義理の父母/要介護2/病院に入院していた

まごころの里 田彦の退去体験談

退去を決めたのは、義母の状態が施設でのリハビリによってかなり回復したことと、私たちの家庭の事情が重なったからです。 入居のきっかけだった足の運びも、おかげさまで本当に歩けるようになるまで良くなりました。また、私たちは自営業なのですが、入居当時は仕事が忙しく自宅で見るのが難しい状況でした。その仕事が一段落し、私たちが家でサポートできる環境が整ったタイミングで、自宅に戻ることを決めました。
取材日:2026/04/27
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護1/その他施設に入居していた

ユアサイド京都醍醐の退去体験談

退去の直接のきっかけは、施設内の居室で母が転倒し、骨折してしまったことです。 転倒した日、母は施設の方に「今日転んだけど、尻もちをついた程度で大丈夫だった」と話していたようです。そのため、最初の2日ほどは普段通り杖やシルバーカーを使って食堂まで歩いていました。しかし、3日目あたりから痛みがひどくなり、歩けなくなってしまったのです。 施設の方からは「様子を見ます」と聞いていましたが、すぐに骨折だとは判断されなかったようで、発見が少し遅れてしまいました。その後、施設の方から「ご家族で病院へ連れて行ってください」と連絡があり、私たちが面会に行った際に母があまりに痛がるので、予約していた診察を待たずに救急車を呼んでもらいました。 結果的に入院と手術が必要になり、4ヶ月ほど入院生活を送ることになりました。退院後もリハビリが必要な状態だったため、こちらの施設に戻ることは難しく、リハビリのできる介護老人保健施設へ移ることを決め、退去に至りました。
取材日:2026/04/27
執筆者:谷口美咲
男性
幻覚・錯視
車椅子
レビー小体型認知症
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/要介護3/自宅にいた(同居)

プレザンメゾン箕面の退去体験談

入居から1年半ほど経った頃、父が体調を崩して入院しました。3〜4ヶ月の入院生活を経て退院する際、父は胃ろうの状態になっていました。 もともとはこちらの施設に戻るつもりでいましたが、施設に確認したところ、胃ろうの受け入れは可能であるものの、看護師が24時間常駐しているわけではないとのことでした。私たち家族としては、万が一の時にすぐに対応していただけるよう、24時間看護師さんがいる施設の方が安心だと考え、退去して別の施設を探すことを決めました。
取材日:2026/04/27
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
自立
症状なし
入居者:76〜80歳/女性/実の父母/要介護3/病院に入院していた

ベストライフ京都桃山の退去体験談

最後は施設でお看取りという形になりました。 当初はコロナの影響で面会もしっかり管理されていて、事前に申し込みが必要だったりと制限もありました。ただ、母の具合が悪くなってきた時期が、コロナの制限が緩和されるタイミングとも重なりまして。少しずつ面会の条件が緩くなって会えるようにはなっていたのですが、特に具合が悪い時には施設側でも柔軟に融通を利かせてくださったので、定期的に会う時間は取れていました。 そのまま、途中で病院に入院したりすることもなく、最期まで施設でお医者様ともしっかりお話をさせていただきながら、こちらで最期を迎えることができました。
取材日:2026/04/26
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:76〜80歳/男性/実の父母/自立/自宅にいた(同居)

介護付き有料老人ホーム サンライフ寿の退去体験談

父が亡くなり、母が一人になったタイミングでコロナ禍が重なったことが、退去を決めた直接的な理由です。 当時、私が住んでいたのは東京で、山梨まではかなりの距離がありました。コロナの影響で県をまたぐ移動が制限され、バスや電車といった公共交通機関を使って行くと、感染対策で施設に入れてもらえないような状況だったんです。父が亡くなった後、一人になった母に会いに行くことすらままならない状態が続いたため、最終的に母を私の家の近くの特養に呼び寄せることに決めました。 施設自体に何か問題があったというわけではなく、あくまで私たち家族の状況と、コロナ禍による物理的な距離が退去の理由でした。
取材日:2026/04/26
執筆者:谷口美咲
男性
物忘れ
手引/伝い歩き
脳梗塞・脳卒中・脳出血・くも膜下出血
入居者:81〜85歳/男性/義理の父母/要介護3/病院に入院していた

シオンの丘の退去体験談

入居して半年ほど経った夏のことです。施設から「お義母さんが倒れられた」と連絡がありました。3度目となる脳出血でした。 連絡を受けてすぐに救急車で病院に搬送していただきましたが、そのまま亡くなりました。これが退去の経緯となります。
取材日:2026/04/26
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:71〜75歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(独居)

SOMPOケア ラヴィーレ八千代の退去体験談

母はこちらの施設で最期までお世話になり、亡くなりました。こちらの施設が母の終の棲家となりました。
取材日:2026/04/26
執筆者:谷口美咲
男性
症状なし
車椅子
症状なし
入居者:91〜95歳/男性/実の父母/要介護1/病院に入院していた

ライブラリ新柴又の退去体験談

父は、この施設に入居して数か月経った頃に亡くなりました。そのため、退去というよりは、施設で最期を迎えた形になります。
取材日:2026/04/26
執筆者:谷口美咲
男性
物忘れ
車椅子
人工透析
入居者:81〜85歳/男性/その他親族/要介護3/自宅にいた(独居)

グレースメイト鷺ノ宮弐番館の退去体験談

入居して少し経った頃、施設で叔父の容態が急に悪くなりました。その後、施設の方々の対応で病院に搬送されましたが、残念ながらそのまま亡くなりました。急な事態ではありましたが、救急時の対応はきちんとやってもらえたと感じています。 短い期間ではありましたけど、こっちが「これやってくれ、あれやってくれ」と言ったことに対しても、施設ができることは、きっちりやってもらえていたので、全然問題はなかったですし、安心してお任せできました。
取材日:2026/04/26
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
症状なし
入居者:71〜75歳/女性/実の父母/要介護2/自宅にいた(同居)

ウエリスオリーブ成城学園前の退去体験談

最終的には、病気が進行していったことが理由です。こちらの施設は看護師さんが日中しかいらっしゃらないので、深夜に何か急変がもしあった時に対応ができなかったりだとか。当初想定していた状態よりも病気がちょっと進んでいたので、施設側ともお話をしながら、「専門の所に移った方がいい」ということで退去を決めました。しっかり見てくださっていたからこそ、見極めていただけたのかなと思っています。
取材日:2026/04/26
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
歩行器
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(独居)

まごころの家金沢の退去体験談

退去の大きな理由は、施設の物品管理の仕方にすごく不満があったことです。 住宅型の施設なので、いろいろ自分で用意しなくてはいけないのはわかるんですけど、とにかく用意するものが多くて。入居金がかからないから「初期費用はそうでもないかな」と思ったんですけど、実際はいろいろ買うものが多かったです。 何より困ったのが、スタッフの方から「これがない、あれがない」という備品不足の電話が、しょっちゅうかかってくることでした。その都度届けていたんですが、いざ退去するとなったときに、大量のおむつが余っていて…。「あんなに"ない"と言われて持っていったのに、何を見てないだったのかな」って。 おむつだけじゃなく、他の細かい日用品も相当余っていました。歯磨き粉なんて、全然使っていないのが2本も残っていたりして。「ないから持ってきてください」と言われて、こちらはお部屋には行けず、玄関先までしか入れないので、言われれば信じて持っていくしかないじゃないですか。結局、施設に支払っているお金以上に、買い足すものの費用が上乗せされてくるので、当初予定していた予算とはだいぶ違っていました。 それに使い方も気になりました。一つ開けて使い切ったら次を開けるのが普通だと思うんですけど、まだ使い切っていないのに次を開けたりしていて。結局、余ったものを引き上げてきても、一度開封されてしまっていると他で売ることもできない。そういう管理のずさんさには、正直かなり不満がありました。 あとは入居後に母の体調が悪くなって、要介護3に上がったこともきっかけです。特養を申し込みましたが空きがなく、探していたら老健に入れることになったので、この機会に移ることにしました。
取材日:2026/04/26
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
寝たきり
心臓病・心筋梗塞・狭心症
入居者:96〜100歳/女性/祖父母/要介護4/病院に入院していた

やさしえ鶴崎の退去体験談

入居から3ヶ月後、祖母は亡くなりました。この施設で最期の時までお世話になりました。
取材日:2026/04/25
執筆者:谷口美咲
男性
物忘れ
車椅子
症状なし
入居者:91〜95歳/男性/祖父母/要支援1/自宅にいた(同居)

まちや明生苑の退去体験談

退去の理由は、祖父が亡くなったためです。入居してしばらく経ち、コロナ禍に入ったあたりから、以前よりも転倒することが増え、入退院を繰り返すようになってしまいました。施設の方でもできる限り見ていただいていましたが、最後は入院先の病院で息を引き取りました。 施設の方からは「ここまではできるけどこれ以上は救急車です」という説明も受けていましたし、実際に緊急搬送された際も付き添ってくれて病院で家族と交代といった対応をしてくださいました。 最終的には、見れるところまで見てもらえて、祖父自身が「自分で選んで、良い」と思って決めた場所だったから、そこに入れたのはやっぱり良かったのかな、と思っています。
取材日:2026/04/24
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護4/自宅にいた(同居)

SOMPOケア ラヴィーレ八王子片倉の退去体験談

これがちょっと難しいところなのですが、同じ施設に入居されていた方との交流をめぐって、父がどうしても納得できない出来事があったんです。その方との距離感について、父は家族として、また夫として「それはどうなのかな」と不安や抵抗を感じていたようでした。 父が施設の方にその不安を伝えた際、施設長さんからは「そういった周囲との関わりも、お母様にとっては日々の潤いや生きがいになるのではないか」というお話をいただいたそうです。娘の私としては、施設側の仰ることも一理あるなと感じたのですが、昔気質な父にとっては、どうしても受け入れがたい価値観の相違だったようです。 父としては「母が困っているのではないか」という思いが強かったのでしょうが、結局、施設側の対応方針と父の想いが平行線のまま終わってしまいました。父がその状況をどうしても許容できず、最終的には即刻退去して自宅へ連れ帰るという決断に至りました。
取材日:2026/04/22
執筆者:岸川京子