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(3ページ目)退去体験談一覧702

老人ホーム・介護施設の退去体験談の一覧ページです。
女性
物忘れ
車椅子
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護5/病院に入院していた

ナーシングホーム おだやかの退去体験談

母は、この施設で最期を迎えました。必要な医療的なケアもしていただけたので、病院に移ったりすることなく、穏やかに見送ることができたと思っています。
取材日:2026/04/07
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
車椅子
ストーマ・人工肛門
入居者:86〜90歳/女性/その他親族/要介護4/その他施設に入居していた

ケア・キューブくさかの退去体験談

施設には大変よくしていただき、叔母も穏やかに過ごしていましたが、数年後に逝去し、退去することになりました。 施設に対する不満や問題が理由での退去ではありません。
取材日:2026/04/07
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(独居)

ウエリスオリーブ武蔵野関町の退去体験談

数年間お世話になりましたが、母が施設で亡くなったため、退去いたしました。
取材日:2026/04/06
執筆者:谷口美咲
男性
症状なし
自立
症状なし
入居者:91〜95歳/男性/実の父母/要支援2/その他施設に入居していた

サービス付き高齢者向け住宅 松江センターアゼリアの退去体験談

退去を決めた理由は、大きく二つあります。 一つは、入居後すぐに母が亡くなり、父が一人になったことです。もともと、介護が必要な母と自立の父が夫婦で同じ建物にいられる、ということがこの施設を選んだ一番の理由でしたので、その前提がなくなってしまいました。 もう一つの大きな理由は、食事の内容です。こちらの施設では、調理済みのお弁当が配達され、それを温めて提供するという形式でした。家族としても「ちょっと可哀想かな」と思う内容でしたし、父も不満を口にしていました。高齢の父にとって食事は日々の大きな楽しみの一つです。施設内で調理された温かい食事を提供してくれる施設を探そうということになり、転居を決めました。
取材日:2026/04/06
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護3/自宅にいた(独居)

SOMPOケア そんぽの家S日吉西の退去体験談

数年前に母が亡くなったため、退去することになりました。
取材日:2026/04/07
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
車椅子
症状なし
入居者:76〜80歳/女性/実の父母/要介護3/その他施設に入居していた

ベストライフ成田の退去体験談

退去を決めた理由は、母が施設内で脳梗塞を発症したことです。すぐに近くの病院に運ばれ、一命はとりとめましたが、入院中に尿の管を入れたり点滴をしたりと、常時医療的なケアが必要な状態になってしまいました。 ベストライフさんは看護師さんが日中はいらっしゃいますが、24時間常駐というわけではありません。そのため、管が入っているような状態の入居者さんを受け入れる体制にはなっていませんでした。施設側からも、この状態での受け入れは難しいというお話があり、退去せざるを得ませんでした。最終的には、24時間体制で看護師さんがいて、医療的なケアも受けられるホスピス系の施設へ移ることになりました。
取材日:2026/04/07
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
寝たきり
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護1/病院に入院していた

ホームステーション清瀬の退去体験談

穏やかに過ごしていたのですが、ある日、母が腹痛を訴えました。ちょうど週末だったこともあり、施設の方が救急車を呼んでくださり、私が同乗して病院へ向かいました。そのまま1ヶ月ほど入院したのですが、残念ながら回復の見込みはないという状況でした。ただ点滴で命を長らえさせるのも本人にとって辛いだろうと考え、本人の希望もあって点滴をやめて退院することにしました。 施設に相談したところ、「点滴がなければ最後の看取りに対応します」と言っていただけたので、看取りの覚悟で施設へ戻ることを決めました。入院中は食事も喉を通らなかった母ですが、施設に戻ると看護師さんが「デザートだけでも食べてみましょう」とプリンやゼリーを食べさせてくださり、2、3日はそれを口にすることができました。やはり住み慣れた施設に帰れたことが嬉しかったようで、とても喜んでいましたね。施設の職員さんたちも本当に良くしてくださり、母は穏やかな表情で最後の1週間を過ごし、安らかに旅立ちました。
取材日:2026/04/07
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:91〜95歳/女性/実の父母/要介護2/自宅にいた(独居)

プラチナ・シニアホーム板橋徳丸の退去体験談

母が施設で亡くなったため、退去となりました。こちらの施設では看取りにも対応していただけました。週に一度、往診の先生が来てくださる体制があり、母の体調がだんだん弱ってきてからは、先生も交えて今後の医療的な対応について家族で話し合う機会を設けてくれました。延命治療をどうするかといったことも含め、私たちの希望を聞きながら、最期までどのように過ごすかを一緒に考えていただけたので、穏やかに見送ることができたと思っています。
取材日:2026/04/07
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:76〜80歳/男性/義理の父母/要介護2/自宅にいた(同居)

いちごいちえ2号店の退去体験談

入居してから6ヶ月も経たないうちに、義父は亡くなりました。それが退去の理由です。
取材日:2026/04/07
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:91〜95歳/女性/その他親族/要介護1/病院に入院していた

守山ケアコミュニティそよ風の退去体験談

退去の直接のきっかけは、叔母本人が「もう出たい」と言い出したことです。施設での生活は、食事の準備から何から何までやっていただけるので楽ではあるのですが、その分、叔母は「ぼーっとしてくる」と感じていたようです。もともと自力で何でもやってきた人なので、すべてがお膳立てされる環境にいることで、かえって良くないと思ったのかもしれません。
取材日:2026/04/07
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
車椅子
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護3/老健に入居していた

ライフコミューン希望が丘の退去体験談

こちらにお世話になって数か月ほど経った頃、ようやく第一希望の施設に空きが出たという連絡をいただき、予定通り転居することにいたしました。 短い期間ではありましたが、急な入居にもかかわらず快く受け入れてくださり、次のステップへ繋いでくださったことには感謝しています。
取材日:2026/04/07
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
自立
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護2/自宅にいた(同居)

やさしえ長野栗田の退去体験談

退去の大きな理由は、母の介護度が上がり、施設での対応が難しくなったことです。当初は要介護2でしたが、次第に体の状態が変化し、より手厚いケアが必要な状態になりました。施設側からも、現在の状態では継続が厳しいというお話がありました。 そのため、最終的には特別養護老人ホーム(特養)への入居が決まり、そちらへ転居するという形で退去することになりました。
取材日:2026/04/06
執筆者:谷口美咲
男性
症状なし
歩行器
症状なし
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護2/自宅にいた(独居)

やさしえ長野北条の退去体験談

退去の理由は、父が亡くなったためです。施設での生活に大きな不満があったというわけではなく、最期まで見ていただきました。
取材日:2026/04/06
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
リウマチ・関節症
入居者:86〜90歳/女性/義理の父母/要介護2/自宅にいた(独居)

ココファン新潟本馬越の退去体験談

入居してからしばらく経った頃、施設から「お母さんの体調が急に悪くなったので来てください」と連絡がありました。妻と姉の2人が急いで駆けつけたところ、すぐに入院が必要な状態だということがわかりました。 そのため、施設を退去し、病院に入院することになりました。それが退去の直接的な理由です。入院後、母は延命治療を受けましたが、最後は老衰で静かに息を引き取りました。
取材日:2026/04/06
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
車椅子
症状なし
入居者:66〜70歳/女性/義理の父母/要介護5/病院に入院していた

HIBISU伊丹の退去体験談

退去を決めた一番の理由は、金銭的な問題と、それに伴う施設からの過剰な連絡で、私たち夫婦が精神的に限界を迎えてしまったことです。 義母は生活保護を利用して入居していましたが、施設の費用が少し足らず、支払いが遅れてしまうことがありました。すると、支払いの催促の連絡が毎日のように来るようになったんです。その連絡はキーパーソンである私だけでなく、義母本人や、たまたま面会に来た長男にまで「支払いが遅れています」と伝えられていました。その結果、私たちは他の親族からも責められることになり、非常に辛い状況でした。 また、私自身が体を壊して働けなくなった時期もあり、金銭的にも厳しくなっていきました。そんな中で、お金の催促の連絡ばかりが毎日続く状況に、「もうこっちがうつになりそうだ」と感じるほど追い詰められてしまいました。 義母本人は施設長が長男に似ていることもあり、ここを気に入っていました。ですが、私たちとしてはこれ以上お世話になるのは無理だと判断し、「ごめん、お金ももう無理だから」と義母に話をして、転居を決めました。
取材日:2026/04/06
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
自立
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護1/その他施設に入居していた

カーサプラチナ大和の退去体験談

退去の直接的な理由は、母の逝去です。最後のほうは、入退院を繰り返すようになり、家族も少し慌ただしくなってしまいました。 結局、施設に戻ることはできず、病院で息を引き取りました。
取材日:2026/04/06
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
自立
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護1/病院に入院していた

コンフォータス湘南台の退去体験談

退去した一番の理由は、母が食事に不満を持つようになったことです。高齢になるにつれて、だんだんと我慢ができなくなってきたのか、「食事がまずい」と、はっきり口にするようになりました。 私たち家族としては「まずいということはないだろう」と思ってはいたのですが、本人の意思が固く、同じ紹介業者の方に相談して、別の施設を探すことになりました。母の思うような食事ではない、という点が大きかったのだと思います。
取材日:2026/04/06
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
車椅子
アルツハイマー型認知症
入居者:91〜95歳/女性/その他親族/要介護3/病院に入院していた

ニチイケアセンター志木中宗岡の退去体験談

退去の理由は、おばが施設で亡くなったためです。亡くなる1週間ほど前から、普段はよく食べるおばが食事を進んでとらなくなり、お水を飲むのも少し辛そうにしている、という連絡を施設からいただきました。かなり早い段階で体調の変化を知らせてくださったおかげで、私たち親族はみんなで面会に行くことができたんです。 私が会いに行った時は、まだ顔色も悪くなく、もう少し大丈夫かなと思っていたのですが、その1週間後に亡くなりました。でも、施設の方がタイムリーに連絡をくださったおかげで、最期に顔を見ることができて、私は本当に嬉しかったです。日頃から一人ひとりをきちんと見てくださっていたからこその対応だったのだろうと感じています。
取材日:2026/04/06
執筆者:谷口美咲
男性
物忘れ
寝たきり
症状なし
入居者:91〜95歳/男性/実の父母/要介護3/その他施設に入居していた

イリーゼさぎぬまの退去体験談

父は、イリーゼさぎぬまさんにお世話になってから穏やかな日々を過ごし、去年の6月に施設で息を引き取りました。私と家族で看取っていたのですが、亡くなった直後に施設長さんが駆けつけてくださり、眠っていた母を「お父さんのところに行きましょう」と連れてきてくれました。 父が亡くなった後も、母は施設で手厚いケアを受けながら過ごしていましたが、誤嚥性肺炎で入院することになりました。肺炎の症状は抗生剤で治りかけていたのですが、もともと患っていた心臓の状態が急に悪化し、入院先の病院でそのまま静かに亡くなりました。私たち家族も延命治療は望んでいなかったので、眠るように旅立った形です。
取材日:2026/04/04
執筆者:谷口美咲
男性
物忘れ
寝たきり
症状なし
入居者:91〜95歳/男性/実の父母/要介護3/その他施設に入居していた

イリーゼ横浜センター南の退去体験談

もともと、系列のイリーゼさぎぬまに空きが出るまでの仮の入居というお話で入居しました。そしてイリーゼさぎぬまに二部屋空きが出たタイミングで、そちらへ移ることにしました。 もし仮の入居でなかったとしても、移ることを考えていたと思います。一番の理由は、父が「ここは自分がいたいと思う場所とは違う」とはっきり口にしたことです。普段あまり我慢や不満を言わない父がそう言ったので、よほどのことだと感じました。 また、介護士さんがフロアに不在がちだったり、母の体調への配慮をお願いしてもなかなか共有されなかったりと、ケア体制への不安も大きかったです。父の言葉を尊重し、もっと安心して両親を任せられる環境に移りたいという思いが強くなりました。
取材日:2026/04/04
執筆者:谷口美咲
男性
物忘れ
車椅子
鼻腔・経管栄養
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護5/病院に入院していた

ナーシングホーム華々緑producedby寿々の退去体験談

父は最期までこちらの施設でお世話になり、施設の中で息を引き取りました。きっかけは、施設内で新型コロナウイルスに感染してしまったことでした。 ただ、これについて施設側を責める気持ちは全くありません。この施設は面会が非常に自由で、そのおかげで私たち家族は父と最期までたくさんの時間を過ごすことができました。感染症対策を徹底して面会を厳しく制限する施設も多い中、家族とのふれあいを優先してくれたからこそ、父も穏やかに暮らせたのだと思っています。面会の自由と感染リスクはどっちを取るかです。私たちは家族との時間を選んだ結果だと、納得しています。
取材日:2026/04/03
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
車椅子
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/義理の父母/要介護2/自宅にいた(同居)

住宅型有料老人ホーム KUONの退去体験談

数年間お世話になりましたが、介護認定が上がっていく中で、体が本当に動かなくなってきまして。そうなると、こちらの施設には看護師さんが常駐していなくて外部の人を頼んでいるので、体の状況や健康状態がちょっと分かりづらかったんです。体調が悪ければ病院に連れて行くのですが、あくまで一時的な対応になってしまうんですね。 また、義母に携帯を持たせていたのですが、本人から「調子が悪い」とこちらに直接電話がかかってくるケースが増えてきまして…。そうなると家族としても心配ですので、やはり看護師さんが常に付いている施設に移った方がいいだろうと判断し、転居を決めました。
取材日:2026/04/03
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
車椅子
糖尿病・インスリン
入居者:81〜85歳/女性/祖父母/要介護4/自宅にいた(独居)

ココファン鶴橋の退去体験談

約10年という長い期間お世話になりましたが、祖母は施設で亡くなりました。 特定の病気というよりは、老衰に近かったようです。叔母からは「静かに眠るようだった」と聞きました。私は遠方に住んでいるため最期を看取ることはできませんでしたが、叔母が付き添ってくれました。
取材日:2026/04/03
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
車椅子
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/義理の父母/要介護3/その他施設に入居していた

SOMPOケア そんぽの家 交野の退去体験談

退去の理由は、施設に何か不満があったわけでは全くありません。母の体調が本当に悪くなってしまい、入院が必要になったためです。 ありがたいことに、施設では本当にギリギリまで生活させていただくことができました。スタッフの方々が最期まで手厚く見てくださったおかげで、穏やかに過ごせたと思っています。その後、病院に移り、残念ながら亡くなりました。
取材日:2026/04/03
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(独居)

リーシェ安行の退去体験談

退去を決めた理由は、母の要介護度が上がったことです。少しずつ認知症の症状もみられるようになり、最終的に要介護3の認定を受けました。ちょうどそのタイミングで、要介護3以上が入居条件となっている特別養護老人ホームの空きが出たため、そちらへ移ることを決めました。 リーシェ安行に入った時には「看取りまでできます」というお話だったんですけれども、中々ね、サ高住で負担をかけても申し訳ないので転居しました。ただ、母が元気な状態であれば、そのままお願いしたいなと思えるような施設でした。
取材日:2026/04/03
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
車椅子
脳梗塞・脳卒中・脳出血・くも膜下出血
入居者:86〜90歳/女性/祖父母/要介護4/その他施設に入居していた

サービス付き高齢者向け住宅いちごいちえの退去体験談

施設での生活は順調で、祖母も元気を取り戻していましたが、ある日体調を崩し、入院することになりました。 そして、そのまま残念ながら亡くなり、施設を退去するという形になりました。施設でのケアに不満があったわけではなく、病気のためでした。
取材日:2026/04/03
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
車椅子
脳梗塞・脳卒中・脳出血・くも膜下出血
入居者:86〜90歳/女性/祖父母/要介護4/病院に入院していた

有料老人ホーム こすぎの退去体験談

一番の理由は、祖母本人が「ここは自分の思っていた生活環境とは違う」と感じ始めてしまったことです。祖母は自分なりのこだわりや考えをしっかり持っている人だったので、施設内の雰囲気や他の入居者さんとの相性が、どうしても合わなかったみたいで。 また、面会に関する制約が想像以上に厳しかったことも大きかったです。コロナ対策という名目ではありましたが、面会できる曜日や時間が細かく決められていて、家族が「会いたい」と思った時にすぐに会えない状況でした。 私自身は元々病院勤務の経験があったので、感染対策として仕方ない部分もあると理解していましたが、他の家族は「いいと思って入ったのに、全然会わせてもらえないじゃないか」と、かなりの不満を抱くようになってしまいました。 さらに決定的だったのは、入居してから「携帯電話の使用ができない」と言われたことです。連絡を取りたい時は施設のスタッフさんを通さないといけないというルールで。これについては事前の説明で聞いていなかったことだったので、家族の間で「それはおかしいのではないか」と不信感が募ってしまいました。 せっかく見学して決めた場所でしたが、実際に生活を始めてみないと分からないことがたくさんあるのだと痛感しました。最終的には、本人の意向も汲んで転居させることを決断しました。
取材日:2026/04/03
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
車椅子
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護3/自宅にいた(独居)

ベストライフ成田の退去体験談

ちょっと母には合わなかったなって思ったのが退去した理由です。主にスタッフの対応ですね。中にいい人もいたとは言ってましたけど、聞く限り「ひどいな」って思うことばっかりだったので、信頼っていうか、ちょっと不信感ばかりが募ってきました。 私も、入ってすぐにケアマネの方と話をしていく時でも、ちょっと今までの方とは違うなって印象もありました。それから、施設長の方も、この人が施設長だったんだって後から知った感じですね。入った日に「私が施設長の何々です」って挨拶もなくて、そこに立ってるだけだったので、誰が施設長かっていうのも分からなくて。だから、こういうところに預けて大丈夫なのかなっていうのもありました。 早々に、もうここは退去したほうがいいなと思って、すぐに動きました。施設の建物自体はすごく新しくて、部屋も一番見た中で広くて、すごく良かったんですけど、やっぱり中で働く人たちと合わないっていうのが一番でしたね。
取材日:2026/04/02
執筆者:岸川京子
男性
症状なし
車椅子
症状なし
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/要介護3/その他施設に入居していた

SOMPOケア ラヴィーレ川口安行の退去体験談

父は腎移植をしていたのですが、最後はその腎臓系で体調が悪くなってしまって。入院して、そのまま病院で亡くなりました。本当は施設に戻りたかったんですけど、叶いませんでした。でも、最後の方までラヴィーレで自分らしく過ごせてよかったかなって思います。
取材日:2026/04/02
執筆者:岸川京子
男性
症状なし
車椅子
症状なし
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/要介護3/自宅にいた(同居)

草加明生苑の退去体験談

もう「ここの施設は無理だ」と思いました。ここ、デイサービスを併設しているんですよ。デイサービスの利用者さんは毎日出入りして、普通に人が入ったり来たりしているのに、なんで元気で健康な、面会に来た家族が部屋にも行けずに制限されなきゃいけないの?っていうのが、もうありえないと思っちゃって。 結局、居室がどんな感じか最後まで分からなかったんです。退去の時にやっと部屋に入れたんですけど、父は体が不自由なのに、洗濯から返ってきた衣類が全然タンスにしまわれてなくて、ただ積んであるだけだったんです。これじゃ父が自分で配置なんてできるわけない。そんなひどい状態なのも、部屋に行けないからずっと分かりませんでした。結局、3ヶ月のクーリングオフぎりぎりで辞めました。
取材日:2026/04/02
執筆者:岸川京子