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ケアスル 介護
退去体験談一覧
3ページ目
(3ページ目)退去体験談一覧
176
件
老人ホーム・介護施設の退去体験談の一覧ページです。
症状なし
車椅子
がん・末期癌
入居者:86〜90歳/女性/義理の父母/要介護5/病院に入院していた
ライブラリ泉中央の退去体験談
父がお世話になったのは、亡くなるまでの約4ヶ月間でした。本当に、最後までこちらの施設で過ごすことができました。 病院の先生が施設まで来てくれたみたいですし、健康管理から日々のケアまで、すべてをお任せできたので助かりました。私たち家族の
面会も「いつでもどうぞ」
という感じで特に制限がなく、頻繁に顔を見に行けたのも良かったです。 退院が迫り、「どうしよう」と困っていた中で見つけた施設でしたが、結果として父はここで穏やかに最期の時を迎えることができました。この施設で看取っていただけたことに、心から感謝しています。
取材日:2025/07/23
執筆者:岸川京子
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症状なし
手引/伝い歩き
がん・末期癌
入居者:76〜80歳/女性/実の父母/要介護1/病院に入院していた
医療対応住宅ケアホスピス石川町の退去体験談
入居してから1ヶ月もありませんでしたが、手厚いケアを受けながら、穏やかな最期を迎えることができました。 母が亡くなった際には、家族が駆けつけてから、すごく丁寧に、ゆっくりと時間を取らせてくださったんです。慌ただしいお別れではなく、家族で静かに母を見送ることができ、本当に良かったです。私たち家族としても、やっと母が落ち着ける場所で最期を過ごさせてあげられたなと、本当にありがたい気持ちでいっぱいです。
取材日:2025/07/20
執筆者:岸川京子
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物忘れ
見守り
症状なし
入居者:91〜95歳/女性/実の父母/要介護3/病院に入院していた
クレアトゥール60の退去体験談
一番の理由は、面会が聞いていた話と全く違ったことです。 親戚が多く、みんなで会いに来てくれるのを父も楽しみにしている、という話をした上で入居を決めたのですが、実際の面会は玄関先でたったの15分間。お部屋に家族が入ることはできませんでした。 さらに、面会の予約は1日に3組までと決められており、土日に予約を取るのはとても大変でした。やっと面会できても、「もう時間です、終わりですね」と、まだ父がそこにいるのに急かされるような雰囲気を感じることもあり、悲しい気持ちになりました。 施設側は感染対策を理由にされていましたが、一方で「どんどん外出や外泊をされたらどうですか?」と言われることもありました。「会いたいなら外泊で」と言われても、コロナなどの感染症のウイルスを持ち込むかもしれないのでと制限されてる面会なのに、なんだか話が違うかなと、どうしても矛盾を感じてしまいました。 施設長さんにも直接お話しし、面会のルールについて相談しましたが、改善は難しいとのことでした。これでは父の一番の楽しみを奪ってしまうと思い、「うちの考え方とちょっと違うので、ごめんなさい」という形で、入居から2ヶ月ほどで退去させていただきました。
取材日:2025/07/20
執筆者:岸川京子
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症状なし
車椅子
胃ろう
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/要介護5/その他施設に入居していた
医療対応住宅ケアホスピス石川町の退去体験談
父は今年亡くなりました。それに伴い施設も退去しました。
取材日:2025/07/14
執筆者:岸川京子
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物忘れ
車椅子
脳梗塞・脳卒中・脳出血・くも膜下出血
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護4/病院に入院していた
ゴールドエイジエクセレントの退去体験談
残念ながら、母は施設に入居してほどなくして、静かに息を引き取りました。それが退去の理由です。 でも、この施設に移れたからこそ、母の最期を看取ることができました。いよいよ危ないという時、看護師さんが「お母様に話しかけてあげてください」と背中を押してくれたんです。耳が遠い母に届くように、大きな声で必死に話しかけました。それまでずっと意識がないように見えた母が、その時、パッと目を開けたんです。私たちの声が、きっと聞こえていたんだと思います。 面会ができない病院にいたら、こんな風に最期を看取ることは絶対にできませんでした。孤独だった入院生活を思うと、最後の時間を家族と過ごさせてあげられたこと、それだけが唯一の救いです。
取材日:2025/07/13
執筆者:岸川京子
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症状なし
寝たきり
リウマチ・関節症
入居者:76〜80歳/女性/実の父母/要介護4/その他施設に入居していた
ナーシングホーム おだやかの退去体験談
施設での生活自体には満足していましたが、母が誤嚥性肺炎を起こして入院したことをきっかけに、転居を考えることになりました。 救急車で運ばれた際、提携病院に感染症の疑いで受け入れを断られ、少し離れた病院に入院することに。その時、救急隊の方から「ここの病院もダメだったら、さらに遠方の市まで行かなければならなくなるかもしれなかった」と言われたのです。遠い病院への面会や付き添いは、仕事を持つ私にとって大きな負担です。さらに主治医の先生からは胃ろうを検討した方がいいという話も出ていました。もし胃ろうにするのであれば通院の付き添いも必要になりますし、将来的な負担を考えた時、物理的な距離の問題は無視できませんでした。母の体を第一に考え、より安心して任せられる近くの施設へ移ることを決めました。幸い、今は新しく見つかった施設で落ち着いて過ごすことができています。
取材日:2025/07/13
執筆者:岸川京子
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症状なし
自立
リウマチ・関節症
入居者:76〜80歳/女性/実の父母/要介護5/自宅にいた(独居)
フォーユーはびきのの退去体験談
しばらくして施設長や責任者の方が次々と代わり、施設の体制が大きく変わってしまいました。それに伴ってか、だんだんとスタッフの方の目が隅々まで届かなくなっていると感じるようになりました。 決定的なきっかけは、母の足の爪が化膿していたことです。施設側がそのことに気づかず、1ヶ月か2ヶ月ほど経ってから私に「病院へ連れて行ってください」と報告があったのです。日々のケアが行き届いていないのではないか、という不信感が募りました。 このままではいけない。そう思い、親身に相談に乗ってくださっていたケアマネジャーさんに「施設を出たい」と打ち明けました。様々な事情があったようで、すぐには動けない状況だったと記憶しています。それでも、そのケアマネジャーさんが根気強く動いてくださり、なんとか次の施設へ転居することができたのです。
取材日:2025/07/13
執筆者:岸川京子
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物忘れ
車椅子
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/兄弟・姉妹/要介護3/その他施設に入居していた
有料老人ホーム 南洲の杜の退去体験談
入居して、これから長くお世話になるのだろうと思っていた矢先に、姉の胃がんが見つかりました。そこからは、入院や通院となり、そういった時も施設の方には送迎などでずいぶんサポートしていただき、本当に助かりました。 亡くなる2週間ほど前が誕生日で、その時は一緒に新しい洋服に着替えて、ささやかなお祝いをしました。一緒に写真も撮ることができ、それが姉との最後の写真になりました。 今年、姉は施設で静かに息を引き取りました。最期が近づいていた頃、姉は訴えるような顔で私をじっと見つめることがありました。何かを伝えたかったのだと思いますが、それが何だったのか、今でも考えてしまいます。それが唯一の心残りです。
取材日:2025/07/10
執筆者:岸川京子
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物忘れ
車椅子
レビー小体型認知症
入居者:81〜85歳/女性/その他親族/要介護4/病院に入院していた
オネスティーまごころホーム誠の退去体験談
入居して1ヶ月ほど経った頃、叔母の具合が悪くなり、再び入院することになりました。残念ながら、叔母はそのまま帰らぬ人となり、施設には退去の申し出をすることになったのです。 急なことで、どう手続きを進めればいいか不安だったのですが、施設の方の対応が本当に素晴らしかったんです。事情をお話しすると、「大変でしたね。退去の件、承知いたしました。でしたら、もう今日で結構ですよ」と、こちらの都合を最優先に考えてくださって。通常なら「何日前までに」といった決まりがあるのかもしれませんが、そういったことを一切言わずに柔軟に対応していただけたことには、本当に救われました。入居時の丁寧な説明から、最後の退去の時まで、一貫して気持ちの良い、
親身な対応
だったと感じています。
取材日:2025/07/07
執筆者:岸川京子
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物忘れ
車椅子
症状なし
入居者:76〜80歳/女性/その他/要介護5/自宅にいた(独居)
ラウレート東園田の退去体験談
転居の直接のきっかけは、費用を抑えられる公的な施設に空きが出たことでした。もちろん、それ以前からスタッフの方への対応などで「上辺はいいけれど、一歩中に入ったらどうなっているかわからない」という不信感を抱いていたのも事実です。 その後、本人はその移り先の施設で最期を迎えました。
取材日:2025/07/06
執筆者:岸川京子
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物忘れ
自立
症状なし
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/要介護3/自宅にいた(独居)
リブナス天白の退去体験談
この施設が合わなかった、というよりも、いくつかのタイミングが重なったことが退去の大きな理由です。 入居して1年弱が経った頃、父の要介護度が上がりました。ちょうどその時、市の広報誌で、自宅から比較的近くに特別養護老人ホームが新しくできるという情報を偶然見つけたのです。 新しい施設ですし、すぐに入れるとは思っていませんでしたが、申し込んでみたところ、運良く入居できることになりました。 父の要介護度が変わったこと、そして新しい特養が近くにできるというタイミングが重なったこと。それが、移転を決断した一番の理由です。
取材日:2025/07/05
執筆者:岸川京子
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症状なし
見守り
症状なし
入居者:96〜100歳/女性/義理の父母/要介護1/自宅にいた(独居)
サービス付き高齢者向け住宅ソラスト鶴見緑地の退去体験談
とても満足していた施設でしたが、退去することになりました。理由は、母が自分の不注意で転んでしまったことです。この転倒が原因で入院が必要になり、それに伴って要介護度も以前より上がってしまいました。 そうなると、残念ながら、以前のようなある程度自立した生活を送る方向けのサービス付き高齢者向け住宅での暮らしを続けるのは難しくなってしまいました。身体の状態に合わせたケアが必要になり、別の施設へ移るという決断に至りました。
取材日:2025/07/04
執筆者:岸川京子
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物忘れ
車椅子
心臓病・心筋梗塞・狭心症
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護4/その他施設に入居していた
ロイヤルホーム健都の退去体験談
そんな不信感が募っていた中で、あるスタッフが、母に対して罵声を浴びせたんです。 これだけは絶対に許せない。「もう、ここはダメだ」。すぐにケアマネージャーさんを通して、これまでの経緯と罵声の件を施設長に伝えてもらいました。 ですが、私たちの訴えに対する施設の対応は、誠意が全く感じられないものでした。施設長からも、罵声を浴びせたスタッフ本人からも、一言の謝罪もなかったんです。それどころか、後日私が施設を訪れると、何事もなかったかのように「こんにちはー」と挨拶をされて…。これはもう、一人のスタッフの問題じゃなくて、施設全体の体質の問題なんだなと、本当にがっかりしました。 大切な母を、これ以上こんな場所に預けておくことはできない。そう決意して、半年でこの施設を退去しました。
取材日:2025/06/30
執筆者:岸川京子
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物忘れ
車椅子
アルツハイマー型認知症
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護3/その他施設に入居していた
ベストライフ篠路の退去体験談
施設から入院を勧められましたが、そうなると
入院費と施設の月額費用が二重
にかかってしまいます。それは大きな負担になるため、施設を退去して入院せざるを得ませんでした。しかし、金銭的な問題以上に私を悩ませたのは、その経緯における施設側の対応でした。 初め、施設側は「入院して治療すれば、また施設に戻ってこられますよ」という話でした。私もその言葉を信じて、母がまた施設での生活に戻れるようにと入院に同意したんです。 ところが、時間が経つにつれて、施設の担当者から「やはり、このまま戻るのは難しいのではないでしょうか」と、話のニュアンスが変わっていきました。そして最終的に、母の状態では戻るのは難しいという話になり、話し合いの中で、実質的な「退去」という形で、特別養護老人ホームなどを紹介されたのです。 パンフレットには「要介護5、看取りまで対応可能」と書いてありました。それなのに、いざ母の介護度が上がり、手がかかるようになったら、遠回しに退去を促される。結果的に
追い出されるような感じ
がして、正直、裏切られたような気持ちでした。「それなら、初めからそう言ってくれれば良かったのに」と。 本当は「話が違うじゃないか」と強く言ってやりたい気持ちでいっぱいでした。でも、母の身を預けている以上、もし何かあって母に影響が及んだら…と思うと、何も言えなくなってしまう。そういった葛藤も、本当につらかったですね。
取材日:2025/06/11
執筆者:岸川京子
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物忘れ
車椅子
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(同居)
ゴールドエイジフォーリアの退去体験談
一番の理由は、父が亡くなり、母が施設で一人になったことです。 離れて暮らしていて頻繁に行ける距離じゃなかったので、面会に行けるのは1ヶ月か2ヶ月に1回程度でした。父がいなくなった今、一人で遠くにいる母のことがより一層心配になり、「何かあった時にすぐ駆けつけられるように、自分の家の近くに呼び寄せたい」と強く思うようになりました。母が住んでいた地域に、もっと選択肢があれば良かったのですが、その地域ではあまり介護施設がなく、どうしても実家からも遠い施設にならざるを得なかったという事情もあります。 ただ、母自身は住み慣れた施設から引っ越すのを嫌がっていました。友人関係もできていたのかもしれません。そこから時間をかけて話し合いを続け、今年に入って、やっと私の家の近くの施設へ移ることを了承してくれました。前の施設は金額がリーズナブルでサービスも良く、決して不満があったわけではありません。今の施設は費用こそ少し上がったものの、部屋にお風呂や洗濯機があるなど自宅のように過ごせる環境で、母も落ち着いてくれています。
取材日:2025/06/29
執筆者:岸川京子
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物忘れ
手引/伝い歩き
脳梗塞・脳卒中・脳出血・くも膜下出血
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護4/その他施設に入居していた
ういず・ユー村上ホープリビングの退去体験談
退去の主な理由は費用面です。様々な費用がかかる中で、父がレクリエーションなどに参加できなくなってきた状況を見て、
「費用に見合ったサービスを受けられているだろうか」
「少しもったいないのでは?」と感じるようになりました。 ちょうどそのタイミングで、お世話になっていた施設のスタッフさんに相談したところ、特養の空き状況を確認してくださることになりました。特養の方が費用を抑えられることもあり、確認をお願いしたところ、運良く空きが見つかったため、転居を決断しました。転居の手続きなども、施設の方が動いてくださり、本当に助かりました。
取材日:2025/04/29
執筆者:岸川京子
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物忘れ
車椅子
心臓病・心筋梗塞・狭心症
入居者:91〜95歳/女性/その他親族/要介護4/病院に入院していた
ニチイホーム栗平の退去体験談
とても残念だったのですが、徘徊の状況が施設での対応の限界を超えてしまったことが理由です。スタッフの方々は本当に一生懸命対応してくださいました。しかし、他の入居者様へのご迷惑や、本人の安全を考えると、施設側からも「このまま徘徊が続くようであれば、専門的な医療機関での対応が必要かもしれない」というお話がありました。 その後、病院に入院もしました。病院の先生からは「徘徊はなかなか治まるのが難しい」という診断を受け、3ヶ月ほどで退院することになりました。施設とも何度も話し合いを重ねましたが、やはり徘徊が落ち着かない状況では、こちらでの生活を続けることは難しいという結論に至り、解約という形になりました。 本当に残念でした。あんなに元気になって、「ここは天国だわ」と思っていた矢先の出来事だったので…。その後、療養型の病院に転院し、そこで静かに旅立ちました。
取材日:2025/05/07
執筆者:岸川京子
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症状なし
車椅子
パーキンソン病
入居者:71〜75歳/女性/配偶者/要介護3/病院に入院していた
住宅型有料老人ホームグラントン辻堂の退去体験談
主人は生前、「自分がダメになった時は、管をたくさん繋がれて意識なく長生きするのは辛いから、いろんな手当てはいらない」と話していました。その言葉通り、施設では本当に穏やかに、苦しむことなく、一人で静かに眠るように旅立ちました。 施設の方からは「血圧と酸素濃度がだいぶ低くなってきたんで、ご連絡される方がいたら連絡してください」というお電話をいただいたり、いよいよ危ないという時にはすぐに連絡をいただいたり、迅速に対応していただきました。おかげで何の悔いもありません。 主人は本当に手のかかる人だったと思いますが、スタッフの皆さんはとてもよくしてくださいました。施設長はしっかりされた方で、いつも感じよく対応していただきましたし、スタッフの方々もキビキビと、そして明るく接してくださいました。特に若いスタッフさんが多い印象でしたが、
一人ひとりに意識を向けて、一生懸命お世話してくださる
姿には本当に頭が下がります。 最後は、葬儀社も紹介していただき、滞りなく見送ることができました。主人も、こちらの施設でお世話になれたこと、そしてスタッフの皆様によくしていただいたことに、きっと感謝しながら旅立ったと思っています。本当に、
また誰かに紹介したいくらい良い施設
でした。
取材日:2025/05/07
執筆者:岸川京子
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症状なし
寝たきり
鼻腔・経管栄養
入居者:71〜75歳/女性/実の父母/要介護5/病院に入院していた
ナーシングホームつつじが丘テラスの退去体験談
父は昨年、お世話になっていた施設で安らかに旅立ちました。ですので、「退去」という形ではありませんが、施設での日々が最期の時となりました。
取材日:2025/05/05
執筆者:岸川京子
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症状なし
手引/伝い歩き
症状なし
入居者:91〜95歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(独居)
あんじゅ竜美の退去体験談
長くお世話になっていたのですが、母の持病である喘息が急に悪化してしまい、病院に入院することになりました。医療処置が必要な状態になってしまったため、残念ながら退去し、今後はより医療体制の整った新しい施設へ移る予定です。
取材日:2025/05/04
執筆者:岸川京子
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徘徊
手引/伝い歩き
パーキンソン病
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(同居)
ふるさとホーム栃木藤岡の退去体験談
お世話になっていた施設には約1年間、本当によくしていただきました。穏やかに過ごせていたのですが、入居後に父の要介護度が進み、施設にも相談したところ、「そろそろ対応可能な施設を探された方がいいかもしれませんね」というお話もあり、受け入れてもらえる別の施設を探し始めました。幸い、受け入れてくれる施設が見つかり、そちらへ移ることになりました。
取材日:2025/05/04
執筆者:岸川京子
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症状なし
杖
症状なし
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護1/自宅にいた(同居)
ココファン海老名の退去体験談
こちらの施設には大変満足していたのですが、父が亡くなりまして。それに伴い、母は二人部屋を出なければならなくなりました。 二人部屋である必要がなくなったため、改めて母が一人で過ごす場所を考えたとき、やはり「私の自宅からもっと近い場所が良い」ということになり私の自宅のそば、歩いて行ける距離の施設へ移ることに決めたんです。 ですので、こちらの施設に何か不満があって退去したわけでは全くありません。父が亡くなったという状況の変化と、母一人になったタイミングで、私がより頻繁に顔を出せる距離を優先した、というのが理由です。
取材日:2025/05/02
執筆者:岸川京子
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せん妄
車椅子
たん吸引
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護4/病院に入院していた
すまいるハッピー日進の退去体験談
父は施設での生活を送る中で、残念ながら再び体調を崩し、入院することになりました。そして、入院先で静かに息を引き取りました。急な入居にも関わらず温かく受け入れていただき、父が穏やかな時間を過ごせたこと、そして私たち家族が安心して日々を送れたこと、そのすべてに感謝しています。父が穏やかに最期を迎えられたのは、この施設で過ごした時間があったからこそだと思っています。
取材日:2025/04/26
執筆者:岸川京子
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物忘れ
自立
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(同居)
サービス付き高齢者向け住宅 咲楽の退去体験談
実は、この施設に入居してから、私たちは想像もしなかった現実に直面することになりました。それは、
スタッフの人数が圧倒的に少ない
ということです。特に夜間はさらに手薄になり、ナースコールを鳴らしても、なかなか誰も来てくれない、という状況が頻繁に起こっていたんです。母から、
『廊下で一人座り込んで泣いていたことがあった』
と聞いた時は、本当に胸が締め付けられる思いでした。他の入居者の方々も同じような経験をされていたようで、『みんな泣く』『お互いに慰め合うしかない』と聞いた時は、ショックで言葉になりませんでした。『なぜ、SOSを発しても誰も来てくれないのか』と、怒りや悲しみが込み上げてきました。大切な母を預けているのに、必要な時に誰も助けてくれないなんて、あまりにも辛すぎると思いました。 さらに、この施設は外国籍の経営者の方が運営していたのですが、その考え方が施設の運営全体に色濃く影響しているように感じました。母が転居した別の施設では、少しでも物音がすればすぐに部屋に飛んできて、転倒していないか確認してくれるのが当たり前でした。それなのに、『さくら』では、
いくらナースコールを鳴らしても、泣き叫んでも、誰も来てくれない
。このギャップに、『こんなにも対応が違うものなのか』と愕然としました。もしかしたら、文化的な背景の違いからくるケアへの考え方の違いが、私たちの求めるものと合わなかったのかもしれません。スタッフの方々も、きっと人手不足で大変なのだろうとは思います。でも、イライラしているのが伝わってきて、母も話しかけると叱られるのではないかと怖がっていたんです。大切にされていると感じられない場所で、母が安心して過ごせるはずがありません。事務の方も、担当者がいないと何も分からない、と一点張りで、連絡も悪くて…。要は、
『詰めが甘い』というか、細やかな気配りや確認が全く行き届いていない
と感じました。 食事についても、母が「咲楽」を退去して、別の施設に転居した後に、「ここの施設の食事は、咲楽さんの食事とは全く違うわね」と漏らしていました。今の施設も「咲楽」も、基本的に取り寄せのものが多いようなのですが、「咲楽」では揚げ物のようなメニューが多かったようです。『全然違う』と本人が言うくらいですから、口に合わなかったのでしょう。他の入居者の方々も、
デイサービスでは何もせずにうつむいているだけ
、と話していたそうです。『何にもしない経営っていうのはそういう風なんだね』と、正直、諦めにも似た気持ちになりました。このような環境では、心身ともに健康に過ごすのは難しいと、日に日に強く感じるようになりました。 私は4年間も母をこの施設に入れていましたが、正直なところ、昨年から『どうにかして転居させたい』とずっと思っていました。でも、母は初めての施設だったので、環境が変わることをとても嫌がっていたんです。無理に転居させて、もし母が辛い思いをしたらどうしよう、という不安もあり、なかなか踏み切れませんでした。そんな時、医師から
母の数値が悪くなっていると言われ、『これはもう、転居するしかない』と、決心しました
。母は最初は『変わりたくない』と嫌がっていましたが、転居してからは『本当によかった、よかった』とずっと何ヶ月も言ってくれるようになり、私もようやく心が落ち着きました。この施設を人に勧めることはできませんし、私自身ももっと早く決断すべきだったと反省しています。実は、母の知り合いや仲の良い方も含め、4人もの方が一斉に退去したと聞いています。退去する際も、事務の人手不足のためか、手続きがスムーズではありませんでした。特に、私の知り合いは2日間だけ入居したのですが、15万円近い費用を請求され、『3泊2日で15万はかわいそうだな』と、理不尽さを感じました。
取材日:2025/06/26
執筆者:谷口美咲
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物忘れ
手引/伝い歩き
骨折・骨粗しょう症
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護2/その他施設に入居していた
welfare守口の退去体験談
母は体調を崩し、入院しました。そのまま入院先で亡くなったため、welfare守口は退去することになりました。
取材日:2025/06/25
執筆者:谷口美咲
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症状なし
自立
症状なし
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要支援1/自宅にいた(同居)
住宅型有料老人ホーム 福一の退去体験談
一番の退去理由は、やはり
施設の過度な管理体制と、それによって生じる自由度の低さ
でした。父と母は比較的元気で、自分たちでできることも多かったため、制限の多い生活は大きなストレスになっていました。他の入居者との交流も制限され、行動を管理されることに息苦しさを感じていたのです。まるで管理されるための場所にいるようで、両親の生き生きとした表情が失われていくように感じました。 また、
食事の質が非常に低く、日常の楽しみが著しく減ってしまったこと
も大きな理由です。食事は生活の基本であり、喜びをもたらす大切な要素です。それが毎日同じような、美味しくないものが続くというのは、精神的にも非常に辛いことだったと思います。私自身も、両親のためにスーパーで食べ物を買って届けるたびに、「これで本当に良いのか」という疑問と、施設に対する不信感が募っていきました。 さらに、一部の職員の対応に対する不信感も募りました。特に、救急車を呼ぼうとした際の制止や、
母が会いたくないとまで感じた強引なケアの仕方
など、安全面や入居者の意思を尊重しない態度に不安を感じました。介護は信頼関係の上で成り立つものだと考えていたので、このようなエピソードを聞くたびに、この施設に両親を預けていて本当に大丈夫なのか、という疑念が拭えなくなりました。 金額的には安価な施設だったので、ある程度の自由度の低さは仕方ないのかもしれませんが、
「綺麗な牢屋」
という表現が両親の気持ちをよく表していると思います。健康な入居者にとっては、この管理の厳しさは耐え難いものでした。両親の表情から活気が失われていくのを見て、私はこのままではいけないと強く感じ、退去を決断しました。 現在、両親は別の施設に転居し、そちらでは自由に外出もでき、元気に過ごしているようです。私もようやく安心することができました。
取材日:2025/06/25
執筆者:谷口美咲
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物忘れ
見守り
がん・末期癌
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護3/自宅にいた(同居)
リアンレーヴ伊勢原の退去体験談
父が4月に亡くなったため、施設を退去することになりました。1月に入居し、4月に亡くなったので、実際の入居期間は約3ヶ月と非常に短いものでした。その期間のうち、約1ヶ月はコロナウイルス感染症の発生により面会ができない状況でした。そのため、実際に施設で面会できた日数も限られており、父が施設で過ごした時間も想像していたよりもずっと少なかったのが正直なところです。
取材日:2025/06/18
執筆者:谷口美咲
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症状なし
手引/伝い歩き
がん・末期癌
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護2/病院に入院していた
シニアガーデンかめがさきの退去体験談
入居から約2ヶ月後、父は施設で静かに息を引き取りました。 この結果は、私たち家族にとっては、
施設を探し始めた当初から覚悟していたこと、いわば「織り込み済み」のことでした。
見学に伺った際、私たちは正直に父の病状をお伝えし、看取りまでお願いしたいということを相談しました。 施設の方は私たちの話を真摯に受け止め、「大丈夫ですよ」と親身になって対応してくださいました。その一言が、どれだけ私たちの心を軽くしてくれたか分かりません。 入居中も、父が少しでも穏やかに、そして尊厳を保ちながら過ごせるように、手厚いケアを提供してくださいました。 父が穏やかな最期を迎えられたのは、間違いなくシニアガーデンかめがさきのスタッフの皆様のおかげです。厳しい条件であったにも関わらず、最後まで父に寄り添い、私たち家族の心も支えてくださいました。本当に、感謝しかありません。
取材日:2025/06/17
執筆者:谷口美咲
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物忘れ
車椅子
骨折・骨粗しょう症
入居者:91〜95歳/男性/実の父母/要介護3/病院に入院していた
住宅型有料老人ホームグレイスコート深谷の退去体験談
入居して2ヶ月ほど経った2月末に、母は亡くなりました。 本当に短い期間しかお世話になることができず、施設の方々にはご迷惑しかおかけしていないと思っています。ですが、スタッフの皆様には、本当に最後の最後まで、手厚く、そして人間味のある対応をしていただきました。 母の容態が急変した際も、深夜ではなく朝方に連絡をくださるなど、こちらの状況にも配慮いただきました。そして、いよいよという時には、
職員さんの個人のLINEを使って、ビデオ通話で母の顔を見ながら話をさせてくれたんです。
もちろん公的なサービスではないと思いますし、職員さんのご厚意でやっていただいたことです。結局、直接会うことは叶いませんでしたが、画面越しに最期の表情を見ながら、こちらの顔も見せて、「頑張れ」と声をかけることができました。 もし、あのまま福井にいたら…と考えると、絶対にこんな気の通った対応はしてもらえなかったと思います。「なんで私の携帯でそんなことしなきゃいけないんですか」と、きっと言われていたでしょう。 本当に、グレイスコート深谷さんには感謝しかありません。
取材日:2025/06/14
執筆者:谷口美咲
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物忘れ
杖
症状なし
入居者:91〜95歳/女性/実の父母/要介護2/その他施設に入居していた
えがおで寺塚1番館の退去体験談
しかし、結果的に私たちは半年ほどでこの施設を退去することになりました。父が気に入っていたにも関わらず、なぜ退去を決めたのか。理由は大きく3つあります。 まず、費用面での不信感が大きかったです。入居前の説明では月額23〜24万円ほどと聞いていたので、父の年金でなんとか賄えるだろうと考えていました。ところが、実際に入居してみると請求額は30万円を超えていたんです。 内訳を見ると
「見回り」など様々なサービスが上乗せされていました。
父はまだそこまで手厚い介護は必要なかったので、「見守りは不要です。自分でできることを奪わないでください」と断ったのですが、「いえ、必要です」と押し切られ、外すことはできませんでした。 それ以外にも、併設のクリニックでの健康診断など、様々な会社から次々と請求書が届き、合計金額を見て本当に驚きました。支払い能力があるかを確認するためか、入居時には貯金通帳のコピーまで提出させられました。もちろん、必要なサービスへの支払いは当然です。でも、「なぜこの費用がかかるのか」という点に納得感がなく、常に不信感を抱いていました。 次に、介護や医療の体制への不安です。「見回り」サービスが付いているにも関わらず、父は夜間に転倒して頭を打ち、出血してしまいました。幸い大事には至りませんでしたが、
「一体何のための見回りだったんだろう」「人が足りていないのではないか」
と疑問に思いました。 また、施設にはクリニックが併設されていたので、医療面でも安心だと思っていました。しかし、緑内障の通院は専門外のため私が付き添わなければならず、それは仕方のないことだと理解していました。問題が起きたのは、父がインフルエンザに罹患した時です。夜間に容態が悪化したのですが、
併設クリニックは夜間診療を行っておらず、対応できないと言われました
。結局、救急車を呼び、私が付き添って病院へ向かうしかありませんでした。「24時間対応してもらえる」という私の期待は、あっさりと裏切られたのです。「住宅型」というのは、こういうことなのだと痛感しました。 これらの理由が積み重なり、インフルエンザの一件をきっかけに、24時間看護師が常駐し、医療対応がしっかりしている療養型の病院へ移ることを決意しました。
取材日:2025/06/12
執筆者:谷口美咲
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