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(16ページ目)退去体験談一覧528

老人ホーム・介護施設の退去体験談の一覧ページです。
女性
物忘れ
手引/伝い歩き
介護食
入居者:96〜100歳/女性/実の父母/要支援1/自宅にいた(独居)

介護付き高齢者住宅ウィステリアの退去体験談

母は施設で1年間お世話になり、その後亡くなりました。最期は病院で迎えましたが、それまでの間、施設では本当に親切にしていただき、母も楽しく過ごせたようです。入院する直前まで、施設の皆さんと仲良くしていたと聞いています。施設の方々のおかげで、穏やかな時間を過ごすことができたのだと思っています。
取材日:2025/05/09
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護1/自宅にいた(同居)

ピアホーム相模原の退去体験談

施設での生活は、残念ながら長くは続きませんでした。入居してから1年も経たないうちに亡くなってしまったんです。もう少し長く過ごせると思っていたのですが…。
取材日:2025/04/23
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
車椅子
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護1/病院に入院していた

ベストライフ広島の退去体験談

本当に施設には満足していたのですが…。入居して3ヶ月が経った4月の半ばに、母が施設で尻餅をついてしまい、骨折してしまったんです。それだけではなく脊椎の方も損傷していたようで、両足が動かなくなってしまいました。 そのまま病院に入院したのですが、食事もあまり摂れなくなり、点滴が必要な状態になってしまって。施設の方からは「点滴などの医療対応は、うちでは難しいです」と言われ、残念ながら施設に戻ることはできず、退去することになりました。 今は病院で寝たきりの状態で、リハビリも難しいと言われています。もし、施設で医療的なケアがもっと受けられる体制があったなら、また戻れたのかな、と思うと少し残念ではあります。
取材日:2025/06/19
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
車椅子
脳梗塞・脳卒中・脳出血・くも膜下出血
入居者:91〜95歳/男性/実の父母/要介護1/病院に入院していた

クランコート堺の退去体験談

入居から数ヶ月後に亡くなりました。 慣れるまでの間にいなくなってしまったので、これからだったのに、という思いはあります。ですが、父も高齢でしたし、最期の時間を穏やかに過ごせる場所があったこと、それだけでも良かったのかな、と今は感じています。
取材日:2025/06/20
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
車椅子
糖尿病・インスリン
入居者:91〜95歳/女性/実の父母/要介護3/自宅にいた(同居)

スリジエ山武の退去体験談

入居からわずか1ヶ月半後、母は老衰で静かに息を引き取りました。 本当に短い時間でした。介護に専念しようと覚悟を決めた私も、母がいなくなり、宙に浮いてしまったような気持ちです。 もっと違う関わり方があったのではないか…と後悔が尽きない部分もあります。ですが、一つだけ確かなのは、最期は穏やかだったということです。それは、親身に寄り添ってくれたスタッフの皆さんのおかげだと心から思っています。
取材日:2025/06/20
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
見守り
アルツハイマー型認知症
入居者:91〜95歳/男性/実の父母/要介護1/その他施設に入居していた

あんじゅ竜美の退去体験談

入居して4ヶ月ほど経った頃、施設から「少しお父様の様子がおかしいです」と連絡をいただきました。すぐに病院へ連れて行くことができ、肺炎と圧迫骨折と診断されました。もしあの時、施設の方の気づきと迅速な連絡がなければもっと悪化していたかもしれず、この緊急時の対応には本当に感謝しています。治療とリハビリのために入院することになり、やむなく退去という形になりましたが、施設の空きがあれば、また戻れたらと考えています。
取材日:2025/06/19
執筆者:岸川京子
男性
症状なし
車椅子
たん吸引
入居者:71〜75歳/男性/兄弟・姉妹/要介護5/老健に入居していた

あすなろ桶川の退去体験談

入居してから約1年3ヶ月後、弟は施設で静かに息を引き取りました。 お医者様からは入居の時点で「いつどうなってもおかしくない」と言われ続けていましたけれど、これだけ長く穏やかな時間を過ごすことができたのは、施設の皆様のおかげです。「手のかかる弟だったのに、よくしていただけたな」って。最期の時まで、自分たち家族だけでは到底できないような手厚いケアをしていただけて、とても助かりました。本当に、感謝しかないですね。
取材日:2025/06/19
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
自立
症状なし
入居者:61〜65歳/女性/本人/要介護1/自宅にいた(独居)

紫陽花館の退去体験談

今回退去することになりましたが、正直なところ、サービスや環境への不満は一切ありませんでした。私としては、本当にここでずっと暮らしていきたいと思っていたくらいです。 ただ、将来的な金銭面のことを色々と考えていく中で、今後の自分のためにも、別の選択肢を検討した方が良いのではないかという結論に至ったんです。あくまで将来を見据えた上での前向きな決断で、施設そのものに何か問題があったわけでは全くありません。
取材日:2025/06/26
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
手引/伝い歩き
糖尿病・インスリン
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護2/自宅にいた(同居)

ベストライフ三保の松原の退去体験談

退去の最大の理由は、母が施設の職員さんの対応に、心底嫌な思いをしていたということです。特に、外国籍の職員の方から薬を渡される際に、薬の袋をちらつかせながら「これ、どうするんだ?飲むのか?」というような、威圧的な言い方をされたと聞きました。うちの母はどちらかというと気が強い性格なので、そんな態度を取られては、プライドが許さなかったのでしょう。「そんなの飲まない!」と言って、薬を拒否する日が続いた結果、それが心不全につながって入院してしまったのです。 私たち家族が面会に行った時には、職員の方々はとても丁寧に接してくださっていました。だから、まさか母が施設でそのような辛い思いをしているとは夢にも思っていませんでした。母が施設を嫌がっていたのは、認知症のせいだとばかり思い込んでいたんです。 しかし、ふとした機会に、他の利用者さんからも「あんまりここ良くないよ」という声を聞きました。その時、「もしかしたら、母の話は本当なのではないか…」と疑念を抱き始めました。 退去する際も、母の体調が思わしくなく、「どうしても施設に戻りたくない」と強く訴えるので、施設側に「申し訳ありませんが、退去させていただきます」と伝えたところ、特に引き止められることはなく、「分かりました」というような対応でした。 現在、母は別のショートステイでお世話になっていますが、そこでは驚くほど穏やかに過ごしています。全くトラブルもなく、平和に過ごしていると聞いています。この母の穏やかな様子を見て、やはり以前の施設が母にとってどれほど辛い場所だったのかを痛感しました。空いている部屋があったから、と入居を決めたのですが、「空いているのにはやはり理由があったんだね」と、家族で話しています。安くはない費用を払ってお願いしたのに、本当に残念な結果になってしまいました。
取材日:2025/06/25
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
自立
症状なし
入居者:71〜75歳/女性/本人/自立/その他施設に入居していた

つき乃ひるねの退去体験談

つき乃ひるねは本当に良い施設で、何の不満もありませんでした。むしろ、居心地が良くて、ずっとここにいたいと思っていました。しかし、私の年金暮らしでは、つき乃ひるねの家賃が少しばかり高すぎたのです。1年以上お世話になりましたが、このままでは生活が立ち行かなくなってしまうという不安が募り、泣く泣く退意を決意しました。 退去することになった時、私が本当に心強かったのは、やはり顧問さんの存在です。顧問さんは、私の経済的な事情を理解し、「あなたに合った場所を探しなさい」と親身になって相談に乗ってくださいました。そして、施設から歩いてすぐの場所に「不動産屋さん」の看板が出ているのを見つけてきてくださったんです。その不動産屋さんに行って相談すると、5万円くらいで入居できる部屋を提案してくれました。白い壁に白い床の、とても清潔感のあるきれいな部屋で、「こんなに良い場所が見つかるなんて!」と驚きました。 その後も、顧問さんが、私の新しい部屋にパーテーションを持ってきてくださったりと、本当に手厚くサポートしてくださったおかげで、無事に新しい生活を始めることができました。顧問さんは本当に懐の深い方で、その人柄には頭が下がります。顧問さんがいてくださったからこそ、私は安心して次のステップに進むことができました
取材日:2025/06/25
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
歩行器
糖尿病・インスリン
入居者:76〜80歳/女性/実の父母/要支援2/自宅にいた(独居)

イリーゼあざみ野の退去体験談

イリーゼあざみ野さんからイリーゼさぎぬま・新館に移転したのは、もともとさぎぬま・新館が第一希望だったからです。 母がインフルエンザと肺炎で倒れ、病院から退院する日が決まったものの、老健など他の選択肢がなく、すぐにでも入居できる施設を探していました。そんな時、ケアスル 介護さんにご紹介いただいたのが、さぎぬま・新館と同じ系列のイリーゼあざみ野さんでした。あざみ野に空きがあったので、まずはそちらに入居させていただくことになったんです。 あざみ野での生活は2ヶ月ほどでしたが、その間、施設での生活に全く問題はなく、職員さんの感じも良く、とても満足していました。食事に関しても、本人に聞けば物足りなさはあったかもしれませんが、トータルで見れば不満はありません。施設内の清潔感や衛生面も申し分なく、レクリエーションも充実しているようでした。 そうこうしているうちに、第一希望だったさぎぬま・新館に空きが出たという連絡を受け、迷わず移転を決めました。さぎぬま・新館を選んだ一番の理由は、やはり自宅からのアクセスが良いことでした。車で通いやすい場所にあり、面会に行く私たち家族にとって非常に便利だったんです。 急な移転ではありましたが、母も特に混乱することなく新しい環境に順応してくれました。さぎぬま・新館も、あざみ野と同様にスタッフの対応は良く、施設も新しく広々としていて、サービスの質にギャップを感じることはありませんでした。私自身も、これで安心して母に会いに行けるという気持ちが大きかったです。やはり、家族が面会に行きやすいということは、施設を選ぶ上で非常に重要なポイントだと実感しました。
取材日:2025/06/23
執筆者:谷口美咲
男性
物忘れ
症状なし
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/要介護1/病院に入院していた

グループハウス横浜瀬谷の退去体験談

施設内で感染したインフルエンザが、父との突然の別れにつながりました。 インフルエンザそのものは治ったのですが、体力が落ちてしまったことで誤嚥性肺炎を併発し、そのまま病院で亡くなった、という形です。 今となって思うのは、施設の衛生管理はかなり甘かったのではないか、ということです。後から聞いた話では、どうやら新しく入居された方との食事の席で感染が広がったようでした。その方が入居される際に、施設側がきちんと感染症の検査をしていたのか。今となっては分かりませんが、結果として父は施設内で感染してしまいました。 もし、あの時インフルエンザに感染していなければ、父はもっと長く生きられたかもしれない。そう思うと、悔しい気持ちが残ります。 スタッフの方々は、こまめに状況を報告してくださいましたし、一人ひとりの対応に不満があったわけではありません。ただ、施設全体として、特に外部から人が入ってくる際のチェック体制など、衛生管理に対する意識が十分ではなかったのではないかと感じています。高齢者が集団で生活する場だからこそ、もっと徹底してほしかったというのが正直な気持ちです。
取材日:2025/06/20
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
歩行器
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護2/その他施設に入居していた

住宅型有料老人ホームカインドコート橿原の退去体験談

実は、入居から10ヶ月ほどでお世話になった施設を退去しました。 ただ、これは施設が悪かったとか、何か不満があったということは全くありません。むしろ、これまで入った施設の中では一番良かったとさえ思っています。 一番の理由は、施設の立地です。 私は車で面会に行っていたので問題なかったのですが、遠方から頻繁に来たがっていた私の姉にとっては、駅から施設までの距離がかなり遠く、一人で通うのが大変でした。姉から「もう少し駅の近くにないの?」と相談されることが増え、家族で話し合った結果、もっと面会に行きやすい駅前の施設に移ることにしたんです。 スタッフの皆さんの対応も本当に良く、素晴らしい施設だったので、アクセスの問題さえなければ、ずっとお世話になりたかったというのが本音です。
取材日:2025/06/23
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
車椅子
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護4/その他施設に入居していた

あすなろ毛呂山の退去体験談

母は、この施設で最期を迎えました。入居を決めた理由の一つに、「看取りまできちんとやってくださる」という点があったのですが、その言葉通り、本当に最後の時まで丁寧に対応していただきました。 容態が変化した際には、朝の5時といった早朝でも夜中であってもすぐに電話で知らせてくださるなど、夜中でもスタッフの方々がしっかりと見守ってくれているのが伝わってきました。家族としても、すべてを安心してお任せすることができ、本当に感謝しています。母も穏やかな最期を迎えられたのではないかと思います。
取材日:2025/06/23
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
症状なし
入居者:91〜95歳/男性/実の父母/要介護1/その他施設に入居していた

サエラ神戸有瀬の退去体験談

入居後、父は施設で亡くなりました。 正直、施設での看取りがどのようになるのか少し不安もありましたが、スタッフの方々がスムーズに、そして穏やかに進めてくださいました。お声がけ一つひとつが温かく、父の尊厳を最期まで守ってくださっているのが伝わってきました。 そして、夫婦部屋だったからこそ、母がすぐそばで父の最期を看取ることができました。もし以前の施設にいたままだったら、夫婦は離れ離れで、こんなに穏やかな最期を迎えることはできなかったでしょう。私たち家族も悔いなく会うことができ、心から感謝しています。
取材日:2025/06/22
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
歩行器
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要支援2/病院に入院していた

ハートライフ高柳の退去体験談

退去した主な理由は、料金的な問題でした。しかし、それ以外にも、日々の生活におけるいくつかの制約が、比較的自立していた母には合わなかったようです。 まず、食事については、全員が揃ってから一斉に食べ始めるというルールがありました。これは、施設全体の運営上必要なことだと理解はできるものの、温かい食事が提供されても、他の入居者の方が揃うまで待たなければならないのは、少々不便だったようです。家庭での自由な食事とは異なるため、この点は特に自立度の高い方にとっては、不満に感じる可能性があります。 次に、外出にも施設側の許可や手続きが必要でした。安全管理の観点から当然の措置ではありますが、気軽に外出できないというのは、活動的な方にとってはストレスになりかねません。自由な行動が制限されることで、日々の生活に閉塞感を感じてしまうことも考えられます。 施設には様々な身体状況の入居者さんがいらっしゃいました。母は比較的元気で、要介護度も低かったため、より重い介護が必要な方々に合わせた生活スタイルやルールの中で過ごすことに、物足りなさや窮屈さを感じていたようです。自立度の高い方にとって、施設全体のケアレベルに合わせた制約が多い環境は、必ずしも居心地が良いとは限りません。 これらの点が複合的に重なり、結果として、より母のニーズに合った施設への住み替えを決断するに至りました。施設選びにおいては、料金だけでなく、生活の自由度や他の入居者の状況なども考慮に入れることの重要性を改めて感じました。
取材日:2025/06/23
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
車椅子
鼻腔・経管栄養
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護2/病院に入院していた

住宅型有料老人ホームクローバーの退去体験談

急に亡くなってしまったんです。 施設からの連絡では、前日まで普通にしていたのに、次の日には呼吸が止まっていました、という感じで…。危篤とか、そういった知らせも何もありませんでした。 もしかしたら病院のほうが手厚く見てもらえたんじゃないか、という気持ちが消えません。施設にお願いしたこと自体に何かがあったわけではないんです。ただ、施設への入居を決めた自分の選択が、本当に正しかったのかという思いが残っています。
取材日:2025/06/22
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
車椅子
胃ろう
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護4/その他施設に入居していた

すまいるホーム上津・弐番館の退去体験談

退去のきっかけは、父の転倒による怪我と、それによって胃ろうになったこと、そしてコロナ禍における施設の対応への不満が重なったことです。 入居してすぐに転倒し、病院で飲み込みが悪いと診断されて胃ろうになりました。父は食べることに強い欲求を持っていたため、口から食事が摂れなくなることは非常につらかったと思います。転倒の原因も、入居時に「ポータブルトイレやトイレへの誘導が可能」と聞いていたにもかかわらず、実際には入居初日からオムツを着用させられたことが大きいと感じています。父はこれまで自分でトイレに行っていたので、オムツに抵抗があり、トイレに行こうとして転倒してしまったのでは...と思っています。 また、新型コロナウイルスの感染対策のため、入居後は面会がガラス越しにしかできませんでした。父は耳が遠いため、ガラス越しではほとんど会話ができず、父がガラスを開けようとする仕草を見て、私自身も胸が締め付けられる思いでした。他の施設では、ここまでの面会制限はしていないと聞き、この施設の面会制限の厳しさには疑問を感じました。 さらに、入居直後の転倒事故にもかかわらず、施設長からの謝罪が一切なかったことにも不満が募りました。入居して間もなく施設長が退職することになったと聞き、その後も施設の大元や後任の方からの説明や謝罪は一切ありませんでした。父は怪我をして胃ろうになるという重大な事態にまで発展したのに、施設側から誠意ある対応が見られなかったことは非常に残念で、不信感が募りました。以前お世話になった施設では、転倒があった際には大元からも丁寧な謝罪があったため、余計にそう感じたのかもしれません。 退去する際には「次の施設が決まってから1ヶ月は在籍する必要がある」という決まりがあり、他の施設からは「すごい縛りですね」と言われるほど厳しい条件でした。その間も胃ろうになった父の次の受け入れ先を探すのに非常に苦労しました。 退去する日、荷物を取りに施設へ行った際、大声で鼻歌を歌っている入居者さんに対して、職員さんが「うるさーい!」と注意しているのを見て、驚きを隠せませんでした。環境として本当に良いのかと心配になりました。こうした状況も退去を決断する大きな要因となりました。
取材日:2025/06/22
執筆者:谷口美咲
男性
その他
歩行器
症状なし
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護2/病院に入院していた

ハートヒルズ岩塚の退去体験談

父は「ハートヒルズ岩塚」に入居して数か月後に亡くなりました。直接の原因は誤嚥性肺炎です。もともと食が細く、食べる機能も低下していたため、病院で嚥下トレーニングも試みましたが、軌道が細く、うまく食事が摂れませんでした。食べなければ元気が出ないと思い、食事は摂らせていましたが、それが誤嚥につながってしまったようです。 誤嚥性肺炎は高齢者に非常に多い疾患だと聞きます。嚥下機能の低下は、加齢とともに避けられない問題であり、特に認知症がある場合は、嚥下状況の把握や食事の介助がより一層難しくなります。施設の方も細心の注意を払ってくださっていましたが、完全に防ぐのは難しいことなのだと実感しました。施設の対応に問題があったわけではありません。むしろ、急な体調の変化にも迅速に対応してくださり、最期まで手厚く看取っていただきました。看取りまで対応してくれる施設を選んでいたことで、自宅で無理をして介護するよりも、父にとっても私たち家族にとっても、後悔のない選択ができたと思っています。
取材日:2025/06/22
執筆者:谷口美咲
男性
物忘れ
車椅子
骨折・骨粗しょう症
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護3/病院に入院していた

ゆうゆうシニア館・那珂川の退去体験談

父は「ゆうゆうシニア館・那珂川」に入居して3ヶ月ほどで体調が悪化し、救急搬送されて入院しました。その後、約2週間で永眠しました。最期まで施設の方々は親身に対応してくださり、病院への転院後も療養施設ではなく、慣れたホームで最期を迎えたいと伝えたところ、快く受け入れてくれました。 直前に血圧が下がってしまい、残念ながら施設に戻ることはできませんでした。短期間の入居ではありましたが、本当に手厚いサポートをしていただいたと感謝しています。
取材日:2025/06/22
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
車椅子
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護3/病院に入院していた

住宅型有料老人ホーム ナースサイドヴィラ京王八王子の退去体験談

母は施設に入居して、1か月程度で入院してしまいました。その後、約1ヶ月病院にいましたが、その後亡くなりました。そのため、施設にはわずか1ヶ月しかいませんでした。 退去に関して少し困ったことがありました。母が亡くなった翌月分の施設費用まで、支払わないといけなかったんです。施設側からは事前の説明がなかったように記憶しており、明細が来た時に「なぜこの金額なの?」と驚きました。施設側は説明したと言うかもしれませんが、私には覚えがなかったので、そこが唯一引っかかりました。
取材日:2025/06/19
執筆者:谷口美咲
女性
妄想
歩行器
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/義理の父母/要介護1/自宅にいた(同居)

ニチイケアセンターこゆるぎの退去体験談

残念ながら、最終的に母は施設を退去することになりました。その一番の理由は、母の性格と施設の環境が合わなかったことです。母は元々、とても活動的で、外出したり、色々な場所に出かけたりするのが好きなタイプでした。しかし、介護施設という環境では、どうしても行動が制限されてしまいます。 特に、施設には面会や外出の回数に制限がありました。具体的には、月に外泊・面会は合わせて2回までと決まっていたんです。母は自由に外出できないことに大きなストレスを感じているようでした。私たちはできる限り母の希望を叶えたいと思っていましたが、施設のルールがあるため、なかなか思うようにいきませんでした。母の様子を見ていると、日ごとに不満が募っているのがわかり、このままでは母にとって良くないと感じたため、退去を決断しました。施設選びにおいて、介護や医療のサポート体制はもちろん大切ですが、それ以上に本人の性格や希望に合った生活ができる環境かどうかが、長く安心して暮らすためには非常に重要だと痛感しました。
取材日:2025/06/19
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
車椅子
症状なし
入居者:76〜80歳/女性/実の父母/要介護4/老健に入居していた

ル・レーヴ羽生古島の退去体験談

約2年間お世話になりましたが、最終的に退去を決意しました。 一番の理由は、やはり期待していたリハビリが受けられなかったことです。見学時に聞いていた話と、入居後の実情が大きく異なってしまいました。リハビリ担当の方が不在のままで、施設長も代わり、リハビリに対する考え方も変わってしまった。「これでは、いつか歩けるようになるかもしれない」という当初の期待は、叶わないままでした。母の身体状況が改善しないどころか、後退しているようにさえ感じられたのは、家族として辛いものがありました。 そんな状況を見ていた妹が、「うちで面倒を見たい」と言い出してくれたんです。母の状態もなかなか改善しないし、正直なところ、当初期待していたリハビリなどのサービスが受けられない状況で、月々の費用を払い続けることに疑問も感じ始めていました。「このサービス内容でこの金額は見合わないかもしれない」と。 これらの要因が重なり、最終的には妹の家で一緒に暮らすことになりました。私たち家族としては、その方が母にとって良いだろうという判断でした。
取材日:2025/04/30
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
車椅子
糖尿病・インスリン
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護5/病院に入院していた

アンサンブル豊田曙の退去体験談

一番の理由は、生活の中で季節を感じられるような行事がほとんどなかったことです。「春にはお花見とか、季節ごとの行事はありますか?」と尋ねた時に、「特にないです」と言われた時は、少しショックでした。母には季節の移り変わりを感じながら過ごしてほしかったので…。 そしてもう一つ、大きな理由はパジャマに着替えないことでした。「パジャマは必要ですか?」と聞いたら、「いりません。着替えませんから」と言われてしまって。どうやら、お風呂に入ったら次の日の服に着替えて、そのまま寝るというスタイルだったようなんです。私としては、寝る時にはパジャマに着替えるという、普通の生活リズムを大切にしてほしかったので、「ここはちょっと違うかもしれない」と感じました。料金が少し高めだったこともあり、他の施設を探すことにしたんです。 スタッフの方には本当に良くしていただきましたし、退院後すぐに見つけてくださったことには感謝しているのですが、母が毎日を過ごす場所としては、もう少し違う環境が良いのではないかと思いました。
取材日:2025/04/25
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
車椅子
たん吸引
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護4/病院に入院していた

すまいるハッピー日進の退去体験談

父は、入居していた施設で穏やかに過ごし、昨年の冬に亡くなりました。施設で最期を迎えられた形になります。 今改めて振り返ると、父の退院が迫り、本当に切羽詰まった状況で探し始めたのがきっかけでした。そんな大変な状況でしたが、幸運にもこの施設に出会うことができました。自宅から車で40分という距離で、何よりスタッフの皆さんの対応が素晴らしかった。おかげで父は穏やかな最期を迎えられたのだと、心から感謝しています。
取材日:2025/04/26
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(独居)

SOMPOケア そんぽの家S京都嵐山の退去体験談

退去の一番の理由は、サ高住という施設の形態が、その時の母の認知症の症状に合わなくなってきたという点に尽きます。 入居からしばらく経った頃、母の認知症がかなり進行してしまったと感じるようになりました。ネットで「人との接触がなくなると認知症は進行しやすくなる」という情報を見たこともあり、このままではいけない、と強く感じたんです。 施設自体は本当に素晴らしく、スタッフの皆さんもサービスの範囲内でやれることをすごくやっていただいて。決して施設やサービスが悪かったわけではないんです。すごく良い施設だったと今でも思っています。 ただ、妄想の症状があり、孤独を感じやすい母にとっては、常に誰かの目があり、リビングのような場所で自然に人と関われるグループホームのような環境の方が合っているんじゃないかと。個室で過ごす時間が長いことが、結果的に症状の進行や孤独感を強めてしまったのかもしれない、と判断しました。
取材日:2025/06/16
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
車椅子
たん吸引
入居者:76〜80歳/男性/配偶者/要介護5/病院に入院していた

SOMPOケア ラヴィーレ町田小山の退去体験談

IVHポートにしてから1ヶ月ほど、穏やかな日々を過ごしていました。しかし、昨年の暮れ頃から主人は徐々に弱ってきており、子どもとは「春までもつかな…」と話していたんです。 そして、今年の2月。その日は突然やってきました。 夜中の11時半頃でした。施設から「ご主人が心筋梗塞の発作を起こしました」と連絡が入ったのです。驚いたのは、その発見の経緯です。職員の方が、夜11時に一度見回りをして、そのわずか30分後、11時半にもう一度見回りに来てくれた際に、主人の異変に気づいてくれたというのです。 深夜にもかかわらず、これほど短い間隔で見守ってくれていたおかげで、発作をすぐに発見し、救急搬送に繋げてくださいました。私たちはすぐに病院へ駆けつけましたが、残念ながら、主人はそのまま息を引き取りました。 悲しい別れではありましたが、もし発見が遅れていたら…と思うと、感謝しかありません。最後の瞬間まで、本当に手厚いケアの中で見守っていただけたのだと、心からそう思っています。
取材日:2025/06/17
執筆者:谷口美咲
男性
症状なし
見守り
症状なし
入居者:91〜95歳/男性/実の父母/要介護1/病院に入院していた

さわやか桜弐番館の退去体験談

入居して5ヶ月ほど経った頃、父は体調を崩してしまい、病院に入院することになりました。結果的に、それが施設を退去するきっかけとなりました。 短い期間ではありましたが、今振り返ると、父にとって新しい環境に完全に慣れるのは少し難しかったのかもしれない、と感じています。 一番は、リハビリについてです。入居前は「リハビリもある」と聞いて少し期待していました。しかし、父からすると、以前自宅に来てくれていた整体師さんのマッサージに比べて物足りなさを感じていたようです。「リハビリが足りない」とこぼすこともありました。 もちろん、施設の方針として、入居者さんの体に負担がかからないように、環境に慣れるまでは無理のない範囲で、というご配慮があったのだと理解しています。ただ、父の「もう少し体を動かしたい」という気持ちと、施設側の安全を第一に考える方針との間に、少しギャップがあったのかもしれません。結果として、少しずつ歩くのが難しくなっていってしまったことには、家族として「もっと何かできたことはなかったか」と今でも考えることがあります。 また、人との関わり方も課題でした。前のケアチームとは長年の付き合いで、父も心を許していましたが、新しい施設のスタッフさんたちとは、そこまでの関係を築く前に退去となってしまいました。フロアが落ち着いている分、本人が自室から出ていかないと、なかなか他の入居者さんやスタッフさんと交流する機会が生まれにくい。イベントなどもあったようですが、父が積極的に参加するタイプではなかったこともあり、少し寂しい思いをさせてしまったかな、という気持ちもあります。 スタッフの方々が悪いとか、そういうことでは全くありません。皆さん本当に一生懸命やってくださっていました。ただ、父にとっては、信頼関係をゼロから築き直す前に時間が足りなくなってしまった、という感じでした。
取材日:2025/06/16
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
人工透析
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護2/自宅にいた(独居)

わらいば明石の退去体験談

入退院を繰り返しているうちに、施設には戻れないまま、最後は病院で…という形でした。 ただ、どうしても拭えない不信感があります。 母の具合が悪くなった時、施設から私たち家族への連絡はなく、病院に連絡して連れて行ってくれたらよかったんですけど、ずっと「様子見」の状態だったんです。家族が面会で顔を見に行ったら部屋でひとりもどしていて…。これはひどいと、慌てて病院に連れて行ったら、即入院でした。数値もかなり悪くなっていて、あのまま放っておかれたらどうなっていたか…。看護師のかたもいらっしゃったはずなんですが、妹の話によると、「なんか調子が悪いみたいなんですけど」って感じだったそうで。 食事のこともありました。もともと好き嫌いがある人だったので「あまり食べていないのかもしれない」と思い、介護用の栄養ゼリーを「もしお食事を食べてなかったら食べさせてあげてください」と2箱も預けていたんです。それが全くの手付かずで戻ってきました。声かけとか食事の介助とか、あんまりしてもらえてなかったのかなって、そう思いました。 結局、入院してちょっと帰ってまたすぐ入院しての繰り返しで。家賃を払ってたんですけど、入居していた期間のほとんどは病院でお世話になっていた状態でした。入院先の病院の方からも「施設の方が…」という感じで言われたりもしました。病院におってほしいみたいな感じだったんですよね。 もちろん、「年は年だからね、仕方がない」という気持ちもあります。母の介護度が急激に上がったので、施設側も世話しきれなかったのかもしれません。でも、こういうことが重なると、本当にそれだけだったのかな、って…。結局は、私らが選んだところなんですけどね。
取材日:2025/06/15
執筆者:岸川京子
男性
症状なし
自立
症状なし
入居者:76〜80歳/男性/実の父母/要支援1/病院に入院していた

SOMPOケア そんぽの家S植田西の退去体験談

父は去年、こちらの施設で亡くなったんです。 入居してから最期を迎えるまで、特に大きなトラブルもなく、穏やかに過ごさせてもらったと思っています。何かあればすぐに連絡をいただけましたし、普段の対応にも不満はなかったので。 最期までこちらでお世話になれたのは、そういった日々の安心感の積み重ねがあったからかな、と思います。
取材日:2025/06/14
執筆者:岸川京子