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(19ページ目)退去体験談一覧702

老人ホーム・介護施設の退去体験談の一覧ページです。
女性
物忘れ
自立
がん・末期癌
入居者:76〜80歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(独居)

ReHOPE伊勢原の退去体験談

母は入居してから約10ヶ月後、この施設で穏やかに息を引き取りました。末期がんでしたので、いつかこの日が来ることは覚悟していましたが、最後の瞬間まで本当に安らかでした。医療のケアが充実していたおかげで、痛みを訴えることは一度もなく、穏やかな表情をしていたのが救いです。 亡くなった後、お礼に伺うと、1階のクリニックの先生が涙を流して母のことを偲んでくださいました。「本当に元気な方で、こんなに早くなんて信じられない」と。最後の最後まで、人間味あふれる温かい方々に見守られ、母は本当に幸せだったと思います。ここでお世話になれて、本当によかったです。
取材日:2025/10/19
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
リウマチ・関節症
入居者:91〜95歳/女性/実の父母/要介護4/自宅にいた(同居)

ライフコミューン亀有の退去体験談

最終的にライフコミューン亀有を退去することになった直接の理由は、特別養護老人ホーム(特養)に空きが出たことでした。やはり、長期的にかかる費用は私たち家族にとって大きな課題であり、料金を比較した際に、特養の方が経済的な負担を抑えられると判断しました。 もちろん、こちらの施設でお世話になった感謝の気持ちはありますが、今後のことを総合的に考え、家族で話し合った結果、転居するのが最善の選択だという結論に至りました。
取材日:2025/10/30
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
自立
うつ・鬱病
入居者:76〜80歳/女性/実の父母/要支援1/その他施設に入居していた

ソルケア大東深野の退去体験談

最終的に施設を退去することになった理由は、いくつかの要因が重なったためです。 一番大きかったのは、食事の問題でした。母の口には施設の食事の味が合わなかったようで、次第に食事を残すことが多くなっていきました。そのことを施設にご相談したところ、栄養補助のドリンクなどに切り替えてくださるなどの対応はしていただけました。ですが、それでは「食事をしている」という感覚になれなかったようです。 また、他の認知症の入居者の方が母の部屋に勝手に入ってきてしまうこともありました。施設に伝えてもなかなか改善されず、母のストレスになっていたと思います。 そのため、母にとってより良い環境を求めて、別の施設へ移ることを決断しました。 別の施設に移ってから分かったことですが、新しい施設のケアマネジャーさんと比べると当時の対応は伝達漏れがあるなど物足りなさを感じるものだったなとも思います。
取材日:2025/10/26
執筆者:伊東まどか
女性
症状なし
車椅子
症状なし
入居者:91〜95歳/女性/実の父母/要介護4/病院に入院していた

リアンレーヴ世田谷の退去体験談

約半年という短い期間での退去となってしまいました。理由は、母の体調が急変し、入院することになったためです。 ある日、施設から「お母様の様子がいつもと違うのですが、どうしましょうか」と連絡がありました。施設の提携医に連絡を取ってくださったのですが、すぐには来られないとのことでした。そこで、施設の方から「もし心配でしたら、かかりつけの病院へ救急車で行かれたほうが良いかもしれません」とご提案いただき、そのまま救急搬送、再入院という形になりました。 施設での生活は半年と短かったですが、最期まで手厚く診ていただけたと感謝しています。
取材日:2025/10/16
執筆者:伊東まどか
男性
症状なし
歩行器
症状なし
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要支援2/その他施設に入居していた

グリーンライフ仙台(住宅型有料老人ホーム)の退去体験談

父が「どうしても退院して自分の家に戻りたい、家が気になる」と強く希望したことが一番の理由です。 正直なところ、私たち家族も、そしておそらく父自身も、家に帰れば長くはないだろうという覚悟はしていました。施設での生活は、気温も食事も管理され、いわば温室のような環境です。自宅に戻れば、寒暖差もありますし、食事の準備も自分でしなければなりません。体への負担は格段に大きくなることは明らかでした。 父にも「家に帰ったら、きっとこうなるよ」という話はしました。それでも「帰りたい」と言う父の気持ちを、最後は尊重してあげたいと思ったのです。病院や施設で最期を迎えるのではなく、長年住み慣れた家で、本人が望むように過ごさせてあげることが一番なのではないかと。その決断を受け入れ、退去の手続きを進めました。結果として、自宅に戻ってから1、2ヶ月ほどで父は旅立ちましたが、最後の望みを叶えてあげられて本当に良かったと思っています。
取材日:2025/10/26
執筆者:伊東まどか
女性
症状なし
自立
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護2/その他施設に入居していた

サービス付き高齢者向け住宅春風の退去体験談

5年ほどお世話になった後、母は体調を崩して入院することになりました。そして残念ながら、施設に戻ることは叶わず、2年前に病院で息を引き取りました。それが退去の理由です。 入院中、母は最期まで「施設に戻りたい」と言い続けていました。お友達の顔が恋しかったのでしょう。「あそこは楽しかった」と何度も繰り返す母の言葉を聞くたびに、この施設を選んで本当に良かったと心から思いました。穏やかで、笑顔の多い最期の数年間を過ごさせてあげられたことが、私たち家族にとって何よりの救いです。
取材日:2025/12/12
執筆者:谷口美咲
男性
症状なし
手引/伝い歩き
症状なし
入居者:91〜95歳/男性/実の父母/要介護2/病院に入院していた

アルタクラッセ二子玉川の退去体験談

退去の一番の理由は、父の体調が驚くほど回復したことです。 施設での生活を通して心身ともに元気を取り戻し、父本人から「家に帰りたい」という強い希望が示されました。施設での生活に不満があったわけでは決してなく、むしろ素晴らしい環境だったからこそ、回復につながったのだと思っています。 スタッフの方々も私たちの決断を温かく受け入れてくださり、「また何かあったらいつでも来てくださいね」と声をかけていただいて、本当に円満な形での退去となりました。
取材日:2025/12/12
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
寝たきり
脳梗塞・脳卒中・脳出血・くも膜下出血
入居者:71〜75歳/女性/実の父母/要介護3/自宅にいた(独居)

ニチイホーム元住吉の退去体験談

入居してから約1年ほど経った頃、母の病状が末期の状態になりました。施設から別の場所へ移ってすぐに亡くなってしまったのですが、施設側としては、あのコロナ禍という非常に困難な状況下で、やれる限りのことを精一杯やってくださったと思っています。
取材日:2025/12/15
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
車椅子
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要支援2/自宅にいた(同居)

長田すみれビレッジの退去体験談

約7年間お世話になった施設を退去することになったのは、母の医療的なケアの必要性が高まったことが理由です。91歳の終わり頃、母はコロナに感染してしまい、肺炎で肺に大きなダメージを受けてしまいました。そこから誤嚥が増え、食事を摂るのが難しくなったため、胃ろうの手術を検討することになりました。 しかし、胃ろうをすると24時間体制での痰吸引が必要になります。長田すみれビレッジでは、日中の吸引には対応していただけるのですが、夜間の対応ができる看護体制が整っていませんでした。施設の方も「なんとかしてあげたい」と親身に相談に乗ってくださったり、動いてくださいましたが、現状の体制では難しいとのことで、本当に残念でしたが、夜間の吸引に対応できる別の施設へ移ることを決断しました。 転居後、母は5ヶ月ほどで静かに旅立ちましたが、最後まで親身になってくださった施設の方々には、今でも感謝しかありません。
取材日:2025/12/13
執筆者:岸川京子
女性
せん妄
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/義理の父母/要介護3/自宅にいた(独居)

プレザンメゾン葛西の退去体験談

入居から4ヶ月ほど経った頃、母の体調が急変しました。もともと消化器系が弱かったのですが、急に腸に穴が開いてしまったようです。施設の方がすぐに異変に気づき、救急車を手配して提携している病院へ入院させてくださいました。 しかし、残念ながら入院から3日後に、そのまま息を引き取りました。義母とは「施設の前の桜の木がきれいだから、春になったら一緒に見たいね」と話していたのですが、その桜を見ることなく旅立ってしまったのが心残りです。
取材日:2025/12/13
執筆者:岸川京子
男性
せん妄
自立
脳梗塞・脳卒中・脳出血・くも膜下出血
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護1/自宅にいた(同居)

フィオレ・ヴィータ神戸北の退去体験談

退去を決めた直接の理由は、父の認知症の症状に対する施設側との認識の違いが大きくなったことです。入居前、父の症状については「その程度なら大丈夫ですよ」と言っていただいていましたが、実際に生活が始まると、夜中に看護師さんが見守りに来た際、父が「知らない人が部屋に入ってきた」と混乱し、対応に苦慮される場面が増えてしまったのです。念のため以前からお世話になっている病院で再度検査を受けたところ、医師からは「症状に特に変わりはない」との診断でした。 施設の方からは困っているという話を度々いただくようになり、最終的には「これ以上の対応は難しい」という雰囲気になりました。父の症状が進行したこともあり、より認知症ケアに特化したグループホームへ父を移し、母は元の病院へ戻るという決断を下さざるを得ませんでした。 その際、施設側からは「お母様はこのまま残ってもいいですよ」という提案もいただきました。 しかし、父がいなくなる環境で母を一人施設に残すのであれば、病院の方が安心です。 また、父の転居先であるグループホームは母の受け入れができないため、結果的に夫婦別々に、同じタイミングで退去せざるを得ませんでした。
取材日:2025/12/12
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
車椅子
脳梗塞・脳卒中・脳出血・くも膜下出血
入居者:71〜75歳/女性/実の父母/要介護4/自宅にいた(同居)

ニチイホーム千歳船橋の退去体験談

約3年間お世話になりましたが、今年の3月に退去しました。施設に何か不満があったわけでは全くありません。退去の理由は、実家のリフォームが完了したことでした。 もともと計画していたわけではないのですが、今後のことを家族で話し合う中で、実家をリフォームして私たち夫婦と母が一緒に暮らせる二世帯住宅にするという結論に至りました。施設での3年間という時間があったからこそ、私たちも今後の介護体制についてじっくり考えることができましたし、在宅で母を迎える準備を整えることができたのだと思います。 施設にお願いすることでかかる費用面なども含め、長期的な視点で持続可能な形を考えた末での決断でした。施設の品質やスタッフさんの対応には本当に満足していましたし、感謝しかありません。もし自宅の環境が整わなければ、きっとそのままお世話になり続けていたと思います。
取材日:2025/12/12
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
歩行器
症状なし
入居者:76〜80歳/女性/実の父母/要介護2/その他施設に入居していた

ケアプラザ虹の丘三郷の退去体験談

約1年間お世話になりましたが、最終的には退去することになりました。理由は、入居のきっかけともなった母の問題行動が、再び見られるようになってしまったからです。施設の方々も、これまで母の性格を理解し、根気強く対応してくださいましたが、やはり他にご入居されている方もいらっしゃる中で、これ以上ここで生活を続けるのは難しい、という判断に至りました。 私たち家族も、いつかはこうなるかもしれないという覚悟はしていましたし、施設側の判断も十分に理解できるものでした。最終的には、精神疾患の治療に専念するため、専門の病院に入院するという形になりました。
取材日:2025/12/08
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護4/自宅にいた(独居)

ココファン西八王子の退去体験談

約4年間お世話になりましたが、最終的に退去を決めたのは、母の認知症が進行し、施設で対応できる範囲を超えてしまったことが理由です。 入居当初は自力で歩けていた母も、次第に車椅子が必要になり、着替えなども自分一人ではできなくなっていきました。サ高住は、ある程度の自立が前提の住まいです。そのため、施設の方から「これ以上の介護はここでは難しいです」というお話がありました。常時見守りが必要な状態になると、サ高住のサービスでは対応しきれないんですね。 プロの目から見て「専門的なケアができる別の場所に移したほうがいい」とアドバイスをいただいた結果、認知症患者への対応が手厚い精神病院へ転院することになりました。最後は寝たきりに近い状態だったので、医療的なケアの重みが変わったことが転機でした。
取材日:2025/12/08
執筆者:岸川京子
男性
症状なし
症状なし
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/要介護2/自宅にいた(独居)

ご長寿くらぶ日立大沼の退去体験談

退去の理由は、父が亡くなったためです。入居してから2ヶ月も経たないうちに体調を崩し、そのまま病院へ入院することになりました。残念ながら、父が施設へ戻ることはなく、病院で息を引き取りました。わずか2ヶ月弱という、あまりにも短い入居期間となってしまいました。
取材日:2025/11/27
執筆者:岸川京子
男性
症状なし
車椅子
がん・末期癌
入居者:76〜80歳/男性/実の父母/要介護4/自宅にいた(同居)

ココファン新神戸の退去体験談

父は入居後しばらくして、残念ながら再び体調を崩して入院することになり、その後、施設に戻ることなく最期を迎えました。施設に対して何か不満があって退去したわけではなく、最期の時まで親身に寄り添い、お世話になった形です。スタッフの皆様には、本当に感謝しかありません。
取材日:2025/11/17
執筆者:岸川京子
男性
症状なし
見守り
症状なし
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護3/自宅にいた(同居)

介護付有料老人ホームすこや家・西東京の退去体験談

こちらには3年以上お世話になり、父も穏やかに過ごしていたのですが、最終的には特別養護老人ホームへ移ることになりました。理由は、年齢とともに父の身体がだんだんと弱っていったことです。入居当初は要介護3でしたが、徐々に状態は進み、要介護4、5となっていきました。最終的には歩くことも難しくなり、ほとんど寝たきりの状態になってしまったんです。 そうなると、常時見守りや医療的なケアの必要性も高まってきます。こちらの施設でも手厚く介護していただいていましたが、父の状態を考えると、より介護体制の整った特別養護老人ホームの方が適切だろうという判断になりました。とても良くしていただいたので心苦しい気持ちもありましたが、父の安全と健康を第一に考えての決断でした。その後、特養に移ってからしばらくして、父は96歳で安らかに息を引き取りました。
取材日:2025/11/28
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
症状なし
入居者:91〜95歳/女性/実の父母/要介護2/自宅にいた(独居)

ガーデンテラス砧公園の退去体験談

母が入居していたのは、実質的には3ヶ月ほどでした。年末頃に体調を崩して入院することになり、施設には籍を置いたままでしたが、残念ながら退院して施設に戻ることは叶わず、翌年の3月に息を引き取りました。 ですので、施設に何か不満があって退去したというわけではなく、入院がきっかけで施設での生活を終えることになった、というのが経緯です。
取材日:2025/12/07
執筆者:谷口美咲
男性
症状なし
車椅子
症状なし
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護1/病院に入院していた

ライフコミューン川崎の退去体験談

施設に不満があって退去したわけではありません。父は7月に入居し、約3ヶ月半、こちらで本当によくしていただきました。しかし、10月の半ばに体調が変化し、病院へ入院することになりました。そして、そのまま11月1日に病院で息を引き取りました。 入居期間は4ヶ月弱と短いものでしたが、父にとって最後の時間を穏やかに過ごすことができたのは、間違いなくこの施設のスタッフの皆様のおかげです。私たち家族も、安心して父を任せることができ、心から感謝しています。まさに、父にとって最高の「終の棲家」になったと思っています。
取材日:2025/11/06
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
車椅子
症状なし
入居者:76〜80歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(独居)

SOMPOケア ラヴィーレ海老名の退去体験談

退去を決めたのは、施設に対して何か不満があったからではありません。一番の理由は、母の体調が良くなったことです。入居当初は車椅子を使うなど、少し不安な面もありましたが、施設での規則正しい生活や手厚いケアのおかげか、驚くほど元気になりました。それに伴い、本人も「また家で暮らしてみたい」という気持ちが芽生えてきたようでした。 もう一つの理由は、やはり費用面です。もちろん、これだけ手厚いサポートをしていただけるのですから、相応の費用がかかるのは当然のことと理解しています。しかし、月々の利用料金がもう少し抑えられていれば、より続けやすかったかなとは思います。
取材日:2025/12/07
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
自立
在宅酸素療法
入居者:76〜80歳/女性/実の父母/要介護4/自宅にいた(同居)

ライフコミューン市ヶ尾の退去体験談

最終的に施設を退去したのは、父の強い希望があったからです。父は、母が入院した当初からずっと「家に連れて帰りたい」と言い続けていました。母自身も家に帰ることを望んでいましたし、その父の想いを叶えてあげたいと思い、自宅での介護に切り替えることを決断しました。 施設を退所した後は自宅へ戻り、訪問介護や訪問診療を組み合わせて、約1年間を家族と共に過ごしました。最期は肺の状態が悪化しましたが、父がしっかりと看取ることができ、家族として納得のいく形でお別れができました。
取材日:2025/12/06
執筆者:岸川京子
男性
症状なし
自立
症状なし
入居者:91〜95歳/男性/実の父母/要介護3/自宅にいた(同居)

ベストライフ横浜瀬谷の退去体験談

退去を決めた一番の理由は、父の医療的なケアの必要性が高まったことです。入居中に入院した際に癌が見つかり、それからは食事を摂ることも難しいほどに衰弱してしまいました。そうなると、生活のサポートが中心のこちらの施設では、必要なケアを提供し続けることが難しくなってきます。 施設の方からも「専門的な緩和ケアが受けられる施設に移った方が、お父様にとっても良いのではないか」というお話をいただきました。私たち家族も同じように感じていたため、本格的に緩和ケアを専門とする施設を探し、そちらへ移ることを決めました。 父自身も「本当は家に帰りたい」と漏らしてはいましたが、医療的なケアの必要性が高まったことで、最期を穏やかに過ごせる専門の緩和ケア施設へ移る決断をしました。
取材日:2025/12/04
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
自立
脳梗塞・脳卒中・脳出血・くも膜下出血
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護3/病院に入院していた

ノアガーデン セイベリッサの退去体験談

最終的に退去を決めた一番の理由は、父の通院の負担が大きくなってきたことです。定期的に病院へ行かなければならなかったのですが、その都度、車椅子で移動するのは本人にとっても付き添う家族にとっても大変でした。それならば、医療的なケアも含めて一つの場所で完結できる病院の方が、父にとっても私たちにとっても良いのではないかという話になったのです。 また、施設が実家から少し距離があり、母が面会に行くのに乗り換えが必要だったことも、次の場所を探すきっかけの一つになりました。実は、入居してからも「このままずっとここで、というわけにはいかないかもしれない」という思いはあり、より良い環境がないか、姉が探し続けてくれていました。幸い、実家から乗り換えなしで行ける場所に新しい病院ができたため、そちらへ移ることを決断しました。
取材日:2025/12/03
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
自立
脳梗塞・脳卒中・脳出血・くも膜下出血
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護3/病院に入院していた

花物語あつぎの退去体験談

最終的に施設を退去することになったのは、入居から2年ほど経った頃、母が施設で脳梗塞で倒れたことがきっかけです。幸い命に別状はありませんでしたが、その後は常時医療的なケアが必要な状態となり、グループホームでの生活を続けることは難しくなりました。そのため、療養型の病院へ移ることになり、退去という形になりました。
取材日:2025/11/30
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要支援2/その他施設に入居していた

花物語やまと西の退去体験談

入居から4年が経った頃、母は施設で体調を崩し、救急車で病院に運ばれました。胆嚢が悪化しており、そのまま入院することになったのです。医師からは「危険な状態です」と告げられ、その後、意識はあるものの寝たきりの状態が続きました。 残念ながら回復して施設へ戻れる見込みはないと判断し、入院から1ヶ月ほど経った頃に退去の手続きを取りました。母はその数ヶ月後、静かに旅立ちました。
取材日:2025/11/20
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
車椅子
喘息・気管支炎
入居者:71〜75歳/男性/実の父母/要介護4/自宅にいた(同居)

グッドタイムホーム・鷺沼の退去体験談

一番の理由は、夜間のナースコールを切られてしまったことです。施設から「夜間帯はスタッフの人数が少ないため、頻回なコールに対応できないので切ります」と連絡がありました。父はベッドから動くことができず、何かあったときに助けを呼ぶ手段はナースコールしかありません。寂しさから頻繁に呼んでしまう父にも非があるのかもしれませんが、夜間こそ、何かあった時のために施設にお願いしているのに、その唯一の手段を絶たれてしまうというのは理不尽だと感じました。私たち家族も、お世話になっているという立場上、強く抗議することができず、ただ不安を募らせるしかありませんでした。 また、施設の相談員の方とのコミュニケーションがうまくいかなかったことも、不信感が募る要因でした。父のことで困っているという連絡は頻繁にありましたが、こちらが父の気持ちを代弁しようとしても、聞く耳を持ってもらえない。入院に至った経緯についても、いつもは事後報告だったのに、なぜか今回は事前に「検査をします」と連絡があり、その理由を尋ねてもはっきりとした説明はなく、どうも話がふわっとしていて掴みどころがないのです。大切な家族を預けているのに、何が起きているのか正確に分からないというのは、本当に不安でした。 こうした出来事が積み重なり、このまま父を預け続けることはできないと判断しました。
取材日:2025/11/19
執筆者:岸川京子
男性
症状なし
車椅子
がん・末期癌
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/要介護2/その他施設に入居していた

ツクイ・サンシャイン川崎宮前の退去体験談

退去の直接的なきっかけは、父の体調が急激に悪化したことでした。もともと肺がんの手術をしていた影響で咳がひどかったのですが、晩年は特に咳き込みが激しくなり、決まった食事の時間にうまく食べることができなくなってしまったのです。 集団生活である以上、仕方がないことかもしれませんが、時間外に温め直して食べさせてくれるといった個別対応は難しかったようで、食事が摂れない日が増えていきました。施設の方から「このままでは良くない」と連絡を受け、慌てて病院に連れて行ったところ、がんの再発が判明しました。そのまま入院となり、点滴での栄養補給が始まりましたが、もう口から食事を摂ることは難しい状態でした。 これ以上、施設に戻って生活するのは困難だろうということになり、緩和ケア病棟への転居も視野に入れ、退去の手続きを進めました。その後、退去して1週間後くらいに亡くなりました。
取材日:2025/11/16
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
自立
心臓病・心筋梗塞・狭心症
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護3/自宅にいた(同居)

ニチイケアセンター神戸西舞子の退去体験談

最終的に退去を決めたのは、母の病状が悪化したことがきっかけです。入居して10ヶ月ほど経った頃、急性の心臓の症状が出て入院することになりました。 幸い命に別状はなかったのですが、退院後の生活を考えたとき、これまでと同じ施設で良いのかという話になりました。やはり、何かあったときにすぐに対応してもらえる医療体制が整っている場所の方が安心だという結論に至り、病院に併設されている介護老人保健施設へ移ることにしたんです。 お世話になった施設のスタッフさんには本当に良くしていただいたので心苦しい気持ちもありましたが、母の命と健康を最優先に考えての決断でした。
取材日:2025/11/16
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
がん・末期癌
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護2/自宅にいた(独居)

プライムガーデン海老名の退去体験談

約6年間お世話になりましたが、最終的に退去を決めたのは、母の病状の進行が理由でした。足の悪性肉腫が少しずつ悪化し、治療も難しい状態になってしまったのです。そうなると、施設で対応できる医療ケアの範囲を超えてしまい、このままお世話になるのは難しいという状況になりました。 一度、体調が悪化し病院に入院したのですが、その際に病院の先生からも「退院後、元の施設に戻るのは難しいでしょう」というお話がありました。施設側からも同様のお話を伺い、やむなく転居を決断しました。その後、病院からご紹介いただいた、より医療体制の整った別の施設へ移り、そこで最期を迎えました。 施設への不満があって退去したわけでは全くなく、あくまで母の身体状況の変化による、致し方ない決断でした。病気がなければ、最後までこちらでお世話になっていたと思います。
取材日:2025/11/13
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
車椅子
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(独居)

白鳥苑の退去体験談

退去を決めた一番の理由は、私たちが海外から帰国し、母と同居できる環境が整ったことです。ただ、その決断を後押ししたのは、コロナ禍で母とのコミュニケーションが極端に難しくなってしまったことでした。 私たちの家から施設までは車で1時間以上かかります。それだけの時間をかけて会いに行っても、面会はたったの5分。これでは母の細かな変化や日々の様子を把握することはできません。 さらに、母はだんだんと耳が遠くなり、電話で会話をすることも難しくなっていました。直接会うことも、電話で話すこともままならない状況が続き、「このままではいけない。それなら、いっそ私たちの家に来てもらおう」と、同居を決意するに至ったのです。施設そのものに大きな不満があったわけではなく、家族としてそばにいてあげたいという思いと、コミュニケーションが取れないことへの不安が、退去という選択につながりました。
取材日:2025/11/12
執筆者:岸川京子