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(11ページ目)退去体験談一覧528

老人ホーム・介護施設の退去体験談の一覧ページです。
女性
物忘れ
症状なし
入居者:91〜95歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(独居)

イリーゼ市川・別邸の退去体験談

退去の理由は、母の逝去です。入居させていただいたその5日後に亡くなりました。本当にあっという間の出来事でした。長年お世話になった叔母に続き、母の最期の場所としてこの施設を選んだわけですが、こんなに早くお別れが来るとは思ってもいませんでした。
取材日:2025/11/12
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護2/自宅にいた(同居)

SOMPOケア そんぽの家S常磐野(ときわの)の退去体験談

救急搬送後の診断で、父の容態が以前のような施設生活に戻れる状態ではないことが判明したためです。搬送された日の夜には、このまま退去せざるを得ないということが家族の間でも明白になりました。そのため、入居した翌朝には施設へ退去の連絡を入れました。準備していた家具を一度も使わないまま、すべて引き払うことになりました。
取材日:2025/12/14
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
車椅子
骨折・骨粗しょう症
入居者:86〜90歳/女性/祖父母/要介護1/病院に入院していた

カルムコート武蔵野の退去体験談

退去した直接の理由は、祖母が亡くなったためです。入居してから約10年、こちらの施設でお世話になりました。骨折をきっかけに入居しましたが、最期まで穏やかに過ごすことができたと思っています。逝去に伴う退去という形になりました。
取材日:2025/12/05
執筆者:谷口美咲
男性
症状なし
車椅子
がん・末期癌
入居者:86〜90歳/男性/その他親族/要介護3/自宅にいた(独居)

ホームステーション湯河原の退去体験談

退去の理由は、叔母が亡くなったためです。入居してから半年も経たないうちに、静かに息を引き取りました。もともと末期がんを患っており、身体的にかなり厳しい状態での入居でしたので、施設の皆さまには短い間でしたが、本当によくしていただいたと感謝しています。
取材日:2025/12/14
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
見守り
骨折・骨粗しょう症
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護3/病院に入院していた

ハートフルリビングなでしこ桑津の退去体験談

母が施設を退去したのは、2020年に亡くなったためです。最期は、この施設で穏やかに看取っていただきました。
取材日:2025/12/12
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
車椅子
胃ろう
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護3/病院に入院していた

ナーシングホーム らもーれ天白アネックスの退去体験談

母はこちらの施設に約2年間お世話になり、施設で最期を迎えました。ですので、退去の理由は逝去によるものです。入居のきっかけとなった胃ろうのケアをはじめ、手厚い介護と医療サポートを受けながら、穏やかな時間を過ごすことができたと思っています。施設に対する不満が理由で退去したわけでは全くありません。
取材日:2025/12/12
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(同居)

SOMPOケア ラヴィーレ六甲の退去体験談

退去の理由は、母が施設で穏やかな最期を迎えたからです。入居してから1年半から2年ほどお世話になり、3年ほど前に亡くなりました。最後までスタッフの皆様には本当に温かく接していただき、家族としても安心して母を任せることができたと思っています。
取材日:2025/12/12
執筆者:谷口美咲
男性
昼夜逆転
車椅子
心臓病・心筋梗塞・狭心症
入居者:81〜85歳/男性/祖父母/要介護3/病院に入院していた

グッドタイムホーム・新検見川の退去体験談

退去の理由は、叔父が施設で亡くなったためです。入居してから数年間、本当にお世話になりましたが、最期はこちらの施設で穏やかに迎えることができました。
取材日:2025/12/11
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
パーキンソン病
入居者:76〜80歳/女性/実の父母/要介護2/自宅にいた(同居)

みどりの風 下大利の退去体験談

退去の一番の理由は、母が施設で誤嚥性肺炎になってしまったことです。入居してから1ヶ月ほど経った頃に発症し、救急車で病院に運ばれました。そのまま入院治療が必要になったため、施設には戻れず、退去という形をとることになりました。残念ながら、母はその後、亡くなりました。
取材日:2025/12/09
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
車椅子
症状なし
入居者:91〜95歳/女性/義理の父母/要介護3/老健に入居していた

チャームプレミア柿の木坂の退去体験談

退去の理由は、入居から約1年が経った頃、義母が亡くなったためです。入居期間中には、体調によって一時的に病院へ入院するといったこともありましたが、最期までこちらの施設にお世話になりました。
取材日:2025/12/08
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
骨折・骨粗しょう症
入居者:81〜85歳/女性/義理の父母/要介護1/自宅にいた(独居)

SOMPOケア そんぽの家 新百合ヶ丘の退去体験談

退去の理由は、義母がこの施設で亡くなったためです。2017年に入居してから約3年間、本当にお世話になりました。 入居した当初は要介護度も比較的低かったのですが、年齢とともに少しずつ身体が思うように動かなくなり、最後は寝たきりの状態になりました。それでも、スタッフの皆さんが親身にケアしてくださったおかげで、穏やかな日々を過ごすことができたと思っています。 コロナ禍で面会が難しい時期もありましたが、最後まで義母らしくいられたのは、この施設のおかげです。私たち家族も、ここで義母を看取ることができて、本当に良かったと感じています。
取材日:2025/12/08
執筆者:谷口美咲
女性
徘徊
見守り
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(同居)

プレザンメゾン東船橋の退去体験談

母が施設で亡くなったため、退去いたしました。 入居してしばらく経った頃、施設内で新型コロナウイルスに感染し、約1ヶ月の入院を余儀なくされました。幸い回復して施設に戻ることはできましたが、この入院をきっかけに体力はかなり落ち、認知症の症状も進んでしまったように思います。それでも、施設のスタッフの皆様が本当によく見てくださり、穏やかな日々を過ごすことができていました。最期は、お世話になったこの施設で静かに息を引き取りました。不満があって退去したわけではなく、最後まで丁寧にお世話していただけたことに、家族としては感謝しています。
取材日:2025/12/05
執筆者:谷口美咲
男性
物忘れ
寝たきり
パーキンソン病
入居者:71〜75歳/男性/実の父母/要介護5/病院に入院していた

ファミリー・ホスピス二俣川ハウスの退去体験談

入居から3週間ほど経ったある日、父の容態が急変し、緊急搬送されることになりました。そして、残念ながら搬送先の病院でそのまま息を引き取りました。これが退去の直接の理由です。 ただ、私たち家族としては、その緊急時の施設の対応に少し疑問が残っています。父の意識がなくなった時のスタッフの方々の様子から、もしかしたらこのような事態に対応するのは初めてだったのではないか、という印象を受けました。 施設自体が比較的新しかったことも影響しているのかもしれません。もちろん、スタッフの方々も懸命に対応してくださったのだと思いますが、家族としては「もう少し、何か違った対応ができなかったのだろうか」という思いが今も拭えずにいます。
取材日:2025/12/05
執筆者:谷口美咲
男性
物忘れ
手引/伝い歩き
骨折・骨粗しょう症
入居者:96〜100歳/男性/実の父母/要介護3/自宅にいた(独居)

チャームプレミア御影の退去体験談

退去の理由は、父が102歳で亡くなったためです。約5年間、本当にお世話になりました。最期も、施設の方々が温かく見守ってくださる中で、穏やかに旅立つことができました。私たち家族が駆けつけるまで、そしてその後も、本当に親身に寄り添っていただき、しっかりとした看取りのケアをしてくださいました。自宅での介護では、決してここまで穏やかな最期を迎えさせてあげることはできなかったと思います。施設への不満があって退去したわけではなく、天寿を全うするその時まで、この場所が父にとっての終の棲家となった形です。
取材日:2025/12/05
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
自立
アルツハイマー型認知症
入居者:86〜90歳/女性/義理の父母/要介護3/自宅にいた(同居)

セントケアヴィレッジ蘇我の退去体験談

退去の理由は、義母が100歳で亡くなったためです。入居から10年が経ち、年齢を重ねるにつれて徐々に体も弱り、最後は老衰という形で穏やかに旅立ちました。認知症も進み、私たちのことも分からなくなってしまった状態でしたが、施設の看護師さんや介護士の方々が最期まで本当に親身に寄り添ってくださいました。意識がはっきりしなくなってからも、変わらずに温かいケアを続けてくださったおかげで、義母は苦しむことなく、この慣れ親しんだ場所で安らかに生涯を閉じることができたのだと思います。私たち家族にとっても、ここで最期を看取っていただけたことは、大きな救いとなりました。
取材日:2025/12/05
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護3/その他施設に入居していた

医心館 琴似の退去体験談

母は入居して1ヶ月ほど経った、7月の末に亡くなりました。それが退去の理由です。 亡くなる数日前、母はほとんど口から食事が摂れない状態になっていました。にもかかわらず、お部屋にはいつも通りの普通の食事が運ばれてきたのです。「食べられないのが分かっているはずなのに、どうしてだろう」と、とても不思議に思いました。 すぐに受付の方に相談し、流動食に変えてもらえないかとお願いしたのですが、「書類での手続きが必要なので、すぐには対応できない。変更は週明けになります」と言われてしまいました。 しかし、その週明けを待つことなく、母は亡くなってしまったのです。もう少し早く、母の状態に合わせた対応をしてもらえていたら…という思いは、今でも残っています。
取材日:2025/12/04
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
車椅子
心臓病・心筋梗塞・狭心症
入居者:91〜95歳/女性/実の父母/要介護2/老健に入居していた

ホームステーション幕張本郷の退去体験談

退去した理由は、母が施設で亡くなったためです。入居したのが94歳と高齢でしたので、入居時に施設長さんへ「できる限り、ここで最後まで看ていただきたい」とお伝えしていました。施設長さんも「承知しました。なるべくここで楽しく暮らせるようにします」と快く引き受けてくださり、その言葉通り、約2年間、穏やかに過ごすことができました。
取材日:2025/12/04
執筆者:谷口美咲
男性
症状なし
ストーマ・人工肛門
入居者:86〜90歳/男性/義理の父母/要介護2/自宅にいた(同居)

ココファン高坂の退去体験談

退去の理由は、義父が施設で穏やかな最期を迎えたからです。施設の方々には、最後の瞬間まで本当に手厚いケアをしていただき、看取りまでお願いすることができました。特定の不満があって退去したわけではなく、むしろ、この場所で最期までお世話になれたことに、家族一同、心から感謝しています。 入居当初はここまで長くお世話になるとは思っていませんでしたが、結果的に義父にとって安住の地となり、穏やかな最期を迎えられたことが何よりでした。
取材日:2025/12/04
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
車椅子
がん・末期癌
入居者:76〜80歳/女性/配偶者/要介護5/病院に入院していた

SOMPOケア そんぽの家 生野林寺の退去体験談

退去の理由は、2024年の9月末に妻が亡くなったためです。入居してから約1年7ヶ月、この施設で最期の時を迎えました。 大腸癌との長い闘病生活でしたが、最期は病院ではなく、住み慣れた施設の部屋で穏やかに旅立つことができたと思っています。スタッフの皆様には、身体的なケアはもちろん、最期まで妻に寄り添い、支えていただいたことに感謝しています。
取材日:2025/12/07
執筆者:谷口美咲
女性
暴力行為
自立
症状なし
入居者:71〜75歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(独居)

ニチイケアセンター我孫子の退去体験談

退去の理由は、母が89歳で亡くなったためです。73歳で入居してから16年間、本当にお世話になりました。 入居当初は要介護1で、認知症はありましたが身体は健康でした。しかし、長い年月を経て徐々に身体機能は低下し、最終的には要介護5の認定を受けていました。最後は食事もほとんど摂れない状態になり、施設の方々の手厚い介護の中で、穏やかに旅立っていきました。 亡くなったのは朝方の4時半頃でした。連絡を受けて駆けつけると、スタッフの方々が本当に悲しんでくださっていて、多くの方が涙を流していました。そして、「スタッフ全員が最後のお別れをしたいから」と、夕方の勤務交代の時間まで母を施設にいさせてくださったのです。そのおかげで、日中のスタッフの方々も母の顔を見に来て、別れを惜しんでくれました。 施設に対しては改善してほしい点も多々ありましたが、この最期の温かい対応には、それまでの不満がすべて洗い流されるような気持ちになりました。16年間、母を見守り、最期は涙で見送ってくれたことに、心から感謝しています。
取材日:2025/11/14
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
車椅子
アルツハイマー型認知症
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護2/その他施設に入居していた

ライフコミューン百合ヶ丘の退去体験談

退去の直接的な原因は、母が命の危険に晒されたことです。ある日、私が施設を訪れると、母のサチュレーションが危険なレベルまで下がっていました。それなのに、施設スタッフは誰一人としてそのことに気づいていない様子でした。食事もほとんど摂れていないはずなのに、記録上は「食べた」ことになっていたのです。 あまりにおかしいと思い、記録を見せてもらうと、毎日きちんと食事を摂っているかのように記載されていました。これでは家族は安心しきってしまいます。他にも、血尿が出ていたり、服が汚れたままだったりと、信じられないような状況が続いていました。「こんな状態なら、すぐにかかりつけ医を呼んでください」と訴えても、スタッフもお年寄りだからと平気な顔をして何もしてくれませんでした。 「すぐに救急車を呼んでください」と私が強く要請し、ようやく搬送されましたが、その時すでに母は危険な状態でした。病院に着いた時には、医師から「覚悟してください」と言われるほどでした。もし私があの時、訪問していなかったら、母は亡くなっていたかもしれません。幸いにも、搬送先の病院の先生が懸命に治療してくださり、母自身の生きようとする力もあって、一命をとりとめることができましたが、これは施設における重大な過失だと感じています。この一件を受け、即座に退去を決めました。
取材日:2025/11/05
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
歩行器
心臓病・心筋梗塞・狭心症
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(同居)

花物語かまくらの退去体験談

退去を決めた直接の理由は、母が夜間に2度、救急搬送されたことです。原因は嚥下、つまり食べ物の飲み込みがうまくいかず、喉に詰まったような状態になってしまったことでした。 幸い、どちらの時も大事には至りませんでしたが、この施設は夜間は介護士さんのみの体制で、看護師さんは常駐していませんでした。この出来事を経験し、もしもの時を考えると、やはり夜間も看護師さんがいてくれる施設のほうが安心できるという結論に至りました。 そのため、母が入院したタイミングで退去の手続きをし、24時間看護師さんが常駐している別の有料老人ホームへ移ることを決断しました。
取材日:2025/10/25
執筆者:岸川京子
男性
症状なし
自立
脳梗塞・脳卒中・脳出血・くも膜下出血
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護3/自宅にいた(同居)

緑山グランドハイツの退去体験談

退去を決めた一番の理由は、父の食事への対応が、入居前の説明と全く違っていたことです。 父には心不全のための減塩とカリウム制限があり、施設見学の際には「個別に対応できます」と確約をいただいていました。料理が得意ではない父自身も、栄養管理の行き届いた食事を摂れることを、入居の大きな楽しみにしていました。しかし、実際に提供されたのは、普通食からお漬物など塩分の高いものを抜いたり、お味噌汁の量を半分にしたりするだけの内容でした。これではただ品数が減るだけで、栄養バランスも偏ってしまいます。当初は代わりの品もなく、この対応には本当にがっかりしました。 ケアマネージャーさんにお伝えしたところ、「申し訳ありませんでした」との謝罪はありましたが、根本的な改善には至りませんでした。その後、生の果物が比較的カリウムの少ない缶詰の果物に変わるなどの対応はありましたが、全体的に乏しいという食事の印象は変わりませんでした。さらに、提携のお医者様も「その対応でいいでしょう」という姿勢で、私たちの不安は募るばかりでした。 これに加えて、お部屋の清掃が行き届いていないなど、食事以外にも細かな不満が積み重なりました。入居からわずか1ヶ月という短い期間でしたが、両親の健康と穏やかな生活を守るために、退去という苦しい決断をしました。
取材日:2025/10/19
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
車椅子
がん・末期癌
入居者:81〜85歳/女性/義理の父母/要介護4/老健に入居していた

ベルソレイユ鎌ヶ谷の退去体験談

退去の理由は、義母が施設で息を引き取ったためです。老健にいるときに見つかった甲状腺がんは、残念ながら手の施しようがない状態でした。最期の時を穏やかに過ごすため、私たちはこのベルソレイユ鎌ヶ谷への転居を決断しました。 そして、入居してからわずか2週間後、義母は静かに旅立ちました。施設に不満があったわけではなく、まさに終の棲家として、ここで最期を迎えることになった形です。自宅から近い場所だったので、何かあればすぐに駆けつけられるという安心感もありました。残念ながら最期の瞬間には立ち会えませんでしたが、スタッフの方々が温かく見守ってくださったと聞き、家族として救われる思いでした。
取材日:2025/10/06
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
車椅子
アルツハイマー型認知症
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護3/病院に入院していた

花珠の家えどがわの退去体験談

約1年間お世話になりましたが、最終的に施設を退去したのは、待機していた特別養護老人ホーム(特養)に空きが出たことが直接のきっかけです。特養への入居が決まったタイミングで、転居することにしました。
取材日:2025/10/16
執筆者:谷口美咲
男性
症状なし
歩行器
症状なし
入居者:76〜80歳/男性/実の父母/要介護3/病院に入院していた

ル・レーヴふじみ野の退去体験談

入居してから1年と1ヶ月ほど経った頃、父は施設でお世話になる中で息を引き取りました。全体としては本当に良くしていただいたのですが、1年間お世話になった中で、家族として気になるなと感じる点も、正直なところいくつかありました。 まず、一番気になったのは食事のことです。父本人からすると、やっぱりご飯があまり美味しくなかったようで…。面会に行くと、食事が終わった後なのに部屋でお菓子を食べている、なんてこともありました。このことは他のご家族からも声が上がっていたようで、半年に一度ある家族との集まりでも話題にはなっていたんです。ただ、食事は外部の業者に委託しているらしく、費用の兼ね合いなどもあるのか、「なかなかすぐには変えられない」というような雰囲気で、具体的な改善には至りませんでしたね。 それからもう一つ、途中で施設長さんが交代されたことも大きな変化でした。元々いらっしゃった施設長さんは、入居者さん一人ひとりのことを本当によく見て、把握してくださっているのが伝わってくる方でした。ですが、新しく来られた方は、少しビジネスライクというか…。私たちが見る限りでは、入居者さんと積極的にコミュニケーションを取っている様子があまりなく、個々の性格や状況まで把握しきれていないんじゃないかな、と感じることがありました。もちろん、その方が悪い人というわけでは全くないんです。ただ、面会に行った時に父とどう接してくれているか、という部分は家族はどうしても見てしまうので、その違いは少し気になりました。
取材日:2025/06/12
執筆者:牟田七彩
男性
物忘れ
手引/伝い歩き
アルツハイマー型認知症
入居者:86〜90歳/男性/義理の父母/要介護5/自宅にいた(独居)

La Sincerite雲出の退去体験談

入居して約2週間で、父は施設で息を引き取りました。短い期間ではありましたが、こちらの施設で最期の時間を過ごせて良かったと思っています。
取材日:2025/06/12
執筆者:牟田七彩
女性
物忘れ
歩行器
アルツハイマー型認知症
入居者:76〜80歳/女性/実の父母/要介護3/自宅にいた(独居)

住宅型有料老人ホーム鑓水の退去体験談

母が入院した時の施設の対応に、ちょっと不安を感じることがいくつかあって、そこから施設を変わろうかなと考え始めました。 急に母が熱を出して救急搬送された時のことなんですが、私が施設に駆けつけると、すでに救急隊の方が到着していました。ところが、その日の日中の担当者から夜勤の担当者への引き継ぎが全くされていなくて、「いつから体調が悪かったのか」「食事はどれだけ食べたのか」といった基本情報を、その場にいた職員さんが誰も把握できていなかったんです。救急隊の方が「なんでわからないんですか!責任者は!」と少し怒っているぐらいの感じで…。夜中にベッドから落ちた、という話もあったのですが、それもどういう状況だったのかわからなくて。その連携体制に強い不安を感じましたね それから、細かい連絡や報告が少ないことにも、だんだんと不信感が募っていきました。例えば、退院して食事形態が「刻み食」に変わったことすら、私には知らされていませんでした。普通にご飯を食べられていると思っていたら、刻み食になっていたし、それすら食べられていない、という状況を後から知って…。行き違いが多かったですね。 最終的には、母が再び入院した際に「1ヶ月以上は部屋を空けておけない」ということや、退院後に必要になった点滴に「施設では対応できない」と言われてしまって、そうこうしているうちに退去になってしまった、という形ですね。
取材日:2025/06/11
執筆者:寺門律歌
男性
症状なし
車椅子
糖尿病・インスリン
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要介護3/老健に入居していた

ベストライフ福住の退去体験談

昨年父は息を引き取りました。それに伴い、施設は退去となりました。
取材日:2025/06/02
執筆者:牟田七彩
女性
物忘れ
車椅子
胃ろう
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護5/病院に入院していた

あすなろ吉見の退去体験談

母はこの施設で亡くなりました。その過程を振り返ると、家族としてはいくつか心残りがありました。 一番の心残りは、最期の看取りのことです。 入居するときには「看取りは病院でしたい」という希望も伝えていて、「後からでも変更できるから大丈夫ですよ」と言われていたんです。だから、それを信じていて…。でも、いざ母の具合が悪くなって「病院の方でお願いします」って伝えたら、「もう手遅れです。今、病院に移した時点で亡くなりますよ」って言われてしまったんです。結局、病院には移せませんでした。でも、母はそこから2週間も生きていたんです。「2週間あったら、やっぱり移れたんじゃないかな」って…。後からかかりつけの先生に聞いたら「あの時でも間に合ったはずだよ」と言われたのもあって、悔しい思いが残っています。 他にも、面会のルールが厳しくて。職場から車ですぐという距離なのに、具合が悪くなるまでは週に1回の予約制で、ふらっと顔を見に行くこともできませんでした。それから面会に行っても、いつも部屋で待っている状態にセッティングされているので、普段どうやって過ごしているのかが全く見えないんです。他の施設ではお庭を散歩させてくれるのを見たことがあったので、「ここでもそういうことをしてくれてたのかな?」とか、「お風呂入る以外に外出してもらったことあるのかな」とか、結局分からないままでした。それに、入居中に施設内で蔓延した感染症の疑いで面会を断られたり、皮膚病になったりしたことも何回かありました。病院に1週間入院したこともあって、本当にいろいろと忙しかったですね。 亡くなる前の最後の2週間くらいは、面会の制限が解除されて、毎日1日2回くらい会いに行けていました。亡くなった日も、普通に会って、話はできませんでしたけど「バイバイ」って言って帰ってきたんです。その日のうちに施設から連絡があったので、「なんで今日だったんだろう」っていう感じで…。病院だったら、きっと最期の瞬間に立ち会えたんだろうなって、どうしても考えてしまいます。
取材日:2025/09/18
執筆者:岸川京子