老人ホーム・介護施設の口コミ評判サイト
ケアスル 介護は掲載施設5万件超

(21ページ目)入居体験談一覧1172

老人ホーム・介護施設の入居体験談の一覧ページです。
女性
物忘れ
車椅子
症状なし
入居者:91〜95歳/女性/実の父母/要介護2/自宅にいた(独居)

ザ・レジデンス芦屋スイートケアの入居体験談

母は以前から、私たちの家族が住むマンションの上下階で一人暮らしをしていました。物理的にはすぐ近くにいるので、見守りや何かあったときの対応は比較的容易な環境でした。 ただ、母自身が、普通の施設ではない、例えばプールや温泉、カラオケルームといった付加価値のある高級な施設に関心を持っていたようで、入院するずっと前から「こういうところは興味がある」と話していたんです。それで、以前から評判を聞き、見学に行ったこともありました。 転機は、母が自宅で転倒し、骨折して入院したことでした。入院が長引き、さらにコロナ禍という状況も重なり、退院後に自宅に戻れるかどうかが大きな不安となりました。住んでいた家も高層階で段差もあったため、本人が「近所で安心できるところはないか」と探し始めたのが、最終的な施設探しの決定的なきっかけです。 幸い、候補として前々から見ていた「ザ・レジデンス芦屋スイートケア」があったため、本人の希望もあって、比較的早く入居を決断することができました。母が望む生活を実現できる場所を選べたのは、私たち家族にとっても大きな安心でした。
取材日:2025/11/14
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/義理の父母/要介護2/自宅にいた(独居)

ココファン西陣中央の入居体験談

私たち家族が義母の施設探しを始めたのは、2023年の6月頃でした。きっかけは、義母のひとり暮らしの中で、認知症の始まりを強く感じ始めたことです。特に、同じものを何度も買ってきてしまったり、定期購入の宅配品が家に山積みになっていたりする状況を見て、「もうこのままではいけない」と決断しました。 私たちにとって最も大きな条件は、「お風呂付きの部屋」があることでした。義母自身が自宅でのお風呂を非常に大切にしていたため、施設でもそれを叶えてあげたいと考えたのです。この条件で絞り込むと、候補となる施設が限られてしまい、最終的に「ココファン西陣中央」さんのお風呂付きの部屋が空くのを「空き待ち」して入居を決めました。
取材日:2025/11/14
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
手引/伝い歩き
骨折・骨粗しょう症
入居者:91〜95歳/女性/その他親族/要介護3/自宅にいた(独居)

ニチイホーム昭島昭和の森の入居体験談

うちの叔母は、兄弟はいるものの結婚しておらず、子供もいないため、ずっと一人暮らしでした。父(叔母の兄)が亡くなった後、親戚から頼まれて私が後見人として叔母の生活をサポートするようになったんです。 施設入居を考えることになったのは、本当に急なアクシデントがきっかけでした。叔母が一人暮らしの自宅で大腿骨を骨折してしまって、動けなくなった状態で救急車を呼ぶという大変な事態に。幸い、病院には入院できましたが、リハビリを終えて退院した後、要介護度が高い叔母を再び一人で生活させるのはさすがに無理だと判断しました。 ですから、入院・リハビリ中に、退院後の住まいとして急いで介護施設を探し始めました。治療とリハビリが第一でしたが、退院したらすぐに安心できる場所が必要だったので、時間との戦いでしたね。
取材日:2025/11/11
執筆者:谷口美咲
男性
症状なし
自立
症状なし
入居者:71〜75歳/男性/本人/要支援2/その他施設に入居していた

応援家族あすみが丘の入居体験談

以前入居していた施設では、いくつかの懸念がありました。特に深刻だったのは、「置いてあったものがなくなってしまう」と感じる事態が何度かあったことです。 例えば、自分の居室にあったはずの貴重品が無くなってしまった経験があります。確かに誰かが持ち去ったところを見たわけではないので、もしかしたらどこかに紛れてしまったのかもしれません。しかし、確かにあったはずのものがなくなっている状況だったので、どうしても職員さんへの信頼が揺らいでしまいました。 毎日生活する場所で一緒に過ごしている職員さんを、心の底から信頼しきれない生活を続けることは、精神的な負担が大きかったんです。 この「信頼に関する懸念」が、次の施設への引っ越しを考える一番大きなきっかけとなりました。新しい施設を選ぶ上では、この不安を払拭できるかどうかが優先事項になりました。
取材日:2025/11/25
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
糖尿病・インスリン
入居者:91〜95歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(独居)

サニーステージ星川の入居体験談

入居前の母は一人暮らしをしており、私達家族とは別居していました。施設探しを始めたのは、母自身の「ここに入りたい」という希望がきっかけでした。もちろん、私たちも色々な施設を見て回りました。最終的に4件ほど見学した中で、サニーステージ星川を選びました。 母も高齢で、要介護度は1ですが認知症もあるため、一人暮らしを続けるのは難しい状況でした。本人の強い希望とはいえ、私たち家族としては、母が満足して暮らせる場所を見つけることが何よりも大切でした。 施設を決める際、母にはどうしても譲れない条件が一つありました。それは「麻雀ができること」です。
取材日:2025/11/11
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
手引/伝い歩き
症状なし
入居者:91〜95歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(独居)

シニアハウス黄金の入居体験談

もともと一人暮らしをしていた母ですが、そろそろ一人で生活を続けることが難しくなってきて、施設を探し始めました。遠方で離れて暮らしているため、安心して任せられる場所を見つける必要があり、その不安は大きかったです。 施設探しを始めた当初は、まずは短期間だけお世話になれる場所として「シニアハウス黄金」を検討しました。最終的に、正式に手続きをして入居を決めたのは、この短期間の体験で施設の印象が非常に良かったからです。 入居を決める際は、金額に見合ったサービスが受けられるのか、母が新しい環境に馴染めるかといった悩みはありましたが、最終的には母の安全と心の安定を最優先に考えました。
取材日:2025/11/21
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
自立
アルツハイマー型認知症
入居者:76〜80歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(同居)

ふれあい多居夢戸田の入居体験談

決定的なきっかけは、母の生活リズムの崩壊でした。朝になっても起きられず、夕方や夜までずっと寝ている日が急増してしまったんです。こうなると、食事の時間も薬を飲む時間も管理が難しくなり、「このままでは母の体にとって良くない」と強く危機感を覚えました。 急いで施設を探し、縁があって「ふれあい多居夢 戸田」に入居することができました。
取材日:2025/11/28
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
寝たきり
がん・末期癌
入居者:71〜75歳/女性/実の父母/要介護2/病院に入院していた

ロイヤルレジデンス川島弐号館の入居体験談

母は以前、私と自宅で二人暮らしをしていました。そんな中、肺癌からくる脳転移が発覚し、入院することになりました。退院後、私も一度は自宅で在宅介護を試みたんです。でも、実際にやってみると、母に必要な専門的なケアや、24時間体制のサポートは私一人ではとても難しく、「このまま在宅で続けるのは現実的ではない」と判断せざるを得ませんでした。 施設探しに当たって気を付けた点としては、以前、父が入居していた施設がかなり制限が多くて厳しい環境だった経験があったため、今回は母と私自身にとって、より負担が少なく、自由度の高い施設を見つけたいという気持ちが強かったです。 そこで、在宅ケアを試み始めた今年の3月頃から、並行して入居できる施設を探し始めました。 焦って探すのではなく、じっくりと時間をかけて検討し、最終的に今年の5月に「ロイヤルレジデンス川島弐号館」への入居を決めたんです。
取材日:2025/11/18
執筆者:谷口美咲
男性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/要介護1/自宅にいた(独居)

気手来手くんの家連光寺の入居体験談

この通いの生活が約1年続いたのですが、ちょうど新型コロナウイルスの感染が拡大し始めた時期と重なり、大きな不安を覚えるようになりました。 このままコロナ禍でデイサービスに通えなくなってしまうのではないかという不安、そして、もし私が病気にかかった場合、父に感染させてしまうリスクがあるという懸念から、「施設を探した方がいいのではないか」と家族で相談し始めました。ケアマネージャーさんに相談し、いくつかの施設を見学する中で、「気手来手くんの家 連光寺」に出会いました。 実は、施設への入居を決める際、父は「そんなとこ入りたくない」と最初は非常に抵抗を示していたんです。 しかし、「気手来手くんの家 連光寺」に見学に行った際に、ガラッと態度が変わりました。最終的に、父自身が納得して入居を決めてくれたことが、私たち家族にとって何よりの安心材料となりました。
取材日:2025/11/14
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
車椅子
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護3/自宅にいた(同居)

若木さくらの杜の入居体験談

施設への入居を決めたのは、母が83歳で要介護3の認定を受けた頃でした。それまで家族と同居していましたが、要介護度が進み、移動には車椅子を使うようになったため、在宅でのケアを続けることに限界を感じ始めました。 私たちが施設探しを始めたのは2020年中で、ケアマネージャーと協力しながら、複数の施設を見学して回りました。最終的に「若木さくらの杜」に決めるまでに、合計で4件の施設を回りました。
取材日:2025/11/15
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(同居)

福寿ちがさき柳島の入居体験談

母は当初、要介護1の認定を受け、自宅でヘルパーさんの訪問やデイサービスを利用して生活していました。私も介護業界の出身でしたから、母の状況を理解し、できる限り在宅で支えたいと思っていました。 しかし、認知症の症状が進むにつれて、在宅での暮らしはだんだんと難しくなっていきました。特に辛かったのは、母が徘徊して迷子になり、警察のお世話になってしまったことです。また、銀行のATMで、キャッシュカードではない別のカードを入れてしまい、機械を動かなくさせてしまうといったトラブルもありました。こうした出来事が重なり、「もう在宅での生活は限界かもしれない」と、地域包括のケアマネさんからも告げられました。 私も一時的に同居を試みたのですが、家庭の事情もあって、これ以上は厳しいという状況になってしまいました。そこで、本格的に施設を探し始めたのですが、母の年金の範囲内で、という予算の制約があったため、なかなか「これだ」という施設が見つからない日々が続きました。 私自身、特養や有料老人ホーム、サ高住といった施設の違いを理解していたからこそ、妥協せずに探すことができました。そんな中、たまたま「福寿ちがさき柳島」に空きが出たという連絡をいただき、入居を決めました。
取材日:2025/11/15
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
車椅子
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護5/その他施設に入居していた

かさね深井北町の入居体験談

以前、母は別の住宅型施設に入居していました。その施設を選んだ当初は期待していたのですが、残念ながら、私たち家族が望んでいたような十分なケアを受けられていると感じられず、このままではいけないという焦りから、新しい施設を探し始めました。 特に深刻だったのは、母の爪が伸びっぱなしになっているという状況を目にしたことです。以前の施設は慢性的な人手不足の状態であり、細やかなケアまで手が回っていないことを痛感し、この環境では母の安全と健康を守れないと考え、転居を検討し始めました。 そんな中で、かさね深井北町を検討し、最終的に決断するに至ったのは、以前の施設では得られなかった安心感と、手厚い体制に希望を見出せたからです。
取材日:2025/10/30
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:76〜80歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(独居)

ココファン新川崎の入居体験談

私の母は、施設入居前は自宅で一人暮らしをしていました。しかし、年を重ねるうちに認知症の症状が進んできてしまい、このまま一人で暮らすのは難しいだろうという状況になったのが、施設探しを始めた大きなきっかけでした。 私たち家族も、仕事の都合もあり在宅での介護は現実的に難しいと判断せざるを得ませんでした。介護施設への入居は母にとっても私たちにとっても初めての経験でしたから、本当にこれで良いのか、もっと自分たちでできることはないのかと悩んでいました。 しかし、母の安全と安心を最優先に考え、確実に受け入れてくれる施設を探すことに専念しました。 検討する上で譲れなかったのは、「認知症への対応がしっかりしていること」でした。この条件を満たす施設に絞って探した結果、最終的にココファン新川崎さんにご縁がありました。
取材日:2025/10/30
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
車椅子
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護4/老健に入居していた

幸 PREMIUM 高槻西冠の入居体験談

実は、この施設に入る前、母は老健(介護老人保健施設)に3ヶ月ほど入所していました。老健でのリハビリは手厚かったですが、退去後に一人暮らしに戻ることは困難だったため、施設探しを始めました。 施設選びでは、居室の様子を特に重視しました。母がこれからずっと過ごす場所ですから、少しでも快適に感じてほしかったからです。 他の施設では、座って外を眺めるような大きさの窓のお部屋も多くありましたが、この幸 PREMIUM 高槻西冠では、足元まである大きな窓があるお部屋を見つけることができました。これは決め手の一つとなり、部屋自体は広くなくても、窓が大きいおかげで開放感があり、圧迫感がないと感じられたことが、母の安心にもつながると考えました。 最終的にこの幸 PREMIUM 高槻西冠を選んだのは、リハビリもやってくれそうという期待、施設の雰囲気の良さ、そして医療体制の充実、さらに施設内で食事をつくって提供しているという点でした。 母にとって最善の選択だと信じ、入居を決めました。
取材日:2025/10/29
執筆者:谷口美咲
男性
物忘れ
歩行器
糖尿病・インスリン
入居者:91〜95歳/男性/実の父母/要介護3/病院に入院していた

ココファン蘇我の入居体験談

当初、父は病院に入院していましたが、病院からは老健への入所を勧められていました。 しかし、その老健は施設見学ができない状態だったため、入所を決断することに強い不安を感じました。見学もできない場所に父を預けるのは心配だという思いから、私たちは老健ではない別の施設を探し始めることになったのです。 この不安こそが、私たちが積極的に施設探しを始める大きなきっかけとなりました。
取材日:2025/10/30
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
車椅子
アルツハイマー型認知症
入居者:71〜75歳/女性/実の父母/要介護2/病院に入院していた

ライブラリ大森東2番館の入居体験談

しかし、その後、骨折を伴う入院があり、退院する頃には車椅子での生活に移行してしまいました。そのため、施設探しの基準も、当初検討していたような自立寄りの施設ではなく、より安全性を重視した施設へと変わらざるを得なくなりました。
取材日:2025/11/03
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
歩行器
症状なし
入居者:91〜95歳/女性/その他親族/要介護1/自宅にいた(独居)

シーハーツ松戸の入居体験談

特に、施設探しを真剣に始めるきっかけとなったのが、転倒です。 叔母が自宅で転倒し、自分で起き上がれなくなってしまうという事態が二日連続で起こってしまいました。 叔母は一人暮らしで家族がそばにいないため、その時は、私と弟が叔母の家に泊まり込み、朝の起き上がり介助を行うといった状況でした。私たち家族が協力して対応していたものの、これは介護生活の限界を強く感じた瞬間でした。 このような状況の中、私たちはこれ以上家族だけで安全な生活を支えるのは難しいと判断し、介護のプロに任せるために施設探しを始めました。
取材日:2025/10/31
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
手引/伝い歩き
精神的な症状
入居者:71〜75歳/女性/実の父母/要介護3/病院に入院していた

日輪の郷 一笑の入居体験談

取材日:2025/11/04
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:76〜80歳/女性/実の父母/要介護1/その他施設に入居していた

すまいる秦野今泉の入居体験談

母はもともと認知症の症状があり、徐々に進行している状態でした。しばらく様子を見ながら生活していたのですが、深夜に徘徊をして警察に保護されるような出来事もあり、母の安全を確保することと、進行する認知症に対して専門的なケアを提供してあげたい、と思い、入居を検討し始めました。 施設選びにおいては、とにかく「母の認知症を受け止め、対応できる施設」でなければダメだという思いが強くありました。今の「すまいる秦野今泉」さんに入居する際、正直、「本当に大丈夫かな」という不安がありました。でも、何度か相談員の方と話すうちに、「認知症の方だという前提で、お預かりする覚悟ができています。それは病気なんだから当たり前だし、ある意味個性なんですから」と言ってくださり、この言葉が、私にとって大きな安心材料となりました。
取材日:2025/11/01
執筆者:谷口美咲
女性
実行機能障害
手引/伝い歩き
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護3/自宅にいた(同居)

シーハーツ越谷の入居体験談

そんな中、母が交通事故で足の膝を骨折してしまったんです。手術をし、退院後の自宅での生活を考えたのですが、トイレが和式しかないことや、介護ベッドを置くにも畳が傷んでいて崩れそうな状況で、一人暮らしを続けさせるのは不可能だと判断しました。父は早くに亡くなっており、私たちも引き取れない事情があったため、入院している間に施設を探すことになったんです。
取材日:2025/11/04
執筆者:谷口美咲
男性
物忘れ
寝たきり
症状なし
入居者:91〜95歳/男性/実の父母/要介護4/その他施設に入居していた

ガーデンコート平塚の入居体験談

実は、父は現在の施設に入居する前、別の施設にお世話になっていました。しかし、父の身体の状態が変化し、前の施設の介護体制では対応が難しくなってしまったのです。 当時は「急いで転居できる施設を探さなければならない」という、切羽詰まった状況でした。この緊急事態の中でいくつかの施設を探し、見学をする中で、何を基準に選ぶべきか、本当にこの選択で良いのか、迷いや葛藤は常にありました。
取材日:2025/10/31
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
症状なし
入居者:96〜100歳/女性/実の父母/要介護2/自宅にいた(独居)

ベストライフ稲毛の入居体験談

私の母は、施設に入る前は一人暮らしをしていました。以前から一人で暮らしていることが心配ではあったのですが、あるとき入院してしまったことが、施設探しを始める決定的なきっかけとなりました。 退院後にまた一人で暮らすのは難しいだろうという思いから、入院中に施設を探し始めました。
取材日:2025/10/29
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:76〜80歳/女性/実の父母/要介護1/病院に入院していた

まんてん堂グループホームたるみ中道の入居体験談

母は一人暮らしをしていたのですが、レビー小体型認知症と診断され徐々に病状が進行していき、入院することになりました。これ以降一人暮らしをするのは難しいと思いましたし、私たち家族も在宅介護は難しいと判断して施設を探し始めました。 施設を探し始めたのは、母の安全と、私たち自身の生活を守るためでもありました。プロの専門的なケアに任せることで、母にとっても私にとっても最善の選択だと信じ、今回の施設への入居を決断しました。
取材日:2025/10/25
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護3/自宅にいた(独居)

アズハイム習志野の入居体験談

母は以前から一人暮らしをしており、私たち家族は時々様子を見に行くという生活でした。しかし、歳を重ねるにつれて衰えが進み、母自身も「このまま一人で生活するのは難しいのではないか」と不安を感じることが増えていきました。 特に、体調がすぐれない時や何かあった時に、すぐに対応できる人がいないという状況に、私も母も限界を感じていました。この不安を解消し、少しでも長く心身の状態を保ちながら安心して過ごしてほしいという思いから、施設探しを始めました。
取材日:2025/10/26
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
症状なし
入居者:91〜95歳/女性/実の父母/要支援1/自宅にいた(同居)

ライフホープ深阪の入居体験談

入居前、母は愛知県で私の妹と一緒に暮らしていました。施設探しは、その母から「施設に入りたい」という希望があったのがきっかけです。 当時、私は離れて住んでいましたので、私の家の近くで施設を探すことになりました。
取材日:2025/10/24
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
症状なし
入居者:91〜95歳/女性/実の父母/要介護2/その他施設に入居していた

イリーゼ横浜三ッ沢の入居体験談

母の施設探しは、前の施設が閉鎖するという、予期せぬ事態から始まりました。閉鎖が決まってから、急いで次の施設を探さなければならない状況になり、現在のイリーゼ横浜三ッ沢さんに入居しました。
取材日:2025/10/25
執筆者:谷口美咲
男性
物忘れ
症状なし
入居者:76〜80歳/男性/実の父母/要支援1/自宅にいた(同居)

ベストライフ松戸中央の入居体験談

父と母は、私の家の近くに住んでいました。父の方が介護が必要な状態だったので、母が自宅で献身的に介護をしていましたが、その負担は日に日に増していったようです。母は介護疲れがピークに達してしまい、私(娘)に対して感情的に当たってくることが増えてしまいました。私自身も仕事があり、在宅介護に専念することはできません。 この状況が続き、家庭内の雰囲気が悪化していく中で、父の介護という問題だけでなく、「両親を離れた環境に置くこと」が、私たち家族全員にとっての解決策だと考えるようになりました。そこで、父の施設探しを本格的に始めました。
取材日:2025/10/21
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
車椅子
症状なし
入居者:91〜95歳/女性/実の父母/要介護2/病院に入院していた

ルピナス港南の入居体験談

母親は心筋梗塞の治療で入院しており、退院後の生活の場として施設を検討し始めました。年末の慌ただしい時期で、12月中には入居先を決めたいという状況でした。
取材日:2025/10/30
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
症状なし
症状なし
入居者:76〜80歳/女性/本人/自立/自宅にいた(同居)

ハーウィル東岩槻の入居体験談

私たちは心身ともに元気でしたが、主人と話し合った結果「将来を見越して、今のうちから施設を探そう」、ということになりました。緊急ではありませんでしたが、「飼い犬と一緒に入居できる施設」という条件で探し始めました。
取材日:2025/10/15
執筆者:伊東まどか
男性
物忘れ
症状なし
入居者:81〜85歳/男性/実の父母/要介護3/その他施設に入居していた

シニアライフ橿原の入居体験談

父はもともと別のグループホームにお世話になっていたんです。ただ、そこでの暮らしがどうしても父には合わなかったようで。グループホーム特有の生活形態というか、距離感のようなものが合わなかったんでしょうね。 結局、そこを退去することになってしまい、新しい施設を探さなければならなくなりました。
取材日:2025/10/13
執筆者:伊東まどか