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(22ページ目)入居体験談一覧1010

老人ホーム・介護施設の入居体験談の一覧ページです。
女性
物忘れ
自立
糖尿病・インスリン
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護2/自宅にいた(独居)

ニチイホーム上星川の入居体験談

母は82歳の頃、一人で暮らしていました。もともと糖尿病を患っていたのですが、それに加えて認知症が少しずつ進んできたのが施設を探すきっかけでした。食べたことをすぐに忘れてしまったり、部屋の整理整頓ができなくなったりと、だんだんと一人での生活が難しくなっているのを感じていました。それをきっかけに、専門的なケアが必要だと痛感し、本格的に施設探しを始めることにしたんです。
取材日:2025/12/09
執筆者:谷口美咲
男性
物忘れ
がん・末期癌
入居者:76〜80歳/男性/実の父母/要介護3/自宅にいた(同居)

ニチイホーム成城の入居体験談

施設探しを具体的に考え始めたのは、同居している母の介護負担が日に日に大きくなってきたことがきっかけです。高齢の母が一人で父の面倒を見るのは、体力的にも精神的にも限界が近づいているように感じました。このままでは母が倒れてしまうかもしれない、そうなる前に何か手を打たなければ、という思いから施設入居を検討し始めました。
取材日:2025/12/14
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
自立
がん・末期癌
入居者:91〜95歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(同居)

ココファン横浜神大寺の入居体験談

母は当時93歳、持病のがんはありましたが、要介護1で身の回りのことは自分でできる元気な状態でした。しかし、当時同居していた孫との関係がひどくなり、区役所に相談したところ、母のためにも施設に入居させた方が良いという話になったのです。そこから急いで施設探しが始まりました。 とにかく自宅から近く、すぐに様子を見に行ける場所を探していたところ、現在の施設が見つかりました。出来てからまだ2、3年と新しかったのも魅力でした。まずは私一人で見学に行き、その後母を連れて行ったところ、本人も「ここなら」と納得してくれたので、探し始めてから2週間ほどで入居を決めることができました。
取材日:2025/12/09
執筆者:谷口美咲
男性
物忘れ
車椅子
症状なし
入居者:86〜90歳/男性/義理の父母/要介護3/自宅にいた(同居)

グループホーム はるかぜの入居体験談

施設探しを始めたのは、主に介護を担ってくれていた義妹の負担が限界に達していると感じたからです。仕事と介護の両立で心身ともに疲弊し、精神的に追い詰められている様子を見て、このままではいけないと思いました。私たちは東京に住んでおり、頻繁に手伝いに行くことが難しかったため、専門の方にお願いするしかないと考えるようになりました。
取材日:2025/12/14
執筆者:岸川京子
男性
症状なし
自立
脳梗塞・脳卒中・脳出血・くも膜下出血
入居者:81〜85歳/男性/その他親族/要介護3/病院に入院していた

ラ・ナシカかみいしの入居体験談

叔父が脳梗塞で倒れ、リハビリ病院に入院したのが施設探しの始まりでした。もともと一人暮らしだった叔父は、要介護3の認定を受け、自宅に戻って生活するのは「絶対無理」という状況でした。リハビリ病院にいられる期間は数か月と決まっていたため、退院が近づくにつれて、次の行き先を探さなければならなかったのです。 私が探し始めたときには、もう本当に時間がなくて。退院まで半月もなかったかもしれません。病院の担当者の方に相談し、3つの施設を紹介してもらい、その中から通いやすそうな2つの施設に絞って、1週間か2週間というかなりタイトなスケジュールで見学に行き、入居を決めました。
取材日:2025/12/08
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要支援2/自宅にいた(独居)

チャーム花小金井の入居体験談

母は88歳で一人暮らしをしていました。認知症の症状が出始めたことに加え、ある時、家で頭を打って病院に行くという出来事がありました。役所の担当者の方とも相談し、「この年齢で一人暮らしを続けるのは危ない」という話になり、本格的に今後のことを考え始めました。 最初はデイサービスという選択肢も考えましたが、やはり24時間誰かがそばにいる環境ではないので、「いつまでも一人暮らしをさせるわけにはいかない」と、施設への入居を決意しました。 施設探しを始めて、最初に見学したのは系列の東久留米の施設でした。そこがとても雰囲気が良かったので、同じ系列で自宅から一番近い「チャーム花小金井」にも興味を持ちました。見学に行くと、あいにく満室で「いつ入れるかわからない」とのことでしたが、やはり家族としては何かあった時にすぐに駆けつけられる距離が一番です。そのため、空きが出るまでは自分たちで介護をしようと決め、待つことにしたんです。幸い、1ヶ月ほどで連絡があり、無事に入居することができました。
取材日:2025/12/08
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
自立
アルツハイマー型認知症
入居者:76〜80歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(独居)

グループホームきらら荻窪の入居体験談

2年ほど前、当時80歳だった母の入居を決めました。父が亡くなってから、母は杉並区の実家で一人暮らしをしていたんです。アルツハイマー型の認知症と診断されてからは、だんだんと記憶が曖昧になり、これまで使えていたものが使えなくなったり、散歩に出かけると以前より帰宅までの時間が長くなったりと、心配なことが増えていきました。 私も近くには住んでいなかったので、一人で暮らさせておくのはいよいよ厳しいなと感じ、施設探しを始めました。 ケアマネージャーさんに相談したところ、インターネットで見つけて気になっていた「グループホームきらら荻窪」さんを「新しくて綺麗ですし、評判もいいですよ」と薦めていただいたのがきっかけです。ただ、すぐに入れるわけではなく、空きが出るまで半年ほど待ちました。その間に、グループホームきらら荻窪を含め、近隣にある系列の施設を3か所ほど見学させていただき、一番早く入居できそうだったこちらにお世話になることを決めました。
取材日:2025/12/07
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
車椅子
脳梗塞・脳卒中・脳出血・くも膜下出血
入居者:76〜80歳/女性/義理の父母/要介護3/自宅にいた(独居)

ニチイケアセンター豊中少路の入居体験談

そんな時、義母の方から「施設に入りたい」と言ってくれました。本人が一番、一人暮らしの危なさを感じていたのだと思います。
取材日:2025/12/13
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
車椅子
脳梗塞・脳卒中・脳出血・くも膜下出血
入居者:91〜95歳/女性/祖父母/要支援2/自宅にいた(同居)

ベストライフ藤井寺の入居体験談

「このままでは、いつか大きな事故につながってしまうかもしれない」「母の負担も大きい」。そうした思いから、家族で話し合い、施設への入居を検討することにしました。
取材日:2025/12/13
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:71〜75歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(独居)

東大和グループホームそよ風の入居体験談

最初に入った施設も良くしていただいていたのですが、私たちの家から少し距離がありました。そこで、もう少し自宅から近くて通いやすいところはないかと探し始め、見つけたのが今の施設です。家から歩いてでも行ける距離だったので、見学をお願いして、こちらにお世話になることを決めました。
取材日:2025/12/12
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
寝たきり
症状なし
入居者:96〜100歳/女性/実の父母/要介護5/病院に入院していた

プライムガーデン秦野 弐番館の入居体験談

施設探しを始めたのは、本当に突然のことでした。7月に入ってから熱中症で入院し、当初は1週間ほどで退院できるだろうと言われていたのですが、なかなか熱が下がらなかったり食事が摂れなかったりで、結局1ヶ月以上も入院することになってしまったんです。その間にすっかり寝たきりの状態になってしまい、「これではもう自宅での生活は無理だ」と判断し、急遽、施設を探すことになりました。
取材日:2025/12/04
執筆者:谷口美咲
女性
症状なし
車椅子
骨折・骨粗しょう症
入居者:56〜60歳/女性/本人/自立/病院に入院していた

シニアハウス笑楽堺の入居体験談

主人とは一回り歳が離れていて、二人で神戸で暮らしていました。私自身、背中の圧迫骨折や腕の骨折を経験し、一時期は車椅子生活になったこともあり、この先の生活に漠然とした不安を感じるようになったんです。「もし自分が入院でもしたら、主人の食事はどうなるんだろう…」とか、お互いに何かあった時のことを考えると、二人だけの生活に少し心細さを感じていました。そんな時に「サービス付き高齢者向け住宅」という選択肢があることを知り、専門のスタッフさんがいる環境で暮らすことを考え始めました。 主人はちょうど入居前に入院しており、私も精神科にも通っていました。そうした状況もあって、いざという時にサポートが受けられる施設への入居を具体的に検討し、決断に至りました。
取材日:2025/12/12
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:91〜95歳/女性/実の父母/要介護2/その他施設に入居していた

花物語さがみ西の入居体験談

母は、長年一人で暮らしていました。3年ほど前から認知症の症状が出始め、だんだんと被害妄想や物なくしがひどくなっていったんです。夏の暑い中、病院に一人で通わせるのも心配で、私が手伝うようになったのですが、薬の管理だけでも一苦労でした。 「このままではいけない」と思い、市の窓口に相談したところ、ケアマネージャーさんを紹介していただきました。そこから訪問看護やヘルパーさん、デイサービスなど、様々な在宅サービスを利用し始めたのですが、それぞれの事業所がバラバラで、情報連携がうまくいかないことに少しずつ不安を感じるようになりました。 そんな時、ケアマネージャーさんから「小規模多機能型居宅介護なら、サービスの連携がスムーズですよ」と提案され、ある施設でお世話になることに。しかし、そこでは私の悩みをなかなか理解してもらえませんでした。母は外面が良いタイプで、私の前で見せるつらさをスタッフの方々には見せなかったため、「まだ大丈夫ですよ」と言われてしまう。私は日に日に追い詰められているのに、その気持ちを分かってもらえないのが本当につらかったです。 そんな中、別の紹介会社から見学を勧められたのが「花物語」の系列施設でした。そこのスタッフの方々が本当に親身になって話を聞いてくださり、その人柄に「ここなら信頼できるかもしれない」と強く感じたんです。思い切って前の小多機さんを辞め、「花物語」系列の小多機に移り、まずは1ヶ月のショートステイをお願いしました。そして、系列の「花物語さがみ西」に空きが出たと聞き、見学はしていませんでしたが、あのスタッフの方々がいる系列ならと、入居を決断しました。
取材日:2025/12/10
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
自立
症状なし
入居者:96〜100歳/女性/義理の父母/要介護2/自宅にいた(同居)

住宅型有料老人ホーム 小陶里の入居体験談

義母は私たち夫婦と同居しながら、こちらの小陶里さんが運営するデイサービスに長年通っていました。年齢を重ねるにつれて、だんだんと自宅での入浴といった身の回りの世話が難しくなってきたのが、施設への入居を考え始めた直接のきっかけです。
取材日:2025/12/10
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/義理の父母/要介護3/病院に入院していた

リアンレーヴ篠崎公園の入居体験談

義母は89歳で、2年前に義父が亡くなってから一人暮らしをしていました。在宅のヘルパーさんに来てもらいながら生活していましたが、物忘れや「物を盗まれた」といった思い込みも少しずつ見られるようになっていました。 そんな中、急に腎臓の具合が悪くなり、救急車で運ばれ入院することになったのが、施設探しを始める直接のきっかけです。退院後、また一人で暮らすのは難しいだろうと家族で判断し、病院に入院している間に施設を探し始めました。病院から直接、新しい住まいとなる施設へ移るという流れでしたね。
取材日:2025/12/02
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
歩行器
症状なし
入居者:91〜95歳/女性/実の父母/要介護3/自宅にいた(独居)

ホームステーション小田急相模原の入居体験談

94歳になる母は、もともと一人で暮らしていました。その頃は認知症の症状もなく、元気に過ごしていたんです。ところが、帯状疱疹を患ってしまい、それが目から脳にまで影響が及んでしまいました。髄膜炎のような状態になり、そこから認知機能に少しずつ問題が見られるようになったのです。 施設探しが本格化したのは、母が帯状疱疹の痛みで入院したことがきっかけです。入院生活を送る中で、以前のように一人で暮らすのは難しいだろうと感じるようになりました。実は、入院する前にも別の施設で体験入居を試みていたのですが、その最中に症状が悪化してしまい、そのまま病院へ運ばれるという経緯がありました。 退院が近づいてきた頃、病院にいらっしゃった介護施設を紹介してくださる専門の方に相談し、いくつかの候補の中からこちらの「ホームステーション小田急相模原」を紹介していただきました。母の体調や必要なケアを考慮した上での提案だったので、信頼できる情報をもとに検討を進めることができました。退院直後は車椅子での生活でしたが、今は施設での生活を通して歩行器で歩けるまでに回復しています。入居までは1ヶ月もかからず、スムーズに進めることができました。
取材日:2025/12/02
執筆者:谷口美咲
女性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:91〜95歳/女性/祖父母/要介護1/自宅にいた(独居)

イリーゼ川越・別邸の入居体験談

祖母は認知症の症状がありながら一人で暮らしていました。しかし、だんだんと一人での生活が危うく感じられるようになり、施設探しを始めました。親戚のお墓が川越の近くにあったので、お墓参りに行きやすいこのエリアで探すことにしたんです。
取材日:2025/12/07
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
歩行器
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護3/自宅にいた(独居)

ライフケア生駒東山苑の入居体験談

当時、母は一人で暮らしていました。軽い認知症の症状はありましたが、生活する上で一番の課題となったのは、自宅の段差を上り下りすることが難しくなってきたことでした。日常生活にも支障が出始め、このまま一人で暮らさせるのは難しいと感じ、お世話になっていたケアマネージャーさんに相談したのが施設探しを始めたきっかけです。その際に、母が元々住んでいた自宅から近い場所として、こちらの施設を紹介していただきました。
取材日:2025/12/07
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
歩行器
がん・末期癌
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(同居)

花物語なかの南の入居体験談

施設探しを始めた直接のきっかけは、同居していた母の認知症の症状が進行し、自宅での介護が限界に達したことでした。特に被害妄想がひどくなり、毎日のように喧嘩が絶えない状況で、家族全員が心身ともに疲弊していました。このままではいけないという思いから、専門家の力を借りることを決意し、ケアマネージャーさんに相談させていただきました。
取材日:2025/12/07
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
自立
レビー小体型認知症
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要支援1/自宅にいた(独居)

スーパー・コート堺の入居体験談

直接一緒に生活をしてみて、病状の進行を肌で感じたことが大きなきっかけです。母の病気はパーキンソン症状も伴うため、日常生活のあらゆる場面でサポートが必要になっていました。自宅で家族だけで支えるには限界があると感じ、プロの手を借りるべきだと判断して、7月の入居に向けて6月頃から本格的に施設を探し始めました。
取材日:2025/12/07
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
自立
レビー小体型認知症
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要支援1/自宅にいた(独居)

スーパー・コート堺の入居体験談

直接一緒に生活をしてみて、病状の進行を肌で感じたことが大きなきっかけです。母の病気はパーキンソン症状も伴うため、日常生活のあらゆる場面でサポートが必要になっていました。自宅で家族だけで支えるには限界があると感じ、プロの手を借りるべきだと判断して、7月の入居に向けて6月頃から本格的に施設を探し始めました。
取材日:2025/12/07
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
車椅子
アルツハイマー型認知症
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要介護4/自宅にいた(独居)

ニチイケアセンターみずえの入居体験談

父が亡くなり、母が一人暮らしになったことが、施設探しを考えるようになった最初のきっかけです。しばらくは一人で暮らしていたのですが、ある日倒れてしまって…。その一件で、もう一人で生活させておくのは難しいと痛感し、本格的に施設を探し始めました。 最初は実家の近くにあった足立区の施設にお世話になっていたのですが、兄の自宅の近くに空きが出たタイミングで、現在の江戸川区の施設へ移りました。私たち家族が、より顔を出しやすい場所を選んだ形です。
取材日:2025/12/07
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
自立
糖尿病・インスリン
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護2/病院に入院していた

はーとらいふ香里園の入居体験談

母は当時88歳で、枚方の実家で一人暮らしをしていました。しかし、ある時入院したのをきっかけに、お医者様から「もう一人で暮らすのは無理です」とはっきり言われてしまったんです。それが、本格的に施設探しを始めたきっかけでした。 私自身は仕事をしていますし、かといって妻に母の介護を全て任せるわけにもいきません。もちろん、もし潤沢な資金があれば、自宅に24時間ヘルパーさんや訪問看護をお願いするという選択肢もあったかもしれません。でも、そんなことは現実的ではありませんでした。ですから、介護保険の1割負担という範囲の中で、母が安心して暮らせる場所を探す、という現実的な路線で施設選びを進めることにしたんです。
取材日:2025/12/07
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:91〜95歳/女性/実の父母/要介護2/自宅にいた(同居)

SOMPOケア ラヴィーレ川崎の入居体験談

母は当時、認知症の症状が出始め、失禁も見られるようになっていました。ただ、体はとても元気で、杖や補聴器も使わずに生活していました。もともと社交的でありながら、何よりも自分の家が大好きな人でしたね。 そんな母は、私の弟と同居していたのですが、その弟に大腸がんが見つかったのです。弟自身も自分のことで精一杯な状況で、母の介護まで手が回らない。 私も少し離れたところに住んでいましたし、月に1度泊まりに行くのがやっとでした。その訪問時にも、ご飯を炊いておくよう頼んでもお米を釜に入れただけだったり、少しずつ生活に支障が出ているのを感じていました。それに、母が「友達」だと言って家に招き入れた人にお金を盗まれるといったトラブルも起き始めていて…。本人は気づいていないので、なおさら心配でした。 私自身、ヘルパーの資格を持っているので、自分の家に引き取ることも考えましたが、住まいがアパートの2階で階段が危ないこと、そして何より、慣れない土地へ移すことが母の認知症を進行させてしまうのではないかという懸念から、その選択はできませんでした。そうして、弟と話し合い、施設を探すことに決めたのです。
取材日:2025/12/07
執筆者:岸川京子
男性
物忘れ
症状なし
入居者:86〜90歳/男性/実の父母/要支援2/自宅にいた(独居)

ニチイホーム上星川の入居体験談

父は当時、一人で暮らしていました。軽い認知症の症状があり、歩行時には杖を使っていましたが、特に大きな病気はなく、医療的なケアは必要としていませんでした。 私も「そろそろ施設に入った方がいいのでは」と考え始めてはいたものの、父にどう切り出すべきか、タイミングを計りかねていました。そんな矢先に、父の方から「もう一人では無理だから、施設に入りたい」と相談してきたのです。本人の口からそう言ってくれたことで、私たちは本格的に施設探しを始めることになりました。
取材日:2025/12/07
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
症状なし
入居者:81〜85歳/女性/実の父母/要支援1/自宅にいた(独居)

グランクレール美しが丘の入居体験談

母は当時、広い実家で一人暮らしをしていました。要支援1の認定を受けており、日常生活はほとんど自立していましたが、家の段差でよく転ぶようになってしまい、一度骨折したこともあったんです。このまま一人で暮させるのは危ないと感じ、施設探しを始めました。 私を含めて兄弟は3人いるのですが、それぞれ仕事や家庭があり、誰かが同居して介護をするのは現実的に難しい状況でした。幸い、母自身も一人暮らしに不安を感じていたようで、その点は理解してくれていました。そのため、施設への入居については家族で大きく揉めることなく、前向きに検討を進めることができました。
取材日:2025/12/06
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
車椅子
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護4/病院に入院していた

グッドタイムホーム・川崎の入居体験談

母は一人暮らしをしていました。施設探しを考え始めたのは、母が難病で3ヶ月ほど入院したことがきっかけです。退院の目処が立った頃、病院から「一人で身の回りのことをするのは難しいでしょう」と言われ、介護施設を探すことになりました。時間的な余裕もあまりなく、急いで探さなければならない状況でした。
取材日:2025/12/06
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護2/自宅にいた(独居)

大宮東ケアパークそよ風の入居体験談

施設探しを本格的に考え始めたのは、やはりこのまま母が一人で暮らし続けることに限界を感じたからです。日常生活の些細なことでも心配が増え、家族として何か良い方法はないかと話し合うようになりました。
取材日:2025/12/06
執筆者:岸川京子
女性
症状なし
自立
症状なし
入居者:101歳以上/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(独居)

イリーゼ戸塚の入居体験談

母は101歳と高齢ではありますが、要介護1の認定で、杖をつけば自立して歩けるほど元気でした。認知症の症状もなく、内臓も丈夫で、驚くことに自分の歯が全部そろっているんです。入れ歯は一本もありません。そんな元気な母ですが、入居前はずっと一人で暮らしていました。 さすがに年齢も年齢なので、何かあった時のことを考えると、一人暮らしのままでは心配でした。私の家も遠く、毎日様子を見に行くことはできません。いざという時にすぐ駆けつけられない距離にいることも、大きな不安材料でした。そこで、今後のことを考え、専門の方が見守ってくれる施設に入った方が、母にとっても私たち家族にとっても安心だろうと考えるようになりました。
取材日:2025/12/04
執筆者:岸川京子
女性
物忘れ
自立
症状なし
入居者:86〜90歳/女性/実の父母/要介護1/自宅にいた(同居)

グループホーム幸せふくろうの入居体験談

母は当時、認知症の症状があり、特に物忘れがひどくなってきていました。私と二人で暮らしていたのですが、一番の悩みは、母が出歩いてしまうことでした。 まだ足腰が丈夫だったこともあり、私が仕事で家を空けている間に、一人でコンビニへ買い物に行ってしまったり、ひどい時には、お隣の家へ行ったきり道がわからなくなり、行方不明になってしまったり…。本人には「自分でやりたい」という強い気持ちがあるのですが、その行動がだんだんと危なっかしくなり、このままではいつか大きな事故につながるのではないかと、毎日気が気ではありませんでした。 そんな日々が続き、そろそろ自宅での生活は限界かもしれないと感じ、施設への入居を本格的に考え始めました。
取材日:2025/12/04
執筆者:岸川京子